異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第160話

 日本の地下深く、サイト・アスカ特別応接室。

 そこは今、人類史の転換点となる瞬間の熱気に包まれていた。

 

 神星龍(幼女姿)が放った「放射能など、ただの汚れだ」という一言。

 その言葉の余韻が消えぬうちに、アメリカ合衆国大統領ジェームズ・トンプソンは、弾かれたように立ち上がっていた。

 

「……宰善総理! すぐだ! すぐに検証実験を行うんだ!」

 

 トンプソンは、目の前の神(幼女)への畏怖も忘れ、興奮で顔を紅潮させて叫んだ。

 

「……彼女……いや、神星龍様のお言葉が真実ならば、これはエネルギー革命だ!

 ……フクシマだ! 貴国の抱える、あの帰還困難区域へ、今すぐ魔法使いを派遣しろ!

 ……いや、我々アメリカの魔法部隊(現在訓練中)も同行させる!

 ……これは日米合同の歴史的ミッションだ!」

 

 宰善茂総理大臣もまた、額に汗を滲ませながら、深く頷いた。

 

「……ええ、もちろんです、大統領。

 ……長谷川教授! 直ちに『魔法除染班』を編成!

 ……御子柴医師をはじめとする、魔法行使可能な人員を総動員しろ!

 ……場所は福島第一原発周辺、最も線量の高いホットスポットだ!」

 

「……は、はいっ! ただちに!」

 

 長谷川教授が通信端末を取り出し、怒号のような指示を飛ばし始める。

 その様子を神星龍は、ショートケーキの最後の一口を頬張りながら、呆れたように眺めていた。

 

『……やれやれ。

 ……ただの掃除魔法で、これほど大騒ぎするとはな。

 ……人間というのは、よほど汚れるのが好きらしい』

 

「……神星龍様」

 

 トンプソンが揉み手をする勢いで、神星龍に詰め寄った。

 

「……その『清浄化(クレンズ)』の術式、今すぐにご教示願えますか!?

 ……我々は一刻も早く、その奇跡を必要としているのです!」

 

『……ふん。

 ……まあ約束だ。くれてやる』

 

 神星龍は指先を振るい、空中に光の魔法陣を描いた。

 それは以前の『概念治癒』に比べれば遥かにシンプルで、幾何学的な美しさを持っていた。

 

『……ほれ。

 ……これを覚えろ。

 ……術式自体は単純だ。

 「対象範囲」を指定し、「異物」を定義し、「消去」を命じる。

 それだけだ。

 ……魔力のパスさえ通っていれば、猿でも使えるぞ』

 

 その光の術式データは即座に、サイト・アスカのスーパーコンピューターに記録され、解析班へと回された。

 

「……感謝いたします! 人類を代表して!」

 

 トンプソンと宰善が深々と頭を下げる。

 こうして日米首脳が同席する中、前代未聞の「魔法による除染作戦」が即時決定されたのである。

 

 

 作戦会議のため、別室へと移動した日米の首脳陣と実務者たち。

 そこでは今後の対応について激論が交わされていた。

 

「……公表はどうしますか?」

 

 内閣情報調査室の橘紗英が冷静に問いかける。

 

「……極秘裏に実験を行うべきか、

 それともメディアを入れて、大々的に行うべきか」

 

「……公表するに決まっているだろう!」

 

 トンプソンが即答した。

 

「……隠す理由がない!

 ……これは人類が『核の呪い』から解放される瞬間なのだぞ?

 ……世界中に生中継してもいいくらいだ!」

 

「……ですが、もし失敗すれば……」

 

「……神が保証したのだ。失敗などありえん!

 ……それにだ、橘君」

 

 トンプソンはニヤリと笑った。

 

「……この技術が確立されれば、次はどこへ行くと思う?」

 

「……次は……?」

 

「……ウクライナだ。チェルノブイリだ」

 

 トンプソンは地図を指差した。

 

「……あの石棺に眠る悪夢も、この魔法なら消せるかもしれない。

 ……我々がそれを成し遂げれば、欧州全土――いや、世界中に対して、計り知れない『恩』を売ることができる。

 ……そのためにも、まずは福島での成功を世界に見せつける必要があるのだ!」

 

「……なるほど。外交カードですか」

 

 綾小路官房長官が、扇子で口元を隠して笑った。

 

「……『核のゴミ』を消せる国。

 ……それは核保有国にとって、神にも等しい存在になり得ますな」

 

「……よし、決まりだ」

 

 宰善総理が決断した。

 

「……プレスリリースを打て。

 ……『新技術による環境浄化実証実験』とな。

 ……世界中のメディアを、福島に呼べ!」

 

 

 数日後。

 福島県浜通り。帰還困難区域。

 

 バリケードで封鎖され、人の気配が消えた国道沿いに、数台の大型バスと自衛隊車両、そして米軍のハンヴィーが列をなして到着した。

 

 降り立ったのは、白い防護服に身を包んだ日米合同チーム。

 その中心には日本初の魔法医師である御子柴と、アメリカ軍から選抜された魔法適性を持つ兵士(彼らもまた日本での研修を終えたばかりだ)の姿があった。

 

 そして、その周りを取り囲むのは世界中から集まったカメラの砲列だ。

 CNN、BBC、そして日本の各局。

 彼らは半信半疑のまま、ガイガーカウンターの高い数値に怯えつつ、カメラを回していた。

 

「……線量、毎時〇〇マイクロシーベルト。

 ……依然として高い数値です。長時間の滞在は危険です」

 

 環境省の職員が警告する中、御子柴は防護マスク越しに頷き、一歩前へ出た。

 彼の腕には、魔石が装填された試作型の手甲デバイス(まだ簡易的なものだが)が装着されている。

 

「……では始めます」

 

 御子柴は荒れ果てた農地に向けて、右手を掲げた。

 彼の脳裏には、神星龍から授かった術式『清浄化(クレンズ)』が鮮明に描かれている。

 

 (……イメージしろ。

 ……ここにある『放射性物質』という名の汚れを。

 ……土にこびりついた毒を、洗い流すように……)

 

 彼は魔力を練り上げた。

 以前の『概念治癒』の時のような、命を削るような重圧感はない。

 もっと軽く、もっとスムーズな感覚。

 まるで汚れた黒板を、黒板消しで拭うような日常的な動作の延長。

 

「――――『清浄化(クレンズ)』!!」

 

 御子柴の手甲から、淡い青色の光の波紋が放たれた。

 それは風のように広がり、汚染された大地を優しく撫でていく。

 爆発も閃光もない。

 ただ爽やかな風が吹き抜けただけのように見えた。

 

 だが。

 

 ピ……ピ……ピ…………。

 

 けたたましく鳴っていたガイガーカウンターの音が、唐突に止んだ。

 数値が急速にゼロ(自然界のバックグラウンドレベル)へと低下していく。

 

「……す、数値が……下がっています!

 ……いえ、消えました!

 ……放射線反応、消失!

 ……土壌汚染、完全にクリアです!」

 

 測定員の絶叫が響いた。

 

「……なっ!?」

「……本当に!?」

 

 メディアの記者たちがどよめき、防護服を着た科学者たちが土壌サンプルを採取しに走る。

 簡易分析の結果は即座に出た。

 

「……セシウム、ストロンチウム、検出されず!

 ……まるで新品の土に入れ替わったかのようです!」

 

「……おおおおおッ!!!」

 

 歓声が上がった。

 御子柴は自分の手を見つめて、呆然としていた。

 

「……軽い……。

 ……なんて軽い魔法なんだ……」

 

 彼はリミッターの数値を確認した。

 魔力消費量、わずか数パーセント。

 『概念治癒』で一人の命を救うのと比べれば、息をする程度の消費量でしかない。

 

「……これなら……いける!

 ……私一人でも、このエリア全部を浄化できるぞ!」

 

 御子柴は確信と共に叫んだ。

 

「……範囲拡大!

 ……次は半径5キロメートルを一気に浄化します!

 ……アメリカ軍の皆さんも、私に続いてください!」

 

「……イエスサー!」

 

 アメリカ軍の魔法兵士たちも御子柴に倣って手を掲げた。

 彼らもまた、その「軽さ」と「効果」に驚愕しながら、次々と魔法を発動させていく。

 

 青い光の波紋が次々と、浜通りの大地を洗っていく。

 森が、畑が、そして廃墟となった街が。

 

 目に見えない「死の灰」から解放され、本来の姿を取り戻していく。

 

 それは科学では何十年かかっても成し遂げられなかった偉業が、わずか数十分で達成された瞬間だった。

 

 

 その夜。

 実験の成功を祝う日米合同の祝賀会が、いわき市のホテルで開かれた。

 テレビのニュースは、この奇跡をトップニュースで報じ続けている。

 

『……人類の勝利です! フクシマの呪いが解けました!』

『……魔法による除染。その効果は恒久的であると確認!』

 

 宴会場ではトンプソン大統領と宰善総理が、日本酒で乾杯を交わしていた。

 

「……素晴らしい! 実に素晴らしい結果だ、総理!」

 

 トンプソンは上機嫌だった。

 

「……魔力消費は微々たるもの。効果は絶大。

 ……まさに神の魔法だ!

 ……これで我が国のハンフォード再処理施設の汚染問題も解決できる!」

 

「……ええ。

 ……これで被災者の方々も、ようやく故郷に帰れます」

 

 宰善もまた安堵の涙を浮かべていた。

 

 その傍らで長谷川教授と、アメリカの科学顧問が熱っぽく語り合っていた。

 

「……この『清浄化(クレンズ)』ですがね、博士。

 ……応用範囲は放射能だけじゃありませんよ」

 

 長谷川がタブレットを見せる。

 

「……例えば『レアアース』の採掘です。

 ……レアアースには、しばしばトリウムやウランといった放射性物質が不純物として混ざっており、その除去コストが採掘のネックになっていました。

 ……ですが、この魔法を使えば……?」

 

「……Oh……!

 ……採掘現場で瞬時に、不純物(放射能)だけを消去できる……!

 ……つまり、クリーンで安価なレアアース精製が可能になるということか!?」

 

「……その通りです!

 ……中国が独占していたレアアース市場に、日米で風穴を開けることができます!

 ……南鳥島の海底泥も、アメリカの鉱山も、この魔法があれば宝の山です!」

 

「……素晴らしい!

 ……これは『お友達作戦(オペレーション・トモダチ)』の第二章だ!

 ……日米で、世界の資源地図を書き換えようじゃないか!」

 

 話は放射能除去だけにとどまらず、資源戦略にまで及んでいた。

 「毒を消す」という単純な魔法が、経済と地政学に与えるインパクトは計り知れない。

 

 そんな中、綾小路官房長官がふと呟いた。

 

「……さて。

 ……こうなると問題は『あちらさん』ですな」

 

 彼は西の方角――中国を意味する方向を見やった。

 

「……この技術、中国はどう見ているでしょうか。

 ……彼らもまた原発を多数抱え、環境汚染に悩む国です。

 ……そして何より、レアアースの覇権を脅かされるとなれば……黙ってはいないでしょう」

 

「……うむ」

 

 宰善総理が考え込む。

 

「……技術を独占すれば、彼らは強硬手段に出るかもしれん。

 ……スパイを送り込んでくるか、あるいはハッキングか……」

 

「……どうします? 大統領」

 

 宰善はトンプソンに水を向けた。

 

「……中国も、この『浄化の輪』に入れますか?」

 

 トンプソンはグラスを回し、少しの間沈黙した。

 そしてニヤリと笑った。

 

「……悪用しないなら、教えてやってもいいんじゃないか?」

 

「……ほう?」

 

「……なに、我々は『人類の敵』ではないからな。

 ……環境問題は地球規模の課題だ。

 ……中国の大気汚染や土壌汚染が改善されるなら、それは巡り巡って我々の利益にもなる」

 

 トンプソンは計算高い目で言った。

 

「……それに、ここで恩を売っておくのは悪くない。

 ……『技術は教えるが、その根幹(魔法使いの育成とリミッター管理)』は日米が握る。

 ……そうすれば、彼らも我々の掌の上だ。

 ……レアアースの件も含めて、有利な取引材料になるだろう」

 

「……なるほど。

 ……『毒』を消す魔法を『飴』として使うわけですな」

 

 綾小路が感心したように頷く。

 

「……分かりました。

 ……では、次の国連総会あたりで発表しましょう。

 ……『日米は、この環境浄化技術を平和利用に限り、世界各国と共有する用意がある』と。

 ……これで世界の主導権は、完全に我々のものだ」

 

 宴は続く。

 魔法という名の奇跡は、放射能という呪いを解き、そして新たな国際秩序を構築するための最強のカードとなった。

 

 福島の上空には、久しぶりに澄み渡った星空が広がっていた。

 その星々の輝きは、人類が新たなステージへと進んだことを祝福しているかのようだった。

 

 そして地下のサイト・アスカでは、世界を変えた幼女(神星龍)が、

 

「……ふあぁ。満腹じゃ。寝る」

 

 と言って、再び優雅に二度寝を決め込んでいたのであった。

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