異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第148話

 異世界『ネオ・ジャパン』アマテラス・ベース。

 日本と異世界を繋ぐ最前線基地であるこの場所は、今や単なる自衛隊の駐屯地という枠を超え、多種族が行き交う外交と交易の中心地として機能していた。

 

 プレハブとテントで構成された仮設の会議室。

 そのテーブルには、湯気を立てる日本製のインスタントコーヒーと、現地で調達された果物が並べられている。

 

 その席についているのは、日本の異世界外交を一手に担う外務省の東郷交渉官、現場指揮官の郷田陸将補。

 そして、この大陸における日本の最も信頼できる友邦である、二人の代表者だった。

 

 一人は、アステリア王国赤竜騎士団長、ヴォルフガング・フォン・アイゼンバッハ。

 深紅のプレートアーマーを纏った巨漢は、今日も今日とて日本から提供された『カツカレー(大盛り)』を平らげた直後であり、その精悍な顔には満ち足りた幸福感と、食後の鋭い知性が同居していた。

 

 もう一人は、エルフの冒険者であり、日本との最初の接触者でもあるリナ。

 彼女は優雅にコーヒー(砂糖とミルクたっぷり)を啜りながら、長い耳をピクリと動かして話を聞いていた。

 

「……というわけでして」

 

 東郷が重苦しい口調で切り出した。

 彼の手元にあるのは、日本本国から送られてきた『特級医療従事者保護法』に関する機密レポートと、疲弊しきった医師たちの惨状を訴える報告書だった。

 

「……現在、日本では『回復魔法』による医療革命が起きています。

 不治の病が治り、瀕死の重傷者が蘇る。それは素晴らしいことです。

 ……ですが、その代償として、術者である医師たちの『魔力切れ』が深刻な問題となっているのです」

 

 東郷は、賢者から授かった『万能回復魔法』がいかに強力で、そしていかに燃費の悪い術式であるかを説明した。

 一人の命を救うために、一人の術者の全魔力を消費してしまうこと。

 その回復には長い時間が必要であり、その間、医師たちは極度の倦怠感に襲われること。

 

「……なるほどな」

 

 ヴォルフガングが太い腕を組んで唸った。

 

「……そもそも、人間(ヒューマン)である貴殿らが魔法を使えるということ自体が、我々からすれば驚天動地の『異常事態(チート)』なのだ。

 我々アステリアの民は生まれつき魔力を持たぬ。魔法など、エルフや一部の魔物だけの特権だと思っていた。

 ……だが貴殿らは、それを可能にした。

 その代償として、魂の力をごっそりと持っていかれるというのは、道理と言えば道理かもしれん」

 

 彼は目の前の日本人たちを、畏敬と少しの同情を含んだ目で見つめた。

 彼らは魔法を使える。だが、それは無限の泉ではないのだ。

 

「……ええ、その通りです」

 

 郷田が沈痛な面持ちで頷く。

 

「……我々自衛隊員も、身体強化などの魔法を使えますが、回復魔法ほどの消費ではありません。

 しかし、医師たちが使う術式は桁が違う。

 ……このままでは、魔法という希望の光が医師たちの命を削り取ってしまう。

 ……何か、魔力を急速に回復させる手段、あるいは効率よく補充する方法はないものかと、今日はお知恵を拝借しに参ったのです」

 

 日本の切実な悩み。

 それは、ハイブリッドカーにダンプカーのエンジンを積んだような、出力と供給のアンバランスさだった。

 魔力をどうやって補充するか。

 

 その問いに対し、ヴォルフガングは顎髭をさすりながら思案げに天井を仰いだ。

 

「……魔力の回復か。自然回復を待つのが定石だが、それでは間に合わんのだろう?

 ……ふむ。魔力ポーションのようなものがあれば良いのだが、あれはエルフの秘薬中の秘薬。

 そう易々と量産できるものではないしな」

 

 彼はリナの方をちらりと見た。

 リナは静かに首を振る。

 

「……ええ。高純度の魔力回復薬は、材料の『月光草』が希少すぎて、私たちエルフでも年に数本精製するのがやっとよ。

 日本の人口を支えるような量は、とても用意できないわ」

 

「……やはりそうですか」

 

 東郷が肩を落とす。

 

「……だが」

 

 ヴォルフガングが低い声で言った。

 その目には軍人としての鋭い光が宿っていた。

 

「……一つだけ、心当たりがないわけではない」

 

「……えっ?」

 

 東郷と郷田が顔を上げる。

 

「……それは何ですか?」

 

「……『魔導王国(ソル・アルカディア)』だ」

 

 ヴォルフガングが口にしたその国名に、リナの表情が微かに曇った。

 アステリア王国、獣人自治区、エルフの森。

 それらとは異なる、大陸の西側に位置する謎多き大国。

 

「……そこら辺の技術に関しては、魔導王国が最も詳しいだろう。

 あそこは、この大陸で唯一無二、魔石を利用した『魔導工学』を極限まで発展させた国だ。

 そして何より……彼らは『人間でありながら魔法のような力を行使する』術を持っている」

 

「……人間が魔法を?」

 

 東郷が身を乗り出す。

 日本と同じ「チート」を持っているということか?

 

「……いや。貴殿らのような、何もないところから火を出すような真似とは少し違う。

 ……噂では彼らは『魔石』を体内に取り込むことで、擬似的に魔法を使っていると聞く」

 

「……魔石を体内に……?」

 

 郷田が戦慄する。

 

「……埋め込むということですか?」

 

「……あるいは吸収するか。詳しいことは分からん。

 だが彼らの国の魔導兵(キャスター)たちは、魔石のエネルギーを直接己の力に変え、湯水のごとく術を使い、疲労を知らぬという。

 ……もし、魔石の魔力を直接人体に取り込み、自身の魔力として変換する技術があるのだとすれば……。

 ……貴殿らの抱える『魔力切れ』の問題も、解決できるやもしれん」

 

 それはあまりにも魅力的な提案だった。

 魔石なら日本には売るほどある。

 賢者から提供された無尽蔵の魔石、そしてこの大陸で採掘される魔石。

 もしそのエネルギーを直接、医師たちのガソリンとして使えるなら、医療現場の危機は一気に解消する。

 

「……しかし」

 

 ヴォルフガングは苦い顔で続けた。

 

「……多分、秘伝だろうな。

 それは彼らの国力の源泉であり、軍事機密の塊だ。

 ……他国の者、ましてや異界から来た貴殿らに、そう簡単に教えてくれるとは思えん。

 ……彼らは排他的で、そして傲慢だ。

 『魔法こそが至高』と信じ、我々のような剣を持つ国を見下している節がある」

 

「……なるほど。一筋縄ではいかない相手ということですね」

 

 東郷は冷静に分析する。

 だが外交官としての彼の血が騒いでいた。

 交渉の余地があるなら、挑む価値はある。

 

「……その話、少し待ってちょうだい」

 

 そこで今まで静かに聞いていたリナが口を挟んだ。

 彼女の美しい顔には、深い懸念の色が浮かんでいた。

 

「……魔導王国の技術……『魔石同化法』は確かに強力よ。

 でもそれは、人間の魂を汚染するリスクがある禁断の術式とも言われているわ。

 ……無理やり外部の魔力を体内に流し込めば、精神が蝕まれたり、肉体が魔石に乗っ取られたりする危険性がある。

 ……あなたたちの大切な『お医者様』たちに、そんなリスクを負わせるつもり?」

 

「……そ、それは……」

 

 東郷が言葉に詰まる。

 副作用があるなら、導入は慎重にならざるを得ない。

 

「……それに、魔導王国と接触するのは、今の貴方たちには時期尚早かもしれないわ。

 まずは、もっと安全な方法を試すべきよ」

 

 リナは諭すように言った。

 

「……だから魔導王国に行く前に、私からの提案を聞いてくれないかしら?」

 

「……提案ですか?」

 

「ええ。

 ……魔導王国のような劇的な解決策ではないけれど。

 ……私たちエルフに伝わる『大気中の魔力を急激に吸収して、体内の魔力を回復する術』があるの」

 

「……おお!」

 

 郷田が身を乗り出した。

 

「……それはどのような?」

 

「……私たちは『精霊の息吹』と呼んでいるけれど、これを効率化するための道具があるの」

 

 リナは懐から一枚の布を取り出した。

 それはハンカチほどの大きさの、美しい緑色の絹布だった。

 表面には銀色の糸で複雑な幾何学模様――魔法陣が刺繍されている。

 

「……これは?」

 

「……『魔力集積の布』。

 ……使い方は簡単よ。

 ……この魔法陣を刻んだ布の上に座り、あるいは身につけているだけでいいわ。

 ……そうすれば、この布が大気中に漂う魔素(マナ)を濾過し、集約して、使用者の体内に優しく流し込んでくれるの」

 

「……座っているだけで魔力が回復する……!?」

 

 東郷が驚愕する。

 それはまるで、スマホを置くだけで充電できる「ワイヤレス充電器」のようなものではないか。

 

「……ええ。

 ……自然回復に任せるより、遥かに早く魔力が戻るわ。

 ……これなら、一ヶ月かかっていた回復期間を、十日……いえ、慣れれば数日まで短縮できるはずよ。

 ……それに自然のマナを取り込むだけだから、副作用も一切ないわ」

 

「……これは……ありがたい……!」

 

 郷田がその布を拝むように見つめた。

 数日。

 それは医療現場にとって、救世主のような数字だ。

 医師たちの回転率が上がれば、それだけ救える命が増える。

 そして何より、安全だ。

 

「……これなら、すぐにでも導入できます!

 リナさん、この布を……大量に譲ってはいただけませんか?」

 

「……ええ、もちろんよ。

 ……里の織り子たちに頼めば量産できるわ。

 ……日本のお菓子と交換で、どうかしら?」

 

「……交渉成立です! チョコでもクッキーでも、いくらでもお持ちします!」

 

 東郷はリナの手を取って感謝した。

 これで日本の医療崩壊の危機は、ひとまず回避できるかもしれない。

 この布をベッドシーツや白衣の裏地に加工すれば、医師たちは休息中や勤務中にも常に魔力を回復し続けることができる。

 

「……ありがとうございます。

 今後、この布を定期的に持ってきていただけますか?」

 

「……ええ、約束するわ」

 

 リナは微笑んだ。

 

「……しかし」

 

 東郷はふと窓の外、西の空を見つめた。

 その遥か彼方には、謎の大国、魔導王国がある。

 

「……今回の件は、エルフの布で何とかなりそうですが……。

 ……やはり『魔石から直接魔力を得る方法』というのは、捨てがたい魅力がありますね」

 

「……うむ」

 

 ヴォルフガングが頷く。

 

「……いずれ、より強大な魔法、あるいはより大規模な奇跡を必要とする時が来るだろう。

 ……その時こそ、大気中のマナだけでは足りなくなる。

 ……魔石という巨大なエネルギー源を直接扱える技術。

 ……それは、喉から手が出るほど欲しい技術だ」

 

「……魔導王国か……」

 

 郷田が呟く。

 

「……いつかは接触する必要があるとは思っていましたが……。

 ……そろそろ本腰を入れて調査を始めるべきかもしれませんね」

 

「……接触しますか……」

 

 東郷は決断した。

 

「……まずは情報収集から始めましょう。

 ……彼らがどのような国なのか、どのような技術を持っているのか。

 ……そして我々の『おもてなし』が通じる相手なのかどうか」

 

 日本の異世界開拓は、新たなフェーズへと進もうとしていた。

 エルフの知恵で足元を固めつつ、次なる大国へのアプローチを開始する。

 

 全ては日本のため。

 そして救いを求める、多くの人々のために。

 

「……よし!

 まずはこの朗報を本国に伝えましょう!

 『回復の目処が立った』と!」

 

 会議室に久しぶりに明るい声が響いた。

 彼らの戦いはまだ終わらない。

 だが確かな希望の光が、そこにはあった。

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