異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語   作:パラレル・ゲーマー

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第70話

 神が、サイコロを振る。

 その出目は、常に人間の矮小な予測の遥か斜め上を行く。

 日本政府が、アメリカという世界最強のライオンを手玉に取り、壮大な化かし合いの新たなステージへとその駒を進めていた、まさにその裏側で。

 世界のもう一つの、そしてより根源的な物語(ナラティブ)を支配する謎の預言者、『@Truth_Seeker_JP』が、再び沈黙を破った。

 彼の次なる神託は、これまでのいかなるリーク情報よりも静かで、しかしどこまでも深遠な波紋を、世界中に広げることとなる。

 それは、もはや物理的な奇跡の紹介ではなかった。

 それは、知性そのものの在り方を永遠に変えてしまう、禁断の果実の存在を示唆する囁きだった。

 

 @Truth_Seeker_JP

 星々の沈黙が、破られた。

 眠れる女王の宝物庫の最も奥深く、これまで固く閉ざされていた書庫の扉が、開かれたのだ。

 そこに眠っていたのは、武器ではない。薬でもない。

 それは、『知識』そのものだった。

 #ホシミコの真実

 

 そのあまりにも抽象的で、そしてどこまでも思わせぶりな呟きに、世界中の信者たちが固唾をのんだ。

 知識?

 一体、何の知識だというのか。

 数時間の、焦らすような沈黙の後。

 預言者は、その答えを示した。

 

 @Truth_Seeker_JP

 ①①⑦ 『万象の神託(オラクル・オブ・オムニサイエンス)』

 政府が、その存在さえも認めていない究極の情報解析アーティファクト。

 それは、一見、ただの古びた羊皮紙の巻物にしか見えない。

 だが、その巻物を任意の対象に向け、「鑑定」と唱えた時。

 その対象の持つ全ての情報、その過去、現在、未来、その物理的な組成からその魂の色合いまで、全ての「真実」が、術者の脳内に直接流れ込んでくるという。

 それは、もはや解析ではない。

 全知そのものへの、アクセスキーだ。

 政府は今、この神の巻物を使い、我々の全てを丸裸にし、そして彼らにとって都合の良い「真実」だけを我々に与えようとしているのかもしれない。

 #ホシミコの真実 #アーティファクトリーク

 

 そのあまりにも衝撃的で、そしてどこまでも人々の知的好奇心と猜疑心を刺激するリーク情報。

 タイムラインは、再び爆発した。

「『万象の神託』……! なんだ、その厨二病の塊みたいな名前は! 最高じゃないか!」

「マジかよ……! 全ての真実を知るだと……!? そんなチートアイテムが、本当に存在するのか!?」

「政府はこれを使って、俺たちのプライバシーを覗いているに違いない! 許されることではないぞ!」

 人々の興奮と、不安と、そして尽きることのない欲望が渾然一体となり、巨大な情報の渦を生み出していく。

 そして、その熱狂の渦の中心で。

 日本の国家中枢、プロジェクト・キマイラの司令室は、もはや慣れっこになってしまった奇妙な静寂に包まれていた。

 彼らは、巨大なスクリーンに映し出されたその新たな「神託」を、静かに見つめていた。

 そして、その顔には、もはや驚愕も恐怖もなかった。

 そこにあったのは、ただ深い、深い諦観と、そしてどこかうんざりしたような疲労の色だけだった。

 

「………………はー……」

 官房長官、綾小路俊輔が、その蛇のような顔に深い疲労の皺を刻みながら、溜め息をついた。

「……また始まりましたな、総理。……我らが神の、壮大な、そしてどこまでも迷惑な『遊び』が」

「……うむ」

 宰善総理は、静かに頷いた。その目には、もはや神の玩具に翻弄される哀れな為政者の悲哀さえ浮かんでいた。

「……どうやら賢者様は、我々が先だって賜りました『鑑定スクロール』の存在を、世界に公表してほしいと、そう願っておられるらしい。……それも、『鑑定無双』という名の新たな演目を、我々に演じろと、そう仰せられておられるようだ」

 そのあまりにも的確な、神の御心の読解。

 それは、もはや彼らが神の忠実なる僕(しもべ)として、完全に調教されてしまったことの悲しい証明でもあった。

「……やれやれだわ」

 橘紗英が、こめかみを押さえた。

「……分かりました。……では、やりましょう。……この世界中が注目する壮大な舞台の上で、我々が演じるべき次なる役割は、『神の叡智を手に入れた賢者の代行者』というわけですな。……全く、あのお方は我々を便利屋か何かと勘違いしておられるのではないかしら……」

 そのあまりにも不敬な、しかし的を射た愚痴に、司令室は乾いた笑いに包まれた。

 こうして、日本政府の次なる「演技」の方針は決定された。

 彼らは、もはや神の脚本に抗うことをやめた。

 むしろ、その脚本をいかにして最高の形で演じきり、そしてその中で最大限の国益という名のアドリブを加えるか。

 彼らの関心は、もはやその一点にのみ絞られていた。

 

 ◇

 

 数日後。

 官邸の、定例記者会見場。

 その壇上に立ったのは、もはや綾小路官房長官ではなかった。

 そこにいたのは、白衣をまとったプロジェクト・プロメテウスの科学者チームリーダー、長谷川健吾教授、その人だった。

 彼の顔には、いつもの狂信的な熱狂はなかった。

 そこにあるのは、人類の未知の領域の扉を開いた厳粛な求道者の静かな覚悟と、そしてどこか楽しげな興奮の色だった。

 彼は、世界中のメディアを前に、静かに、しかしその言葉の一つ一つに揺るぎない確信を込めて語り始めた。

「……皆様。……本日、我々が皆様にご報告いたしますのは、もはや新たなアーティファクトの発見報告などという、矮小なものではありません。……本日、我々が皆様と分かち合うのは、一つの『認識の革命』、そのものです」

 そのあまりにも思わせぶりな前置きに、会見場が静まり返る。

 長谷川は、背後のスクリーンに一枚の画像を映し出した。

 それは、あの古びた羊皮紙の巻物、『鑑定スクロール』の写真だった。

「……インターネット上では、既に様々な憶測が飛び交っておりますが。……ええ、その噂は真実です。……我々は、巫女王ホシミコの地下神殿、その最深部の書庫の中から、これを発見いたしました。……我々はこれを、『ホシミコの解析写本(アナリティカル・コーデックス)』と仮称しております。……そして、この写本は、我々の想像を遥かに超える驚くべき能力を持っていました。……それは、対象の物質の『真実』を、我々の脳内に直接表示するという、まさに神の如き能力です」

 そして彼は、この茶番劇のクライマックスへと駒を進めた。

「……我々は、このあまりにも強大で、そしてあまりにも危険な力を前にして、悩みました。……この神の叡智を、我々人類は一体何に使うべきなのかと。……そして、我々は一つの結論に達しました。……我々がその記念すべき最初の鑑定の対象として選んだもの。……それは、武器でも、希少な鉱物でもありません。……我々が選んだのは、この地球という惑星に生きる全ての生命にとって、最も身近で、そして最も深遠なる謎。……すなわち、『水』です」

 

 そのあまりにも哲学的で、そしてあまりにも美しい宣言。

 会見場は、神聖なほどの静寂に包まれた。

 そして長谷川は、高らかに命じた。

「……スクリーンに、鑑定結果を表示してくれ!」

 彼の言葉と共に、背後の巨大なスクリーンに、あの神の言葉が、荘厳なフォントで映し出された。

 

 鑑定結果

【名前】: 水 (H₂O)

【レアリティ】: ユニーク

【種別】: 奇跡の物質 / 生命の溶媒 / 星々の記憶

(……以下、鑑定結果全文表示……)

『…………汝、足元を見よ。…………今ある物を、奇跡と思いなさい。…………』

 

 そのあまりにも詩的で、そしてどこまでも深遠なテキスト。

 その言葉が意味する全てを、完全に理解できた者は、その場に一人としていなかっただろう。

 だが、その言葉が持つ圧倒的な美しさと、そしてどこか懐かしい真理の響きは、国境も、人種も、宗教も超えて、その場にいた全ての人間の魂を直接揺さぶった。

「…………うお、すげー……」

 誰かが、呟いた。

「…………水って……。……俺たちが、毎日当たり前のように飲んでる水って……。……こんな凄い物質だったのか……?」

「…………というか、フレーバーテキスト……。……おしゃれ過ぎんだろ……! なんだこれ、泣ける……!」

 会見場は、感動に打ち震えていた。

 記者たちは、もはや質問をすることも忘れ、ただ呆然と、その神の詩を見上げていた。

 それは、もはや記者会見ではなかった。

 一つの巨大な教会で行われる、荘厳なミサだった。

 そして、そのミサを執り行う神官、長谷川教授は、最後にこう締めくくった。

「……我々は、今日この日、学びました。……真の奇跡とは、遠い異世界や古代の遺跡に眠っているのではない。……それは、我々のすぐ足元に、我々の日常の中にこそ、存在しているのだと。……この『鑑定スクロール』は、我々に力を与える道具ではありません。……それは、我々が既に持っている奇跡の価値を再発見するための、智慧の扉なのです。……ありがとうございました」

 そのあまりにも完璧な、締め括りの言葉。

 会見場は、万雷の拍手に包まれた。

 

 そのニュースは、再び世界中を駆け巡った。

 だが、その反応は、これまでの嫉妬や恐怖とは、全く質の違うものだった。

 世界は、感動していた。

 そして、その感動は、新たな文化のムーブメントを生み出した。

 Xのタイムラインは、その日、世界中の人々が投稿した「#私の身近な奇跡」というハッシュタグで埋め尽くされた。

 人々は、鑑定スクロールのあのフォーマットを真似て、自らの身の回りにある、ありふれた、しかし愛おしい物々の「鑑定結果」を投稿し始めたのだ。

 

 @cat_lover_nyan

【名前】: うちの猫(タマ)

【レアリティ】: レジェンダリー

【効果テキスト】: [特性:液体化]物理法則を無視し、いかなる狭い箱にも収まる。[スキル:ゴロゴロ]術者のMP(精神力)を毎秒回復させる、究極の癒しの波動を放つ。

【フレーバーテキスト】: 我が家の小さき神。その気まぐれな毛玉の一つが、宇宙の中心である。#私の身近な奇跡

 

 @coffee_addict

【名前】: 朝の一杯のコーヒー

【レアリティ】: エピック

【効果テキスト】: [効果:覚醒]使用者の意識レベルを強制的に引き上げ、今日という名の新たなクエストに挑むためのバフを与える。

【フレーバーテキスト】: 焙煎された豆の香りは、昨日と今日の境界線を溶かす優しい夜明けの儀式。その苦味の奥にこそ、一日の希望はある。#今ある物を奇跡と思いなさい

 

 そのムーブメントは、もはや誰にも止められなかった。

 人々は、競うように自らの日常に隠された奇跡を見つけ出し、それを詩的な言葉で語り合った。

 それは、日本政府が意図したいかなるプロパガンダよりも、遥かに強く、そして深く、人々の心を一つにした。

 世界は、ほんの少しだけ優しくなった。

 誰もが、自らの足元にある小さな幸福に気づき、感謝するようになったのだから。

 

 そのあまりにも平和で、そしてあまりにも美しい世界の変化を。

 官邸の地下深く、司令室で。

 橘紗英と宰善総理は、モニター越しに静かに見つめていた。

「…………素晴らしい」

 総理が、心の底から呟いた。

「……素晴らしいではないか、橘君。……賢者様は、我々に世界を変える力を与えてくださった。……だが、それは武力や経済力といった野蛮な力ではなかった。……世界を変える真の力とは、人々の『認識』そのものを変える文化の力なのだと、そう教えてくださったのだな……」

 そのあまりにも深遠な、神の御心。

 彼らは、もはやその掌の上で踊らされているという感覚さえ忘れていた。

 彼らはただ、自分たちがこの偉大なる物語の一部であるという、幸福な事実に打ち震えるだけだった。

 

 そして、その全ての元凶である男は。

 その頃、何をしていたかというと。

 彼は、久しぶりにログインした『Path of Exile』の世界で。

 自らが手に入れた鑑定スクロール(もちろん、彼が日本政府に渡したものとは別物である)を使い、ドロップしたマジックアイテムの性能を一つ一つ確認しながら。

「……うーん、ゴミ。……これも、ゴミ。……これも……あ、これはまあまあ使えるかな。……売れば、1カオスくらいにはなるか……」

 などと呟きながら。

 どこまでも俗な、そしてどこまでもぐうたらな鑑定無双ライフを満喫していたという事実を。

 まだこの世界の誰も、知る由もなかったのである。

 

 

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