朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
鳥の声。
ストーブの匂い。
いつもと同じ朝なのに、
胸の奥がざわざわして、呼吸が浅くなる。
今日は、合格発表の日。
眠れなかった夜の名残が、まだ身体に残っている。
スマホの画面に映る「大学合格発表サイト」のリンクを、
何度も開こうとしては閉じた。
「〇〇くん、起きてる?」
母さんの声が廊下から聞こえた。
「うん、起きてる」
「お茶いれてあるよ」
そう言って母さんが部屋に入ってきた。
薄いベージュのカーディガン、
朝の光に透けて、やさしい色に見える。
「緊張してる?」
「……まぁ、ちょっと」
「ふふ。焦らなくていいよ。結果より、ここまで頑張れたことがすごいんだから」
母さんはそう言って、
僕の頭を軽く撫でた。
指先が少し冷たくて、
でも、それが妙に安心した。
朝食を終えて、
机の前に座った。
母さんは隣の部屋にいる。
たぶん、僕と同じように落ち着かないはずだ。
スマホを握る手が汗ばんでいる。
受験番号を入力して、
最後のボタンを押す。
画面が切り替わる。
……数秒が永遠に感じた。
合格おめでとうございます。
その文字を見た瞬間、
息が止まった。
信じられなかった。
けれど確かに、そこに自分の番号があった。
「……受かった……」
小さく呟いた声が、
自分の部屋に吸い込まれていく。
リビングに行くと、
母さんがちょうど湯呑みを置いたところだった。
「どうだった?」
その声が少し震えていた。
「……受かった」
母さんの瞳が一瞬、大きく開いて、
次の瞬間、涙があふれた。
「ほんとに……? よかったぁ……!」
抱きしめられた。
エプロンの香りと、
少し甘い柔軟剤の匂い。
その全部が、あたたかかった。
「母さん、泣かないでよ」
「泣いてない……ううん、泣いてるね」
母さんが笑った。
その笑顔が、春の光みたいにまぶしかった。
みんなが口々に「おめでとう」と言ってくれた。
健太や彩花からもLINEが届く。
商店街の人たちまで騒ぎ始めて、
「〇〇くん合格!」の噂が走っていった。
でも僕は、誰にも言わないことがあった。
本当は、
東京の大学に行きたかった。
知らない街で、
知らない人たちと、
新しい景色を見てみたかった。
でも、それを選ばなかった。
母さんを一人にしてまで見る世界より、
僕にとっては、
この町の、
この家の、
この笑顔のほうが大事だった。
午後、買い物に出た母さんが、
商店街の帰りに桜の枝を一本手にして帰ってきた。
「道の途中で咲いてたの。
まだ三分咲きだけど、春が来たって感じでしょ?」
母さんが花瓶に差すと、
部屋がほんのり明るくなった。
桜の花びらが一枚、
風に乗って床に落ちる。
僕はそれを拾い上げながら、
心の中で小さく呟いた。
「あなたが歩くその先に、いつも帰る場所があるように。
どんなに遠くにいても、私はここであなたの幸せを祈っています。」
いつからか、
ずっと心の中に刻まれていた言葉。
今、その意味がやっとわかった気がした。
“帰る場所”は、ちゃんとここにある。
母さんが描いてくれた、
僕の春の中に。