クルスニク・オーケストラ   作:あんだるしあ(活動終了)

39 / 55
10-2小節

 その時、誰かが剣をリドウ先生に向けて振り下ろした。空かさず骸殻に変身して間に割り込んで、刀身を掴んだ。変身中ならこういうことをしても手は切れません。それより。

 

「エルちゃん……」

「これ! 止めてよ! ねえ、ジゼル!」

 

 エルちゃんはわたくしが掴んだ剣を取り返そうと、必死で剣を引っ張ってる。可愛いお嬢ちゃん。そんな小さな力で大人に敵うわけがないでしょうに。

 

「大人気だねえ、偽者」

「ニセモノなんかじゃない! ミラはミラだよ!」

 

 剣を引っ張る。エルちゃんは悲鳴を上げて前にまろび出た。そのエルちゃんをキャッチして担ぎ上げた。

 

「はなして、はなして!」

「エルっ!!」

 

 ごめんなさいね、エルちゃん。

 

 エルちゃんを手近な雛壇に押しつけて、取り上げた剣で手首の布地を刺して磔にした。これでこの子の動きは封じられた。

 

「小さいお子さんをあまりいじめないであげてくださいな」

「情が移りでもしたか?」

「かもしれませんが、室長もお分かりでしょう?」

 

 リドウ先生だって、本物の《鍵》がエルちゃんだってご存じでしょうに。趣味が悪うございましてよ。

 

 リドウ先生は肩を竦められて、仕事の顔に戻った。

 

「ルドガーは殺すなよ。分史のマクスウェルだけ殺れ」

「承知しました」

「やっ……やめて! ジゼル! やだぁ!」

 

 ごめんなさいね、エルちゃん。今ばかりはその悲痛な訴えを聞いてあげられない。今のわたくしは一人のエージェントで、リドウ先生の部下なの。

 

 骸殻を解いて、ルドガーとミス・ミラが辛うじて捕まっている位置まで歩いて行く。

 

 ルドガーは恐れの色濃くわたくしを見上げて来た。ミス・ミラも同じ。マウントを取っているのですもの。わたくしのナイフの一振りで、どちらもこの奈落へまっさかさま。

 

「ジゼルっ、本当に……!」

「『本当に』今から彼女を落とします。痛い思いをしたくないなら、彼女の手を離しなさい」

「できる、かよ!!」

「そう。なら仕方ありませんね」

 

 やれと言われたのはミス・ミラだけですから、ルドガーが繋いだ手にナイフを刺してミス・ミラだけを落としましょう。

 

「~~っあんた言ったじゃないか! どんな行いでも、本人が覚えてる限り無かったことにはならないって! あんたこれでいいのかよ! ミラを生贄になんてして、平気でこれから過ごせるのかよぉ!!」

 

 《このガキ! 補佐がどんな気持ちで今回の任務を》……やめなさい、《レノン》。ルドガーの言うことを教えたのも、今、ミス・ミラを葬ろうとしているのも、他でもないわたくしです。

 

「――もうすぐなのよ。長かったクルスニクの悲劇を、《レコードホルダー》たちの悲しみをようやく昇華できるのよ。それを阻む者がいて、葬らなければ進めないのなら、そうするしかないじゃない」

 

 わたくしの中に在る、報われなかったクルスニク一族の魂たちにハッピーエンドを。わたくしはそれを目標に今日まで生きてきた。

 

 あの日の公園で、強く誓ったの。

 それをここで終わりになんてできない。

 

 恨むなとは申しません。安らかに眠ってとも申しません。

 ナイフを持った右手を振り上げ……

 

 ドシュッ。血が飛び散った。

 

 え――?

 

 わたくしの右手のナイフが、わたくしの足を刺していた。

 

 

 一拍遅れて痛みが来た。思わずその場に膝を突いた。

 

「あ、う…くっ、…ああ、あああ!」

 

 どうして!? よりによってこんな大事な時に……! 右手が言うことを聞かない!

 

「《似せ者だろうとミラさまを傷つける奴は許さない!》 ――い゛ギッ!?」

 

 《レコードホルダー》……! 何て場面で邪魔をしてくれるの。痛い、自分で刺した足が痛い。やめて、抉らないで。この体はわたくしのものよ。離して! 《離すもんか!》 返して! 《ダメ!》

 

「ア、ア゛、アアアアアアァァッ!!」

 

 懐の時計を無理やり起動する。防具がいるの。今のじゃ足りない。この《レコード》に侵されないように。「わたくし」を守る鎧を、殻を、お願い、与えて――!

 

 

 

 

 

 骸殻が、解ける。

 

 その場に崩れ落ちる。あたまがいたい。ハンマーで脳みそを内側から叩かれてるみたい。

 それでも顔を上げて、見た。

 

 ――さながらそれは、天空をそのままヒトの形に象ったような、ヒトならざる美。ミス・ミラと同じでいて、それでも決定的に異なる。

 

 これが本物のマクスウェル、本物の精霊の主。

 

 正史世界のミラ=マクスウェルはエルちゃんに歩み寄った。悠然と。向こうにリドウ先生がまだいらっしゃるのに。

 

 マクスウェルがエルちゃんを磔にしていた剣を抜き去る。エルちゃんはその場にぺたんと座り込んだ。

 

 くっ。ここで倒れるわけには参りません。精霊のマクスウェルが現れた今、戦況は著しくリドウ先生に不利。リドウ先生が今日ほど長時間変身しているなんて初めて。内臓黒匣(ジン)が保ちません!

 

 もつれる手で携帯注射器を取り出して、後頭部に乱暴に打ち込む。

 ナイフを手に。目は霞んで焦点を結ばない。頭は石を詰められたみたいに重い。

 それでも、ジゼル・トワイ・リートは分史対策エージェントなのよ。

 

「やあっとお出ましだね。ミラ=マクスウェル」

 

 リドウ先生が骸殻を解除なさった。――了解です。

 

「相応の礼をさせてもらう」

「大歓迎――と行きたいが、生憎、時間切れだ」

 

 リドウ先生がホールの四方にあらかじめ仕掛けておいた煙幕装置を起動なさった。

 ホールが白い煙で満たされる。

 

「その勢いで《道標》集め、ヨロシク」

「勝手なことを!」

 

 勝手なのは貴方よ、ルドガー。クラン社の、分史対策室のエージェントでありながら、上司の命令も聞けず、あまつさえ剣を向けるなんて。通常業務なら懲戒免職ものでしてよ。

 

 あちらの視界がゼロの間に、わたくしたちは離脱する。足をやってしまったわたくしは、他のレディエージェントと合流次第、肩を借りた。

 

 

 用意しておいた脱出艇を目指して、出血が止まらない右足も駆使して意地で走る。

 

 付いてくる足音は、船に来た時より少ない。くっ……ごめんなさい。わたくしたちが至らないばかりに!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。