異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第134話

 異世界『ネオ・ジャパン(仮称)』北の大陸。

 

 港町ポルト・リーゼを出発した日本の異世界開拓使節団は、雇い入れた現地ガイドの案内のもと、西に広がる岩場と森林が混在する地域を目指して進んでいた。

 

 目指すは獣人族の集落。

 

 道なき道をゆく一行だが、その足取りは重くない。日本の最新鋭アウトドア装備と、賢者から授かった基礎的な身体強化魔法のおかげで、険しい山道もピクニックのような軽快さで踏破していく。

 

 先頭を行くのは、この街で一番の腕利きと噂される冒険者コンビだ。

 

 狼の耳と尻尾を持つ獣人の青年剣士、ガレス。

 そして長い耳と涼やかな瞳を持つエルフの弓使い、リナ。

 

 彼らの背中を追いながら、外務省の東郷は額の汗を拭った。

 

「……ふぅ。なかなか険しい道のりですね」

 

「へっ、これくらいで音を上げてちゃ集落にはたどり着けねえぞ、商人さんよ」

 

 ガレスが振り返り、ニカっと白い歯を見せて笑った。

 

「獣人の里は、人間を拒むかのように険しい岩山の奥にあるんだ。ま、俺たちがついてるから魔物の心配はいらねえが、足元には気をつけな」

 

「ええ、頼りにしていますよ」

 

 東郷が愛想よく返した、その時だった。

 

 風向きが変わった。

 森のざわめきが、ピタリと止む。

 

「――ッ! 止まれ!」

 

 リナが鋭い声を発し、背負っていた長弓を流れるような動作で構えた。

 ガレスも瞬時に、腰の大剣を引き抜く。

 

「……ちっ、お出ましだぜ。風下から近づいてきやがったか」

 

 ガレスの視線の先、鬱蒼とした茂みがガサガサと激しく揺れ、そこから巨大な影が飛び出してきた。

 

 現れたのは三頭の異形の獣。

 

 猪をベースにしているが、その大きさは軽自動車ほどもあり、背中からは鋭利な骨の棘が突き出し、口からは煮えたぎるような唾液を垂らしている。

 

 『スパイク・ボア』。この地域の森に生息する、獰猛な魔獣だ。

 

「……下がってな、商人さんたち! こいつらは皮が硬くて厄介だ!」

 

 ガレスが前に出ようとする。

 だが、それよりも早く動いた影があった。

 

「――前方敵性生物確認! 距離二十メートル!」

「――排除する! 班長、許可を!」

「――許可する! ただし発砲は控えろ! 音で他の魔物を呼び寄せる!」

「――了解(ラジャー)! 近接戦闘にて制圧する!」

 

 東郷の護衛として同行していた、陸上自衛隊特殊作戦群の隊員たちが、迷彩服の影から音もなく展開した。

 

 彼らの手には銃ではなく、サバイバルナイフや伸縮式の警棒が握られている。

 だが、その身体から立ち昇る気配は、ただの兵士のそれではない。

 

 賢者から授けられた『因果律改変能力』の初歩――『身体強化(フィジカル・ブースト)』の魔力が、彼らの全身を淡い光の膜となって覆っていた。

 

「ブモォォォッ!!!」

 

 先頭のスパイク・ボアが地面を削りながら突進してくる。

 その速度は時速五十キロ近い。生身の人間なら撥ね飛ばされれば即死だ。

 

 だが、最前列に立った隊員は微動だにしなかった。

 

 激突の直前。

 彼は最小限の動きで半身になり、突進を紙一重で躱すと同時に、すれ違いざまにボアの首筋へと掌底を叩き込んだ。

 

 ドォォンッ!!!

 

 肉と肉がぶつかる音とは思えない、重い衝撃音が響く。

 巨体の魔獣が、たった一撃で横倒しに吹き飛んだ。

 

 一瞬の痙攣の後、ボアは白目を剥いて動かなくなる。

 

「……は?」

 

 ガレスが呆然と口を開けた。

 

 残りの二頭も、ほぼ同時に処理されていた。

 

 一頭は、別の隊員に鼻先を掴まれて背負い投げを食らい、地面に叩きつけられて絶命。

 もう一頭は、ナイフの一閃で硬い骨の棘ごと喉を切り裂かれ、崩れ落ちた。

 

 戦闘時間わずか十秒。

 自衛隊員たちは息一つ乱さずに、隊列を戻した。

 

「……クリア。周辺異常なし」

「……よし、移動を再開する」

 

 郷田陸将補が淡々と指示を出す。

 

 その光景を目の当たりにしたガレスとリナは、武器を構えたまま硬直していた。

 

「……おおい……。今の……何だ……?」

 

 ガレスが震える声で言った。

 

「……あいつら人間だよな? ヒューマンだよな?

 スパイク・ボアの突進を素手で止めたのか? それに、あの皮は鉄の剣でも刃こぼれするくらい硬いんだぞ……!?

 それをあんなナイフ一本で……豆腐みたいに……」

 

「……しかも今の動き……」

 

 エルフのリナが、その鋭い知覚で看破した。

 

「……魔法……? いいえ、魔力の流れが少し違うけれど……確かに魔力を纏っていたわ。

 ヒューマンが……身体強化魔法を使ったの?」

 

 彼女の驚きはもっともだった。

 

 この世界において人間種は魔力器官が退化しており、魔法を使うことはおろか、魔力を感じることさえ稀なのだ。

 

 それがあろうことか、身体能力で獣人を凌駕し、魔法制御でエルフに迫る動きを見せた。

 

「……へへっ、驚きましたか?」

 

 その空気の中、神風カイトが得意げに割って入った。

 彼はリュックの紐を握りしめ、ニヤリと笑う。

 

「……これぞ『チート』です! キリッ!」

 

「……ちーと?」

 

 ガレスが首を傾げる。

 

「……なんだそりゃ? 新しい魔法の名前か?」

 

「……ハハハ、まあそんなもんです。

 簡単に言えば『ズルいくらい強い』ってことですよ。

 我々の国の人間はちょっと特殊な修行を積んでましてね。

 魔力をダイレクトに筋肉に変換する技術を持ってるんです」

 

「……魔力を筋肉に……? 人間が……?」

 

 リナは信じられないといった顔で、自衛隊員たちを見つめる。

 彼らは平然と、警戒任務に戻っている。

 

「……世界は広いな……。

 人間の商人だと思って舐めていたが……とんでもない護衛を連れてやがる。

 あんたたち、ただの行商人じゃねえな?」

 

 ガレスの目に、警戒とそれ以上の敬意が宿った。

 

 力ある者は力ある者を認める。

 獣人の社会では、強さこそが正義であり、信頼の証なのだ。

 

「……まあ、南の大陸は過酷ですから。

 これくらい強くないと、恐竜……じゃなくて巨大な魔獣たちの中では生きていけませんからね」

 

 東郷がさらりと嘘を混ぜてフォローする。

 その言葉に、二人のガイドは妙に納得した様子で頷いた。

 

「……なるほどな。竜の庭の住人なら、これくらいは当然ってことか。

 へへっ、気に入ったぜ。強い奴は好きだ」

 

 ガレスは機嫌を直したようで、大剣を背中に戻した。

 

 一行は再び歩き出した。

 

 道中、東郷は巧みな話術で、ガレスから獣人たちの嗜好についての情報を引き出していった。

 

「……ところでガレスさん。

 獣人の方々は甘いものはお好きですか?」

 

「……あん? 甘いものか?

 そりゃあ好きだぜ。嫌いな奴はいねえだろ。

 疲れた時に食う甘いもんは、何よりの活力になるからな」

 

「……ほう。では普段はどのような甘味を?」

 

「……そうだなあ。

 一番のご馳走は『蜂蜜』だな。森の奥のキラービーの巣から、命がけで獲ってくるやつだ。

 あとは……果物くらいか。

 でも果物は甘いっていうより『酸っぱい』とか『美味い』って感じで、ガツンとくる甘さじゃねえしな」

 

「……なるほどなるほど」

 

 東郷の手帳に、メモが走る。

 

 砂糖の精製技術がない、あるいは流通していない地域。

 甘味=貴重品。

 

 これは勝算が高い。

 

「……では我々が持ってきた『チョコレート』というお菓子は、きっと喜んでいただけると思いますよ。

 我々はそれを寄贈……いえ、交易の目玉にしたいと考えているんです」

 

「……ちょこれーと?

 聞いたことねえな。蜂蜜より甘いのか?」

 

「……ええ。

 蜂蜜とはまた違う、香ばしく濃厚で、そして魂を蕩かすような甘さです」

 

「……へえ、そいつは楽しみだ。

 もし本当にそんなに美味いもんなら、集落の連中も目の色変えて飛びつくぜ。

 特に女子供はな」

 

「……では交換条件としてはどうでしょう?

 我々は獣人の方々が狩った魔物の素材や、独自の工芸品などに興味があるのですが」

 

「……素材か。それなら幾らでもあるぜ。

 俺たちは狩りで生きてるからな。

 食えない骨や皮、牙なんかは余ってて、捨てちまうこともあるくらいだ。

 そんなもんでいいなら、いくらでも交換してやるよ」

 

「……ありがとうございます。

 それは我々にとっても、非常に貴重な資料となります」

 

 東郷は内心でガッツポーズをした。

 

 原価数十円のチョコと、地球には存在しない未知の魔獣素材の物々交換。

 利益率は計算するのも馬鹿らしいほどだ。

 

 だがそれ以上に、この取引は「友好」というプライスレスな価値を生むだろう。

 

 

 夕刻。

 

 険しい岩山を越えた先に、その集落はあった。

 

 断崖に囲まれた盆地のような場所に、木と石と革で作られた野性味あふれる住居が点在している。

 中央には広場があり、巨大な焚き火が燃やされている。

 

 集落の入り口には、槍を持った見張りの獣人たちが立っていた。

 

「……止まれ! 何奴だ!」

 

 見張りが鋭い声を上げる。

 

 犬耳や虎耳を持つ彼らの目は、見慣れぬ服装の人間たちを敵とみなして警戒色を強めている。

 

「……おーい! 俺だ、ガレスだ!」

 

 先頭のガレスが、大きく手を振った。

 

「……なんだ、ガレスか!

 帰ってきたのか。……その後ろの連中は?」

 

「……客だよ。人間だが悪い奴らじゃねえ。

 南の大陸から来た商人で、俺がここまで護衛してきたんだ」

 

 ガレスの言葉に、見張りたちの警戒が少しだけ緩んだ。

 

 仲間が連れてきたのなら、とりあえず話くらいは聞いてやろうという空気だ。

 

 一行は集落の中へと招き入れられた。

 

 広場には、物珍しそうに家から出てきた獣人たちが集まってくる。

 

 老若男女、様々な獣の特徴を持つ人々。

 子供たちは親の足元に隠れながら、クリクリとした瞳で東郷たちを見つめている。

 

 やがて集落の長と思われる、立派な白髭を蓄えた獅子獣人の老人が現れた。

 

「……よく来たな、旅の者よ。

 ワシはこの集落の長、バルガスだ。

 ガレスが認めたなら客人として歓迎しよう。

 して、このような辺鄙な場所へ何の用かな?」

 

 東郷は進み出て、深々と一礼した。

 

「……お初にお目にかかります、バルガス殿。

 我々は『日本』という商隊の代表です。

 この度は、誇り高き獣人の皆様と交易を行いたく参上いたしました」

 

「……交易とな?」

 

「……はい。

 我々は皆様が狩りで得た魔物の素材や、素晴らしい工芸品を求めております。

 その対価として……我々の国が誇る特別な『甘味』を提供させていただきたいのです」

 

 東郷の合図で、隊員たちがアタッシュケースを開いた。

 銀紙に包まれた板チョコが、山のように積まれている。

 

「……これは『チョコレート』という菓子です。

 まずは挨拶代わりに、皆様に振る舞わせていただきたく」

 

 東郷は板チョコを割り、バルガスに差し出した。

 

 バルガスは鼻をひくつかせ、その独特の甘い香りを確かめると、一口かじった。

 

 瞬間。

 老いた獅子の目がカッと見開かれた。

 

「…………ぬぉっ!?」

 

 どよめきが走る。

 

 バルガスは口の中の黒い塊を転がし、その濃厚な甘さと、鼻に抜ける香ばしさに陶酔した。

 

「……ななんだこれは……!

 甘い……! 蜂蜜とは違う、もっと深く濃く、そして香ばしい甘さだ……!

 疲れが……体中の疲れが吹き飛ぶようだ……!」

 

「……長老! 俺たちにも!」

「……私も食べたい!」

 

 子供たちが我慢できずに声を上げる。

 

 東郷は笑顔で、隊員たちに配るように指示した。

 

 その後の光景は、まさに「祭り」だった。

 

 チョコを口にした獣人たちは皆、一様に目を見開き、しっぽを千切れんばかりに振り回し、あるいは天を仰いでその美味に感謝した。

 

「……うめえええッ!」

「……なんだこれ! 甘い! 美味い!」

「……お母ちゃん、これもっとないの!?」

 

 彼らの味覚は素直だった。

 そして甘味に飢えていた彼らにとって、砂糖とカカオの塊は、麻薬的なまでの魅力を放っていた。

 

「……商人殿!」

 

 バルガスが東郷の手を両手で握りしめた。

 

「……これを! この『チョコレイト』をもっとくれ!

 我々の村にある物なら何と交換しても構わん!

 干し肉か? 毛皮か? それとも魔石か!?」

 

「……ええええ。

 交渉成立ですね。

 我々は皆様が不要とされる魔物の骨や爪、牙などを頂ければ十分です」

 

「……そんなゴミでいいのか!?

 よし若いの! 倉庫からありったけの素材を持ってこい!

 この菓子と交換だ!」

 

 広場は一瞬にして交易会場と化した。

 

 日本側は持ってきたチョコを放出し、代わりに山のような魔獣素材を手に入れていく。

 

 ワイバーンの鱗、バジリスクの牙、ミスリルを含んだ鉱石。

 

 地球では値段のつけようもないファンタジー素材が、数百円のチョコと次々に交換されていく。

 

 双方が「いい取引をした」とホクホク顔で笑い合っていた、その時だった。

 

 カンカンカンカンッ!!!

 

 集落の入り口にある見張り台から、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 それは敵襲を告げる警鐘だった。

 

「――おい、大変だ! 空を見ろ!」

 

 見張りの叫び声に、全員が空を見上げる。

 

 夕暮れの空に、巨大な影がいくつも舞っていた。

 コウモリのような翼、長い首、そして鋭い鉤爪。

 

「……ワイバーンだ!!!」

 

 ガレスが叫んだ。

 

「……チッ、また来やがったか!

 この前から味を占めて、家畜を狙いに来てるんだ!」

 

 上空を旋回しているのは五頭のワイバーン。

 飛竜種に属する、空の捕食者だ。

 

「……総員戦闘準備!

 女子供は家に隠れろ!

 戦える者は弓と槍を持て!」

 

 バルガスが指揮を執る。

 

 広場は一転して、戦場のような緊張感に包まれた。

 

「……おい、商人さんたち!」

 

 ガレスが東郷たちの前に立った。

 

「……あんたらは客だ。

 巻き込むわけにはいかねえ。

 集会所の中に隠れててくれ!

 こいつらは空を飛ぶから厄介だ。俺たちでも追い払うのが精一杯なんだ!」

 

 獣人たちは勇敢だったが、空中の敵に対しては分が悪かった。

 

 弓矢や投石では、硬い鱗を持つワイバーンに致命傷を与えるのは難しい。

 彼らの表情には、悲壮な覚悟が滲んでいた。

 

 だが。

 

「……いえ、ガレスさん」

 

 郷田陸将補が静かに前に出た。

 

 彼はヘルメットのバイザーを下ろし、手袋を締め直した。

 

「……我々も戦います。

 取引相手の危機を見過ごすわけにはいきませんからね」

 

「……はぁ!?

 馬鹿野郎、相手は飛竜だぞ!

 地上からの攻撃なんて……」

 

「……問題ありません」

 

 郷田は無線機に向かって、短く命じた。

 

「――総員、対空戦闘用意。

 ……ワイバーンを『狩る』ぞ」

 

「「「了解ッ!!!」」」

 

 自衛隊員たちが、一糸乱れぬ動きで散開した。

 

 次の瞬間、上空から一頭のワイバーンが鋭い鳴き声を上げて急降下してきた。

 狙いは、逃げ遅れた子供。

 

「……危ないッ!」

 

 獣人の母親が悲鳴を上げる。

 

 ダダダダダッ!!!

 

 乾いた破裂音が響いた。

 

 数名の隊員が、小銃を一斉射撃したのだ。

 

 銃弾がワイバーンの身体に吸い込まれる。

 だが――。

 

 カキンッ、カキンッ!

 

 硬質な音がして、弾丸は鱗に弾かれ、あるいは表面を削るだけに終わった。

 

 ワイバーンは痛痒を感じたのか、わずかに軌道を変えたが、ダメージを受けた様子はない。

 

「……くそっ、硬いな!」

「……5.56mmじゃ貫通しないか! まるで戦車の装甲だ!」

「……銃撃効果薄い! ノーダメージです!」

 

 ガレスが叫ぶ。

 

「……だから言っただろ! あいつらの鱗は鉄より硬いんだ!

 矢も剣も通じねえ!

 地上に降りてきたところを全員で囲んで腹を狙うしかねえんだよ!」

 

 だが郷田は動じなかった。

 

 銃が効かないことなど、最初から想定内だ。

 彼らは賢者から教わっている。

 

 この世界の魔物には、こちらの物理法則だけでは対抗しきれない場合があることを。

 

 だからこそ彼らは「魔法」を習得したのだ。

 

「……まあいい。想定通りだ」

 

 郷田はニヤリと笑った。

 

「――因果律改変部隊(マジック・トルーパー)、前へ!」

 

「「「おうッ!!!」」」

 

 数名の、特に魔法適性の高い精鋭隊員たちが飛び出した。

 

 彼らは銃を背中に回し、腰のサバイバルナイフと特殊な警棒を引き抜いた。

 その武器には、魔石の粉末が練り込まれている。

 

「……ワイバーンまでジャンプして、飛び移れ!」

 

 郷田の無茶苦茶な命令。

 だが隊員たちは即答した。

 

「「「了解ッ!!!」」」

 

「……はぁ!? 何言ってんだ、あんた!?」

 

 ガレスが目を剥く。

 

 ワイバーンは上空二十メートルを飛んでいる。

 飛び移るなど、物理的に不可能な高さだ。

 

 だが次の瞬間。

 彼らは見た。

 

 隊員たちが深く沈み込み、そして――弾けた。

 

 ドンッ!!!

 

 地面が爆発したかのような土煙と共に、彼らの身体が砲弾のように空へと射出された。

 

 『身体強化』による脚力強化。

 そして『浮遊(レビテーション)』による重力軽減と跳躍補助。

 

 二つの魔法を組み合わせた、人間ロケットだ。

 

「……なっ……!?」

「……と、飛んだ……!?」

 

 獣人たちが口をあんぐりと開けて見上げる中、隊員たちは空中で身をひねり、滑空してきたワイバーンの背中へと正確に着地した。

 

 ドスッ!

 

「……ギャアアッ!?」

 

 背中に異物を取り付かれたワイバーンが驚いて身体をよじる。

 

 だが隊員たちは、強化された腕力で鱗を鷲掴みにし、振り落とされないようにしがみついた。

 

「……とったぞ!」

「……おらぁっ!」

 

 彼らは魔力を込めたナイフを、鱗の隙間、そして翼の付け根の関節部分へと突き立てた。

 

 ブシュゥッ!

 

 銃弾を弾いた鱗が、魔法を帯びた刃の前にはバターのように切り裂かれた。

 鮮血が空に舞う。

 

「……ギィィィャァァァッ!!!」

 

 ワイバーンが悲鳴を上げ、バランスを崩す。

 片翼の機能を奪われた巨体が、きりもみ回転しながら地上へと落下していく。

 

「……よし、落ちてきた!」

「……総員囲め! 地上戦で仕留めるぞ!」

 

 郷田の号令で、待機していた本隊が一斉に殺到した。

 

 ドォォォォンッ!!!

 

 ワイバーンが地面に激突し、土煙を上げる。

 

 まだ息はあるが、もはや空へ逃げることはできない。

 

「……今だ! やれぇッ!」

 

 自衛隊員たちと、そして我に返った獣人たちが一斉に襲いかかった。

 

 地上に落ちた飛竜など、ただのトカゲだ。

 

 数分後、五頭のワイバーンは全て討ち取られた。

 

 静寂が戻る。

 そして。

 

「……おおおお……」

「……勝った……! あのワイバーンの群れを、誰も死なずに……!」

「……すげえええええッ!!!」

 

 爆発的な歓声が巻き起こった。

 

 獣人たちが自衛隊員たちに駆け寄り、肩を叩き、あるいは抱きついて喜びを爆発させる。

 

「……あんたら何者だ!? あんな高くジャンプするなんて、鳥人族でも無理だぞ!」

「……魔法の武器か!? すげえ切れ味だ!」

「……人間なのになんて強さだ……!」

 

 ガレスが信じられないといった顔で、郷田に近づいてきた。

 

「……おいおい隊長さんよ。

 あんたの部下たち、化け物揃いじゃねえか。

 あんな戦い方見たことねえぞ」

 

「……ははは。これでも鍛えてますから」

 

 郷田は謙遜して笑った。

 

「……それに彼らは『空挺団』……空から降りるのが専門の部隊ですからね。

 高い所は得意なんですよ」

 

「……空挺団……。

 恐ろしい部族がいたもんだな……」

 

 ガレスは呆れつつも、心からの敬意を込めて手を差し出した。

 

「……助かったぜ。あんたたちがいなけりゃ、今頃集落は火の海だった。

 ……礼を言う」

 

「……いえ。商売相手を守るのは当然です」

 

 郷田はその手を、力強く握り返した。

 

 その夜。

 集落では予定されていた以上の盛大な宴が開かれた。

 

 メニューは、日本から持ち込んだカレーや缶詰に加え、討伐したばかりの新鮮なワイバーンの肉の丸焼きだ。

 

「……乾杯だーッ!!!」

「……日本の戦士たちに栄光あれ!」

 

 焚き火を囲み、チョコを舐め、ワイバーンの肉を食らい、酒を酌み交わす。

 

 言葉や種族の壁を超え、そこには確かな「仲間」としての絆が生まれていた。

 

「……ワイバーンの肉、意外と美味いですね。鶏肉みたいで」

「……おうよ! 筋肉質で歯ごたえがあるだろ! 精力つくぜ!」

 

 東郷は、酒を飲み交わす隊員と獣人たちを見ながら、満足げに頷いた。

 

 ただの商品取引以上の、強固な信頼関係が築けた。

 これは今後の開拓において、何よりの財産になるだろう。

 

 宴の輪の中で、神風カイトが獣人の子供たちに囲まれ、ドヤ顔で語っていた。

 

「……そう、あれが『チート』だ。

 俺たちの国には、あんな勇者がたくさんいるんだぜ」

 

「……すげー! にほんすげー!」

 

 日本の異世界進出は、ここでもまた新たな伝説を刻み込んでいた。

 

 彼らはただの商人ではない。

 甘い菓子と圧倒的な武力を持つ、頼もしき隣人として。

 

 その噂はやがて、この大陸全土へと広がり、さらなる出会いと波乱を呼び込むことになるのだが、それはまた別のお話。

 

 今宵はただ、勝利の美酒とチョコの甘さに酔いしれるのみであった。

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