異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第132話

 異世界『ネオ・ジャパン(仮称)』、アマテラス・ベース。

 

 ゲート開通から一夜が明け、異世界の太陽が地平線から昇ると同時に、ベースキャンプは再び「活気」という名の熱に包まれた。

 朝霧が晴れ渡る広大な草原に、自衛隊員たちの掛け声と重機の駆動音が響き渡る。

 そして、それらの喧騒を掻き消すほどの、常軌を逸した絶叫が、キャンプから数百メートル離れた森の境目付近で木霊した。

 

「――うぉぉぉぉぉッ!!!!! すす素晴らしいッ!!!!!」

 

 声の主は、国立科学博物館の古生物学者、万丈目(まんじょうめ)教授だった。

 還暦を過ぎたとは思えない健脚で、彼は背丈ほどもある草をかき分け、双眼鏡を覗き込んでいた。

 その目には涙が浮かび、鼻水が垂れていることにも気づいていない様子だ。

 

 彼の視線の先。

 森と草原の境界にある開けた場所で、数頭の巨大な生物が悠然と草を食んでいた。

 

 体長はおよそ8メートル。

 サイを巨大化させたような重厚な体躯。

 全身を覆う、岩のようにゴツゴツとした赤褐色の皮膚。

 そして何より、その頭部には、見る者を圧倒する三本の巨大な角と、首を守るようなフリル状の骨格が備わっていた。

 

「……トリケラトプス……! いや違う! 角の形状が……それにあの皮膚の質感は……!」

 

 万丈目の隣で、若い生物学者が震える声で分析する。

 

「……魔力反応、微弱ですが確認できます! ……ただの恐竜じゃない……。……この世界の魔素に適応進化を遂げた、魔法生物(マジック・ビースト)としての恐竜だ!」

 

 彼らは地球の白亜紀に生息していた角竜類に酷似していたが、明らかに異なる存在だった。

 その角は微かに青白い燐光を放っており、彼らが呼吸をするたびに、周囲の空気がわずかに歪むのが見える。

 彼らはただそこに存在するだけで、周囲の環境に魔力的な影響を与えているのだ。

 

「……なんて……なんて美しいんだ……!」

 

 万丈目は我を忘れて一歩踏み出した。

 

「……もっと近くで! サンプルを! 皮膚片だけでも!」

 

「――教授! 止まってください!」

 

 鋭い声と共に、護衛についていた陸上自衛隊の隊員が万丈目の前に立ちふさがった。

 小銃を構え、油断なく周囲を警戒している。

 

「……近づくのは危険です! 彼らが草食だとしても、あの巨体です。……もし驚かせて暴走でもされたら、ひとたまりもありません!」

 

「……しかし君! 目の前に! 生きた研究対象が!」

 

「……教授の命を守るのが、我々の任務です」

 

 隊員は毅然として言った。

 

「……それに、賢者様からの情報によれば、この大陸にはもっと危険な『肉食』の連中もいるはずです。……彼らがいるということは、それを捕食する奴らも近くにいるかもしれない」

 

 その言葉に、万丈目はハッと我に返った。

 ティラノサウルス級の捕食者。もしそんなものと遭遇したら、サンプルの採取どころではない。

 

「……ううむ。……確かに」

 

 万丈目はしぶしぶ双眼鏡を構え直した。

 

「……観察だ。……まずはじっくりと生態を観察しよう。……彼らの群れの構成、食事の内容、行動パターン……。……記録すべきことは山ほどある!」

 

 学者チームはその場に簡易的な観測拠点を設置し、熱狂的な、しかし慎重なフィールドワークを開始した。

 彼らにとってこの瞬間は、ノーベル賞など比較にならないほどの至福の時間だった。

 

 ◇

 

 一方ベースキャンプでは、建設作業と並行して、次なるステップへの準備が着々と進められていた。

 

 現場指揮官の郷田陸将補は、仮設の指揮所で地図を広げ、部下たちに指示を飛ばしていた。

 

「……よし、次は湾岸部だ!」

 

 彼はキャンプから南へ数キロの地点にある海岸線を指差した。

 

「……昨日の偵察で、ここに天然の良港になりそうな入り江があることが確認されている。……ここを我々の『港』とする!」

 

 彼の視線が、屈強な工兵隊員たちに向けられる。

 

「……第一工兵隊! 資材班を連れて直ちに湾岸部へ移動! ……桟橋と臨時のドックを建設しろ! ……今日中に船を受け入れる準備を整えるんだ!」

 

「「「了解ッ!!!」」」

 

 そして郷田は、別の集団に向き直った。

 

 彼らは自衛隊員ではない。

 作業着に身を包み、ヘルメットを被った民間の造船技師や大工たちだ。

 彼らもまた、この歴史的プロジェクトのために日本中から集められた精鋭たちだった。

 

「……そして皆さん」

 

 郷田の声が、少しだけ熱を帯びた。

 

「……いよいよあなた方の出番です。……ゲートを通じて資材の搬入が始まります」

 

 彼はゲートの方を指差した。

 

 そこから大型トレーラーが、巨大な木材や丁寧に梱包された部品を次々と運び込んでいるのが見えた。

 

 それらはただの木材ではない。

 賢者から提供された設計図に基づき、日本の最新技術と魔石による補助動力システムを組み込んで再設計された、異世界渡航用の最新鋭木造帆船――『八咫烏(やたがらす)級』一番艦のパーツだった。

 

「……組み立て技師を集めろ! ……ドックが完成次第、直ちに船の建造を開始する!」

 

 郷田が叫んだ。

 

「……目標は二週間後の進水! ……そして北の大陸への処女航海だ!」

 

 技師たちの目がギラリと光った。

 

「……おうよ! 任せとけ!」

「……最新のCADで設計した木造船だ! ……そこらのファンタジー船とは出来が違うぜ!」

「……魔石エンジンの調整は、俺たちに任せろ!」

 

 彼らのモチベーションは最高潮だった。

 

 自分たちが作った船で未知の海を渡り、エルフや獣人の国へ行く。

 そんな男のロマンを前にして、燃えない職人はいない。

 

「……目指せエルフの国だ!」

「……おーっ!!!」

 

 湾岸部に向けて出発するトラックの荷台から、景気の良い掛け声が上がった。

 

 ◇

 

 昼過ぎ。

 

 ベースキャンプの食堂テントでは、交代で休憩に入った隊員たちがレトルトのカレーをかきこみながら、備え付けの大型モニターに見入っていた。

 

 モニターには、地球からのニュース映像が流れている。

 そこには赤い大地に立つ日米中の宇宙飛行士の姿と、それに熱狂する世界中の人々の様子が映し出されていた。

 

『――歴史的快挙です! 人類、ついに火星の大地に立つ!』

『――クリュセ平原では、日米中共同によるコロニー建設が急ピッチで進められています!』

 

「……へえ。……向こうも無事に着いたみたいだな」

 

 一人の若い隊員がスプーンを止めて呟いた。

 

「……アメリカさん中国さん、盛り上がってるなぁ。……ちょっと羨ましいかも」

 

「……馬鹿野郎。……こっちはこっちで、すごいことやってるんだぞ?」

 

 隣の先輩隊員が、笑いながら言った。

 

「……ただ、こっちは極秘任務だからな。……あんな風に世界中に中継するわけにはいかねえんだよ」

 

 彼らは、自分たちが火星探査よりも遥かに重大な、そして遥かに「美味しい」任務に就いていることを知っている。

 だが、それを誰にも言えないという、もどかしさも感じていた。

 

「……火星人いるのかなぁ……」

 

 若い隊員が、火星の映像を見ながら夢想する。

 

「……さあ? ……でも賢者様は『興味ない』とか言ってたしな。……たぶん何もないんじゃないか?」

 

「……えー、残念だなぁ……。……ちょっとは期待してたのに」

 

「……まあ、落ち込んでも仕方がない。……無いものねだりするより、今あるものを楽しもうぜ」

 

 先輩隊員がテントの外を指差した。

 

 そこには青い空と緑の大地、そして遠くに見える恐竜(魔獣)の姿がある。

 

「……俺たちにはエルフも猫耳も恐竜もいるんだ。……火星の赤い石ころより、ずっとマシだろ?」

 

「……違いないっすね!」

 

 若い隊員がニカっと笑った。

 

「……早く他の大陸行きたいですねぇ。……エルフのお姉さんに会いたいっす」

 

「……しばらくは無理だろうな。……船の組み立ても順調にいって一週間は欲しいし」

 

 先輩隊員が、現実的なスケジュールを口にする。

 

「……それに、進水してもすぐには出航できんぞ。……この世界の海流や風向きのデータ取り、そしてクルーの操船訓練……。……合わせて二週間ってところか」

 

「……二週間かぁ……。……長いなぁ……」

 

「……何言ってんだ。……この広大な大陸の調査と、近くの資源採取の準備をしてたら、二週間なんてあっという間だぞ」

 

 先輩隊員はカレーを飲み干して立ち上がった。

 

「……ほら休憩終わりだ。……午後からは南の森の資源調査だ。……レアメタルの鉱脈を見つけて、総理を喜ばせてやろうぜ」

 

「……ういっす!」

 

 ◇

 

 その日の夕刻。

 

 アマテラス・ベースに、新たな緊張と、そして華やいだ空気が流れた。

 

 ゲートの光がいつもより強く輝き、そこから黒塗りの高級車列が静かに滑り出してきたのだ。

 

 先頭の車両から降り立ったのは、モーニングコートに身を包んだ宰善茂総理大臣、その人だった。

 続いて綾小路官房長官、橘紗英理事官、そして各省庁の大臣たちが、次々と異世界の大地に降り立つ。

 

「…………おお」

 

 宰善総理は大きく深呼吸をした。

 夕暮れの草原の、甘くそして力強い土の匂いが、彼の肺を満たす。

 

「……これが……異世界の空気か……」

 

 彼はゆっくりと周囲を見渡した。

 

 沈みゆく太陽が草原を黄金色に染め上げ、遠くの山脈が紫色のシルエットとなって浮かび上がっている。

 地球と同じようでいて、決定的に違う、原初のエネルギーに満ちた光景。

 

「……美しいな」

 

 総理の口から、政治家としての言葉ではなく、一人の人間としての素直な感動が漏れた。

 

「……総理! ……ご到着お待ちしておりました!」

 

 郷田陸将補が、泥だらけの迷彩服のまま駆け寄り、敬礼した。

 

「……ご苦労、郷田くん」

 

 総理は穏やかに微笑み、郷田の肩を叩いた。

 

「……素晴らしい仕事ぶりだ。……たった一日で、ここまで拠点を築き上げるとは」

 

「……はっ! ……全ては隊員たちの献身と、賢者様のご加護のおかげであります!」

 

「……そうかそうか」

 

 総理は満足げに頷いた。

 

「……どうだ? ……何か足りない物や、困っていることはないかね?」

 

「……いえ、今のところは物資も十分にありますし、大きなトラブルもありません。……ですが……」

 

 郷田は少し言葉を濁した。

 

「……ですが?」

 

「……この大陸……。……予想以上に広大であります」

 

 郷田は地平線を指差した。

 

「……現在、五つの偵察隊を出しておりますが、一日かけても全体のほんの一部しか把握できておりません。……資源の探査、地形の測量、そして魔獣の生態調査……。……これらを並行して進めるには、現在の人員では少々手荷が重いかと……」

 

 贅沢な悩みだった。

 対象が魅力的すぎて、手が回らないのだ。

 

「……なるほどな」

 

 総理は苦笑した。

 

「……オーストラリアの1.2倍だからなぁ……。……測量だけでも数年仕事だろう」

 

 彼は即断した。

 

「……よし、分かった。……増員を約束しよう」

 

 彼は後ろに控えていた防衛大臣と国交大臣に視線を送った。

 

「……聞いたな? ……直ちに第二陣、第三陣の派遣準備を進めろ。……工兵、測量技師、資源探査の専門家……。……必要な人材を可能な限り送り込むのだ。……予算は気にするな。……ここには、それに見合うだけの『宝』が眠っている」

 

「「「はっ!!!」」」

 

「……それと郷田くん」

 

 総理は表情を引き締めた。

 

「……海の方はどうなっている?」

 

「……はっ。……現在、湾岸部に仮設ドックを建設中です。……明日からは木造船の組み立てに入ります」

 

「……海に出て他国……北の大陸へ行くには、どれくらいかかる見込みだ?」

 

「……はっ。……建造と訓練で約二週間。……そこから航海に数日……といったところかと推察しています」

 

「……二週間か」

 

 総理は少し考え込んだ後、頷いた。

 

「……分かった。……焦る必要はない。……安全第一で進めてくれ」

 

 彼は郷田の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「……海に出る時は、くれぐれも気を付けてくれ。……この世界の海にどのような危険が潜んでいるか、まだ我々は何も知らない」

 

 彼は強い口調で命じた。

 

「……もし何らかのトラブルで船が沈没しても、乗員が助かるように……。……必ず複数隻、最低でも2組(4隻)で行動してくれ。……互いに連携し、決して孤立しないように」

 

「……はっ! ……肝に銘じます! ……人命を最優先とし、万全の態勢で臨みます!」

 

「……頼むぞ」

 

 総理は再び郷田の肩を叩いた。

 

 そして彼は、キャンプの中央広場へと歩みを進めた。

 

 そこには、作業の手を止めた隊員たちや学者たち、技師たちが集まっていた。

 彼らの顔は、疲労と土埃と、そして希望に輝いていた。

 

 総理は彼らの前に立ち、夕陽を背にして語りかけた。

 

「……諸君! ……ご苦労だった!」

 

 彼の声が草原に響き渡る。

 

「……私は今、猛烈に感動している! ……君たちの働きぶりと、そしてこの素晴らしい新天地の光景にだ!」

 

 彼は拳を握りしめた。

 

「……地球では今、火星への到達に人々が熱狂している。……だが私は断言する! ……真のフロンティアはここにある! ……君たちが今、その足で踏みしめているこの大地にだ!」

 

「「「おおおおっ!!!!」」」

 

 隊員たちから歓声が上がる。

 

「……ここには無限の資源がある! ……未知の生態系がある! ……そして海を越えた先には、新たな隣人たちが待っている!」

 

 総理は叫んだ。

 

「……我々はここに新しい日本を創る! ……しがらみも、資源不足も、狭苦しい国土もない理想の国をだ! ……その偉大なる事業の最初の礎石を置いたのは君たちだ! ……誇りに思ってくれ!」

 

「……増援はすぐに送る! ……物資も必要なだけ供給する! ……だから君たちは安心して存分に暴れてくれ! ……この大陸を、我々の色に染め上げるのだ!」

 

「「「了解ッ!!!!! 日本万歳ッ!!!!! アマテラス万歳ッ!!!!!」」」

 

 地鳴りのような歓声と万歳の声が、異世界の夕暮れにこだました。

 彼らの士気は最高潮に達していた。

 総理の言葉は、彼らにとって最高の燃料となったのだ。

 

 夜が来る。

 だが、アマテラス・ベースの灯りは消えることはない。

 

 彼らの長く、そして熱い「国造り」の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 そして、その熱狂の渦の外側で。

 森の奥からそれを見つめる巨大な影と、海の向こうから風に乗ってやってくる微かな魔力の波動が、新たな「出会い」と「波乱」の予兆を告げていたことを、まだ誰も知らなかった。

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