異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語 作:パラレル・ゲーマー
錬金術師の街ヴァイスブルク。その活気と美味い食事と、そして何よりもこの世界に秘められた計り知れないポテンシャルに、新田 創(にった はじめ)の心は完全に魅了されていた。
『賢者の乳鉢亭』で究極の生命保険(ポーション)を確保し、彼のスローライフ計画における最大の懸念事項であった「安全性」は、ほぼ解決されたと言っていい。
だがあの『樽鳴亭』で耳にした、冒険者たちの喧騒。
ダンジョン、魔石、スキルツリー、そしてスキルジェム。
それらの、彼の記憶の底に眠るPCゲームの知識を刺激するキーワードは、彼の元来怠惰であるはずの魂の最も奥深くにある知的好奇心と、元プロジェクトマネージャーとしての探究心に、抗いがたいほどの火をつけてしまったのだ。
この世界は、もっと知る必要がある。
そしてその知識は、必ずや俺の計画をさらに盤石なものにするだろう。
創は、そう確信していた。
翌日の昼下がり、創は酒場の亭主に教えられた通り、街の中央広場に面したひときわ大きく、そしてひときわ騒々しい建物――冒険者ギルド――の前に立っていた。
石造りの、質実剛健という言葉がぴったりの三階建ての建物。その入り口には、巨大な両手剣と魔法の杖を交差させた意匠の、年季の入った木製の看板が掲げられている。
扉は常に開け放たれており、中からはエールと汗と、そして微かな血の匂いが混じり合った濃厚でむせ返るような熱気が、まるで生き物の呼吸のように吐き出されていた。
創は、一度だけごくりと喉を鳴らした。
会社の、空調の効いたクリーンなオフィスとは対極の世界。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、そこに渦巻く剥き出しの生命力と、一攫千金を夢見る欲望のエネルギーに、彼の心はどこか高揚しているのを感じていた。
彼は、意を決してその熱気の中へと一歩足を踏み入れた。
その瞬間、彼の全身を情報の洪水が襲った。
まず音。
何十人、いや百人を超えるであろう冒険者たちがなり立てるような話し声、高らかな笑い声、そして時折響き渡るジョッキを打ち合わせる乾いた音。それら全てが、一つの巨大な喧騒の塊となって鼓膜を揺さぶる。
次に匂い。
エールと安物のワインの酸っぱい匂い。汗と使い古された革鎧の獣のような匂い。そして、ダンジョンの奥深くから持ち帰ったのであろう湿った土と、微かな腐臭。
そして視覚。
広大なホールの中には所狭しとテーブルが並べられ、そこでは創が昨日酒場で見たような、ありとあらゆる出で立ちの冒険者たちが酒を酌み交わし、情報を交換し、あるいは次の仕事を探していた。筋骨隆々の戦士、軽装のエルフの射手、ローブを目深にかぶった謎めいた魔術師、そして神に祈りを捧げる神官。
ゲームの中でしか見たことのないファンタジーの登場人物たちが、そこに生身の人間として確かに存在していた。
ホールの壁際には巨大な掲示板がいくつも設置されており、そこには羊皮紙に書かれた無数の依頼書が、びっしりと隙間なく貼り付けられている。
『緊急! グレイウルフの群れの討伐! 牙一本につき、銀貨三枚!』
『初心者歓迎! 薬草採取の護衛求む! 日当、銅貨二十枚!』
『高難易度! 『忘れられた鉱山』第7層未踏破領域の地図作成! 成功報酬、金貨百枚以上!』
その依頼書の数々と、そこに記された生々しい金額が、この街の経済が彼ら冒険者の、文字通り血と汗によって回っていることを雄弁に物語っていた。
創は、その圧倒的な光景にしばし立ち尽くしていた。
すると、周囲の冒険者たちが彼の存在に気づき始めた。
彼らの視線が、好奇と、そしてそれ以上のあからさまな侮蔑の色を帯びて創に突き刺さる。
それも、無理はなかった。
彼のTシャツにチノパンという、あまりにも場違いで、あまりにも戦闘には不向きなその服装は、この命のやり取りが日常である場所においては、滑稽なまでに浮いていたのだ。
「おい見ろよ、あいつ」
「なんだ、あのひょろっとした兄ちゃんは。貴族の坊ちゃんのお遊びか?」
「あんな格好でギルドに何の用だ。死にたいのかね」
そんな聞こえよがしな囁き声が、あちこちから聞こえてくる。
だが、創は全く動じなかった。
日本政府のトップエリートたちや、千年生きた猫の大賢者を相手にしてきた彼にとって、この程度のプレッシャーはそよ風のようなものだった。
彼は、周囲の視線を柳に受け流し、まっすぐにホールの最も奥にある巨大な受付カウンターへと向かった。
カウンターの中には、数人のギルド職員が山のような書類と、ひっきりなしに訪れる冒険者たちの対応に忙殺されていた。
創は、その中の一人、比較的若く、しかしその目にはこの世界の酸いも甘いも噛み分けたような、したたかな光を宿す赤毛の女性職員の前に立った。
「すみません。少しよろしいかな」
女性職員は、書類から顔を上げると創の姿を一瞥し、あからさまに面倒くさそうな顔をした。
「……何? 見ての通り、忙しいんだけど。依頼を受けるなら、そこの掲示板から札を持ってきて。素材の換金なら、隣の窓口へどうぞ」
「いや、どちらでもないんだ」
創は、静かに言った。
「ギルドへの登録をしたい」
「……はあ?」
女性は、心底呆れたというように大きなため息をついた。
「登録? あんたが? その格好で? 冗談でしょ。ここは、あんたみたいなお坊ちゃんが来るところじゃないんだよ。悪いことは言わないから、ママのところにお帰りなさいな」
そのあまりにも、手厳しい対応。
だが、創はここで引き下がるわけにはいかなかった。
彼は、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で続けた。
「見た目で人を判断するのは、あまり感心しないな。それに、私は自分の身くらい自分で守れる。登録に必要なものは何かな? 金か? それとも、何らかの実技試験でもあるのか?」
その予想外に堂々とした態度に、女性職員は少しだけ目を見開いた。
彼女は、もう一度創の全身を、今度は値踏みするようにじっくりと観察した。
ひょろりとしてはいるが、その立ち姿には奇妙なほどの安定感がある。そして、その目。侮蔑されても嘲笑されても、一切揺らぐことのない静かで深い自信の色。
(……こいつ、ただの馬鹿か、それとも……)
彼女は、少しだけ考えを変えたようだった。
「……分かったわ。そこまで言うなら、止めはしない。登録料は銀貨十枚。それと、この登録用紙にあんたの名前と得意な武器、使えるスキルについて記入すること。実技試験はない。どうせ最初のダンジョンで死ぬか、泣いて逃げ帰ってくるかして、勝手に淘汰されていくからね。それが、ここのやり方よ」
彼女は、そう吐き捨てると、一枚の羊皮紙とインク瓶、そして羽根ペンをカウンターの上に叩きつけるように置いた。
創は、それに礼を言うと羽根ペンを手に取り、淀みない動きで必要事項を記入していく。
名前:ハジメ・ニッタ。
得意な武器:なし。
使えるスキル:魔法(ソーサリー)。
その「魔法」という、あまりにも古風で、そして曖昧な単語に、女性職員は再び眉をひそめたが、もう何も言う気はないようだった。
創が登録料として金貨を一枚カウンターに置くと、彼女はさすがに少し驚いた顔をしたが、黙ってそれを受け取り、お釣りの銀貨をじゃらりと返してきた。
こうして創は、あっさりと、しかしどこか後味の悪い形で、この世界の冒険者ギルドの一員として正式に登録されたのだった。
ギルドへの登録を済ませた創は、次なる目的地、ギルドに併設された冒険者向けの道具屋へと足を踏み入れた。
店内は、武器や防具が所狭しと並べられ、鉄と革と、そして得体の知れない魔法の匂いが混じり合っていた。
店の奥のカウンターでは、片目に眼帯をした、いかにも歴戦の強者といった風情のドワーフと思しき屈強な店主が、巨大な斧の手入れをしていた。
創は、その店主に軽く会釈すると、店内の商品を興味深く見て回った。
彼がまず興味を示したのは、ガラスケースの中に、まるで宝石のように一つ一つ丁寧に並べられていた色とりどりの石だった。
スキルジェム。
酒場の会話で耳にした、あのスキルを発動するための触媒。
赤、青、緑。様々な色のジェムが、内側から淡い光を放っている。
「……へっへっへ。兄ちゃん、そいつに興味があるのかい?」
いつの間にか背後に立っていた店主が、地の底から響くようなしゃがれた声で話しかけてきた。
「そいつはスキルジェムと言ってな。こいつを自分の体に埋め込むか、あるいはソケットの空いた武具に嵌め込むことで、そこに秘められた様々な『スキル』が使えるようになるって代物よ。まあ、兄ちゃんみたいなひょろっとした初心者には、ちと宝の持ち腐れかもしれねえがな」
店主は、にやりと悪戯っぽく笑った。
「初心者におすすめなのは、そうだな……。そこの一番安い『ファイアボール』か、『アイスショット』あたりかね。銀貨五十枚も出せば、お釣りがくるぜ」
創は、店主の言葉ににこやかに頷いた。
そして彼は、おもむろにガラスケースの一点を指差した。
その先にあるのは、ひときわ小さく、そして地味な濁った灰色をした、誰も見向きもしないようなジェムだった。
「……ご主人。悪いが、そこの『ポータル』のジェムを見せてもらえないかな」
そのあまりにも、予想外の言葉に。
店主のにやついた笑みが、ぴたりと止まった。
彼の残された片目が、驚愕に大きく見開かれる。
「……ポータルだと……? おいおい兄ちゃん、正気か。そいつは攻撃スキルでも防御スキルでもねえ。ただ、街とダンジョン内に門(ゲート)を開くだけの補助スキルだぞ。そんなもん、戦闘の役には全く立たねえ。熟練のパーティが、アイテムの運搬や緊急の撤退用に、ようやく一つ買うかどうかっていう玄人向けの代物だ。初心者が最初に買うようなもんじゃ、断じてねえ!」
「いや、俺にはこれが必要なんだ」
創は、静かに言った。
彼の頭の中には、PoEの膨大な知識が、データベースとして完璧に存在している。
ポータル。
それは、一見地味なスキルだ。だが、その真価は別の場所にある。
いつでも安全に拠点とダンジョンを行き来できる。それは、死と隣り合わせのこの世界において、何物にも代えがたい絶対的なアドバンテージを意味する。
そして、何よりも。
このスキルは、ある特定のサポートジェムと組み合わせることで、恐るべき兵器へと変貌を遂げる可能性を秘めていることを、創は「知っていた」。
「それに」と、創は続けた。
「この『鑑定の書』と『街へのポータルスクロール』も、いくつかもらっておこうか」
彼は、カウンターの隅に無造作に積まれていた羊皮紙の巻物を指差した。
鑑定スクロールとポータルスクロール。
使い捨てではあるが、ジェムがなくても同じ効果を発揮できる冒険者の必須アイテム。
そのあまりにも合理的で、無駄のない、そして何よりも「生存」を最優先したその買い物の選択に。
ドワーフの店主は、もはや創をただの初心者として見ることを、完全にやめていた。
(……こいつ、何者だ……? この、まるで何十年もこの世界で生き抜いてきたかのような老獪な選択は……。まさか、どこかの国の密偵か、あるいは……)
店主は、黙って創が指差した品々をカウンターの上へと並べた。
そして、代金として創が差し出した金貨の、その尋常ではない純度の高さと見慣れぬ刻印に、再び絶句することになるのだった。
全ての準備を整えた創は、ギルドで推奨された最も難易度の低い初心者向けのダンジョンへと、その足を向けた。
街の北門から歩いて三十分ほど。
森の中にぽっかりと、まるで巨大な獣が口を開けているかのような、不気味な洞窟があった。
『始まりの洞窟』。
そのいかにもな名前が、彼の元ゲーマーとしての心を少しだけくすぐった。
洞窟の入り口周辺では、彼と同じように初心者と思しき若い冒険者のパーティが、緊張した面持ちで最後の準備をしていた。
創は、彼らから少し離れた木陰に入ると、先ほど購入したアイテムの実験を始めることにした。
まずは、ポータルスクロール。
彼は、羊皮紙の巻物をびりと破った。
すると彼の足元で、何もない空間がまるで水面のように揺らぎ、そこから青白い光を放つ渦巻くゲートが、音もなく出現した。
ゲートの向こう側には、見慣れた冒険者ギルドの喧騒が見える。
「……おお、すげえな」
創は、感心した。
これさえあれば、ダンジョンのどんなに深い場所にいようとも、一瞬で安全な街へと帰還することができる。
彼は、ゲートをそのままに、次にスキルジェムの実験へと移った。
彼は、赤い輝きを放つ『ファイアボール』のスキルジェムを、おそるおそる自分の左手の甲に押し当ててみた。
その瞬間。
ジェムが、まるで生き物のように彼の皮膚の中へと、すうと吸い込まれていった。
痛みは、全くない。
だが、彼の脳内に直接、膨大な情報が洪水の如く流れ込んできた。
炎とは何か。
それはいかにして生成され、いかにして制御され、いかにして敵へと放たれるのか。
そのスキルとしての『ファイアボール』を発動させるための知識と感覚と、そして肉体的な回路が、彼の脳と体に強制的にインストールされていくような奇妙な感覚。
「……うわっ……!」
創は、その情報の奔流に一瞬眩暈を覚えた。
数秒後、その感覚が収まると、彼の左手の甲には赤い宝石のような紋様が、うっすらと浮かび上がっていた。
そして、彼には分かった。
ファイアボールの撃ち方が。
彼は、誰もいない森の奥深くに向かって、左手を突き出した。
そして、頭の中で強くイメージした。
『――撃て』
次の瞬間、彼の掌からごうという音と共に、人頭大の灼熱の火球が迸った。
火球は、一直線に森の奥へと飛んでいき、一本の樫の木に命中すると、凄まじい爆発音と共にその太い幹を根元から黒焦げにしてへし折った。
その威力は、魔法学院で学んだ同系統の魔法とは比較にならないほど規格化され、そして効率化されていた。
だが、創はその威力よりも、別のことに驚いていた。
(……なんだ、この感覚……。魔法学院で使ってた魔法とは、全く違う……。あれが、自分の体の中にある魔素を丹念に練り上げて手作りで撃ち出す職人の技だとしたら……。これは、まるで銃の引き金を引くような、システム化された工業製品の感覚だ……)
実験を終えた創は、満足げに頷くと、いよいよダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
洞窟の中は、ひんやりと湿った空気が澱んでいた。
壁からは常に水が滴り落ち、その音が不気味な静寂の中で反響している。
創は、魔法で小さな光の球を生成し、周囲を照らしながら慎重に奥へと進んでいった。
すると前方から、キィキィという何かを引っ掻くような音と、複数の低い唸り声が聞こえてきた。
モンスターだ。
創は、息を殺し、岩陰に身を潜めた。
暗闇に目が慣れてくると、その正体が見えてくる。
それは、体長一メートルほどの巨大なネズミのようだが、しかしその牙は剃刀のように鋭く、目は飢えたように赤く輝いている三匹の魔物だった。
ジャイアント・ラット。
初心者殺しとして、どんなゲームにも登場するお約束の敵。
創は、冷静にファイアボールの射線上に三匹を捉えた。
そして、躊躇なくその引き金を引いた。
ごうっ!
轟音と共に、火球が魔物の群れのど真ん中に着弾した。
凄まじい爆発。
断末魔の悲鳴さえも、かき消される。
煙が晴れた後、そこに魔物の姿は影も形もなかった。
ただ、焼け焦げた地面の上に、きらりと光る小さな青黒い石が一つだけ転がっていた。
「…………魔石」
創は、それに近づくと、慎重に拾い上げた。
ひんやりとして、滑らかな感触。
だが、その内側には確かに微かな温かいエネルギーが、脈打っているのが感じられた。
これが、この世界の経済を支える新たな『火』。
彼は、その後もダンジョンの奥へと進み、ゴブリンの小隊や巨大なコウモリの群れを、魔法とファイアボールで次々と殲滅していった。
そして、その度にいくつかの魔石を手に入れていった。
やがて、洞窟の最深部で一回り大きなゴブリンのリーダーらしき敵を倒した時、彼はこれまでで最も大きく、そして最も強く輝く魔石を手に入れたのだった。
ダンジョンからポータルで一瞬にしてギルドへと帰還した創は、すぐに街の宿屋の一室を借りた。
そしてベッドの上に、今日手に入れた十数個の魔石を並べてみた。
大きさも、色も、輝きも様々だ。
彼は、その中からゴブリンのリーダーが落とした、最も大きな魔石を手に取った。
そして、最後の実験を始める。
彼は、懐から『鑑定の書』、すなわち鑑定スクロールを一枚取り出した。
そして、その羊皮紙を魔石の上でびりと破った。
その瞬間、スクロールはまばゆい光の粒子となって、魔石の中へと吸い込まれていく。
そして、創の脳内に直接、半透明の美しいウィンドウが浮かび上がった。
そこには、ゴシック体とも明朝体ともつかない、どこか無機質で、しかし荘厳なフォントで、その石の全ての情報が記述されていた。
「名前: F級魔石
レアリティ: コモン
種別: 素材 / エネルギー源
効果テキスト:
この石は、術者の「意志」に呼応し、その内に秘められた純粋な魔力エネルギーを、様々な現象へと変換する奇跡のエネルギー源である。
熱変換: 術者の意志に応じて、熱を発生させることができる。
例:約1リットルの水を、瞬時に沸騰させる程度の熱量。
物理干渉: 術者の意志の強さに応じて、軽い物体を宙に浮かせたり、動かしたりすることができる。
軟膏化:溶かして軟膏にする事で簡易的な傷を治癒する事が出来る。
栄養強靭:砕いて肥料にする事で栄養豊富な野菜や果物を促成栽培で作る事が出来る
ただし、内包する魔力は有限であり、一度その力を使い果たした魔石は、ただの石ころと化す。
フレーバーテキスト:
神が、天から火を盗んだプロメテウスを罰したように、
我々もまた、この地底から盗み出した新たな『火』によって、罰せられるのだろうか。
いや、違う。
これは、罰ではない。
次なる時代へと進むための、祝福だ。
」
創は、そのあまりにも詳細で、そしてあまりにも詩的な鑑定結果の全文を、食い入るように何度も何度も読み返した。
そしてやがて、彼の口から心の底からの感嘆の声が漏れ出した。
「…………すげーな、これ……!」
彼の頭脳は、このたった一つの石ころが持つ計り知れないほどの可能性を、瞬時に分析していた。
熱変換。物理干渉。これは、電気もガスもない、魔法のない世界に持ち込めば、それだけで産業革命を引き起こしかねない、とんでもないエネルギー源だ。
軟膏化。栄養強靭。これは、医療や農業の歴史そのものを、根底から塗り替える奇跡の触媒だ。
そして、何よりもそのフレーバーテキスト。
新たな『火』。
そうだ。これは、まさにそういう代物なのだ。
創は、興奮に打ち震えていた。
彼の元プロジェクトマネージャーとしての、そして今や異世界を股にかける超常の商人としての魂が、この石の本当の価値を見抜いていた。
「……これ……日本へのおみやげとして、沢山欲しいな……!」
そうだ。これを、あの日本政府の連中の前に提示すればどうなる?
ポーションや反重力物質以上の、衝撃を与えることになるだろう。
これは、新たな、そしてダンジョンが存在する限りほぼ無尽蔵に手に入る、最強の交渉カードだ。
だが、同時に彼の慎重な思考は、一つの根本的な疑問に思い至っていた。
「…………これ、どの世界でも使えるのかな……?」
この魔石が内包する『魔力』とは、この世界の物理法則に深く根ざした特殊なエネルギーなのか。
それとも、SF世界アークチュリアで学んだ『高次元ダークエネルギー』のような、もっと普遍的で、どの世界でも通用する根源的なエネルギーなのか。
それによって、この石の価値は天と地ほども変わってくる。
(……これも、あの優秀なビジネスパートナーに検証を『丸投げ』するか……)
創の口元に、いつもの悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
彼の壮大すぎるスローライフ計画は、またしても新たな、そして計り知れないほどの価値を持つ資源の発見によって、さらに予測不可能な領域へとその翼を広げようとしていた。
創は、ベッドの上に並べたきらきらと輝く魔石たちを、満足げに見つめた。
そして、この新たな『火』を大量に、そして効率的に確保するため、本格的なダンジョン攻略計画を立て始めることを心に決めるのだった。
旅は、まだ始まったばかりだ。