異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語 作:パラレル・ゲーマー
東京上空を覆った紫雲と、そこから顕現した神話級の巨龍。
『神星龍(ディバイン・スター・ドラゴン)』の出現と、その後の不可解な収束劇は、世界中の諜報機関と軍事衛星の監視網をパニックに陥れていた。
物理法則を無視した出現、東京の空を埋め尽くすほどの質量、そして破壊されたはずの研究施設が一瞬で再生するという奇跡。
それらの事象を前に、世界各国は日本政府に対し猛烈な勢いで説明を求めていた。
特に同盟国であり、共に『国際魔法医療機構(IMMO)』を運営するパートナーであるアメリカ合衆国の反応は早かった。
ホットラインが鳴り止まぬ中、日本政府はついに最高レベルの機密情報の開示を決断した。
場所はホワイトハウスのオーバル・オフィス。
大統領ジェームズ・トンプソンは、極秘回線で繋がれたモニターの向こうにいる宰善茂総理大臣の言葉を、眉間に深い皺を刻みながら聞いていた。
「……なるほど。
……つまり、あの龍は『守護龍』というやつか?
……古代の巫女王ヒメミコの遺産を守るために封印されていた、生体防衛システムのようなものだと?」
『……ええ、左様です、大統領』
画面の向こうで宰善総理が神妙な面持ちで頷く。
もちろん半分は真実で、半分は賢者・猫の存在を隠すためのカバーストーリーだ。
『……我々が回収した『黒い多面体』。
あれはホシミコ様が遺された『番人』の檻でした。
解析中の事故により封印が解け、一時的に暴走しましたが……。
現在は我々の説得に応じ、再び眠りについております。
……そして驚くべきことに、その龍には高度な知性があり、人語を解し、意思疎通が可能であることが判明しました』
「……知性がある? マジか?」
トンプソンは思わず素の言葉を漏らした。
鷲のような鋭い瞳が驚愕に見開かれる。
「……ただの怪獣ではないということか?
……東洋の神話によくある、神の使いとしての龍……。
……それが実在し、あまつさえ会話ができると?」
『……はい。
……そして、その龍……我々は『神星龍』と呼称しておりますが、彼女から重大な技術供与の約束を取り付けました。
……先日ご相談した、魔法医師たちの魔力枯渇問題。
……それを根本から解決する『魔石エネルギーの直接供給技術』です』
「……魔力問題を解決できるガントレットの話か?」
トンプソンが身を乗り出した。
彼にとっても、それは喉から手が出るほど欲しい技術だ。
アメリカ国内でも魔法医師の負担は限界に達しており、リミッターによる制限への批判も高まっていたからだ。
「……すげーな、おい……。
……怪獣映画のパニックかと思いきや、とんでもない『当たりくじ』を引いたものだ。
……というか、知性がある人間以外の生物とのファーストコンタクトだろう、それ?
……歴史的な名誉じゃないか」
トンプソンは感嘆し、そして少しだけ悔しげに呟いた。
「……ますますヒメミコがアメリカ大陸にいなかったのが悔やまれるなぁ……。
……なぜ古代の宇宙人は極東の島国ばかりを好んだのだ?
……グランドキャニオンあたりに遺産を埋めておいてくれれば良かったものを」
『……こればかりは、運命としか言いようがありませんな』
宰善が控えめに苦笑する。
「……まあ仕方がないか。
……それより総理。
……私にも、その『神』と会話させてくれないか?
……あと、アメリカの科学チームも接触させてくれ。
……同盟国として、その未知の知性体と情報を共有したい」
当然の要求だった。
人類史上初の「地球外(あるいは異次元)知的生命体」との接触。
アメリカの大統領として、指をくわえて見ているわけにはいかない。
『……分かりました。
……神星龍に伝えておきますね。
……ただ、彼女は気難しい性格でして……。
……会ってくれるかどうかは、ご機嫌次第ですが』
宰善は含みを持たせて答えた。
◇
通信を終えた後、宰善総理はすぐにサイト・アスカの地下深く、神星龍の隔離チャンバーへと連絡を入れた。
そこでは内閣情報調査室の橘紗英と長谷川教授が、ご機嫌取りのケーキ(本日はモンブラン)を献上している最中だった。
「……というわけでして、神星龍様。
……アメリカという国の大統領……この星で最も力のある人間の一人が、貴方様に謁見したいと申しております」
橘がガラス越しに恭しく伝えると、幼女姿の神星龍は口の周りにクリームをつけたまま顔を上げた。
『……アメリカ?
……ああ、あの海の向こうの大きな大陸の王か。
……まあ良いだろう』
「……ありがとうございます。
……あ、それとお願いがあるのですが……」
橘は少し声を潜めた。
「……神星龍様には、賢者・猫様のことは『ヒメミコ』という名前でカバーストーリー……つまり作り話をしてあります。
……アメリカ側には『賢者様は古代の巫女王ヒメミコであり、神星龍はその守護獣である』と説明しておりますので……。
……どうか、お話を合わせていただけますでしょうか?」
『……フン。面倒なことよ』
神星龍は鼻を鳴らした。
『……あの猫を女王になどと、随分と買い被った設定にしたものだな。
……まあ良い。
……ワシとしても、あの「規格外」の猫の正体を不用意にばら撒くつもりはない。
……口裏は合わせてやろう』
「……感謝いたします。
……あと、アメリカ政府が何か技術的なお願いをしてくるかもしれませんが……。
……無理なら無理と、ハッキリ断ってください。
……彼らはテクノロジーに関しては貪欲ですので」
『……技術か』
神星龍はフォークをくるくると回した。
『……まあ、魔導技術程度なら提供してもよいがな』
「……えっ?」
『……お主の国は、あの猫……賢者が残した「入門書(教科書)」しか持っていないらしいではないか。
……あれは確かに基礎としては完璧だが、応用力に欠ける。
……お主らが今必死に使っている「概念治癒」とやらも、本来はもっと高位の存在が使う術式だ。
……それを人間が無理やり使おうとするから、燃費が悪くて死にかけるのだ』
彼女は呆れたように言った。
『……魔法は奥が深い。
……その気になれば魔法だけで、神の真似事ぐらい可能なのだぞ?
……まあ、概念治癒を使えるようになったお前達は、その一端を既に理解しているであろうが……』
「……そうですね。
……身に沁みて理解しております」
橘は深く頷いた。
魔法の可能性と、その恐ろしさは痛いほど知っている。
『……ならば、新たな魔法を教えてやらんでもないぞ?
……我ら神星存在の知識の蔵(アーカイブ)には、人間ごときにも扱える便利な術式が、いくらでも転がっておる。
……それを小出しにしてやるのも、良い暇つぶしになろう』
「……! 本当ですか!?」
橘と長谷川が色めき立った。
神星龍からの直接指導。
それは人類にとって、新たな文明開化に等しい。
『……うむ。
……次のケーキが楽しみだからな』
神様は甘いものにはめっぽう弱かった。
◇
数日後。
サイト・アスカの特別応接室。
厳重な警備体制の中、アメリカ合衆国大統領ジェームズ・トンプソンが緊張した面持ちで入室した。
彼の背後には科学顧問やシークレットサービスが控えているが、彼らの顔にも隠しきれない緊張と畏怖が浮かんでいた。
部屋の中央、豪奢なソファに座っているのは一人の幼女だった。
透き通るような銀髪、深紅の瞳、そして頭部から生える小さな角。
人間離れした美しさと、周囲の空間を歪ませるほどの圧倒的な存在感(プレッシャー)。
宰善総理が立ち上がり紹介する。
「……大統領。
こちらが神星龍様です。
……現在は我々と対話するために、人の姿をとっておられます」
「……うむ。神星龍じゃ」
幼女が尊大な態度でトンプソンを見上げた。
トンプソンは一瞬言葉に詰まった。
事前に「人の姿をとる」とは聞いていたが、まさかこれほど幼い少女の姿だとは。
「……こ、子供じゃないか……」
思わず漏れたその言葉に、神星龍の眉がピクリと動いた。
『……失礼な。
……お主より遥かに年上じゃぞ。
……この星の文明が生まれる前から、ワシは星の海を旅しておったわ』
脳内に直接響く念話。
その重厚な響きにトンプソンは自らの失言を悟り、冷や汗を流した。
『……まあ、我ら神星存在の中では確かにまだ若輩……子供扱いされる年齢ではあるがな。
……それでも、貴様ら短命種に子供呼ばわりされる筋合いはない』
「……す、すみません。失礼をいたしました」
トンプソンは慌てて頭を下げた。
相手は一撃で東京を消せる存在だ。
礼儀を欠いてはならない。
「……アメリカ合衆国大統領、ジェームズ・トンプソンです。
……まず、人間以外の知性を持つ高次元の存在と謁見できて光栄です」
『……うむ。苦しゅうない。
……して? アメリカの王よ、何用だ?』
トンプソンは居住まいを正し、切り出した。
「……はい。
……まずは、貴方様を守護していたとされる古代の女王『ヒメミコ様』について知りたいのですが……」
その質問が出た瞬間、同席していた宰善総理と橘理事官の視線が鋭く神星龍に向けられた。
(……神星龍様、分かってますね?)
(……設定遵守でお願いしますよ?)
神星龍はその視線を受け止め、心の中で舌打ちした。
(……分かっておるわ。面倒な人間どもめ)
『……ふむ。ヒメミコか。
……まあ、アヤツが遺した物が今この世を騒がせているようだが……。
……ワシは名目上、守護龍という立場ではあったがな。
……実際は、あの窮屈な遺物の中で長い間寝てただけだから、詳しいことは知らんのじゃ』
彼女はあくびを噛み殺すような仕草で答えた。
『……アヤツは気まぐれでな。
……ワシを置いて、どこかへ行ってしまった。
……ワシが知っているのは、アヤツが「面白いこと」が好きだったということくらいじゃ。
……すまんのう』
完璧なシラ切りだった。
「寝ていたから知らない」という最強の言い訳。
「……ああ、そうなんですか……。
……それは残念です……」
トンプソンは肩を落とした。
古代の超文明の謎を解く鍵だと思っていたのだが、どうやらこの龍は「番犬」としての役割しか持たされていなかったらしい(という設定を信じた)。
「……では話題を変えましょう」
トンプソンは気を取り直した。
「……我々に、何か魔法について教えていただけたりはしませんか?
……日本政府からは、貴方様から『魔石エネルギー技術』の供与を受けたと聞いております。
……我々アメリカもまた、人類の平和と発展のために尽くしたいと考えております。
……どうか我々にも叡智を」
単刀直入な「くれくれ」攻撃。
だが神星龍は、それを不快には思わなかったようだ。
むしろ無知な子供に教えを垂れる教師のような、優越感に満ちた表情を浮かべた。
『……魔法か。
……うむ。ヒメミコの魔法「概念治癒」を発掘したのは聞いたぞ。
……あれは素晴らしい術だが、燃費が悪いそうじゃないか』
「……はい。我々の国の医師たちも、その負担に苦しんでおります」
『……ふん。人間ごときの器では当然だ。
……ワシの知る魔法も、人間基準で言えば燃費が悪いのが多いが……。
……まあ簡単なやつから教えてやろう』
神星龍は指先をくるりと回した。
空中に光の文字が浮かび上がり、複雑な数式のような魔法陣を形成する。
『……これじゃ。
……名は『清浄化(クレンズ)』』
「……クレンズ……ですか?」
『……うむ。
……貴様ら人間は不潔だ。菌だのウイルスだのに、すぐやられる。
……だから、これを授ける』
彼女は汚いものを見るような目で、人間たちを一瞥した。
『……対象の範囲内にある「術者が"汚れ"や"毒"と認識した異物」を概念的に消滅させ、綺麗な状態にする魔法だ。
……本来は、服のシミを落としたり、腐った水を飲めるようにしたり、軽い食中毒を治すための生活魔法(初級魔法)だ。
……燃費? 息をする程度しか使わんぞ。
……概念治癒のように「あるべき姿に戻す」といった複雑な計算は不要だ。
……ただ「異物を消す」だけだからな。
……子供でも使える』
その説明に、トンプソンだけでなく日本の長谷川教授も身を乗り出した。
「……汚れや毒を消す……!」
「……低燃費で誰でも使える……!」
トンプソンが唸った。
「……ほほう、素晴らしいですね!
……一見地味ですが、これは公衆衛生において革命的です!
……特に上水道の整備されていない発展途上国や、災害被災地で有効活用できそうです!
……汚染された水を一瞬で飲料水に変えられるのなら……!」
『……うむ。
……あと、毒検知も兼ねてるからのう。
……術者が「これは毒だ」と認識できなくても、魔法自体が「害なすもの」を自動で判別して消去するモードもある。
……暗殺防止や、未知の病原菌の除去にも便利に使えるぞ』
「……なんと!
……それはCDC(疾病予防管理センター)が泣いて喜びます!」
トンプソンは興奮した。
パンデミックの防止、バイオテロ対策。
安全保障上、極めて価値の高い魔法だ。
『……ふん。喜んでおるな。
……まあ、これくらいならくれてやろう。
……また次の面会でも、お主らのレベルに合った良さそうな魔法を見繕ってやろう』
「……ありがとうございます!
……人類を代表して感謝いたします!」
トンプソンと宰善総理が深々と頭を下げる。
会談は大成功だった。
神星龍は意外と話の分かる(そしておだてに弱い)神様だったのだ。
だが。
その時、部屋の隅で魔法陣の解析をしていた長谷川教授が、ボソリと呟いた。
「……待てよ?
……『害なす異物』を消去する……?
……それなら……」
彼は顔を上げ、震える声で神星龍に問いかけた。
「……あの、神星龍様。
……一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
『……なんじゃ?』
「……その『清浄化(クレンズ)』ですが……。
……例えば『放射能』とかも、行けるのでしょうか?」
その単語が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。
トンプソン大統領の表情が固まる。
宰善総理が息を呑む。
放射能。
原子力の火を手に入れた人類が抱える最大のカルマ。
目に見えず、臭いもなく、しかし触れた者の遺伝子を破壊し死に至らしめる呪い。
一度汚染されれば数万年は消えることのない、死の土地。
福島、チェルノブイリ、そして核廃棄物の処分場。
人類が解決策を持たない、永遠の課題。
『……ホウシャノウ?
……なんじゃ、それ?』
神星龍はきょとんとした。
彼女の知識にはない言葉だったようだ。
「……ええと、物質が崩壊する際に出す、目に見えない有害なエネルギーでして……。
……セシウムとか、ストロンチウムとかいう物質が……」
長谷川が必死に説明する。
神星龍は、ふむと目を細めた。
彼女の赤い瞳が微かに光る。
『万象解析』に近いスキャン能力が発動したのだ。
彼女はこの星の大気、土壌、そして長谷川の脳内にある知識を検索した。
『……あー、待て。
……スキャンした知識にあったのう。
……原子核の不安定な崩壊……。
……なるほど、貴様ら、そんな危なっかしい火遊びをしておったのか』
彼女は理解した。
そして、あっさりと答えた。
『……効くぞ?』
「…………は?」
『……効くと言ったのだ。
……その「ホウシャセイブッシツ」とやらも、要するに環境や生体に害をなす異物じゃろう?
……なら、この魔法の定義上は「毒(ポイズン)」扱いじゃな!
……クレンズをかければ、不安定な核種は安定した物質に強制変換されるか、あるいは単に消滅するかの、どちらかじゃ。
……まあ、ただの汚れ落としと同じ要領で消せるぞ』
シーン……。
その場にいた全員の思考が停止した。
汚れ落とし。
服のシミを落とすのと同じ感覚で。
放射能が、消せる?
「……う、嘘だろ……」
トンプソンが呻いた。
「……我々が何十年も……何兆ドルもかけて処理に頭を悩ませてきた核廃棄物が……。
……初級魔法で消せるだと……?」
「……やった……!
……やったぞぉぉぉッ!!!」
長谷川教授が狂喜のあまり叫び出した。
「……除染だ! 完全な除染が可能になる!
……福島の帰還困難区域も! 廃炉作業中の原子炉も!
……全てを『綺麗な土地』に戻せるんだ!!」
「……なんということだ……」
宰善総理が涙を流して震えていた。
これは医療革命以上の衝撃だ。
エネルギー問題、環境問題、そして安全保障。
世界の前提が根底から覆る。
『……?
……なぜ、ただの掃除魔法で、そんなに騒ぐ?
……人間というのは、本当に変わった生き物だな』
神星龍は不思議そうに首を傾げながら、三皿目のケーキ(ショートケーキ)にフォークを突き立てた。
彼女にとっては、服についたケチャップを消すのも、致死性の放射能を消すのも、等しく「掃除」でしかなかったのだ。
この日。
人類は自らが生み出した最悪の毒に対する、究極の解毒剤を手に入れた。
『清浄化(クレンズ)』。
その魔法の名は、後に歴史の教科書に「地球を救った魔法」として刻まれることになるのだが、
それを教えた幼女の神様は、そんなことより今日のオヤツの味にご執心であった。