異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第158話

 異世界『ネオ・ジャパン(仮称)』北の大陸。

 自由貿易都市ポルト・リーゼの港湾部は、正午の太陽が真上から照りつける中、奇妙な静寂に包まれていた。

 

 沖合に展開するのは、魔導王国ソル・アルカディアが誇る無敵の魔導艦隊、二十隻。

 黒鉄の装甲に紫色の魔力光を走らせたその威容は、海上の要塞のごとく圧倒的であり、通常であれば、この光景を見ただけで小国の一つや二つは無条件降伏を選ぶだろう。

 

 旗艦のブリッジでザガン提督は、ワイングラスを傾けながら懐中時計を確認した。

 

「……時間だ」

 

 彼はつまらなそうに呟いた。

 

「……愚かな蛮族どもめ。結局、泣きついてくることもなかったか。

 ……まあよい。見せしめには丁度いい。

 ……全艦、魔導砲充填。

 ……目標、ポルト・リーゼ市街地。

 ……灰になるまで焼き尽くせ」

 

「……はっ! 魔導砲、充填開始!」

 

 部下の復唱と共に、艦隊の側面に並ぶ無数の砲門がブゥン……という重低音を響かせて輝き始めた。

 大気中のマナが急速に収束していく。

 それが解放されれば、平和な港町は一瞬で火の海となるはずだった。

 

 ――はずだった。

 

 だが、その破壊の光が放たれることはなかった。

 なぜなら、それよりも早く、遥かに鋭く、そして正確無比な「鉄槌」が、彼らの頭上から振り下ろされたからだ。

 

「……なっ!?」

 

 ザガンが目の端に捉えたのは、空から降ってくる無数の「黒い点」だった。

 鳥ではない。

 魔法でもない。

 それは目に見えない高高度から、音速を超えて飛来した物理的な死神だった。

 

 ヒュオオオオオオオオオオッ!!!!

 

 大気を切り裂く轟音。

 次の瞬間、艦隊の前衛に位置していた三隻の駆逐艦の周辺で、海面が爆発的に隆起した。

 

 ドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

 水柱の高さは数十メートル。

 だが、ただの着弾ではない。

 水柱の中心で何かが閃光を放ち、空間そのものを歪ませるような衝撃波が発生した。

 

 バギィィィンッ!

 

 駆逐艦を覆っていた自慢の『対物理防御障壁(アンチ・フィジカル・フィールド)』が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。

 

「……ば、馬鹿なッ!」

 

 ザガンがワイングラスを取り落とす。

 

「……我らの障壁は、ワイバーンの突撃すら防ぐ鉄壁だぞ!?

 ……それを一撃で……!?

 ……何が起きた!?」

 

 混乱する魔導王国の艦隊。

 その様子を、遥か彼方の丘の上から冷徹な目で見下ろしている男たちがいた。

 

 陸上自衛隊・特科部隊。

 彼らの周囲には最新鋭の155mmりゅう弾砲FH70が展開されていたが、その砲身には本来ありえないはずの幾何学的な紋様――魔法陣が刻印され、淡い青色の光を放っていた。

 

「……弾着確認。効果大。

 ……障壁の無力化を確認しました」

 

 観測手が双眼鏡を覗きながら、淡々と報告する。

 指揮官である郷田陸将補は、満足げに頷いた。

 

「……よし。

 ……長谷川教授が徹夜で調整した『対魔力干渉弾頭(アンチ・マジック・ウォーヘッド)』の威力、申し分ないな」

 

 これこそが、日本が用意した「魔改造兵器」の一つだった。

 賢者から学んだ『因果律改変』の理論を応用し、通常兵器の弾頭に「魔力障壁を中和・貫通する概念」を付与(エンチャント)した、対ファンタジー決戦兵器である。

 

「……次弾装填。

 ……次は威嚇ではない。

 ……敵艦の推進機関(魔力エンジン)を狙え。

 ……沈めるのは二、三隻でいい。残りは『商品』だ。傷つけすぎるなよ」

 

「……了解!」

 

 ドォン! ドォン! ドォン!

 

 再び砲声が轟く。

 精密誘導された砲弾は、正確に敵艦のクリスタルタワーの基部へと吸い込まれていく。

 

 ガガガガガガッ!

 ズドォォォン!

 

 爆炎と共に魔導艦の動力が断ち切られる。

 推進力を失った黒鉄の巨体は、海流に流されるだけの鉄屑と化した。

 そのうちの一隻は弾薬庫に誘爆したのか、船体が真っ二つに折れて轟沈していく。

 

「……ひぃっ!」

「……見えない! 敵はどこだ!?」

「……反撃しろ! 魔導砲を撃て!」

 

 魔導王国の艦隊はパニックに陥った。

 姿の見えない敵から一方的に殴られる恐怖。

 彼らは闇雲に魔導砲を発射しようとするが、照準も定まらぬまま放たれた火球は虚しく海面を叩くのみだった。

 

 そして、その混乱に追い打ちをかけるように、次なる「災害」が彼らを襲った。

 

「……風よ。

 ……我らが友のために、その猛き息吹を貸して」

 

 港の突堤に立つエルフのリナが、祈るように弓を掲げた。

 彼女の背後には、エルフの里から派遣された五十名の精鋭風使い部隊が控えている。

 彼女たちの詠唱が重なり合い、一つの巨大な奔流となる。

 

「……『大嵐の進撃(テンペスト・マーチ)』!」

 

 ヒュオオオオオオオッ!!!!!

 

 突如として沖合に向かって猛烈な逆風が発生した。

 いや、ただの風ではない。

 それは意志を持った空気の壁であり、巨大な手となって魔導艦隊を港の方へと無理やり押し戻し始めたのだ。

 

「……な、なんだこの風は!?」

「……船が! 勝手に動く!?」

「……押し戻される! 岸に近づいてしまうぞ!?」

 

 推進力を失った艦はもちろん、まだ動ける艦でさえも、この超常的な暴風には抗えない。

 二十隻の艦隊は、まるで玩具のように翻弄され、ポルト・リーゼの湾内浅瀬のエリアへと強制的に連行されていく。

 

「……これ以上、街には近づけさせないわ」

 

 リナは汗を拭いながら、不敵に微笑んだ。

 

「……でも、あなた達が逃げるのも許さない。

 ……さあ、いらっしゃい。

 ……私たちの『お友達』が、首を長くして待っているわよ」

 

 風に押され、艦隊が接岸可能な距離まで近づいた、その時だった。

 

 バシャッ! バシャッ! バシャバシャバシャッ!

 

 波間から無数の小舟が飛び出した。

 乗っているのは筋骨隆々の獣人たち。

 そして黒いゴムボートに乗った、完全武装の自衛隊員たち。

 

「……野郎ども! メシの時間だァァァッ!!!」

 

 獣人族長ガルドが、戦斧を振り回して吠えた。

 

「……あの船は全部、俺たちの『お小遣い』だ!

 ……傷つけるなよ! 綺麗に奪え!

 ……中の人間もだ! 一人残らず捕まえろ!

 ……身代金でまた寿司とカレーを食うぞォォォッ!!!」

 

「「「ウオオオオオオオオオッ!!!!!」」」

 

 食欲という名の無限の燃料を投下された獣人たちの突撃は、もはや災害レベルだった。

 彼らは小舟から驚異的な跳躍力で魔導艦の甲板へと飛び移り、あるいは船腹に鍵爪を突き立ててよじ登る。

 

「……げ、迎撃せよ! 魔法で焼き払え!」

 

 甲板上の魔導兵たちが、慌てて杖を構える。

 火炎魔法、電撃魔法が放たれる。

 だが。

 

「……遅ぇよ!」

 

 獣人たちはその魔法を、野生の勘と驚異的な反射神経で回避し、あるいは自衛隊員たちが展開した『携帯型対魔障壁(マジック・シールド)』で防ぎながら、一気に距離を詰めた。

 

 そこから先は、一方的な蹂躙劇(フルボッコ)だった。

 

 ガッ! ボコッ! ドカッ!

 

「……ぐべっ!」

「……あがっ!」

 

 獣人たちの拳が、戦斧の峰が、魔導兵たちの鎧ごと骨を砕き、意識を刈り取っていく。

 近接戦闘において脆弱な魔導師が、獣人に勝てる道理はない。

 しかも獣人たちは「殺すな」という命令を忠実に守り(殺すと値打ちが下がるからだ)、急所を外して的確に戦闘不能に追い込んでいく。

 

「……動くな! 抵抗すれば痛い目を見るぞ!」

 

 自衛隊の特殊作戦群も、流れるような動きで制圧に参加した。

 彼らは『因果律改変』で身体能力を強化しており、その動きは獣人に勝るとも劣らない。

 魔導兵が詠唱を完了する前に懐に入り込み、関節技で無力化し、結束バンドで拘束する。

 さらに広範囲に『閃光弾(スタングレネード)』や『催涙弾』を投げ込み、船内をパニックに陥れる。

 

「……け、煙が! 目がぁ!」

「……魔法が使えない! 集中できない!」

 

 閉鎖空間での化学兵器(非殺傷)攻撃は、魔法使いたちにとっては悪夢だった。

 彼らの自慢の魔導アーマーも、関節技や投げ技の前には無力だった。

 

「……くそっ! 化け物か、こいつら!」

 

 魔導王国兵の悲鳴が響く。

 科学と魔法、そして野生の暴力が融合したハイブリッドな制圧戦術の前に、彼らは手も足も出なかった。

 

 そして。

 旗艦のブリッジ。

 ザガン提督は震える手で剣を抜き、扉を睨みつけていた。

 外からは部下たちの断末魔の悲鳴(気絶する声)と、何かが破壊される音が近づいてくる。

 

「……ば、馬鹿な……。

 ……我が艦隊が……魔法文明の結晶が……。

 ……こんな野蛮な肉弾戦で……!?」

 

 ドォォォンッ!!!

 

 鋼鉄の扉が蹴り破られて吹き飛んだ。

 土煙の中から現れたのは、強化外骨格を纏った郷田陸将補と、血走った目をしたガルドだった。

 

「……よう、提督殿」

 

 郷田が鬼のような形相で一歩踏み出した。

 

「……随分と待たせてくれたな。

 ……昨日の威勢はどうした?」

 

「……ひっ……!」

 

 ザガンは後ずさりした。

 

「……く、来るな!

 ……私は提督だぞ! 魔導王国の貴族だぞ!

 ……私に指一本でも触れれば、陛下が黙っては……!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ガルドが鼻を鳴らして笑った。

 

「……お前は偉いんだろ?

 ……だったら高く売れそうだな」

 

「……へ?」

 

「……おい、郷田の旦那。

 ……こいつ、生け捕りでいいんだよな?

 ……手足の一本くらいは、値引き対象にならねえよな?」

 

「……ああ。命さえあれば交渉材料にはなる。

 ……多少の『教育』は必要かもしれんがな」

 

 郷田もまた悪党のような笑みを浮かべた。

 ザガンは悟った。

 この男たちは自分を人間として見ていない。

 「金目のモノ」として見ているのだと。

 

「……いやだ……! やめろ……!」

 

 ザガンは杖を振り上げ、最後の抵抗として最大級の攻撃魔法を放とうとした。

 

「……死ねぇぇぇッ! 『爆炎の……』」

 

 だが、その詠唱が完了することはなかった。

 

 シュンッ!

 

 郷田が瞬時に距離を詰め、その剛腕でザガンの顔面に裏拳を叩き込んだのだ。

 因果律改変による『衝撃増幅』が付与された一撃。

 

 ゴシャッ!

 

 ザガンの身体が独楽のように回転し、壁に叩きつけられた。

 杖が手から離れ、カランと虚しい音を立てて転がる。

 

「……あ……が……」

 

 ザガンは白目を剥いて崩れ落ちた。

 歯が数本折れ、プライドも粉々になっていた。

 

「……確保完了」

 

 郷田は無線に向かって告げた。

 

「……旗艦制圧。敵司令官捕縛。

 ……これより残存勢力の掃討と艦船の接収に移る」

 

『……了解。お見事です』

 

 東郷の声が返ってくる。

 

『……マクシミリアン伯爵も大喜びですよ。

 ……「港の拡張工事の手間が省けた。新しい船が増えた」と』

 

 

 戦闘開始からわずか一時間。

 ポルト・リーゼの海戦は、連合軍の完全勝利で幕を閉じた。

 

 港には無惨にも武装解除され、ロープで数珠つなぎにされた魔導王国の最新鋭艦がずらりと並んでいた。

 その甲板には、これまた数珠つなぎにされた数千人の捕虜たちが力なく座り込んでいる。

 彼らの鎧は剥ぎ取られ、杖は没収され、そして何より、そのプライドはズタズタに引き裂かれていた。

 

「……おい、動くなよ!

 ……変な真似したら、今日の晩飯抜きだぞ!」

 

 獣人の見張りが怒鳴ると、捕虜たちはビクッと震えて縮こまった。

 彼らは既に知っていた。

 この捕虜収容所(港の倉庫)で配給される食事が、本国で食べるどんな高級料理よりも美味いという残酷な事実を。

 「カツ丼」という名の尋問兵器の前に、彼らの忠誠心は風前の灯火だった。

 

 一方、領主の館では勝利の宴ならぬ「戦果確認会」が開かれていた。

 

「……いやー、大漁、大漁!」

 

 マクシミリアン伯爵が上機嫌でブランデーを揺らしている。

 

「……魔導艦二十隻! これはデカイぞ!

 ……動力機関は未知の技術の塊だし、装甲材のミスリル合金だけでも億単位の価値がある!

 ……これらを解析して売りさばけば、向こう十年は遊んで暮らせるな!」

 

「……捕虜の身代金交渉も楽しみですね」

 

 東郷が電卓を叩きながらニヤリとする。

 

「……提督クラスの貴族に、専門技術を持つ魔導兵たち。

 ……ソル・アルカディア王国には、たっぷりと『迷惑料』と『教育費』を請求させていただきましょう。

 ……払えないなら、鉱山採掘権や領土の割譲でも構いませんが」

 

 その姿は完全に悪徳商人のそれだった。

 だが誰も、それを咎める者はいない。

 売られた喧嘩を買い、圧倒的な力でねじ伏せ、そしてきっちりと「落とし前」をつけさせる。

 それがこの世界の流儀であり、そして大阪商人の血を引く(かもしれない)東郷の美学だった。

 

「……しかし驚いたな」

 

 ヴォルフガングが感心したように言った。

 

「……あの魔導艦の障壁を一撃で粉砕するとは。

 ……日本の『大砲』という武器、あれほど強力だったとはな」

 

「……ええ。

 ……長谷川教授が徹夜で弾頭に『魔法貫通(マジック・ペネトレーション)』の術式を刻み込んだ甲斐がありました」

 

 郷田が胸を張る。

 

「……科学と魔法の融合。

 ……これこそが我々、プロジェクト・キマイラの真骨頂です」

 

「……ふん。いい気味だわ」

 

 リナも清々しい顔をしている。

 

「……自然を汚し、魔力を浪費する彼らのやり方に、精霊たちも怒っていたのよ。

 ……これで少しは懲りて、大人しくなるといいんだけど」

 

「……いや、懲りないだろうな」

 

 ガルドが骨付き肉をかじりながら言った。

 

「……あいつらはプライドが高い。

 ……一度負けたぐらいじゃ諦めねえ。

 ……次はもっとデカイ戦力で、本気で潰しに来るぜ」

 

「……望むところです」

 

 東郷が眼鏡を光らせた。

 

「……来るなら来ればいい。

 ……その度に我々は強くなる。

 ……奪った技術を吸収し、新たな兵器を開発し、そして……」

 

 彼は窓の外、港に並ぶ鹵獲された黒い船団を見下ろした。

 

「……彼らの技術(テクノロジー)もまた、我々の『商品』となるのですから」

 

 日本の異世界開拓は、この勝利によって新たな局面を迎えた。

 魔導王国との対立は決定的となったが、同時に彼らは敵の技術を手に入れ、その戦力を無力化する術(すべ)を確立したのだ。

 

 翌日。

 サイト・アスカから派遣された技術者チームが、興奮した様子で魔導艦の内部へと入っていった。

 彼らの手には解析機材と、そして「魔改造」のための設計図が握られている。

 

「……へへへ。

 ……この魔導エンジン、直列に繋げば出力倍増できるんじゃね?」

「……主砲をレールガンに換装しようぜ!」

「……装甲に『対物理反射』のエンチャントを追加だ!」

 

 マッドサイエンティストたちの手によって、魔導王国の誇る艦隊は、近いうちに日本仕様の「超・魔導艦隊」へと生まれ変わることになるだろう。

 

 ソル・アルカディアの王宮で敗戦の報を聞いた国王が、どれほど激怒したかは知る由もないが、少なくともポルト・リーゼの住民たちは、今日も美味しいカレーを食べながら平和と繁栄を謳歌していた。

 

「ざまぁみろ!」

 

 その言葉と共に乾杯する彼らの笑顔は、何よりも雄弁に、この戦いの勝者が誰であるかを物語っていた。

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