異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第150話

 日本の山奥。

 最新鋭のSF技術と和の情緒が融合した、新田創の自宅『庵(いおり)』。

 その縁側で創は煎餅をかじりながら、タブレット端末で異世界のニュースを眺めていた。

 

「ふーん……。ネオ・ジャパンの方は、まあ順調と。

 医療改革にエルフの布か。東郷さんたちも頑張るねえ」

 

 彼は、まるで育成ゲームのログを確認するように呟くと、ふと、あることを思い出した。

 

「そういえば……あそこ、最近行ってないな」

 

 彼が思い出したのは、異世界『シレニア王国』。

 島々からなる海洋国家であり、かつては海賊『赤髭』の略奪に怯える弱小国だった場所だ。

 創はそこの女王マリーナに日本政府から受け取った船を売りつけついでに後日おまけで生産ラインとなるドックを整備してやったのだ。

 

 対価は、国家収益の5%。

 

「……そろそろ最初の『集金』の時期か。

 あの船なら、まあ海賊くらいは追い払えてるだろうし、少しは景気も良くなってるかな」

 

 創は軽い気持ちで立ち上がった。

 感覚としては、貸していた漫画を返してもらいに行くくらいのノリだ。

 

「よし、行ってみるか。

 ついでに向こうの海で獲れる魚でも食ってこよう」

 

 彼は指をパチンと鳴らし、『テッセラクト・ボイジャー』の転移ゲートを開いた。

 行き先は、シレニア王国の王都港湾エリア。

 

 光の粒子が彼を包み込み、そして世界が切り替わる。

 

 

 潮の香りと、海鳥の鳴き声。

 そして――。

 

 ドォォォォォォン……!

 

 腹に響くような重低音。

 祝砲か、あるいは演習か。

 

 転移の光が収まり、創が目を開けた時、彼の目に飛び込んできたのは、かつてののどかな漁港の風景ではなかった。

 

「……え?」

 

 創はポカンと口を開けた。

 

 そこは要塞だった。

 港湾部は以前の倍以上に拡張され、石造りの堅牢なドックが延々と海岸線を埋め尽くしている。

 そして、その海面を埋め尽くすように停泊しているのは、黒塗りの巨大な船体を持つ三本マストの戦列艦たち。

 船腹には、ずらりと並んだ砲門が黒い口を開けている。

 その数は十隻や二十隻ではない。百隻を超える大艦隊が、威圧的に整列していた。

 

 港を行き交う人々も様変わりしていた。

 かつては日焼けした漁師や、怯えた様子の商人ばかりだったが、今はパリッとした白い制服に身を包んだ海軍士官や、規律正しく行進する水兵たちが溢れている。

 

「……なんか、すごいことになってるな」

 

 創が呆然としていると、巡回中の兵士が彼に気づいた。

 鋭い眼光。腰のサーベルに手が伸びる。

 

「貴様! 何者だ! ここは海軍の最重要区画だぞ! 許可証は……」

 

 兵士が詰め寄ろうとした瞬間、創の顔を見て凍りついた。

 

「……あ」

 

 兵士の顔色が、みるみるうちに蒼白になり、次いで紅潮し、最後には感極まったように震え出した。

 彼は持っていた槍を投げ捨てると、その場に土下座(五体投地)した。

 

「――おおお、戻りになられたァァァッ!!!」

 

 彼の絶叫が、港中に響き渡った。

 

「総員、直立不動ッ! 敬礼ッ!

 我らが救世主、勝利の神、設計者(アーキテクト)様のご帰還であるッ!!!」

 

 ザッッッ!!!

 

 その場にいた数百人の兵士、士官、そして作業員たちが、一糸乱れぬ動きで創に向かって敬礼した。

 停泊中の戦列艦からは一斉に汽笛が鳴らされ、マストの上から「万歳!」の声が降り注ぐ。

 

「……うわぁ」

 

 創は引きつった笑みを浮かべた。

 どうやら自分が思っていた以上に、この国における自分のポジションは「重い」ものになってしまっているらしい。

 

 

 王宮への道中は、さながら凱旋パレードだった。

 沿道の市民たちは創の姿を見るなり、手を合わせ、涙を流して拝んでくる。

 店先には『祝・帰還! 設計者様セール』の看板が掲げられ、子供たちは創の似顔絵が描かれた旗を振っている。

 

 そして王宮の玉座の間。

 重厚な扉が開かれると、そこには一人の女性が待っていた。

 

 シレニア王国女王、マリーナ。

 

 かつて創が会った時は、海賊の脅威に怯え、ドレスの裾を握りしめて涙目になっていた、可憐で儚げな少女だった。

 だが今、玉座に座っている人物は、別人と言っても過言ではなかった。

 

 純白の海軍提督風の軍服に身を包み、肩には黄金の肩章。腰には飾りではなく、実戦仕様のサーベルを佩いている。

 その瞳は大海原のように深く、そして鋼のように強い意志の光を宿していた。

 「鉄の女」。あるいは「海賊女王」。

 そんな二つ名が似合いそうな、圧倒的なカリスマを放っていた。

 

「……よくぞ戻られました。我が導き手よ」

 

 マリーナは玉座から立ち上がると、カツカツとヒールの音を響かせて創の前まで歩み寄り、そして流れるような動作で片膝をついた。

 女王が臣下の礼をとったのだ。

 

「……貴方様が授けてくださった『黒船』と『大砲』の力により、我がシレニアは生まれ変わりました」

 

「あー……うん。久しぶり、マリーナちゃん。

 ……随分と、まあ、凛々しくなったね」

 

 創が苦笑しながら言うと、マリーナはふっと表情を緩め、少しだけ、かつての少女のような顔を見せた。

 

「……からかわないでくださいませ。

 ……国を守るためには、私が強くならねばならなかったのです。

 ……見てください、これを」

 

 彼女は部屋の中央にある巨大な海図テーブルへと、創を案内した。

 そこにはシレニア王国を中心とした広大な海域の地図が広げられていた。

 そして、その海域のほぼ全域が、シレニアの国旗の色である「青」で塗りつぶされていた。

 

「……海賊『赤髭』は、三ヶ月前の『珊瑚礁海戦』にて、我が艦隊の一斉射撃により藻屑と消えました。

 ……その勢いで、周辺の島々を支配していた武装勢力も掃討。

 ……ついでに、我が国の商船を不当に拿捕していた隣国の海軍も、ちょっとだけ懲らしめて差し上げました」

 

 マリーナは、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔は美しいが、背筋が凍るような迫力があった。

 

「……その結果、現在、この海域の制海権は100%、我が国が握っております。

 ……全ての商船は、シレニアの旗を掲げねば海を通ることはできません。

 ……我々は今や、名実ともに『海の支配者』となりました」

 

「……海賊を倒すために力を貸したつもりだったんだけど、まさか君たちが海賊王(パイレーツ・キング)になるとはねぇ」

 

 創はポリポリと頬を掻いた。

 まあ弱肉強食は世の常だ。平和になったのなら文句はない。

 

「……それで、これが貴方様との契約に基づく『5%』です」

 

 マリーナが合図をすると、従者たちが次々と宝箱を運んできた。

 蓋が開けられると、そこには目が眩むような金貨、宝石、そして珍しい海洋素材が山のように積まれていた。

 その総額は、以前のシレニア王国の国家予算の数倍はあるだろう。

 

「……通行税、貿易利益、そして海賊からの没収品……。

 ……これらは全て、貴方様がもたらした富です。

 ……どうぞ、お納めください」

 

 創はその山の前で軽く頷いた。

 彼の「無限収納(インベントリ)」が火を吹く。

 一瞬で宝の山が、亜空間へと吸い込まれた。

 

「……確かに受け取った。

 契約履行、ご苦労さま」

 

「……はっ!

 ……つきましては、我が神よ。

 ……この国の『残り95%』と、そして『私自身』も、貴方様に献上したいのですが」

 

 マリーナが潤んだ瞳で創を見上げ、頬を赤らめて迫ってきた。

 

「……私は貴方様の力に惚れ込みました。

 ……貴方様が王配となれば、我が国は世界をも征服できるでしょう。

 ……どうでしょう、今夜にでも式を……」

 

「あ、それはいいです。間に合ってます」

 

 創は秒で断った。

 

「……えっ」

 

「国とか統治とか面倒くさいし。

 俺は、たまにこうやって小遣いを貰いに来る『謎のパトロン』くらいの立ち位置が、一番気楽でいいんだよ」

 

「……そ、そうですか……」

 

 マリーナは目に見えてしょんぼりした。

 耳元で「世界征服……」と呟いているのが聞こえる。

 この女王、覚醒してから野心がマッハである。

 

「……まあ、統治はしないけどさ」

 

 創は王宮の窓から見える景色――青く輝く海と、その先に浮かぶ小さな無人島を指差した。

 

「……あそこの島、いいよね」

 

「……『紺碧島(アズール・アイル)』ですね。

 ……水は綺麗ですが、岩場と砂浜しかない無人島です。

 ……戦略的価値もありませんが……」

 

「……あの島、俺に頂戴。

 別荘(ヴィラ)建てたいんだ」

 

「……へ?」

 

 マリーナはきょとんとした。

 世界を支配できる力を持つ男の望みが、無人島での別荘?

 

「……別に構いませんが……。

 ……あそこには何もありませんよ?」

 

「……『何も無い』のがいいんだよ。

 ……よし、決まりだ。

 ……今日から、あそこは俺のプライベートビーチね」

 

 創はニヤリと笑った。

 彼の頭の中には、既に最高のスローライフ計画が構築されていた。

 

 

 数時間後。

 無人島『紺碧島』は、劇的なビフォーアフターを遂げていた。

 

 創がアークチュリアの建設ドローンと土魔法を駆使した結果、ただの荒野だった島は一瞬にして極上のリゾートアイランドへと変貌したのだ。

 

 白砂のビーチにはヤシの木が植えられ、色とりどりのパラソルとデッキチェアが並ぶ。

 高台にはガラス張りのモダンなヴィラが建ち、そのテラスにはジャグジー付きのプール。

 冷蔵庫にはキンキンに冷えたコーラやビール、トロピカルジュースが満載され、魔石駆動のエアコンが快適な室温を保っている。

 

「……な、なんですか、これは……!?」

 

 視察(という名目で遊びに来た)マリーナ女王と護衛の近衛兵たちが、口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。

 彼らの知る「建築」の常識を超えた未来のリゾートが、そこにあった。

 

「……これが俺の『海の家』だ」

 

 創は、アロハシャツに短パン、サングラスという完全に浮かれた格好で現れた。

 

「……さあ、マリーナちゃんも、その堅苦しい軍服脱いで水着になりなよ。

 ……今日は仕事の話はナシだ。

 ……思いっきり遊ぶぞ!」

 

「……み、水着……!?」

 

 マリーナは顔を真っ赤にしたが、

 「……神の命令ならば、致し方ありませんわね!」

 と、満更でもない様子でヴィラの更衣室へと消えていった。

 

 数分後。

 大胆なビキニ姿(創が用意した)に着替えたマリーナが現れると、近衛兵たちが鼻血を出して倒れた。

 普段の「鉄の女」としての威厳とのギャップが凄まじい。

 

「……さあ、まずはこれからだ」

 

 創は海面に浮かぶ「乗り物」を指差した。

 流線型のボディを持つ小型の船。

 アークチュリアの技術で作られた、魔石駆動式水上バイク『ハイドロ・スピーダー』だ。

 

「……これは?」

 

「……『水上の馬』みたいなもんだ。

 ……乗ってみな。後ろに乗せてやるから」

 

 創が運転席に跨り、マリーナをおずおずと後ろに乗せる。

 彼女は創の腰にしっかりと腕を回した。

 

「……行きます! 振り落とされないでくださいね!」

 

「……え、あ、はい!」

 

 ブオォォォォォン!!!

 

 静かなエンジン音と共に、水上バイクが急発進した。

 魔力推進による加速は、風を切るというより、空間を滑るような感覚だ。

 一瞬で時速100キロ近い速度が出る。

 

「……きゃぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 マリーナの悲鳴が上がる。

 だが、それは恐怖の悲鳴ではなく、興奮と歓喜の混じったものだった。

 

 青い海原を、白い水飛沫を上げて疾走する。

 風が髪を乱し、水しぶきが肌を濡らす。

 公務と戦争の日々に追われ、忘れていた「解放感」が彼女の心を突き抜けた。

 

「……すごいです! これ、すごいですわ!

 ……まるで風になったようです!」

 

「……だろ?

 ……自分で運転してみるか?」

 

「……やります!」

 

 運転を交代すると、マリーナの「海賊王」としての才能が覚醒した。

 彼女は初めてとは思えないハンドルさばきで波を乗りこなし、ドリフトターンを決め、しまいにはジャンプまで成功させた。

 

「……アハハハハ! 最高ですわ!

 ……これがあれば、敵艦への強襲も容易ですわね!」

 

「……いや、軍事利用しないでね?」

 

 創は苦笑した。

 彼女の笑顔は少女のように輝いていた。

 

 

 夕暮れ時。

 遊び疲れた彼らを待っていたのは、極上のバーベキューだった。

 

 ビーチには創が用意した巨大な鉄板と、炭火コンロが並べられている。

 そして、その横には――。

 

「……これは何ですか?」

 

 近衛兵長が引きつった顔で指差した。

 そこには全長五メートルはある巨大なタコのような魔物と、蛇のような海竜(シーサーペント)が横たわっていた。

 ついさっき創が「食材調達」と言って海に潜り、素手で捕まえてきたものだ。

 

「……『クラーケン・モドキ』と『プチ・リヴァイアサン』だ。

 ……こいつらの肉、絶対美味いと思うんだよね」

 

 創は巨大な包丁(ミスリル製)で魔物の足を豪快にぶつ切りにした。

 そして特製の醤油ダレに漬け込み、熱々の鉄板の上に放り込む。

 

 ジュワァァァァァ……!

 

 香ばしい音と共に、醤油と砂糖が焦げる暴力的なまでに食欲をそそる匂いが立ち昇る。

 タコの足は赤く染まり、プリプリとした弾力を帯びていく。

 海竜の肉は、まるで極上の霜降り肉のように脂が滴り落ちる。

 

「……ゴクリ……」

 

 マリーナも兵士たちも喉を鳴らした。

 普段は「討伐対象」でしかない魔物が、今、極上の「ご馳走」へと変わろうとしていた。

 

「……さあ、焼けたぞ。

 ……こっちの『冷えたエール(ビール)』と一緒にどうぞ!」

 

 創がジョッキを差し出す。

 マリーナは焼きたてのクラーケンの足を一口食べた。

 

「……!!!!!」

 

 彼女の目がカッ! と見開かれる。

 

「……柔らかい! そして噛むほどに旨味が溢れ出してきます!

 ……この甘辛いタレと、魔物の濃厚な味が絡み合って……!

 ……これが魔物の味だというのですか!?」

 

「……魔物も魚も、焼けば大体美味いんだよ」

 

 創もビールを煽り、肉を食らう。

 最高だ。

 美しい夕日、波の音、そして美味い酒と肉。

 これこそが彼が求めていた「スローライフ」だ。

 

 近衛兵たちも最初は恐る恐るだったが、一口食べればその美味さに理性が飛び、無礼講の宴が始まった。

 彼らは歌い、踊り、そして笑った。

 軍事大国シレニアの、つかの間の平和な休日。

 

 

 夜。

 満天の星の下、創とマリーナはデッキチェアに座り、波音を聞いていた。

 

「……夢のようです」

 

 マリーナがグラスを傾けながら呟いた。

 

「……国を守るために、心を鉄にして戦ってきました。

 ……でも本当は……こんな風に、ただ笑って過ごしたかったのかもしれません」

 

「……ま、たまには息抜きも必要だよ。

 ……根詰めすぎると、ロクなことにならないからな」

 

「……はい」

 

 マリーナは創の横顔を見つめた。

 

「……この島は貴方様のものです。

 ……ですが、この島があるこの海は、私が守ります。

 ……貴方様がいつでも安心して帰ってこられるように。

 ……いかなる敵も海賊も、二度とこの海を汚させはしません」

 

 彼女の声には、以前のような悲壮な決意ではなく、愛する場所を守るための温かく強い意志が込められていた。

 「海賊王」の力は、これからは「リゾートの守護者」として振る舞われることになるだろう。

 

「……頼もしいね。

 ……じゃあ俺は、また気が向いたら遊びに来るよ。

 ……次は、もっとすごい遊び道具を持ってくるから」

 

「……はい! お待ちしております!」

 

 こうして創のシレニア王国訪問は終わった。

 彼は莫大な資金と、最高のリゾート地を手に入れた。

 シレニア王国は、さらに強固な(そして少し方向性のズレた)忠誠心を抱くことになった。

 

 翌日からシレニア海軍には、新たな最重要任務が課された。

 『紺碧島周辺海域の絶対防衛』、および『美味しい海産物の捕獲調査』である。

 最強の艦隊が無人島周辺を厳重に警備し、巨大なイカを求めて大砲を撃つ姿は、この世界の七不思議の一つとして語り継がれることになるのだが……。

 

 それはまた、別のお話。

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