夏の夕暮れ、提灯がぽつぽつ灯りはじめた商店街。
人混みを抜けながら、僕は胃の奥がきりきりするのを感じていた。
──嫌な予感しかしない。
母さんと夏祭りに来るなんて、ただの災害予告だ。
「〇〇くん〜、おまたせ〜!」
その声に振り返った僕は、思わず固まった。
母さんは紺地に白い花柄の浴衣。帯は淡い水色。髪をすっきりまとめて、うなじが涼しげにのぞいている。手には巾着袋と団扇。
シンプルなはずなのに、なんでこんなに“映画のワンシーン”みたいに映えるんだ。
「え、〇〇くんのお母さん!?」
通りすがりの女子高生が叫び、すぐに人だかりができる。八百屋のおじさんは「なんてこった…」と手を止め、綿あめ屋の兄ちゃんは商品を落としたままフリーズ。
母さんはといえば、のんきに「わあ、提灯かわいいね〜!」と目を輝かせている。その笑顔に中学生たちまで赤面して逃げ出す。
……頼むから普通にしてくれ。母さんの“普通”は破壊力が強すぎるんだよ。
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金魚すくいの奇跡
「わあ、金魚すくいだ〜!」
母さんは浴衣の袖を押さえながら、水槽を覗き込む。細い指を差した瞬間──金魚たちが群れごと吸い寄せられるように近づいてきた。
「この子にしよっ!」
母さんがひょいっと網を動かすと、金魚が自ら飛び込むようにポイへ。しかも紙は破れない。
「……一発成功!?」
観客がざわめき、屋台のおじさんは涙目で「30年やってきて、こんなの初めてだ…」とつぶやいた。
母さんは金魚袋を手に、にこっと笑って僕に差し出す。
「ねえ、かわいいでしょ? 持ってて!」
「かわいいのは金魚じゃなくて母さんのせいだろ…!」
僕は袋をぶら下げながら、深いため息をついた。
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射的で無双
次に母さんは射的屋で銃を受け取り、浴衣姿で構えた。
その姿が妙に決まっていて、周囲が「かっけえ…」とざわつく。
「じゃあ、あのクマさん狙ってみよっかな〜」
──パンッ。見事命中。クマのぬいぐるみが倒れた。
「えっ、当たっちゃった!」
母さんは無邪気に笑うが、その後もラムネ瓶、キャンディ箱、サングラスを次々撃ち落とす。
屋台の兄ちゃんは降参して、「もう好きなの持ってってください…」と白旗。
母さんは嬉しそうにクマを抱きしめ、その姿に人混みが「女神だ…」とざわついた。
僕は頭を抱えるしかなかった。
……この祭り、完全に母さんのステージじゃないか。
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盆踊りで暴走
やがて太鼓が鳴り響き、母さんは「わあ、盆踊り!」と人の輪へ。
「やめてくれええ!」僕の叫びは太鼓にかき消された。
母さんが輪に加わった瞬間、踊りは一変した。
浴衣の袖の揺れ、指先のしなやかさ、髪のきらめき──その全部が舞のように美しく、周囲が目を奪われる。
観客はスマホを構え、太鼓のおじさんは見とれてバチを折った。
アナウンスまで「〇〇くんのお母様、中央へ!」と呼びかけ、母さんはにこっと笑って舞台の中心に。
その瞬間、全員の踊りが母さんを中心にぴたりと揃った。
夏祭りは、まるで“母さん奉納舞”になってしまった。
健太が僕の横で手を合わせて拝む。
「……ガチで女神降臨だ……」
「うるさい!!」僕は即ツッコミ。もう胃が限界だ。
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花火と締め
川沿いへ逃げたとき、夜空に大輪の花火が咲いた。
母さんは浴衣の袖を押さえ、「きれい〜!」と子どものように歓声をあげる。
光に照らされた横顔は、花火よりも鮮烈に見えて、僕は思わず息をのんだ。
「〇〇くんと来れて、ほんと嬉しい!」
母さんはにこっと笑う。その言葉に、不覚にも胸の奥が温かくなる。胃はズタボロなのに。
帰り道、母さんは金魚袋を僕に渡してひらひらさせた。
「お世話、お願いね〜」
僕は袋を受け取り、心の中で呻いた。
「……僕の青春、金魚みたいに逃げ場なしだ……」
花火の音がまだ耳に残る夜、僕の夏はすでに騒がしさでいっぱいだった。