異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第141話

 異世界『ネオ・ジャパン』のアマテラス・ベースが、この大陸に根を下ろしてから二ヶ月。

 日本の異世界開拓使節団と、北の大陸の獣人族、そしてエルフ族との交流は、驚くほど順調に進んでいた。

 

 『チョコ』という名の甘美な毒と、『デジカメ』という名の時間の牢獄。

 それらのオーバーテクノロジーは、種族の壁をいとも容易く溶かし、今やアマテラス・ベースには定期的に獣人の商隊やエルフの技術者が訪れるようになっていた。

 

 だが、光あるところには必ず影が落ちる。

 その影は、東の空から鋼鉄の鎧と傲慢な権威を纏って近づいていた。

 

 

 港町ポルト・リーゼ。

 この街のギルド会館で、外務省の東郷交渉官は、支部長から憂慮すべき報告を受けていた。

 

「……なるほど。東の大国『アステリア王国』が、我々の動きに気づいたと?」

 

「ええ。……ここ最近、あんたたちの噂が広まりすぎてな。『南の大陸から来た謎の商人たちが、見たこともない財宝をばら撒いている』って」

 支部長は、苦々しい顔で言った。

「アステリア王国は、この辺りじゃ一番の軍事大国だ。……特にあの国の『赤竜騎士団』は、周辺諸国を武力でねじ伏せてきた厄介な連中でね。……どうやらあんたたちの富を『違法な密輸品』だの何だのと難癖をつけて、巻き上げるつもりらしいぜ」

 

「……違法な密輸品ですか」

 東郷は苦笑した。

「……まあ、我々が存在自体イレギュラーなのは否定しませんが」

 

 隣に座っていた郷田陸将補が、低い声で唸る。

「……そろそろ目をつけられるとは思っていましたよ。……獣人やエルフと違って、人間の国家は『領土』と『権益』に敏感ですからな」

 

「……で、どうします?」

 支部長が、不安そうに尋ねる。

「……逃げるか? 船なら用意してやるが」

 

「……いえ」

 東郷は首を横に振った。

「……逃げれば、我々はただの『怪しい密輸業者』として、永遠に追われる身となります。

 ……ここは、正面から堂々と彼らと向き合いましょう」

 

「……交渉する気か? ……相手は話が通じるような連中じゃないぞ?

 ……いきなり『ひざまずけ!』とか言ってくるような手合いだ」

 

「……ええ。だからこそです」

 東郷の眼鏡が、キラリと光った。

「……外交官の仕事は、言葉の通じない相手に、言葉以外の方法でこちらの『意思』と『価値』を理解させることです。

 ……彼らが武力を誇るなら、我々はそれ以上の『力』を。

 ……彼らが富を欲するなら、我々はそれ以上の『豊かさ』を。

 ……見せつけてやるだけですよ」

 

 彼は郷田に向き直った。

「……郷田さん。……少しばかり、派手な演出をお願いできますか?」

 

「……了解しました。……『実力行使』の準備は万端です」

 

 こうして、日本国政府による対アステリア王国「おもてなし作戦(物理)」が開始された。

 

 

 東郷はすぐに、ポルト・リーゼの領主に面会を申し込んだ。

 この街はアステリア王国と隣接しているものの、形式上は独立した自由都市国家という扱いだった。

 領主であるマクシミリアン伯爵は、商売上手で知られる古狸だった。

 

「……ふむ。アステリアの騎士団と、我が街で会談を行いたいと?」

 伯爵は、東郷が持参した高級ブランデーの香りを楽しみながら言った。

 

「……ええ。彼らが軍を率いてこの街に押し入れば、貴方の街もタダでは済みません。

 ……我々が会談の席を設けることで、街への被害を最小限に食い止めたいのです」

 

「……なるほど。殊勝な心がけだ」

 伯爵はニヤリと笑った。

「……それに、お前さんたちが儲かれば、我が街に落ちる税収も増えるからな。

 ……よかろう。場所は提供してやる。

 ……せいぜい、あいつらの鼻を明かしてやってくれ」

 

 許可は得た。

 あとは客人が来るのを待つだけだ。

 

 

 半月後。

 地平線の彼方から、土煙を上げて近づく一団があった。

 アステリア王国赤竜騎士団第三部隊。

 そして王宮から派遣された、高圧的な徴税官と、狐のような目をした外交官。

 総勢百名を超える、完全武装の集団だった。

 

 彼らはポルト・リーゼの城門を堂々と潜り抜け、領主の館の前広場へと乗り込んできた。

 

「――我こそは、アステリア王国赤竜騎士団千人隊長、ヴォルフガング・フォン・アイゼンバッハである!」

 

 先頭を行く白馬に跨った巨漢の騎士が、雷鳴のような声で名乗りを上げた。

 全身を覆う深紅のプレートアーマー。背中には巨大なバスタードソード。

 その威圧感だけで、周囲の野次馬たちが震え上がる。

 

「……南の大陸より来たりし密輸商人どもよ!

 ……貴様らの行いは、我が国の交易法に抵触する恐れがある!

 ……直ちに商品の目録を提出し、我が国の査察を受けよ!

 ……抵抗するならば、我が剣の錆にしてくれる!」

 

 典型的な中世ファンタジーの「悪役騎士」の登場だった。

 その横で、徴税官が鼻を鳴らす。

 

「……ふん。どうせ蛮族の商人だろう。

 ……我々の威光を見せつければ、すぐにひれ伏すに決まっている」

 

 だが。

 彼らを出迎えたのは、予想外の光景だった。

 

 広場の中央には巨大な天幕が張られ、その下には豪奢なテーブルと椅子が並べられていた。

 そしてその前には、奇妙な緑色の服(迷彩服)を着た男たちが、整然と一列に並んでいた。

 彼らの手には、武器らしきものは見当たらない。

 

「……ようこそ、遠路はるばるお越しくださいました」

 

 東郷が、にこやかな笑顔で進み出た。

 

「……我々は『日本』の使節団です。

 ……皆様のご到着を、心よりお待ちしておりました」

 

「……なんだその態度は!」

 ヴォルフガングが激昂する。

「……貴様ら、我々を恐れぬのか!

 ……武器も持たずに、この赤竜騎士団の前に立つとは……!

 ……舐めるのもいい加減にしろ!」

 

「……武器?」

 東郷は首を傾げた。

「……いえいえ、我々には武器など必要ありません。

 ……なぜなら、我々は『魔法』が使えますから」

 

「……魔法だと?」

 外交官が、小馬鹿にしたように笑った。

「……人間ごときに魔法が使えるものか。

 ……それはエルフや、一部の選ばれた貴族だけの特権だ。

 ……蛮族のホラ話に付き合う暇はない」

 

「……ホラ話ではありませんよ」

 東郷は、郷田に目配せをした。

 

「……総員、着火(イグニッション)!」

 

 郷田の号令と共に、並んでいた二十名の自衛隊員たちが、一斉に右手を掲げた。

 その手には何も持っていない。

 だが――。

 

 ボッ!!!

 

 彼らの掌の上に、突如として眩い光球が出現した。

 魔石の力を利用した簡易的な照明魔法『ライト』。

 だが、その光量は尋常ではなかった。

 二十個の小さな太陽が一斉に輝き出したかのような閃光が、広場を真っ白に染め上げる。

 

「……うおっ!?」

「……目が、目がぁ!」

 

 騎士たちが慌てて顔を覆い、馬がいなないて暴れる。

 徴税官は腰を抜かして、尻餅をついた。

 

「……こ、これは……!?」

 ヴォルフガングが、眩しさに目を細めながら呻く。

「……ま、魔法……!?

 ……しかも全員が……!?

 ……無詠唱で……これほどの光量を……!?」

 

 彼の戦士としての本能が、警鐘を鳴らした。

 

(……こいつら、只者ではない……!

 ……これほどの数の魔法使いを、一糸乱れず統率している……!

 ……もしこれが攻撃魔法『ファイアボール』だったら……我々は一瞬で全滅していたぞ……!)

 

「……ぐぬぬ……」

 

 ヴォルフガングは歯噛みした。

 武力による威圧・制圧。

 その選択肢は、この瞬間完全に消滅した。

 相手の実力が底知れない以上、うかつに手を出せば、国ごと消し飛ばされかねない。

 

「……お分かりいただけましたか?」

 東郷が涼しい顔で言った。

 隊員たちが手を下ろすと、光球はふっと消えた。

 

「……我々は、戦闘の意思はありません。

 ……ですが、自衛の手段は持っております。

 ……どうか、我々の『誠意』をご理解ください」

 

「……ふん」

 ヴォルフガングは不承不承ながらも、剣の柄から手を離した。

「……よかろう。

 ……魔法使いの集団とあらば、礼を尽くすのが騎士の務め。

 ……話を聞こうではないか」

 

 第一ラウンド、日本の勝利。

 

 

 天幕の下。

 アステリア王国の代表団と、日本使節団がテーブルを挟んで向かい合った。

 先ほどの威圧感は消え、騎士たちも神妙な面持ちで座っている。

 

「……さて。

 我々は、友好的な交易を求めております」

 東郷が切り出した。

「……貴国と交流できるなら、それもまた素晴らしいことだと思っております。

 我々には、香辛料や調味料、そして様々な魔道具を提供する用意があります」

 

「……香辛料だと?」

 外交官が疑わしげに尋ねる。

「……我が国も南方の国々と交易を行っている。

 ……香辛料の価値は知っているが、そう簡単に手に入るものではないぞ」

 

「……ええ。ですが、我々には独自のルートがありますので」

 東郷はニッコリと笑った。

 

「……では、百聞は一見にしかず。

 ……今宵は、そのスパイスをたっぷりと使った我が国の伝統的な料理を、提供させていただきたいと思います」

 

「……料理?」

 徴税官が眉をひそめる。

「……蛮族の料理など、口に合うかどうか……」

 

「……ご安心ください。

 ……これは『カレーライス』という、王侯貴族も愛する至高の逸品です。

 ……今回は皆様のお口に合うよう、『甘口』でご用意いたしました」

 

 東郷の合図で、給仕係に扮した隊員たちが、湯気の立つ皿を運んできた。

 純白の皿の上に盛られた、艶やかな白米。

 そしてその半分を覆うようにかけられた、黄金色のとろりとしたソース。

 中には、煮込まれてとろとろになった肉と野菜が、たっぷりと入っている。

 

 そして何より、その香り。

 クミン、コリアンダー、ターメリック……。

 数十種類のスパイスが複雑に絡み合い、食欲中枢を直接刺激するような強烈で、かつ魅惑的な芳香が、天幕の中に充満した。

 

「……ゴクリ……」

 

 騎士たちの喉が鳴る音が、あちこちから聞こえた。

 彼らは長旅で、腹を空かせていたのだ。

 

「……どうぞ、冷めないうちに」

 

 促され、ヴォルフガングがおそるおそるスプーンを手に取った。

 彼はソースとご飯をすくい、口へと運ぶ。

 

「……むぐっ……」

 

 咀嚼する。

 そして。

 

「…………ッ!!!」

 

 カッ! と目を見開いた。

 

「……な、なんだこれは……!?」

 

「……どうした隊長?」

 外交官が慌てて尋ねる。

 

「……う、美味い……!

 ……なんと、なんと美味しい料理なのだ!!!」

 

 ヴォルフガングが叫んだ。

 その顔は先ほどまでの厳めしさが嘘のように、至福の色に染まっていた。

 

「……口に入れた瞬間、広がる甘みとコク……!

 ……そして後から追いかけてくる、ピリリとした心地よい刺激……!

 ……スパイスが! スパイスがこんなに入っている!

 ……辛いが、不快にならない辛さだ!

 ……むしろ、次の一口を欲してしまう……!」

 

「……ほ、本当か?」

 外交官と徴税官も、慌ててスプーンを動かした。

 

「……んんっ!?

 ……こ、これは……!

 ……肉が、舌の上でとろけるようだ……!

 ……そしてこの白い穀物(米)との相性が抜群だ……!」

 

「……美味い! 美味すぎる!

 ……こんな複雑で奥深い味の料理、王宮の晩餐会でも出たことがないぞ!」

 

 彼らはもはや「外交」も「徴税」も忘れていた。

 ただひたすらに、目の前の皿と格闘していた。

 ガツガツとスプーンが皿に当たる音だけが響く。

 

「……ハハハ、おかわり自由ですよ。どうぞ」

 

 東郷が、空になった皿を見て声をかける。

 

「……お、おかわり!?

 ……い、いいのか!?

 ……こ、これほど高価なスパイスを使った料理を、もう一杯……!?」

 

「……ええ、もちろん。

 ……遠慮なく、腹いっぱい食べていってください」

 

「……か、感謝する!」

「……おかわりだ! 大盛りで頼む!」

 

 騎士たちも、上官が食べているのを見て我慢できなくなり、次々とカレーにありついた。

 あちこちから「美味い!」「なんだこれ!」という歓声が上がる。

 

 スパイスの魔法。

 それは、言葉や文化の壁を超え、人間の本能に直接訴えかける最強の外交ツールだった。

 

 食事が終わる頃には、彼らの態度は劇的に軟化していた。

 満腹感と、スパイスによる発汗作用で、彼らの顔は上気し、幸福感に包まれていた。

 

「……ふぅ。……食った食った」

 ヴォルフガングが満足げに腹をさすった。

「……誤解していたようだ、東郷殿。

 ……貴国の料理は素晴らしいな。

 ……魔法の力だけでなく、このような文化的な深みを持った国であるとは」

 

「……この『カレー』という料理……。

 ……ぜひ我が国にも広めたい!

 ……国王陛下も、必ずやお喜びになるはずだ!」

 外交官が熱っぽく語る。

 

「……ですが」

 東郷は申し訳なさそうに言った。

「……この料理には、ご覧の通り大量のスパイスを使用しております。

 ……そして、その味の決め手となる『カレールー(秘伝のカレー粉)』は、我が国の秘中の秘。

 ……お値段の方は少々……いや、かなり張ることになりますが……」

 

 彼は、わざと言葉を濁した。

 だが今の彼らにとって、値段など二の次だった。

 

「……金貨か?

 ……これだけ美味いのだ、それくらいは普通に必要だろうな!」

 徴税官が断言した。

「……我が国の国庫には金なら唸るほどある!

 ……その『カレールー』とやら、言い値で買おうじゃないか!」

 

「……よし、決まりだ!」

 ヴォルフガングが机を叩いた。

「……我が国も貴国と交易したい!

 ……このカレーを、我が騎士団の糧食に採用したい!

 ……これを食えば、兵の士気は百倍に上がるだろう!」

 

「……分かりました。

 ……では、友好的な交易関係を結びましょう」

 

 東郷は心の底からの(そして計算通りの)笑顔で、彼らと握手を交わした。

 

 武力による威嚇、そして食による懐柔。

 アメとムチの完璧なコンボによって、強硬な軍事国家アステリア王国は、日本のお得意様(カスタマー)へと陥落したのだった。

 

 今回は良い交渉になった!

 喜ぶ騎士団と徴税官と外交官。

 彼らは、お土産に持たされたレトルトカレーの箱を大事そうに抱え、意気揚々と帰路についた。

 

 その背中を見送りながら、郷田がぽつりと呟いた。

 

「……カレーは偉大ですね」

 

「……ええ。日本の国民食は、異世界でも最強でした」

 

 東郷は、満足げに頷いた。

 

 獣人、エルフ、そして人間の大国。

 この大陸の主要な勢力とのパイプは、これで盤石なものとなった。

 

 だが、彼らの快進撃はまだ終わらない。

 次なるターゲットは、この大陸のさらに奥地。

 伝説の『竜の巣』に眠る真の秘宝を求めて。

 

 日本の異世界開拓は、さらなる深淵へと進んでいくのだった。

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