異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第135話

 東京千代田区永田町。

 日本の権力の中枢、総理大臣官邸の地下深くにあるプロジェクト・キマイラ作戦司令室。

 その巨大なメインモニターには、異世界『ネオ・ジャパン(仮称)』のアマテラス・ベースから送られてくる最新の映像レポートが映し出されていた。

 

 そこに映っているのは、夕暮れの大草原で繰り広げられる、種族を超えた大宴会の様子だった。

 焚き火を囲み、肩を組んで踊る自衛隊員と獣人たち。

 日本から持ち込まれた缶ビールと、現地で調達されたワイバーンの丸焼きが、飛ぶように消費されていく。

 画面の端では、外務省の東郷交渉官が獣人の長老と何やら熱心に話し込み、その横で――現地調査団に同行しているライトノベル作家・神風カイトが獣人の子供たちに囲まれて、まるで自分が主役かのように得意げにチョコレートを配り、猫耳を愛でている姿が見えた。

 

「……うむうむ」

 

 宰善茂総理大臣は、その光景に目を細め、深く頷いた。

 

「……順調じゃないか、郷田君たちは。

 カイト先生も現地でしっかりと……まあ、広報活動をしてくれているようだしな。

 獣人の集落に受け入れられ、友好的な関係を築き、あまつさえ現地の脅威であったワイバーンの群れを、無傷で撃退するとは。

 ……まさに理想的な『開拓』の滑り出しだ」

 

「ええ、報告によれば」

 

 橘紗英理事官が、手元のタブレットを見ながら補足する。

 

「……現地住民との接触において懸念されていた武力衝突は、回避されました。

 それどころか、我々の提供した『チョコレート』と、自衛隊員が見せた圧倒的な身体能力(フィジカル)が、彼らの敬意を勝ち取る決定打となったようです」

 

「……ははは、人間ロケットか。

 無茶をするなとは思うが、結果オーライというやつだな」

 

 官房長官の綾小路俊輔が、扇子で口元を隠しながら笑った。

 

「……それにしても、新大陸調査班の方も順調なようですな。

 万丈目教授たちが、望遠カメラで安全圏から恐竜の生態観察を続けているとのこと。

 危険な肉食恐竜は、奥地の『竜の巣』に留まっており、まだ遭遇していないようです」

 

「……うむ。

 全てが順調だ。

 資源の確保、現地の調査、異種族との交流。

 日本は今、誰にも邪魔されることなく、自分たちだけの新天地を謳歌している」

 

 宰善は、満足げにコーヒーを啜った。

 

 だが。

 

 その平和で幸福な報告会の空気を、綾小路の一言が、氷水を浴びせたように一変させた。

 

「……さて総理。そして皆様」

 

 綾小路は扇子をパチリと閉じた。

 その蛇のような目は、もはや笑ってはいなかった。

 

「……現場が上手くいっているのは何よりです。

 ……ですが、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなるもの。

 ……我々がこうして異世界で浮かれている間に、こちらの世界(地球)でのリスク管理について、そろそろ本気で考えねばなりません」

 

 彼は冷徹に告げた。

 

「…………『バレた時』のことをです」

 

 その一言に、司令室の空気が凍りついた。

 

「……バレた時か」

 

 宰善の声が重くなる。

 

「……ああ。……いつかは必ず露見するだろうな。

 ……これだけ大規模な物資の移動、そして人員の派遣を行っているのだ。

 ……いくらカバーストーリーで誤魔化しているとはいえ、アメリカや中国の諜報機関が、永遠に気づかないはずがない」

 

「……ええ」

 

 橘が肯定する。

 

「……特に『やまと』を巡る火星開発競争が激化する中で、日本の動きに対する各国の監視の目は、日に日に厳しくなっています。

 ……もし我々が火星には目もくれず、実は地球の裏側にある『別の地球』に、国ごと引っ越そうとしていることがバレたら……」

 

「……袋叩きになりますな」

 

 綾小路が淡々と言った。

 

「……間違いなく、人類への裏切り者として糾弾されるでしょう。

 ……『日本は自分たちだけ助かろうとしている』

 ……『地球を見捨てて逃げ出そうとしている』

 ……そうレッテルを貼られ、国交断絶、経済制裁、最悪の場合は多国籍軍による武力介入……。

 ……まあ、何が起きてもおかしくはありません」

 

「……ハハハ、まあそうだよなぁ」

 

 宰善は、乾いた笑いを漏らした。

 

「……異世界だもんなぁ。

 ……そんな桃源郷を独り占めしてると知れたら、嫉妬と怒りで世界中が発狂するわな」

 

 彼らは知っている。

 国家というものが、そして人間というものが、いかに浅ましく、そして独占を許さない生き物であるかを。

 

「……では、どうするか?」

 

 宰善は円卓を見渡した。

 そこには、SF作家の天城蓮、歴史学者の渋沢教授、そして現地に行っているカイトに代わって緊急招集された、サブカルチャー文化評論家の**権田原(ごんだわら)**氏の姿があった。

 

「……バレないように祈るというのはナシだぞ。

 ……バレた瞬間に即座に発動できる『プランB』が必要だ。

……世界を敵に回さず、むしろその発見を歓迎させ、我々の主導権を維持するための起死回生の一手。

 ……何か案はあるか?」

 

 沈黙が流れる。

 その中で、SF作家の天城蓮が静かに手を挙げた。

 

「……総理。

 ……逆転の発想というのはいかがでしょう」

 

「……逆転?」

 

「……はい。

 ……隠すから怪しまれるのです。

 ……独占するから奪おうとされるのです。

 ……ならば、バレたその瞬間に、我々の方からこう提案してはどうでしょうか」

 

 天城は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「……『あなた方のための異世界もご用意しておりますよ』……と」

 

「………………!」

 

 その言葉に、全員が息を飲んだ。

 

「……つまり、大国相手にはそれぞれ専用の『新たな異世界ゲート』を作ってやるということか?」

 

「……その通りです」

 

 天城は頷いた。

 

「……人類異世界移住計画の本格始動です。

 ……日本は『ネオ・ジャパン』を開拓する。

 ……アメリカにはアメリカのための、中国には中国のための新天地を提供する。

 ……そうすれば、彼らの関心は日本を叩くことよりも、自分たちに与えられた新しいフロンティアの開拓へと向くはずです」

 

「……なるほど……!」

 

 綾小路が膝を打った。

 

「……餌を与えるわけですな。

 ……それも、とびきり巨大で、彼らの欲望を完璧に満たす餌を。

 ……そうすれば、彼らは日本への干渉など忘れ、夢中でその新世界へと飛びついていくでしょう」

 

「……賢者様に言ってお願いしたら良いだろう」

 

 宰善が言った。

 

「……世界のリクエストをもらって、その通りの世界を開いてもらう。

 ……あのお方なら、面白がってやってくれるかもしれん」

 

「……なるほど。賢者殿は許可出てるんですか?」

 

 権田原氏が、脂汗を拭いながら恐る恐る尋ねた。

 

「……ええ。メールで聞いたら『OK!』と返ってきましたから、良いんだろうと思います」

 

 橘が、スマホの画面を見せながら涼しい顔で答えた。

 

「……じゃあ、バレた時はそれで行きましょう!」

 

 宰善が決断した。

 

「……さも当たり前のように、『では異世界へのゲートを皆様にプレゼントします!』と言うか。

 ……あと、どんな世界がいいかリクエストをもらう体(てい)で」

 

「……では」

 

 綾小路が、ホワイトボードの前に立った。

 

「……今のうちに、各国がどんな世界を欲しがるか、シミュレーションしておきましょうか。

 ……彼らの欲望の形を、先読みしておくのです」

 

 こうして、日本の、いや世界の運命を決める「異世界マッチング会議」が始まった。

 

「……中国はどんな異世界が良いんでしょうね?」

 

 権田原氏が、カイトの代理としての知識をフル動員して発言した。

 

「……やっぱり『中華任侠ファンタジー』、武侠(ウーシャ)や仙侠(シェンシャ)の世界でしょう!

 ……魔法ではなく、格闘術や『気功』『内力』が物を言う世界!

 ……空を飛ぶ剣士や仙人が住む山々。

 ……ロマンがありますよね」

 

「……ふむ。資源はどうする?」

 

「……『霊薬』や『霊石』が採れるとなれば、彼らは目の色を変えて飛びつくでしょう。

 ……国家の威信をかけて、人民解放軍がカンフーの修行を始めるかもしれません」

 

「……ありそうだな。採用」

 

 綾小路が、ボードに書き込む。

 

「……アメリカは?」

 

 天城が即答した。

 

「……アメリカさんは『ポストアポカリプス世界』でしょう。

 ……文明が崩壊し、ゾンビやミュータントが跋扈する荒野。

 ……そこを現代兵器で蹂躙し、『自由』と『正義』を再建する。

 ……これもロマンですよ! アメリカ人の開拓者精神(フロンティア・スピリット)を刺激すること間違いなしです!」

 

「……確かに。ゾンビ映画好きだしな」

 

「……ロシアは?」

 

「……ロシアは……あんまりファンタジーのイメージないですね」

 

 権田原氏が首をひねる。

 

「……でも、やっぱり資源を欲しがるんでしょうね。

 ……石油、天然ガス、レアメタル。

 ……環境は過酷でもいい。極寒の惑星とか、地下資源が無尽蔵に眠る世界とか」

 

「……ウォッカが美味しく飲めて、掘る場所があれば文句はないか」

 

 宰善が苦笑する。

 

「……EU、特にイギリスやフランスは?」

 

 渋沢教授が提案した。

 

「……彼らには『正統派ハイファンタジー』をあてがいましょう。

 ……騎士道、貴族社会、古き良き魔法とドラゴン。

 ……中世ヨーロッパを美化したような世界で、彼らの失われた『貴族の特権』や『植民地経営』の夢を満たしてやるのです」

 

「……インドは?」

 

「……『神話的大戦の世界』とかどうですか?

 ……インド神話のような超常的なエネルギーと哲学が支配する世界。

 ……彼らの数学的才能と宗教的熱情が融合すれば、面白い文明を築きそうです」

 

「……中東諸国は?」

 

「……『砂漠の魔法世界』ですね。千夜一夜物語のような。

 ……石油に代わる魔法のエネルギー源があれば、彼らは満足するでしょう」

 

 議論は尽きることがなかった。

 彼らは、世界各国の国民性、歴史、そして潜在的な願望を勝手に分析し、勝手に最適な「異世界」を割り当てていく。

 

 ホワイトボードは、色とりどりのマーカーで埋め尽くされた。

 

 そこには、地球上の主要な国家すべてに「あてがわれるべき」オーダーメイドの異世界リストが完成していた。

 

「……ふぅ」

 

 数時間後。

 綾小路がペンを置き、満足げに頷いた。

 

「……壮観ですな。

 ……これだけのメニューを用意しておけば、いかに強欲な大国といえども文句は言えまい。

 ……『日本だけズルい!』と言われたら、『じゃあお宅にはこの世界をご用意しました。どうぞお好きなように』と鍵を渡すだけで済む」

 

「……そして、それぞれの国が、それぞれの異世界で忙しくなれば……」

 

 宰善総理が、悪だくみをする子供のように笑った。

 

「……地球上での領土争いや資源戦争など、馬鹿らしくてやってられなくなるだろう。

 ……みんな、自分の『庭』の開拓に夢中になるからな」

 

 日本政府は準備を整えた。

 いつ世界にバレてもいいように。

 むしろバレることを心待ちにするかのように。

 

 彼らは、賢者という絶対的なバックアップを得て、世界そのものを「異世界開拓」という巨大なゲームへと巻き込むための、最後にして最大の仕掛けを作り上げたのだ。

 

「……さあ、いつでも来い、世界よ」

 

 宰善総理は天井を見上げて呟いた。

 

「……我々はお前たちの欲望を受け止める準備ができている。

 ……そして、その先にある混沌と繁栄を、特等席で見物させてもらうぞ」

 

 その頃、日本の山奥で。

 全ての元凶である新田創は、縁側でくしゃみをしていた。

 

「……へっくしょん!

 ……なんだ? 誰か噂してるのか?」

 

 彼は鼻をこすりながら、手元のスマホを操作した。

 画面には、新たにダウンロードした異世界育成シミュレーションゲームが表示されている。

 

「……ま、いいか。

 ……さて、次はどこの世界をレベルアップさせようかな」

 

 神は今日も気まぐれに、そして無自覚に、運命のサイコロを振り続けていた。

 賽は投げられた。

 そしてその出目は、人類をかつてない「大異世界時代」へと導こうとしていた。

 

 物語はまだ終わらない。

 いや、ここからが本当の「人類総異世界転移」の始まりなのだ。

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