異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第151話

 シレニア王国の王都から少し離れた海域に浮かぶ、美しき無人島『紺碧島(アズール・アイル)』。

 かつては岩と砂しかなかったこの島は、今や異世界と未来技術が融合した、世界で最も贅沢なプライベート・リゾートへと変貌を遂げていた。

 

 あれから数週間。

 新田創は、再びこの島を訪れていた。

 理由は単純。日本の自宅も快適だが、たまには本物の潮風と、あの突き抜けるような青い空の下で昼寝がしたくなったからだ。

 それに、前回食べた「クラーケン・モドキ」の味が忘れられなかった、というのもある。

 

「……ふぅ。やっぱりここは良いな」

 

 創はヴィラのテラスにあるジャグジーに浸かりながら、冷えたコーラを煽った。

 目の前にはエメラルドグリーンの海と、水平線まで続く青い空。

 そして、その完璧な景観を少しだけ邪魔……いや、厳重に守っているシレニア海軍の戦列艦隊。

 

 彼らは島の周囲をぐるりと取り囲み、蟻一匹通さない鉄壁の布陣を敷いている。

 マリーナ女王の「神の別荘を絶対死守せよ」という命令は、いささか過剰なほど忠実に実行されていた。

 

「……まあ、安心感はあるけどさ」

 

 創が苦笑していると、ヴィラの通信機(魔石式インターホン)が鳴った。

 

『……ハジメ様、マリーナでございます。

 ……入港の許可をいただけますでしょうか?』

 

「ああ、いいよ。いらっしゃい」

 

 数分後。

 テラスに現れたマリーナ女王は、前回のような軍服ではなく、涼しげなサマードレス(もちろん創がプレゼントしたものだ)に身を包んでいた。

 だが、その美しい顔には、どこか憂いの色が浮かんでいた。

 

「……どうしたの、マリーナちゃん。

 せっかくのリゾートなんだから、もっと眉間のシワを伸ばしなよ」

 

 創がデッキチェアを勧めると、マリーナは深いため息をついて腰を下ろした。

 

「……申し訳ありません、ハジメ様。

 ……貴方様がせっかくお寛ぎのところ、無粋な報告をせねばならない我が身が恨めしいのです」

 

「……報告? 何かあった?」

 

「……はい。

 ……実は、ここ最近、深海からの脅威が深刻化しておりまして」

 

 マリーナは海の方角を指差した。

 

「……『クラーケン』です。

 ……以前、貴方様が捕まえて焼いて食べた『クラーケン・モドキ』ではありません。

 ……本物の伝説級の怪物(モンスター)です」

 

「……ほう」

 

 創の目が、少しだけ輝いた。

 「本物」ということは、つまり「もっとデカくて美味い」ということではないか?

 

「……奴は、この近海の深い海溝に巣食っているようなのです。

 ……我が国の艦隊が海上を制圧したことで、浅瀬の魚たちが減り、餌を求めて浮上してくるようになったのか……。

 ……最近、漁に出た船が深海からの触手に襲われる事件が多発しております。

 ……我が軍の大砲も、海中深くに潜む奴には届きません。

 ……爆雷のような魔導兵器も試しましたが、奴の巨体と再生力の前には決定打とならず……」

 

 マリーナは悔しそうに拳を握りしめた。

 海上では無敵を誇る「海賊女王」も、未知なる深海の怪物には手を焼いているようだ。

 

「……漁場が荒らされれば、国の経済にも影響が出ます。

 ……何より、この『紺碧島』のすぐ近くにそんな怪物がいること自体、貴方様の安眠を妨げる許しがたい事態です!」

 

「……なるほどねぇ」

 

 創は顎を撫でた。

 

「……深海の巨大イカか。

 ……そいつは放っておけないな」

 

「……はい!

 ……ですから艦隊を増強して、網で囲い込んで……」

 

「……いや、違う違う」

 

 創はニヤリと笑った。

 

「……そんな美味そうな食材、誰かに横取りされる前に確保しないと、って意味だよ」

 

「……は?」

 

 マリーナがポカンとする間に、創は立ち上がり、ヴィラの前のビーチへと降りていった。

 

「……来なよ、マリーナちゃん。

 ……海の上から手出しできないなら、こっちから『お宅訪問』してやればいいんだ」

 

 彼が指を鳴らす。

 亜空間ゲートが開き、そこから「それ」が姿を現した。

 

 ズズズズズ……ンッ!

 

 砂浜に鎮座したのは、流線型のフォルムを持つ白銀の巨大な船体だった。

 全長は三十メートルほど。

 潜水艦というよりは宇宙船に近い、滑らかで未来的なデザイン。

 船体には『DS-01 アビス・ヴォイジャー』の文字が刻まれている。

 

「……こ、これは……?」

 

 マリーナが目を見開く。

 

「……『個人用多目的潜水巡洋艦』だ。

 ……アークチュリアの技術で作らせた、深海探査用のオモチャだよ」

 

「……個人用……? これが……?」

 

 軍艦並みのサイズに見えるが、創の基準では「個人用」らしい。

 

「……さあ、乗った乗った。

 ……深海の主とやらに挨拶しに行こうぜ」

 

 

 エアロックを抜け、船内に入ったマリーナは二度目の衝撃を受けた。

 

「……ここ、本当に船の中ですか……?」

 

 そこは狭苦しい計器類が並ぶコクピットではなかった。

 広々としたリビングルーム。

 ふかふかの絨毯が敷かれ、革張りのソファセットが置かれている。

 壁一面には巨大なスクリーン……いや、船体の外壁を透明化して外の景色を映し出す『パノラマ・ウィンドウ』が広がっている。

 奥にはバーカウンターや、キングサイズのベッドルームまで完備されていた。

 

「……すごい……。王宮の客室より広くて豪華ですわ……」

 

「……快適性は大事だからね。

 ……ほら、そこ座って。何か飲む? シャンパンあるよ」

 

 創は操縦席(といっても、リクライニングシートに座って空中に浮かぶホログラムを操作するだけだが)に座り、システムを起動させた。

 

『システム・オールグリーン。潜行シークエンスを開始します』

 

 電子音声と共に船体が静かに振動する。

 窓の外の景色が、青い空から青い海へと切り替わった。

 

 ザブゥゥゥン……。

 

 アビス・ヴォイジャーは海中へと滑り込んだ。

 水深が深くなるにつれ、窓の外の青は濃さを増し、やがて漆黒の闇へと変わっていく。

 だが、船体の強力なライトが、その闇を切り裂く。

 

「……綺麗……」

 

 マリーナが息を呑んだ。

 ライトに照らされた海底には、色とりどりの珊瑚礁や、見たこともない形状の魚群が舞っていた。

 深海魚たちの発光器が、まるで星空のように煌めいている。

 

「……陸の上だけが世界じゃない。

 ……海の中にも、また別の世界があるんだ」

 

 創はソナーの反応を見ながら、船をさらに深く、深くへと潜らせていく。

 水深千メートル。二千メートル。

 通常なら水圧で鉄の塊さえ圧し潰される深度だが、この船の『重力制御シールド』の前では、そよ風のようなものだ。

 

 やがて。

 ソナーが巨大な反応を捉えた。

 

『アラート。巨大生体反応接近。距離1500』

 

「……おお、お出ましだね」

 

 創がニヤリと笑う。

 窓の外、闇の奥から二つの巨大な「光」が現れた。

 それは直径数メートルはあるであろう、黄金色に輝く眼球だった。

 

 ヌゥゥゥゥゥ……。

 

 ライトの光の中に、その全貌が浮かび上がる。

 伝説の怪物クラーケン。

 その体躯は、シレニアの戦列艦よりも遥かに巨大だった。

 太い触手の一本一本が高層ビルのように太く、無数の吸盤がびっしりと並んでいる。

 

「……ひっ……!」

 

 マリーナが思わず、創の腕にしがみつく。

 

「……で、デカすぎますわ……!

 ……あんなの、大砲が何百門あっても倒せません……!」

 

 クラーケンは侵入者であるアビス・ヴォイジャーを認めると、威嚇するように触手を広げ、襲いかかってきた。

 

 ドォォォン!!!

 

 巨大な触手が船体を打ち据える。

 だが船内は揺れもしなかった。

 不可視の『イナーシャル・ダンパー(慣性制御)』と『エネルギーシールド』が、全ての衝撃を無効化したからだ。

 

「……ふん。挨拶代わりのビンタとは、威勢がいいね」

 

 創は余裕の表情でマイクのスイッチを入れた。

 

「……『翻訳魔法(トランスレート)』起動。

 ……対象、巨大イカ。

 ……おい、聞こえるか? そこのデカブツ」

 

 船外スピーカーから特殊な振動波が放たれる。

 それはクラーケンの知能レベルに合わせた「意思伝達」の魔法だ。

 

 クラーケンの動きが、ピタリと止まった。

 そして船内に、重く低く、くぐもった声(思念)が響いてきた。

 

『……誰ダ……?

 ……我ガ眠リヲ妨ゲル……矮小ナル者ヨ……』

 

「……言葉が通じるなら話は早い。

 ……俺は、この上の島の持ち主だ。

 ……お前が最近、うちのシマ……じゃなくて海域で暴れてるって苦情が来てるんだよ。

 ……ちょっと態度を改めてもらえないかな?」

 

『……我ハ……空腹ナノダ……。

 ……海ノ上ノ……木ノ箱(船)ガ……魚ヲ取リ尽クス……。

 ……我ニハ……餌ガ足リヌ……』

 

 クラーケンは不満げに触手をうねらせた。

 どうやらシレニア王国の漁業発展の煽りを受けて、彼(?)の食卓が寂しくなっていたらしい。

 

「……なるほど。腹が減ってるのか。

 ……じゃあ話は簡単だ」

 

 創は亜空間収納(インベントリ)から「あるもの」を取り出し、船外への射出ポートにセットした。

 

「……これでも食って落ち着けよ」

 

 シュポンッ!

 

 船外に射出されたのは、巨大なドラム缶サイズの容器に入った特製の『魔物用ペーストフード(マグロ味・増量タイプ)』だった。

 アークチュリアのバイオプラントで合成された、栄養満点で味も極上のペットフードだ。

 

 クラーケンは怪訝そうに触手でそれを受け取ると、口へと運んだ。

 そして――。

 

『…………ッ!?

 ……美味イ……!

 ……ナンダコレハ……!

 ……濃厚ナ旨味……! 溢レル脂……!

 ……鯨ヲ百頭食ウヨリモ……満タサレル……!』

 

 クラーケンの目が、カッ! と輝いた。

 感動のあまり、触手が喜びのダンスを踊っている。

 

「……気に入ったか?

 ……まだまだあるぞ」

 

 創はさらに『最高級マヨネーズ(業務用)』のタンクを追加投入した。

 イカとマヨネーズ。相性が悪いわけがない。

 

『……オオオオオ……!

 ……コノ酸味ト……コク……!

 ……神ノ……神ノ食い物ダ……!』

 

 クラーケンは完全に陥落した。

 食欲という本能の前には、伝説の怪物もただの食いしん坊だ。

 

「……よし。じゃあ取引(ディール)だ」

 

 創はビジネスマンの顔で言った。

 

「……俺は、この『美味い餌』を定期的にくれてやる。

 ……その代わり、お前は俺の言うことを聞け」

 

『……言ウ! 聞ク! 何デモ聞ク!

 ……我ハ何ヲスレバ良イ!?』

 

「……条件は二つだ。

 ……一つ、この周辺の漁船を襲うな。

 ……二つ、この『紺碧島』とシレニア王国の海域を外敵から守れ。

 ……そして、たまに深海の『美味いもの』を俺に献上しろ。

 ……そうすれば、お前をこの海の『守護神』として祀り上げて、毎日腹一杯食わせてやる」

 

『……守護神……!

 ……餌ガ貰エテ……敬ワレル……?

 ……悪クナイ……! イヤ最高ダ!

 ……我ハ誓ウ! 今日カラ我ハ貴殿ノ下僕ダ!』

 

 交渉成立。

 所要時間わずか十分。

 人類が何百年も恐れてきた海の災厄は、マヨネーズと合成フードによって、忠実な番犬(番イカ)へと転職した。

 

 隣で見ていたマリーナ女王は、開いた口が塞がらなかった。

 「……神の交渉術、恐るべし……」と呟くのが精一杯だった。

 

 

 数時間後。

 紺碧島のビーチは、前回を遥かに上回る狂乱の宴となっていた。

 

「……乾杯ーーーッ!!!」

 

 創の音頭で、マリーナ女王、近衛兵たち、そして海中から顔(?)を出しているクラーケン(命名:クラーちゃん)が祝杯を挙げた。

 

 砂浜には、クラーちゃんが「献上品」として深海から抱えて持ってきた、見たこともないような海の幸が山積みになっていた。

 

 大人の背丈ほどもある『深海大車海老』。

 岩のように巨大で、殻の中に濃厚な味噌が詰まった『鎧蟹(アーマークラブ)』。

 そして、脂の乗り切った『深海マグロ』のような巨大魚。

 

「……すげえ……!

 ……どれもこれも、市場に出したら金貨何枚になるんだ……?」

「……そんなことより食おうぜ! 焼けたぞ!」

 

 巨大な鉄板の上ではエビやカニが赤く染まり、バター醤油の焦げる匂いが辺り一面に漂っている。

 

「……はい、ハジメ様。あーん」

 

 水着姿のマリーナが、焼き立てのカニの身を創の口に運んでくる。

 プリップリの食感と濃厚な甘み。

 そこに焦がし醤油の香ばしさが加わり、口の中が海の宝石箱になる。

 

「……んぐっ。美味い!

 ……やっぱり深海の魚介は、味が濃いな!」

 

「……ええ、本当に!

 ……これも、あの『クラーちゃん』のおかげですわね」

 

 マリーナは海の方を見て微笑んだ。

 波打ち際ではクラーちゃんが一本の触手を器用に使って、創から貰った『特大ドラム缶ビール』をラッパ飲みしていた。

 その周りでは兵士たちが酔っ払って触手に抱きついたり、一緒に踊ったりしている。

 もはや、そこには種族の壁も敵味方の区別もなかった。

 

「……平和だねぇ」

 

 創はビーチチェアに寝そべり、満腹の腹をさすった。

 

「……海賊もいなくなった。

 ……海の怪物も仲間になった。

 ……この海は、もう安泰だ」

 

「……はい。全て貴方様のおかげです」

 

 マリーナは、そっと創の肩に頭を預けた。

 

「……シレニア王国は、これからも貴方様と共にあります。

 ……この豊かな海と美味しい食事、そして貴方様の笑顔を守るために。

 ……私は世界最強の海軍を作り上げますわ」

 

「……うん、まあ、ほどほどにね」

 

 創は苦笑した。

 彼女の目が、また少し「野心」でギラついていたからだ。

 おそらくクラーちゃんを軍事転用して、他国の艦隊を威嚇する計画でも練っているのだろう。

 まあそれも、この異世界のスローライフのスパイスだと思えば悪くない。

 

 星空の下、宴は深夜まで続いた。

 巨大なイカの守り神に見守られながら、人間と神の休日は、最高に美味しく、そして楽しく過ぎ去っていった。

 

 次に創がここに来る時には、きっとクラーケンに乗って海底散歩をするアトラクションができていることだろう。

 シレニア王国の観光立国化は、まだ始まったばかりである。

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