異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第107話

 日本政府が、その歴史的な、そしてどこまでも常識からかけ離れた記者会見の幕を閉じた、まさにその瞬間。

 世界は変わった。

 いや、正確に言えば、世界の人々の「現実」という名のOSが、強制的に、そして不可逆的にアップデートされたのだ。

 そのアップデートファイルの名は、『やまと』。

 人類が、もはや孤独な存在などではなく、星々の海へと漕ぎ出すことが可能な種族であったという、あまりにも巨大で、そしてあまりにも甘美な福音。

 そのニュースは、光速の10%には遠く及ばないものの、インターネットという名の現代の神経網を瞬く間に駆け巡り、地球という名の巨大な生命体の全ての脳細胞を、興奮と混乱の渦へと叩き込んだ。

 

 その最初の、そして最も混沌とした震源地は、もちろんX(旧Twitter)のタイムラインだった。

 会見が終了した直後、日本の、いや世界のトレンドリストは、もはやSF小説の目次かと見紛うような、奇妙で、そしてどこまでも夢のある単語で完全に埋め尽くされた。

 

 世界のトレンド

 

 #SpaceBattleshipYamato

 

 #HoshimikoWasAnAlien

 

 #JapanToMars

 

 10% light speed

 

 ThoughtControl Cockpit

 

 空間拡張技術 (Space Expansion Tech)

 

 矢島教授号泣

 

 JAXAのターン

 

 アーティファクトの定義

 

 #うちの車にも思念式はよ

 

 タイムラインは、人類の集合的な夢と、欲望と、そして尽きることのない好奇心の奔流で、完全にサーバーを麻痺させる寸前だった。

 これまで政府の発表を半信半疑で、あるいは冷笑的に眺めていた人々でさえも、あの月の地平線から昇るあまりにも美しい青い地球のHD映像と、宇宙服も着ずに月面で無邪気に跳ね回る自衛隊員の姿を前にしては、もはや沈黙を守ることはできなかった。

 驚愕は、やがて熱狂的な確信へと変わっていった。

 

 @poly_syacho

 待って。マジで待って。嘘だろ。宇宙船? しかも、月まで行った?

 俺、先週まで「ホシミコ景気とか言ってるけど、どうせ政府の株価操作だろ」とか言ってたんだが。

 ごめんなさい。俺が、間違ってました。日本、マジですごい国だったわ。

 #SpaceBattleshipYamato

 

 @isekai_ikitai_man

 だから言ったじゃねえか! 星見子様は、宇宙人なんだって!

 星の子が、星の船に乗ってやってきたんだ! こんなの、神話の定石だろうが!

 いやー、でもアーティファクトと言われたから、せいぜい光線銃とかの小物を想定してたけど、宇宙船まであるんだね…。

 ど直球過ぎて、逆に忘れてたよ。灯台下暗しってやつか!

 #HoshimikoWasAnAlien

 

 @rekishi_geek

 いや、冷静に考えろ、お前ら。これは、歴史の文脈で捉えるべきだ。

 日本神話における『天の磐船(あまのいわふね)』の伝説。あれこそが、『やまと』の原型だったんだ。

 太古の昔、我々の祖先は、既に星々の海を渡っていた。その記憶が、神話として残されていただけなんだ。

 ……やばい、自分で言ってて鳥肌が止まらなくなってきた。

 

 その熱狂は、すぐに具体的な技術への尽きることのない疑問と考察へと繋がっていった。

 

 @butsuri_wakaran

 ちょっと、物理に詳しい人教えて。

 光速の10%まで加速って、どういう原理だよ。

 相対性理論とか、どうなってんの? 慣性制御が完璧だとしても、船内の時間の遅れとかは、どうすんだよ。

 頭が、完全にバグった。

 

 @sousaku_account

 

 @butsuri_wakaran

 横から失礼。

 多分だけど、「原理分からねぇから、アーティファクトなんじゃね?」

 そもそも、我々の物理法則が通用しない上位の理で動いてるから、「遺物」なわけで。

 俺たちのちっぽけな脳で、理解しようとすること自体が、おこがましいんだよ。

 

 @fudosan_king

 いや、俺が一番気になってるのは、そこじゃない。

 空間拡張技術だよ! 外より、内部が広いって、どういうことだよ!

 おい、政府! その技術、応用出来ないの?

 それだけでも、アーティファクトだろ?

 都内のワンルームマンションを、全部、内装だけはタワマン最上階並みの広さにしてくれよ!

 そうすりゃ、日本の住宅問題は、一発で解決するじゃねえか!

 

 そして、人々の欲望は、より身近で、そしてどこまでも切実なものへと収斂していった。

 

 @OL_san_27

 高度なAIってことは、昔からAIはあったってことだよね? 宇宙人だから、そこは当たり前だろって話か。

 もう、納得しかないわ。

 で、そのAIさんって、うちの会社のクソみたいな業務システムより優秀なんですかね?

 

 @drive_suru_man

 思念式は、便利そう。てか、便利すぎるだろ。

 首都高の渋滞の中で、「会社に着け」って思うだけでワープできるってことか?

 最高じゃねえか。

 頼むから、次のプリウスには標準搭載してくれ、トヨタ。

 #うちの車にも思念式はよ

 

 タイムラインは、壮大な宇宙への夢と、明日の通勤のストレスをどうにかしてほしいという矮小な現実逃避が、奇妙な形で同居するカオスな空間と化していた。

 

 ◇

 

 その混沌の奔流は、もちろん、匿名掲示板という名の、より深く、そしてより業の深い情報の海へと流れ込んでいった。

 巨大匿名掲示板『弐ちゃんねる』。そのオカルト板に立てられた一つのスレッドは、開設からわずか数時間で、サーバーをダウンさせるほどの勢いで、その書き込みを増やし続けていた。

 

【超絶悲報】ワイらの知ってる物理学、本日をもって完全に死亡www【宇宙戦艦ヤマト】

 

 1:名無しの観測者

 まあ、そういうことだよな。

 アインシュタイン、涙目www

 

 2:名無しの観測者

 燃料が水ってのが、一番ヤバいだろ。

 それ、永久機関じゃねえか。

 エネルギー問題の、完全な終わり。

 中東の王様たち、今頃どうしてるかなwww

 

 3:名無しの観測者

 つーか、JAXAの理事長の顔見たか?

 会見の間、ずっと恍惚とした顔で宇宙船の映像見上げてて、完全にイっちゃってたぞ。

 科学者として、あれ以上の幸福はないんだろうな。

 

 4:名無しの観測者

 でも、一番の謎はAIだよな。

 高度なAIってことは、昔からAIあったということだろ? 宇宙人だから、そこは当たり前だろ?

 じゃあ、俺たちが今使ってるネットとかAIとかって、全部その宇宙人の技術のおこぼれってことか?

 スティーブ・ジョブズも、実はホシミコの末裔だった……?

 

 5:名無しの観測者

 

 4

 ありえる。

 つーか、もう何でもありだろ、この世界。

 

 6:名無しの観測者

 お前ら、もっと現実的なこと考えろよ。

 あの空間拡張技術。

 あれ、ヤバすぎだろ。

 応用できたら、物流革命どころの騒ぎじゃねえぞ。

 手のひらサイズのコンテナに、貨物船一隻分の荷物が積めるってことだろ?

 ……やべえ、俺、運送業やってるけど、明日から仕事なくなるかもしれん……。

 

 7:名無しの観測者

 

 6

 安心しろ。

 その前に、不動産業界が消し飛ぶ。

 全ての家が、内側だけは無限の広さになるんだからな。

 俺の四畳半の部屋が、明日にはドーム球場になってるかもしれん。

 

 8:名無しの観測者

 でも、一番欲しいのは、やっぱ思念式だよな。

 あれさえあれば、もうリモコン探さなくていいんだぜ?

「テレビつけ」って、思うだけでいいんだ。

 人類の歴史は、リモコンを探す歴史だったと言っても過言ではない。

 その苦しみから、我々はついに解放されるのだ……!

 

 9:名無しの観測者

 

 8

 お前の悩み、ちっちぇえなwww

 でも、分かるwwwww

 

 10:名無しの観測者

 しかし、日本政府も思い切ったことしたよな。

 こんなとんでもないもん、よく公表する気になったわ。

 普通なら、絶対に隠すだろ。

 アメリカとかにバレたら、戦争になるレベルじゃねえか。

 

 11:名無しの観測者

 

 10

 だから、先に公表して既成事実化しちまったんだろ。

「もう世界中にバレちゃいましたんで(テヘペロ)」って。

 それに、アメリカも一枚噛んでるっぽいしな。月面で跳ねてた隊員の中に、明らかにガタイのいい白人いたし。

 あの狸親父ども、どこまでも計算高いぜ。

 

 匿名掲示板の住人たちは、その有り余る想像力と、断片的な情報と、そして根拠のない憶測を巧みに織り交ぜ、自らの手で、新たな、そしてどこまでも心地よい「物語」を、猛烈な速度で生産し続けていた。

 

 ◇

 

 そして、その物語の創造を、最も熱狂的に、そして最も専門的に後押ししたのが、あの男だった。

 超古代文明研究の第一人者、矢島教授。

 彼は、自身の動画チャンネルで、会見終了直後から二十四時間ぶっ通しの緊急生配信を開始した。

 その顔は、長年の自説が完璧な形で証明された、預言者の神々しいまでの輝きに満ちていた。

「――見たかっ! 聞いたかっ! 諸君!」

 彼は、その白髪混じりの髪を振り乱し、まるで神の啓示でも受けたかのように、熱っぽく語り続けた。

「……私が、私が言い続けてきた通りだったでしょう! ……星見子女王は、宇宙から来た! ……そして、この『やまと』こそが、彼女が母星から乗ってきたノアの箱舟だったのです! ……政府は、ようやくその重い口を開いた! ……だが、彼らはまだ全てを語ってはいない! ……この船の本当の力、その真の使命を、彼らはまだ隠しているのです!」

 彼の熱弁は、もはや科学的考察ではなかった。

 それは、新たな神話の誕生を告げる、壮大な叙事詩だった。

「……燃料が水? ……光速の10%? ……そんなものは、この船の真の力の、ほんの表層に過ぎません! ……この船の本当の燃料は、我々人類の『夢』と『希望』なのです! ……そして、この船の真の目的地は、火星でも月でもない! ……そう、我々の真の故郷、あのキトラ古墳の星図が指し示す、遥かなる銀河の中心なのです! ……我々は、今こそ思い出さねばならない! ……我々が、ただの地球の猿などではなく、星々の血を受け継ぐ高貴なる『星の子』であったという、その誇り高き真実を!」

 そのあまりにもロマンチックで、そしてどこまでも熱狂的な演説。

 チャット欄は、信者たちの「教授!」「我々の神!」「ついていきます!」という、熱狂的な賛辞の嵐で埋め尽くされていた。

 この日を境に、矢島教授は、もはやただの研究家ではなくなった。

 彼は、新たな時代の精神的指導者、すなわち『宇宙教』の教祖として、その地位を不動のものとしたのだ。

 

 そのあまりにも混沌とし、そしてどこまでも滑稽な世界の熱狂を。官邸の地下深く、司令室で。

 橘紗英と宰善総理は、モニター越しに静かに見つめていた。

「…………素晴らしい」

 総理が、心の底から呟いた。

「……素晴らしいではないか、橘君。……我々が望んだ通り、いやそれ以上に、世界は我々の物語を信じ、そして自らの手で育て始めてくれておるわい」

「……ええ」

 橘は、静かに頷いた。

「……ですが、同時に、彼らの期待は、もはや我々のコントロール可能な範囲を遥かに超えつつあります。……彼らは、今すぐにでも火星への移住計画を開始しろと、明日にも思念式の自動車を発売しろと、そう本気で願い始めている。……この巨大すぎる夢の、後始末を、我々は、どうつけるおつもりで?」

 そのあまりにも現実的な問い。

 宰善総理は、ふっと笑った。

 その顔には、老獪な政治家の、そしてどこまでも無責任な神の如き、深い笑みが浮かんでいた。

「…………後始末? ……何を言うかね、橘君」

 彼は、言った。

「…………我々は、ただ夢の扉を開けてやっただけだ。……その夢を現実にするのは、我々の仕事ではない。……それは、我々の、そして世界の子供たちの仕事なのだよ」

 

 そのあまりにも壮大で、そしてどこまでも巧みな責任転嫁。

 橘は、もはや何も言うことができなかった。

 彼女は、ただ、自分たちが仕えるこの老人の、その底知れない器の大きさに、改めて畏敬の念を抱くだけだった。

 

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