異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第162話

 グランベル王国王都。

 大陸随一の繁栄を誇るこの巨大都市の中心部に、威風堂々とそびえ立つ石造りの建物がある。

 『ラングローブ商会』本店。

 その最上階にある会頭室は、今やこの国の経済の心臓部といっても過言ではない場所だった。

 

 窓からは活気に満ちた街並みと、遠くに見える王宮の尖塔が一望できる。

 室内には世界中から集められた至高の芸術品が飾られ、床にはふかふかの絨毯が敷き詰められている。

 その豪奢な部屋の主、ゲオルグ・ラングローブは、いつものように上質な椅子に深く腰掛け、目の前の人物に対して恭しく頭を下げていた。

 

「……なるほど、なるほど。お変わりないようで何よりでございます、魔法使い様」

 

 彼の視線の先、最高級の革張りソファにだらしなく座り、くつろいでいるのは一人の黒髪の青年――新田創だった。

 創はメイドが運んできた特製のプリン(もちろん彼がレシピを伝授したものだ)をスプーンで突きながら、気怠げに言った。

 

「ああ。まあ、こっちも色々と忙しくてね。あちこちの世界を行ったり来たりだよ」

 

 彼の姿は、日本政府の前で見せるような「黒猫」でもなければ、尊大な「賢者」の口調でもない。

 Tシャツにチノパンという、この世界では浮きまくっているラフな格好。

 だがゲオルグにとって、この青年こそが富と繁栄をもたらす絶対的な「福の神」であり、畏怖すべき超越者であることに変わりはなかった。

 

「……ところで、ラングローブさん。最近、魔石の消費量はどう?」

 

 唐突な問いかけに、ゲオルグは居住まいを正した。

 その表情が、商人の鋭いそれへと変わる。

 

「はっ。おかげさまで『豊穣の女神計画』による農業利用、『氷の心臓計画』による冷凍保存、さらには各家庭への魔石ランプの普及……。

 その需要は留まるところを知りません。

 現在、王国のエネルギーと産業の全てが、魔法使い様より賜りました『魔石』によって回っていると言っても過言ではございません」

 

 彼は少し声を潜めた。

 

「……我が商会の倉庫には、以前頂いた分がまだ山のように積まれております。

 計算では、今のペースで消費しても向こう五年は安泰でしょう。

 ですが……国が発展すればするほど、消費の速度も上がっていくのが世の常。

 ……正直なところ、在庫が減るたびに私の胃がキリキリと痛むのも事実でございます」

 

 ゲオルグの言葉に、創は頷いた。

 

「……そうだろうね。

 五年なんて、国にとっては瞬きする間みたいなもんでしょ。

 それに、いつまでも俺が運び屋をやるわけにもいかないし」

 

 創はプリンを飲み込み、スプーンを置いた。

 そしてその瞳でゲオルグを真っ直ぐに見つめた。

 

「……そろそろ魔石を『自力』で採掘できるようにした方がいいんじゃないですか?

 自給自足できた方が、今後のためでしょう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ゲオルグは困惑したように眉をひそめた。

 

「……自力での採掘でございますか?

 ……もちろん、それが叶うならばこれほど喜ばしいことはございません。

 国家のエネルギー源を自給自足できるとなれば、我が国の盤石さは揺るぎないものとなりましょう。

 ……しかし、魔法使い様」

 

 ゲオルグは苦渋に満ちた顔で、首を横に振った。

 

「……ご存知の通り、この大陸には魔石の鉱脈など存在しません。

 我々の歴史の中で、魔石が地中から掘り出された記録など皆無なのです。

 魔石とは、あくまで貴方様のような異界の賢者様がもたらす『奇跡の遺物』……。

 我々にとってそれは天から降ってくる星のようなもので、地から湧くものではないのです」

 

 それがこの世界の――少なくとも、この大陸の常識だった。

 魔石がないからこそ、科学(に近い技術)や人力に頼ってきた歴史がある。

 創が来るまで、魔法とは御伽噺の中だけの存在だったのだ。

 

「……だからこそ、我々は貴方様に依存せざるを得ないのです。

 ……もし貴方様からの供給が止まれば、この国の繁栄は一夜にして終わります」

 

「いや、あるよ」

 

 創はあっさりと遮った。

 

「……え?」

 

「……だから、あるんだよ。未発見の手つかずの鉱山がね。この星に」

 

 創は空中に指で四角を描いた。

 そこにホログラムのような地図が投影される。

 それはゲオルグが見たこともない地形を描いていた。

 青い海の上に浮かぶ巨大な大陸の形。

 

「……少し宇宙船でこの惑星を調べてみたんだけどさ。

 どうもこの大陸の遥か南、絶海の彼方に未発見の大陸があるみたいなんだよね」

 

「……未発見の大陸……!?」

 

 ゲオルグが身を乗り出す。

 商人の本能が、新たな「地図」に釘付けになった。

 

「……ええ。

 そこは人も住んでいない手付かずの荒野だけど、地質スキャンをしたら反応があった。

 ……大規模な魔石鉱山だ。

 しかも俺がいつも持ってきてるやつ(ゲーム世界のダンジョン産)と遜色ないレベルの、高品質なやつがゴロゴロ埋まってる」

 

「……な、なんと……!」

 

 ゲオルグの声が震えた。

 新たな大陸。そして無尽蔵の魔石。

 それはこの国の根幹を揺るがす、衝撃的な事実だった。

 

「……ま、まさか……。

 この星に魔石が眠る地があったとは……!

 ……ですが、魔法使い様。絶海の彼方となると……。

 我々の船でたどり着くにはどれほどの月日が……いや、そもそも海流や魔物の危険が……」

 

「……うん。船じゃ無理だと思うよ。遠すぎるし、海流も荒いみたいだし。

 普通の航海じゃ辿り着く前に、遭難するのがオチだね」

 

 創はこともなげに言った。

 

「……だから『ゲート』を設置しましょうか」

 

「……ゲートでございますか?」

 

「うん。

 俺の力で王都と新大陸を直結する、空間の扉(ゲート)を作る。

 そうすれば、ドアを開ける感覚で新大陸に行けるようになる。

 ……そのゲートを通って、新しい土地を開拓しつつ鉱山を採掘してもらえばいい」

 

 創の提案は、あまりにも常識外れだった。

 距離という概念を無視した領土の拡張。

 新大陸への「通勤」による資源開発。

 

 だがゲオルグは知っている。

 目の前の青年が、それを実現できるだけの力を持っていることを。

 以前、彼が「日本(ニホン)」から物資を運んでくる際にも、似たような術を使っていたのを見たことがあるからだ。

 

「……なるほど……。

 ……王都の隣に宝の山が出現するようなものですか……」

 

 ゲオルグはゴクリと唾を飲み込んだ。

 これは単なる鉱山開発ではない。

 「新大陸開拓」という国家の一大プロジェクトになる。

 土地不足に悩む王都の問題も、資源不足の懸念も、全てが一挙に解決するウルトラCだ。

 

「……分かりました。

 ……これは私の一存で決められることではありません。

 ……すぐに国王陛下にご報告いたします。

 ……あの方ならば恐らく了承するでしょう。いや、諸手を挙げて賛成されるはずです」

 

「……うん、頼みましたよ。

 ……話が決まったら教えてください。ゲートを開く場所とか、詳しいことはその時に」

 

 創は立ち上がった。

 

「……では俺はこれで失礼しますね」

 

「……はっ! いつもながら素晴らしいお導き、感謝いたします!」

 

 ゲオルグが深々と頭を下げる中、創の姿は陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には掻き消えていた。

 

 部屋に残されたのは冷めかけた紅茶と、そして、あまりにも巨大すぎる「宿題」を背負わされた商人一人。

 

「……ふぅ。……えらいことになったぞ……!」

 

 ゲオルグは額の汗をハンカチで拭った。

 新大陸、魔石鉱山、開拓、ゲート。

 その言葉の重みに武者震いしながら、彼はベルを鳴らし、秘書を呼びつけた。

 

「……馬車を用意せよ! 王宮へ向かう!

 アルトリウス三世陛下に緊急のご報告だ!

 宰相と将軍も呼べ! 国家の命運に関わる話だ!」

 

 

 グランベル王国王宮。

 国王の執務室には、いつもの重鎮たちが顔を揃えていた。

 

 賢王アルトリウス三世。

 氷の宰相、エドアルド・フォン・シュトライヒ。

 そして鉄血公、ダリウス・フォン・ヴァルハイト。

 

 彼らの前に、ゲオルグ・ラングローブが緊張した面持ちで座っている。

 テーブルの上には、創が見せた地図を記憶を頼りに書き起こしたメモが置かれていた。

 

「……というわけでして。

 魔法使い殿より『魔石採掘のために新大陸へ行くのはどうか』というお話がありまして……」

 

 ゲオルグの説明が終わると、室内はしばしの沈黙に包まれた。

 最初に口を開いたのは、武断派のヴァルハイト公爵だった。

 

「……新大陸だと?

 ……胸が膨らむではないか!」

 

 老将軍はテーブルをバンと叩いて身を乗り出した。

 その目には、冒険心と征服欲が燃え上がっていた。

 

「……未踏の地! 手つかずの荒野!

 ……そこを我々の手で切り拓き、版図を広げる!

 ……男のロマンだ!

 騎士団を先頭に立たせれば、魔獣ごとき恐るるに足らん!

 ……いや、魔石が出るというなら、魔物も強いかもしれんが、我ら宝珠騎士団の敵ではない!」

 

「……落ち着きなされ、公爵」

 

 シュトライヒ宰相が冷静な声で諌めた。

 だが、その眼鏡の奥の瞳は鋭く光っていた。

 彼は政治家として、この提案の持つ「実利」を計算していたのだ。

 

「……新大陸ですか……。

 ……誰もいない大陸を一から開拓するとなると、莫大な費用と人手がかかりますが……」

 

 彼は手元の羊皮紙に、素早く計算を走らせた。

 

「……しかし、これは千載一遇の好機でもあります。

 ……現在の王都は、経済発展に伴う人口流入で飽和状態。

 ……土地不足、住宅不足は深刻な問題となりつつあります。

 ……新たな都市を建設し、余剰人口を移住させるには、うってつけかと。

 ……それに魔石の自給自足。

 これが実現すれば、魔法使い殿への依存度を下げ、国家の自立性を高めることができます」

 

「……うむ」

 

 アルトリウス王が重々しく頷いた。

 

「……魔法使い殿の提案は、常に我々の想像の上を行くが、常に我々の抱える問題を解決する鍵となってきた。

 ……今回もまた我々に、次なる飛躍の機会を与えてくださったのだろう」

 

 王は決断した。

 

「……やろう。

 ……新大陸開拓計画、始動だ」

 

「……はっ!」

 

 三人が頭を下げる。

 だが問題は、ここからだった。

 新しい土地をどう管理し、どう分配するか。

 それは内政における最大の火種になりかねない。

 

「……さて、具体的な統治についてだが」

 

 アルトリウス王は、地図のない机の上を指でなぞった。

 

「……最初は王家直轄地として管理して、あとから貴族に分配するか。

 ……それとも、最初から貴族たちに土地を分配して、それぞれに管理・開拓させるか。

 ……どうする?」

 

 これは政治的に極めてデリケートな問題だった。

 新大陸の利権は莫大だ。

 魔石が出るとなれば尚更である。

 下手に扱えば、貴族間の争いの火種になりかねないし、富の偏在を招く。

 

「……王家直轄地が良いですな」

 

 シュトライヒ宰相が即答した。

 

「……最初から貴族に任せれば、開発のスピードや質に差が出ます。

 ……資金力のある大貴族は成功し、小貴族は失敗する。

 ……それでは国全体の利益になりません。

 ……まずは国が主導してインフラを整え、鉱山開発の基盤を作るべきです。

 ……開発に差をつけたくないですね……。

 ……それに魔石という重要資源の管理を、一貴族に任せるのはリスクが高すぎます」

 

「……同感だ」

 

 ヴァルハイト公爵も頷く。

 

「……防衛の観点からも、まずは騎士団が拠点を確保し、安全を宣言してから民を入れるべきだ。

 ……貴族どもの私兵では、未知の土地の魔物には対抗できんかもしれん」

 

「……うむ。では方針は決まったな」

 

 アルトリウス王は頷いた。

 そして次なる重要事項――「ゲート」の設置場所について問いかけた。

 

「……ゲートはどこに作りますか?

 ……魔法使い殿は『王都と直結する』と仰っておられたが」

 

「……そこは王都で良いな」

 

 王は即決した。

 

「……王都の近郊、あるいは拡張予定地にゲートを開く。

 ……そうすれば人と物資の移動が最もスムーズになる。

 ……新大陸を『飛び地』としてではなく、王都の一部として機能させるのだ」

 

「……しかし、陛下」

 

 シュトライヒが懸念を示した。

 

「……王都に、どこの誰とも知れぬ者が入ってくるかもしれない穴を開けるのです。

 ……警備上のリスク、そして何より『反乱』が心配ですが……。

 ……新大陸で力をつけた者が、ゲートを通って王都に攻め入る……などという事態になれば……」

 

「……まあ、大丈夫だろう」

 

 王は不敵に笑った。

 

「……ゲートの管理権は王家が握る。

 ……そして何より、我々には『宝珠騎士団』がいる。

 ……万が一の時は、ゲートを封鎖すれば良いだけのこと。

 ……魔法使い殿も、そのような愚か者が現れれば、即座にゲートを消滅させてくださるだろう」

 

「……確かに。あのお方を敵に回すような真似をする馬鹿はいませんな」

 

 ゲオルグも苦笑した。

 この国において、魔法使いハジメの怒りを買うことは、死よりも恐ろしいことだと誰もが知っている。

 

「……税収に関してはどうしますか?」

 

 ゲオルグが商人としての視点で尋ねる。

 新大陸は魅力的な市場だ。関税や土地税をどう設定するかで、人の流れは変わる。

 

「……基本的に王家直轄地として、税は王都と同じ扱いで良いだろう」

 

 王は答えた。

 

「……変に安くすれば投機的な動きが出るし、高くすれば誰も行かぬ。

 ……王都の延長として扱い、市民権を持つ者が自由に行き来できるようにする。

 ……それで良いと思われます」

 

「……そうですね。

 ……ですが、広大な大陸全てを王家だけで管理するのは不可能です」

 

 シュトライヒが地図(想像図)を指差す。

 

「……新大陸のゲート近く、すなわち安全で開発が進んだエリアは『王家直轄地』とする。

 ……そして、そこから離れていくほど未開の『辺境』ということになります。

 ……その辺境の開拓については、功績のある貴族や野心ある若者たちに土地を『配布』してはいかがでしょう?

 ……『開拓した土地は、その者の領地として認める』と」

 

「……ほう。開拓者精神を煽るわけか」

 

 王は目を輝かせた。

 

「……それで良いですな。

 ……全部王家直轄地は管理許容量を超えそうですし、貴族たちの不満のガス抜きにもなる。

 ……魔石鉱山などの重要拠点は直轄地として確保しつつ、農地や新たな町作りは民間に委ねる。

 ……うむ、完璧だ」

 

 議論はまとまった。

 グランベル王国は、新たな領土と資源を手に入れるため、国を挙げての大事業に乗り出すことになった。

 

「……では、魔法使い殿には『王都にゲート設置』ということで」

 

 王はゲオルグを見た。

 

「……ゲオルグ、頼むぞ。

 ……そなたが窓口となり、詳細を詰めてくれ。

 ……場所は王都の南、未開発の平原が良いだろう。あそこなら大規模な施設の建設も可能だ」

 

「……承知致しました。

 ……直ちに魔法使い様にご連絡し、準備を進めます」

 

 ゲオルグは深々と頭を下げた。

 

 会議は終わった。

 だが彼らの胸の内にある興奮は、冷めるどころかますます熱くなっていた。

 新大陸。

 それは新たな富の源泉であり、冒険の舞台。

 そして何より、彼らが魔法使いという「守護者」から独り立ちし、自らの力でエネルギーを手に入れるための第一歩だった。

 

「……忙しくなるぞ」

 

 ヴァルハイト公爵がニヤリと笑った。

 

「……魔獣狩りか。腕が鳴るわ」

 

 グランベル王国の「大開拓時代」が、今まさに始まろうとしていた。

 王都の南には間もなく異世界への扉が開かれる。

 その向こうに広がる荒野に、彼らはどんな夢を描くのか。

 そして、その様子を「上」から眺める一人の青年は、ポップコーン片手にどんな感想を抱くのか。

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