異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語 作:パラレル・ゲーマー
異世界『ネオ・ジャパン(仮称)』北の大陸。
自由貿易都市ポルト・リーゼ。
その日の朝、港町の空気は、いつもの活気とは異なる、冷たく重苦しい緊張感に支配されていた。
いつもなら夜明けとともに、漁に出る船のエンジン音(日本から導入された小型魔石エンジンだ)や、市場の競りの声、そして屋台から漂う香ばしい朝食の匂いが、街を満たすはずの時間帯である。
だが今、港は静まり返り、人々は不安げな表情で水平線の彼方を見つめていた。
霧が晴れゆく海上に、その「脅威」は姿を現していた。
船団だった。
だが、この海域を行き交うアステリア王国の商船や、近隣諸国の木造船とは、その威容が決定的に異なっていた。
先頭を行く旗艦は、全長百メートルを超すであろう巨大な鉄甲船。
その船体は黒く塗られた重厚な金属装甲で覆われ、船腹には血管のように走る紫色のライン――魔力伝導管が、不気味に明滅している。
帆はない。
代わりに船体中央部に設置された巨大なクリスタルタワーが、周囲のマナを強制的に吸い上げ、船後部の推進器から推進剤としての魔力を噴射しているのだ。
その両舷には口径の大きな魔導砲がずらりと並び、その砲口は無慈悲に港町へと向けられている。
魔導王国ソル・アルカディア。
大陸の西に覇を唱え、魔法こそが至高であり、魔力なき者は家畜に等しいという極端な選民思想を持つ軍事大国の、正規艦隊である。
その数二十隻。
一つの都市国家を灰燼に帰すには、十分すぎるほどの戦力だった。
「……来たか」
港の桟橋。
日本国政府を代表してその場に立つ外務省の東郷交渉官は、双眼鏡を下ろし、小さく息を吐いた。
彼の隣には陸上自衛隊の郷田陸将補が、険しい表情で仁王立ちしている。
そして彼らの後ろには、この街の領主マクシミリアン伯爵、アステリア王国のヴォルフガング騎士団長、エルフのリナ、獣人のガルドといった、そうそうたる面々が顔を揃えていた。
「……予想通りの威圧的な登場ですね」
東郷がネクタイを締め直しながら言った。
「……彼らは交渉に来たのではなく、恫喝に来たというわけですか」
「……ああ。見ろ、あの旗艦の魔力反応を」
郷田が手元のタブレット端末(魔素測定アプリが起動している)を示した。
「……臨界点ギリギリだ。いつでも撃てる状態で入港してきている。……あれは『いつでもお前たちを殺せる』というメッセージだ」
「……ふん。気に入らねえ船だ」
獣人のガルドが、牙を剥き出しにして唸った。
「……潮の匂いがしねえ。鉄と油と……それになんか腐ったような甘ったるい魔力の臭いが、プンプンしやがる」
「……ええ。精霊たちが怯えているわ」
リナもまた、不快そうに眉をひそめた。
「……あの大気中のマナを無理やり吸い上げる推進機関……。自然の循環を無視した、強欲な技術よ」
旗艦が、ゆっくりと、しかし圧倒的な質量感を持って港の主要桟橋へと接岸した。
タラップが下ろされる。
そこから降りてきたのは、全身を豪奢な、しかし実用性も兼ね備えた紫紺の魔導鎧に包んだ一団だった。
先頭を行くのは初老の男。
禿げ上がった頭部に奇妙な刺青を施し、手には身の丈ほどもある巨大な杖を持っている。
その目は爬虫類のように冷たく、そしてどこまでも傲慢な光を宿していた。
魔導王国ソル・アルカディア海軍提督ザガン。
彼は桟橋に降り立つと、出迎えの列を一瞥もしないまま、杖でコツンと石畳を叩いた。
「……空気が悪いな」
それが彼の第一声だった。
「……魔素(マナ)が薄い。文明の遅れた辺境特有の泥と家畜の臭いがする。……このような場所に我が国の至宝が紛れ込んでいるとは、嘆かわしいことだ」
彼はようやく目の前に立つ東郷たちに視線を向けた。
だがそれは、対等な人間を見る目ではない。
道端の石ころか、あるいは言葉を喋る猿を見るような目だった。
「……貴様らが、この薄汚い港を管理している者どもか?」
「……お初にお目にかかります」
東郷は相手の無礼を完全に無視し、完璧な外交官の笑みを浮かべて一礼した。
「……私は日本国政府代表、東郷と申します。
こちらはポルト・リーゼ領主、マクシミリアン伯爵。
……遠路はるばる、どのようなご用件でしょうか?」
「……日本?」
ザガン提督は鼻で笑った。
「……聞いたこともない名だ。どこの蛮族の集落だ?
……まあよい。貴様らの名になど興味はない。
我々の要求は一つだ」
ザガンは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、東郷の足元に放り投げた。
拾えと言わんばかりの態度。
郷田のこめかみに青筋が浮かぶが、東郷は顔色一つ変えずにそれを拾い上げた。
「……『即時返還要求書』……ですか?」
「……そうだ」
ザガンは杖を突きつけた。
「……単刀直入に言おう。
先日、我が国の輸送船がこの近海で行方不明となった。
その船には我が王家に伝わる秘宝……古代文明の遺産である『黒き柩』が積まれていた。
……貴様らがそれを回収し、隠匿していることは分かっている。
……直ちに返せ。今すぐにだ」
やはりそれが目的か。
東郷は羊皮紙を丁寧に畳むと、静かに顔を上げた。
「……おっしゃる『黒き柩』とは、黒い多面体のことですね?
……確かに我々は、漂着した無人の船からそれを回収いたしました」
「……ならば話は早い。ここへ持ってこい」
「……お断りします」
東郷の返答は短く、そして明瞭だった。
一瞬、場が静まり返る。
ザガン提督の目が、カッ! と見開かれた。
「……なんだと?」
「……お断りすると申し上げました。
……理由は二つあります。
第一に、あの遺物は貴国の所有物ではありません。
あれは古代文明メザドベアの遺跡から発掘されたものであり、貴国が『輸送』と称して略奪したものであるという証拠……船長の日誌も確保しております。
……盗品を元の持ち主に……いや、泥棒に返す道理はありません」
「……貴様、我々を愚弄するか!」
「……そして第二に」
東郷は声を張り上げた。
「……あれは極めて危険な『爆弾』です。
……我々の調査の結果、あの中には『神星龍』と呼ばれる高次元生命体が封印されていることが判明しました。
……しかもその龍は、長年の封印と搾取により発狂し、解放されればこの世界そのものを滅ぼすと息巻いております。
……そのような危険物を不用意に持ち運ぶわけにはいきません。
……あれは現在、我々日本が責任を持って厳重に再封印し、管理しております」
東郷の言葉に、ザガンは一瞬呆気にとられたような顔をした。
そして次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「……クックック……! ハーッハッハッハッハ!!!」
港に下卑た高笑いが響き渡る。
「……龍? 世界を滅ぼす?
……何を寝言を言っているのだ、この猿は!
……知っている! 中身があのトカゲであることくらい、我々は百も承知だ!
……だからどうしたと言うのだ?」
ザガンは嘲るような笑みを浮かべて言った。
「……たかが龍一匹。
……我が国の偉大なる魔導テクノロジーの前では、ただの『電池』に過ぎん!
……かつてのメザドベア文明がそうしたように、我々もまた奴を支配し、その力を吸い尽くしてやるだけのこと!
……発狂? 暴走?
……ハッ! 我々の制御術式を舐めるなよ!
……奴がどれだけ吠えようが、我々の首輪からは逃れられんのだ!」
その傲慢さ。
その無知。
神星龍の本当の恐ろしさも、封印が限界を迎えていたことも知らず、ただ「力」として利用することしか考えていない愚かさ。
「……それが貴国の方針ですか」
東郷の声が冷たくなる。
「……学習能力がないようですね。
……その『電池』にしようとした先人の文明が、どういう末路を辿ったかご存知ないのですか?
……一夜にして滅んだのですよ?」
「……黙れ! 蛮族風情が知ったような口を利くな!」
ザガンが杖を振り下ろした。
杖の先端から衝撃波が放たれ、石畳が砕ける。
「……我々はメザドベアを超えた!
……我々こそが魔法の真理に到達した、選ばれし民なのだ!
……貴様らのような魔力も持たぬ下等生物に、我々の崇高な計画を理解できるはずもない!」
彼は東郷の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
だがその手は、横から伸びてきた剛腕によってガシッ! と掴み止められた。
郷田陸将補だった。
強化外骨格(パワードスーツ)のアシストを受けたその腕力は、魔導師の力などものともしない。
「……交渉の席で暴力を振るうのは感心しませんな」
郷田が静かに、しかし凄みのある声で言った。
「……手を離せ」
「……ぐぬっ……! 貴様、離せ!」
ザガンは手を振りほどこうとしたが、万力のような力に阻まれて動けない。
顔を真っ赤にして、彼は叫んだ。
「……いいだろう……!
……交渉は決裂だ!
……貴様らが大人しく返さないと言うなら、力ずくで奪い取るまで!」
彼は背後の艦隊を指差した。
「……見ろ、我が艦隊の威容を!
……魔導砲の一斉射撃を受ければ、こんな木と石でできた街など一瞬で瓦礫の山だ!
……明日の正午までに『柩』を持ってこなければ、総攻撃を開始する!
……この港を地図から消し去り、貴様らの死体の中から宝を探し出してやる!」
「……あっ? 殺すぞ?」
その暴言に対し、低い地を這うような声が返された。
ポルト・リーゼ領主マクシミリアン伯爵だった。
普段は温厚で金勘定の好きな古狸のような彼だが、今はその瞳に明確な殺意の炎を燃やしていた。
「……おい、魔法使い崩れ。
……お前、今なんつった?
……俺の街を消すだと?」
「……そうだ。聞こえなかったか、老いぼれ」
「……ふざけんじゃねえぞ、若造が」
マクシミリアンは葉巻を地面に叩きつけた。
「……ここは俺の庭だ。俺の民が住む街だ。
……それを脅せば、タダで済むと思ってんのか?
……俺たちにはな、強力な友人がいるんだよ!」
伯爵の合図で、背後に控えていた「友人」たちが一歩前に出た。
アステリア王国の赤竜騎士団長ヴォルフガングが、愛剣の柄に手をかけて睨みを利かせる。
「……アステリア王国は、ポルト・リーゼとの防衛協定に基づき、貴国の暴挙を断じて許さん。
……我が騎士団の誇りにかけて、この街は守り抜く!」
エルフのリナが、風の精霊を纏いながら冷ややかに告げる。
「……森の民も黙ってはいないわ。
……自然を冒涜し、龍を道具として扱うあなた達には、精霊の怒りを知ってもらう必要があるようね」
そして獣人のガルドが、巨大な戦斧を肩に担いで獰猛に笑う。
「……へっ! 戦争か? 上等だ!
……俺たち獣人は、売られた喧嘩は倍にして買うのが流儀だ。
……その魔法の鎧ごと叩き割ってやるよ!」
人間、エルフ、獣人。
種族を超えた連合軍が、魔導王国の前に立ちはだかった。
かつてはバラバラだった彼らが、日本の「食」と「信頼」によって一つに結束し、共通の敵に対峙している。
その光景は、まさに圧巻だった。
だが。
ザガン提督はその光景を見ても動じるどころか、さらに口元を歪めて嘲笑した。
「……はっ。……ハハハハハ!」
「……何がおかしい」
「……いや、傑作だと思ってな。
……薄汚い獣人に、森の木偶の坊(エルフ)、それに剣などという時代遅れの武器を得意げにぶら下げた騎士だと?
……そんな烏合の衆で、我が国の最新鋭魔導艦隊に勝てるとでも思っているのか?」
彼は憐れむような目で、彼らを見回した。
「……まあ良いだろう。
……奴隷が増えるな。
……これは喜ばしいことだ」
「……奴隷……?」
「……そうだ。
……獣人は力仕事の労働力に。エルフは魔力抽出の触媒に。人間は魔石融合の実験体に。
……貴様らは資源だ。
……この街を落とした暁には、一人残らず捕獲し、有効活用してやろう。
……特にそこのエルフの女は、なかなか良い魔力を持っていそうだ。我が輩の直属の慰み者にしてやっても良いぞ?」
ブチッ。
その場にいた全員の理性の糸が、同時に切れる音がした。
「……もういい」
東郷が眼鏡の位置を直しながら、氷点下の声で言った。
「……交渉決裂です。
……これ以上、貴方のような下劣な輩と言葉を交わすのは、空気の無駄だ」
「……ああ、同感だ」
郷田が拳をボキボキと鳴らす。
「……奴隷? 実験体?
……ふざけるなよ。
……我々の大切な友人たちを、モノ扱いするな」
郷田はザガンを真っ直ぐに見据えて、宣告した。
「……最後通告だ。
……今すぐ消えろ。
……さもなくば、その自慢の艦隊ごと海の藻屑にしてやる」
「……ほざくな、猿が!」
ザガンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「……いいだろう! 望み通り戦争だ!
……明日の正午! 攻撃を開始する!
……それまでに精々、命乞いの言葉でも考えておくのだな!
……後悔しながら死ねッ!!」
ザガンは捨て台詞を残し、マントを翻して旗艦へと戻っていった。
タラップが上げられ、船団は港から少し離れた沖合へと移動し、そこで戦闘隊形をとって停泊した。
完全な包囲陣形だ。
港に残された連合軍の面々は、しかし恐怖に震えてなどいなかった。
彼らの間には静かな、しかし燃えるような闘志が満ちていた。
「……言わせておけば、好き勝手言いやがって」
マクシミリアン伯爵が新しい葉巻に火をつけた。
「……おい、野郎ども! 聞いたか!
……あいつら、俺たちを奴隷にするってよ!」
「「「ふざけんなァァァッ!!!」」」
港に集まっていた警備兵、冒険者、そして市民たちが怒号を上げた。
「……俺たちの街だ! 指一本触れさせるか!」
「……日本のみんながくれたこの豊かさを、あんな奴らに奪われてたまるか!」
「……よし!」
ヴォルフガングが剣を抜いて掲げた。
「……アステリア騎士団、戦闘配置!
……城壁の上にバリスタを並べろ! 魔法部隊は障壁の展開を!
……陸に上がってきた奴らは、一歩たりとも通さんぞ!」
「……エルフの風使い部隊、配置につくわ」
リナが弓を構える。
「……彼らの船の周りの風を乱してあげる。
……まともに狙いをつけられないようにしてやるわ」
「……獣人部隊! 小舟を用意しろ!」
ガルドが吠える。
「……夜陰に乗じて接近し、船底に穴を開けてやる!
……乗り込んでしまえばこっちのもんだ! 魔導師なんぞ引き裂いてやる!」
そして郷田陸将補が無線機のスイッチを入れた。
「……こちら郷田。
……アマテラス・ベース、応答せよ。
……状況は『開戦』だ」
『……了解しました、郷田さん』
無線から橘紗英の冷静な声が返ってくる。
『……こちらも準備完了です。
……サイト・アスカより新型装備の転送許可が降りました。
……また航空自衛隊のドローン部隊も展開済みです。
……情報支援および精密砲撃支援を行います』
「……感謝する。
……相手は魔法文明の粋を集めた軍隊だ。油断はできない。
……だが」
郷田は沖合の黒い船団を睨みつけた。
「……我々を怒らせたことを、後悔させてやる」
夕日が沈み、港町は夜の帳に包まれていく。
だがその闇の中で、無数の松明と魔石ライトの光が揺らめいていた。
誰も眠ろうとはしない。
武器を磨き、防壁を補強し、そして腹ごしらえをする。
日本商館から提供された大量の「カツカレー」と「おにぎり」が配給され、兵士たちの士気は最高潮に達していた。
「……食ったら戦うぞ!」
「……おう! この街の飯は世界一だ! 守り抜くぞ!」
一方、沖合の魔導王国の艦隊では、ザガン提督が優雅にワインを傾けていた。
彼は知らなかった。
自分たちが敵に回したのが、単なる辺境の街ではなく、異世界の超大国と、その「飯」に胃袋を掴まれた狂信的なファンたちによる鉄壁の同盟軍であることを。
決戦の時は刻一刻と迫っていた。
明日、ポルト・リーゼの海は、かつてない魔法と科学の激突によって赤く染まることになるだろう。
次回、開戦。
魔導王国の慢心か、それとも連合軍の底力か。
歴史に残る海戦の幕が、今上がろうとしていた。