異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第133話

 アマテラス・ベースの建設開始から二週間。

 異世界の太陽が、今日もまた手つかずの広大な大自然を黄金色に染め上げていた。

 

 だが、今日の海岸線の風景は、昨日までのそれとは決定的に異なっていた。

 湾岸部に急ピッチで建設された仮設ドック。その巨大な木枠の中に、四隻の美しい船が、その産声を上げる時を静かに待っていたのだ。

 

 「八咫烏(やたがらす)級」多目的帆船。

 全長約三十メートル。日本の最新鋭の船舶工学と、伝統的な和船の技術、そして賢者・猫から授かった異世界の魔導技術が融合したハイブリッド木造船である。

 

 その船体は、この大陸で切り出された強靭な「鉄木(アイアン・ウッド)」を、宮大工の技術で組み上げることで、鋼鉄にも劣らぬ強度を誇っていた。

 マストには特殊な繊維で織られた純白の帆が張られ、船底には魔石を動力源とする補助推進機関(魔導スクリュー)が密かに搭載されている。

 

 風がなくとも進み、嵐の中でも沈まない。

 それは、中世レベルの文明においては、まさにオーパーツとも言うべき「海の王者」だった。

 

「――総員、乗船完了!」

「――機関、魔力充填率100%! いつでも回せます!」

「――風向きよし! 潮の流れよし!」

 

 ドックに、威勢の良い掛け声が響き渡る。

 

 今回の航海ミッションの指揮官に任命されたのは、海上自衛隊から出向してきた二等海佐・海藤(かいとう)だった。

 彼は一番艦『ヤタガラス』の甲板に立ち、緊張と興奮が入り混じった面持ちで、整列するクルーたちを見渡した。

 

 クルーは、海上自衛隊員、外務省の交渉官、そして生物学者や言語学者といった専門家たちの混成チームだ。

 彼らは皆、異世界の海を渡るという人類初の冒険に、武者震いを隠せずにいた。

 

「……よし」

 

 海藤は、深く息を吸い込んだ。

 そしてハンドマイクを握りしめ、高らかに号令を発した。

 

「――出航ッ!!!」

 

 銅鑼の音が鳴り響く。

 係留ロープが解かれ、四隻の船が、滑るように海へと滑り出した。

 

 『ヤタガラス』『ハヤブサ』『ウミツバメ』『オオトリ』。

 四隻の船団は白い航跡を引きながら、エメラルドグリーンの海原へと進み出ていく。

 

「……行ってらっしゃい!」

「……気をつけてなー!」

 

 桟橋では、郷田陸将補をはじめとするベースの残留組が、帽子を振って見送っていた。

 

 海藤は彼らに向かって敬礼を返すと、前方の水平線を見据えた。

 その先には、まだ見ぬ大陸と、新たな出会いが待っている。

 

「……進路北北西! ……目標、北の大陸!」

 

 帆が風を孕み、船体がぐんと加速する。

 日本の異世界大航海時代が、今、幕を開けた。

 

 

 航海は順調だった。

 いや「順調すぎた」と言うべきかもしれない。

 

 賢者の言葉通り、この世界の海は豊かだった。

 船縁から海を覗き込めば、透き通るような水の中に、色とりどりの魚群が舞い、見たこともないような巨大なクラゲや、虹色に輝く甲羅を持つウミガメのような生物が悠然と泳いでいるのが見えた。

 

「……うわー、すんげー……」

 

 甲板に出てきた生物学者たちは、双眼鏡とスケッチブックを手放せなかった。

 

「……見てください、あれ! ……シーラカンスに似ていますが、鰭(ひれ)が翼のように進化しています! ……空飛ぶ魚類ですかね!?」

「……こっちには、発光する海藻の森が! ……夜になったら、さぞ綺麗でしょうな……!」

 

 彼らにとって、この航海は一瞬たりとも目の離せない驚異の連続だった。

 

 だが、海は美しいだけではなかった。

 

 航海二日目の午後。

 先頭を行く『ヤタガラス』の見張り員が、絶叫に近い報告を上げた。

 

「――前方十時の方向! ……巨大な水柱を確認! ……な、何か出ます!」

 

「……何だ!?」

 

 海藤が双眼鏡を構える。

 

 次の瞬間、海面が爆発した。

 水しぶきと共に姿を現したのは、全長五十メートルはあろうかという巨大な海蛇(シーサーペント)だった。

 

 その鱗は鋼鉄のように青く輝き、鎌首をもたげたその頭部からは、二本の長い角が突き出している。

 

「……カイリュウ(海竜)か……!?」

 

 船内の空気が凍りつく。

 その巨体は、木造船など一撃で粉砕できるほどの質量を持っていた。

 

「……総員、戦闘配備! ……魔導砲用意!」

 

 海藤が叫ぶ。

 

 この船には自衛用の武装として、魔石のエネルギーを収束して放つ『魔導砲(簡易的なビーム砲のようなもの)』が搭載されていた。

 

 だが、発砲の命令を下す直前、学者が叫んだ。

 

「……待ってください! ……あいつ、襲ってくる気配がありません!」

 

「……なに?」

 

 よく見れば、その海竜は船団に近づくこともなく、ただ並走するように泳いでいるだけだった。

 その巨大な瞳は、こちらを値踏みするようにじっと見つめている。

 

「……知性が高いのか……?」

 

 海竜は、しばらく船団と並走した後、まるで「ここは俺の庭だ」と誇示するかのように一度大きく咆哮を上げると、再び海の中へと潜っていった。

 

 巨大な波が船を揺らしたが、被害はそれだけだった。

 

「…………ふぅ」

 

 海藤は冷や汗を拭った。

 

「……賢者様が『この世界の生物は強大だが、無益な殺生は好まない』と言っていたのは本当だったか……」

 

 彼らは、この世界の自然に対する畏敬の念を新たにした。

 ここでは人間は支配者ではない。

 ただのちっぽけな旅人に過ぎないのだ。

 

 

 そして、航海三日目の朝。

 水平線の彼方に、うっすらと陸地の影が浮かび上がった。

 

「――陸だ! ……大陸が見えたぞ!」

 

 見張り員の歓喜の声が響く。

 

 海藤はすぐに通信機を手に取った。

 

「……こちら船部隊指揮官、海藤。……アマテラス・ベース、応答せよ」

 

『……こちらベース。……感度良好。……どうぞ』

 

「……現在位置ポイント・ゼータ。……北西へ直進したところ、大陸と思わしき陸地を確認! ……これより接近を試みる」

 

『……了解! ……ついに着きましたか! ……くれぐれも警戒を怠らぬよう!』

 

 船団は速度を落とし、慎重に沿岸部へと近づいていく。

 

 見えてきたのは、切り立った断崖と、その合間に広がる砂浜。そしてその奥に続く豊かな森林地帯だった。

 

「……人工物は……見当たりませんね」

 

 副官が双眼鏡を覗きながら言う。

 

「……いや、待て」

 

 海藤が一点を指差した。

 

「……あそこだ。……岬の向こう側。……煙が上がっている」

 

 煙。

 それは知的生命体の存在を示す、何よりの証拠だ。

 

「……進路変更! ……岬を回り込むぞ!」

 

 岬を越えた瞬間、彼らの目に飛び込んできたのは、想像以上に立派な「街」の姿だった。

 

 石造りの城壁に囲まれた、中世ヨーロッパ風の港町。

 港には数多くの木造船が停泊し、人々が忙しく行き交っているのが見える。

 建物の屋根は赤レンガ色で統一され、丘の上には教会のような尖塔がそびえ立っている。

 

「……街発見! ……文明レベルは、やはり中世程度か……」

「……人がいますね。……見たところ人間(ヒューマン)が主体のようです」

 

「……よし」

 

 海藤は決断した。

 

「……これより接触を図る。……だが、いきなり四隻で押し寄せては、侵略者と勘違いされかねない」

 

 彼は命令を下した。

 

「……『ハヤブサ』と『ウミツバメ』は沖合で待機。……何かあった時のバックアップと、本国への連絡役だ」

「……『ヤタガラス』と『オオトリ』の二隻で入港する。……上陸要員は私と外交官、学者チーム、そして護衛の小隊。……残りの船員は船を守れ!」

 

「……了解!」

 

 彼らは船のマストに掲げられた日の丸と共に、白旗(友好の印)を掲げ、ゆっくりと港へと入っていった。

 

 港の桟橋にいた人々が、異国の船の来訪に気づき、ざわめき始める。

 彼らの服装は、麻や革で作られた素朴なものだが、その顔立ちは彫りが深く、西洋人に近い。

 

「……あれがこの世界の人間か……」

 

 外務省の交渉官・東郷が、緊張した面持ちでネクタイを直した。

 

「……よし、行きましょう。……我々は東の海から来た『行商人』です。……堂々としていましょう」

 

 彼らの作戦名は『オペレーション・キャラバン』。

 軍隊としてではなく、あくまで平和的な商人として接触し、情報を引き出すこと。

 それが今回のミッションの要だった。

 

 船が桟橋に着岸すると、港の警備兵らしき槍を持った男たちが、警戒した様子で近づいてきた。

 

「……止まれ! ……貴様ら、どこの国の者だ! ……その奇妙な旗は見たことがないぞ!」

 

 警備兵の言葉は日本語とは全く違う言語だった。

 だが東郷たちの耳には、賢者から授かった『万能翻訳機(イヤリング型)』のおかげで、完璧な日本語として聞こえていた。

 

 東郷は、にこやかな笑みを浮かべてタラップを降りた。

 

「……お初にお目にかかります。……我々は遥か南の海、未開の大陸の向こう側から参りました、旅の商人でございます」

 

 彼は流暢な現地語(翻訳機が自動的に翻訳して発声してくれる)で答えた。

 

「……南の大陸だと……?」

 

 警備隊長らしき男が眉をひそめた。

 

「……あそこは『竜の庭』だぞ? ……人が住めるような場所ではないはずだが……」

 

「……ええ。……ですが、我々はそこで独自の技術を持ち、細々と暮らしておりまして。……この度、新たな交易相手を求めて海を渡ってきたのです」

 

 東郷は嘘八百を並べ立てたが、その態度はあくまで紳士的だった。

 

「……怪しいな……」

 

 隊長はまだ疑っていたが、彼らの背後にある立派な船と、見たこともない上質な服(スーツや作業着)に興味を惹かれているようだった。

 

「……まあいい。……商売に来たというなら、ギルドの許可が必要だ。……とりあえず街へ入れてやるが、変な真似をしたらすぐに叩き斬るぞ」

 

「……感謝いたします」

 

 一行は警備兵に先導されて、街の中へと入っていった。

 

 石畳の道。馬車の音。市場の活気。

 そこはまさしく、ファンタジーRPGの「最初の街」そのものだった。

 

「……うわー……」

 

 自衛隊員たちも学者たちも、キョロキョロと辺りを見回している。

 

 そして彼らは、すぐに気づいた。

 この街の住人は、人間だけではないことに。

 

「……おい、見ろよ、あそこ!」

「……犬の耳が生えた男が、荷物を運んでるぞ!」

「……あっちの屋台の売り子、耳が長い……! ……エルフか!?」

 

 街中には人間と混じって、獣人やエルフたちが当たり前のように生活していた。

 獣人の戦士が酒場で笑い、エルフの薬師が露店で薬草を売っている。

 

「……すんげー……。……マジで冒険者の街じゃん……」

 

 神風カイト(彼も当然のように同行していた)が、興奮で鼻息を荒くしている。

 

「……異種族が共存してるのか。……意外と差別とかないのかな?」

 

「……いや、よく見ると……」

 

 文化人類学者が冷静に観察する。

 

「……獣人たちは主に肉体労働に従事しているようです。……エルフは専門職か……。……やはり、種族ごとの階層社会はあるようですね」

 

 一行は街の中央にある『商業ギルド』の建物へと案内された。

 

 そこで待っていたのは、ギルドの支部長を名乗る恰幅のいい男だった。

 

「……南の大陸から来た商人だと? ……にわかには信じがたいが……」

 

 支部長は値踏みするような目で、東郷たちを見た。

 

「……で、何を売りに来たんだ? ……珍しい毛皮か? それとも鉱石か?」

 

「……いえ」

 

 東郷は自信満々に言った。

 

「……我々が持ってきたのは、もっと素晴らしいものです」

 

 彼はアタッシュケースを開いた。

 

 そこに入っていたのは、金塊でも宝石でもない。

 銀紙に包まれた茶色い板。

 そして小さなガラス瓶に入った黒い粒。

 

「……これは……?」

 

「……食べてみてください」

 

 東郷は板チョコを割って、支部長に差し出した。

 

 支部長は怪訝そうに、それを口に入れた。

 

 その瞬間。

 彼の目がカッと見開かれた。

 

「…………ッ!!!!!」

 

「……あ、甘い……! ……なんだこれは……!? ……苦いのに甘い……! ……そして、口の中でとろける……!」

 

「……『チョコレート』という菓子です」

 

 東郷はさらに、胡椒の瓶を開けた。

 

「……そしてこちらは、最高級の黒胡椒」

 

 その香りが漂った瞬間、ギルドの中にいた商人たちが、一斉に振り返った。

 

「……こ、香辛料か!?」

「……なんという香りだ……! ……南方の諸島で採れるものより、遥かに質が良いぞ!」

 

 支部長の手が震えた。

 

「……こ、これを……売ってくれるのか?」

 

「……ええ。……金貨(ゴールド)で取引させていただけるなら」

 

「……買う! ……全部買うぞ! ……いくらだ!?」

 

 交渉は一瞬で成立した。

 

 文明レベルが中世程度であるこの世界において、砂糖やカカオ、スパイスは宝石と同等の価値を持つ戦略物資なのだ。

 日本の「チョコ外交」は、ここでも絶大な威力を発揮した。

 

 商談の後、東郷たちは支部長からさらなる情報を引き出した。

 

「……なるほど。……この街は『ポルト・リーゼ』。……近隣の島々との交易拠点なんですね」

 

「ああ。……だが外洋を渡れるほどの大きな船はねえ。……お前さんたちの乗ってきた船、あれはすげえな。……あんなデカい船、見たことねえよ」

 

「……ありがとうございます」

 

(……やはり造船技術は低いか。……これは木造船の輸出もイケるな……)

 

 東郷は内心で計算した。

 

「……ところで支部長。……我々はもっと多くの商品を仕入れたいのです。……特に、エルフや獣人たちの特産品に興味がありまして」

 

「……ほう。……エルフの森と獣人の集落か」

 

 支部長は地図を広げた。

 

「……この街から北東へ三日ほど行ったところに『深緑の森』がある。……そこにはエルフの里があるぜ。……魔法の薬や、美しい工芸品が手に入る」

 

「……獣人は?」

 

「……西の岩場の方に獣人たちの集落がある。……あいつらは強い戦士や、珍しい魔獣の素材を持ってるな」

 

「……なるほど」

 

「……ただ気をつけな。……最近、森や街道には魔物が出る。……お前さんたちみたいなひょろっとした商人だけじゃ、道中が危ないぞ」

 

「……魔物ですか」

 

「ああ。……それにエルフも獣人も、人間にはあまり心を開かねえ。……いきなり行っても、門前払いを食らうのがオチだ」

 

 情報を持ち帰った東郷たちは、宿屋の一室で作戦会議を開いた。

 

「……どうしますか? ……エルフの森と獣人の集落。……どちらも魅力的ですが」

 

「……いきなり行って警戒されるのは避けたいですね」

 

 郷田陸将補が腕を組む。

 

「……武力衝突は絶対に避けなければならない。……我々の装備なら負けはしないでしょうが、それでは『友好』が台無しになる」

 

「……なら、現地ガイドを雇いましょう」

 

 神風カイトが提案した。

 

「……この街には、エルフや獣人の冒険者もいましたよね? ……彼らを護衛兼案内役として雇うんです」

 

「……なるほど」

 

「……同族が仲介してくれれば、交渉もスムーズにいくはずです」

 

「……それに、こちらの戦力も見せておく必要があります」

 

 長谷川教授の弟子である、因果律改変能力(魔法)を使える隊員が言った。

 

「……我々がただの商人ではなく、魔法を使える『力ある者』だと分かれば、彼らも一目置いてくれるでしょう。……舐められないことが、対等な交渉の第一歩です」

 

「……よし」

 

 東郷が決断した。

 

「……では冒険者ギルドへ行って、腕利きのガイドを雇いましょう。……報酬はチョコと金貨で弾めば、きっと良い人材が見つかるはずです」

 

「……行き先は?」

 

「……まずは『獣人の森』……いや、集落に行きましょう」

 

「……理由は?」

 

「……獣人の方が感情がストレートで、交渉しやすそうだからです。……それに」

 

 東郷はニヤリとした。

 

「……カイト君が『まずは猫耳だ!』とうるさいのでね」

 

「……えへへ」

 

 カイトが頭を掻いた。

 

 翌日。

 彼らは冒険者ギルドの扉を叩いた。

 

 そこはヴァイスブルクのギルドと同じように、荒くれ者たちの熱気で満ちていた。

 

 東郷はカウンターに金貨の袋を置き、高らかに宣言した。

 

「……求む! 獣人の森への案内役! ……腕に覚えのある獣人とエルフの冒険者パーティーを募集する! ……報酬は望むだけ払おう!」

 

 その言葉に、ギルド中の視線が集まった。

 

 そして一組の異色のコンビが、興味深そうに彼らに近づいてきた。

 

 一人は、しなやかな筋肉を持つ狼の耳と尻尾を生やした獣人の青年剣士。

 もう一人は、涼やかな瞳をした、弓を背負ったエルフの少女。

 

「……おい、商人。……景気がいいな」

 

 狼獣人がニカっと笑った。

 

「……俺たちは、この街で一番のコンビだぜ。……その依頼、詳しく聞かせてもらおうか」

 

 新たな出会い。

 そして新たな冒険の幕開け。

 

 日本の異世界開拓団は現地の仲間を加え、さらなる深淵へと足を踏み入れようとしていた。

 彼らが向かう先には、どんな未知が待っているのか。

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