三年間の高校生活が、今日で終わった。
体育館の花の香り、拍手の音、
そして母さんの笑顔。
全部が、春の光の中に溶けていった。
帰り道、校門の前に並ぶ桜の木はまだ五分咲き。
風が吹くたびに、ほんの少しだけ花びらが舞い上がる。
僕はネクタイをゆるめながら、
空を見上げた。
眩しい。
だけど、なんだか少し寂しい。
隣では母さんが、にこにこしながら歩いていた。
白いジャケットに薄い水色のスカート。
卒業式の時と同じ服装なのに、
午後の日差しのせいか、少しだけ柔らかく見える。
商店街に入ると、
いつもの面々が待ち構えていた。
「おーい、〇〇! 卒業おめでとー!」
八百屋の佐藤さんが声を張る。
魚屋のおじさんが奥から飛び出してきて、
「こっちは刺身! 祝いのサバだ!」
餅屋のおばちゃんはもう泣いている。
「もう、みんな大げさなんだから」
母さんが笑う。
でも、目が少し潤んでいた。
佐藤さんが言った。
「お母さん、今日は町の誇りの日だよ」
母さんが照れたように頬を押さえた。
「そんな、誇りだなんて」
「ほんとですよ、〇〇さん!」
肉屋のお姉さんまで加勢してくる。
「町の男子の9割は〇〇さん派ですからね!」
「派ってなに!?」
僕が叫ぶと、
みんながどっと笑った。
笑い声が、春風と一緒に空へ溶けていった。
そのあと、母さんと遠回りして、
家の近くの公園に立ち寄った。
ベンチに並んで座る。
空はオレンジ色。
ゆっくりと影が伸びていく。
母さんが静かに言った。
「……あっという間だったね」
「うん」
「入学のとき、ランドセル背負ってたのが昨日みたいだったのに」
「いや、それ小学生」
「ふふ、そうだったわね」
二人で笑ったあと、
少しだけ沈黙が流れた。
風が髪を揺らして、
母さんの横顔がほんの少し寂しそうに見えた。
「母さん」
「ん?」
「ありがとう」
「どうしたの、急に」
「……なんとなく」
母さんは小さく笑って、
「こちらこそ、ありがとう」と言った。
家へ向かう道の途中、
母さんが空を見上げて言った。
「桜、明日には満開かもね」
「うん。
……来年も、一緒に見ようね」
母さんがうれしそうに笑う。
「もちろん」
家の屋根の向こう、
茜色の空に白い雲がゆっくり流れていく。
町の音、風の匂い、
そして母さんの横顔。
この全部が、
僕の“春”なんだと思った。
夜。
机の上のスケッチブックを開くと、
母さんが描いてくれた絵があった。
桜の下で笑うクマ(僕)と、
その隣に立つウサギ(母さん)。
背景には商店街と、
遠くに見える学校の屋根。
ページの端に、小さく書かれていた。
「卒業おめでとう。
あなたの春が、いつまでも優しく続きますように。」
僕はページを閉じて、
深く息を吸った。
春の風が窓を揺らす。
少し甘い、懐かしい香りが部屋に流れ込む。
「母さん。
ありがとう。
僕の春は、きっと、ずっとここから始まるんだ。」
窓の外では、桜のつぼみが静かに揺れていた。
そして、
僕の高校生活が、
穏やかな春の光の中で幕を閉じた。
高校生編・完
大学生編はどうしようかと思いましたが、前作と同じように
新たにスタートさせようと思います。
このまま続けるとながくなりすぎるので。
よろしくお願いします。