その混乱を断ち切ったのは、やはりと言うべきか。彼女の一声だった。
「――み!今宵限りのスペシャルコラボ!『秘密結社ホロックス VS 仮面ライダーガヴ!ライブ防衛戦!』の開幕だぁ!!」
拡声器を通したラプラス・ダークネスの声が会場中に響き渡った。あまりの唐突な宣言に、一瞬だけ静寂が訪れる。
直後――。
「ええええええええ!?」「キャァァァァ!」「マジで!?」「ガヴってリアルで見られるの!?」「スタッフ仕込み!?やりすぎだろ運営ィィィ!」
爆発的な歓声の雨あられと降り注ぐ。
観客たちは最初こそ戸惑っていたものの、ラプラスの勢いと「特別コラボ」という単語に刺激され、興奮の坩堝と化していた。
(ちょっ、待て待てラプラスさん!!?何言ってるの!?俺本物なんですけど!?)
ショウマ――否、ガヴは変身解除できないもどかしさで心の中で絶叫した。
そして、その視線に気づいたラプラスは。目線で。
(五月蠅い!そもそも、私だって、混乱しているんだ!だからこそ、ショウマ!なんとかしてくれ!)
(無茶言わないでよぉぉ!!)
そうして困惑している中でも、ラプラスはさらに畳み掛けるように続ける。
「刮目せよ!諸君!我がホロックスは、このライブに沸き起った闇の怪物を討伐すべく、ここに特命指令を下す!さぁ!ガヴよ!刮目せよ!諸君はこの戦いを記憶に刻め!」
(特命指令って何だよ!?知らないよそんな設定!助けてクロヱさんルイさん!)
ガヴは必死に辺りを見回すが、当の本人達は。
「みんな!ラプ様の指示通り!私たちと一緒にガヴを応援しましょう!」
「総帥の判断は絶対。そしてここはショーである!さぁ!共に盛り上げるぞぉ!」
いろはとこよりが観客席に向かって大きく手を振り、ルイは冷静に分析するような目つきで状況を見守りながらも扇子で誘導し。
そしてクロヱは、ライブカメラに向けてにやりと笑い。
「そうだそうだー!画面の前のみんなも一緒にぃ!ガヴを応援しなさ~い♪あっもちろんホロックスもだけど!」
(クロヱさんまで楽しそうにしてる!!)
こうして、観客たちは「ヒーローショーの一環」としてすっかり受け入れてしまった。その熱気と大声援は、当初のパニックなど微塵も感じさせない程に高まっていく。
「なっ……何が起きている?これは想定外だ!」
一方のグラニュートは想定外の事態に狼狽えていた。人間たちを盾に利用し、赤ガヴを追い詰めるはずだった。
だが状況は180度変わり、自分が「悪役」として全方位から憎悪と敵意――というよりは興奮と熱狂を向けられている。
(これでは逆効果……このままでは……!)
焦燥感が募る。だが観衆の期待は最高潮に達しており、もはや退けない。
困惑を隠せないショウマとグラニュート。
だが、自然とショウマは普段はない感覚に驚く。
(そう言えば、こういうの初めてだよな)
ショウマにとって、これまでグラニュートとの戦いにおいて仲間以外からの視線は、そのほとんどが怪物を見て恐怖を向けられていた。
けれど、今、この会場ではそんな事はなく、皆が全力で応援してくれる。
その状況に少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「これが……こういうのもあるんだね」
そう呟きつつも、ショウマはガヴブレイドを構える。
(けれど、グラニュートはまだ生きている!)
決意を胸に。
「諸君!刮目せよ!刮目せよ!」
ラプラスの宣言と共に、戦闘は始まる。
(うわー!ショウマって奴マジで規格外じゃねえか!?あれ!)
ラプラスが内心で戦慄するのも無理はなかった。
舞台上では、先ほどまでの混乱が嘘のように――いや、ある種のカオスを孕んだまま――戦闘が展開されていた。
「おぉおおお!!!」
ショウマの咆哮と共に振るわれるガヴブレイド。その軌跡が空気を切り裂き、煌めく光の尾を引いてグラニュートに襲いかかる。
グラニュートも負けじと応戦するが、その動きはどこか精彩を欠いていた。
(なぜだ!なぜ攻撃が当たらん!?しかも、なんだこの力は――重い!)
グラニュートの剣戟は虚しく空を切る。一方、ショウマの刃はまるで意志を持つかのように彼の急所を正確に捉えんとしてくる。
普段であればもっと合理的に、最小限の動きでグラニュートを屠ることに集中するショウマだが、今は違っていた。
観客がいる。自分を見てくれている。
(これが……応援の力……!?)
初めての感覚だった。「見られている」というプレッシャーと同時に、体の奥底から湧き上がるような熱いエネルギー。
それは母からの温かい励ましとは異なる、もっと直接的で、力強く響く喝采だった。
その想いがショウマの動きを変えた。より大胆に。より派手に。しかし決して粗雑ではなく、研ぎ澄まされた技術と情熱が融合した、観客の目を釘付けにするようなパフォーマンスへと昇華される。
「いけえええ!ガヴーっ!!」
観客席からは容赦ない応援と技名コール。中には無茶ぶりのような要求も混じる。
ショウマは困惑しながらも、その全てを吸収するかのように身体を躍動させる。
グラニュートは焦燥に駆られていた。
(このままでは……!こうなったら……!)
人質を取れば形勢は逆転する。
標的は観客席の中央――
「あの娘だ!」
鋭い爪を伸ばし、ラプラスに飛びかかろうとする。
(まずい!)
ショウマの全身に電流が走る。
レバーを全力で捻る。
『ガヴ……ガヴ……』
赤銅色の装甲から迸るエネルギー。
更に横のボタンを叩き込む。
『CHARGE ME CHARGE ME!』
床一面に紫色のゼリー状物体「ムニュ」が蠢くように現れた。粘液質のそれは自在に形状を変え、壁や天井へと伸びていく。まるで意思を持った生物のように。
(行くぞ!)
ショウマはムニュを掴み――
宙へと飛んだ。
観客からどよめきが上がる。
「うわっ!?」「跳んだ!?」「高っ!」
無数のムニュが連鎖する。一つを蹴っては別な一本へ移り、螺旋を描きながら加速していく。
そのスピードはジェットコースターを遥かに凌駕していた。
「これでも食らえ!」
飛び蹴りが炸裂。
グラニュートの脇腹に深く沈む。
「ぐはっ……!」
鈍い呻き声と共に吹き飛ぶ敵。
だがショウマの追撃は終わらない。
空中で次なるムニュを掴み、さらに高く舞い上がる。観客席上空を旋回しながら、稲妻のような速度でグラニュート目掛け落下する。
『ポッピングミ! フィニッシュ!!』
最後の一撃――
全体重を乗せたライダーキック。
―――ドォオンッ!!!
鈍い衝撃音とともにグラニュートの巨体が砕け散る。破片は粉雪のように舞い上がり、次の瞬間には完全に消失した。
ショウマは静かに地面へ着地し、膝をつく。
肩で荒い呼吸を繰り返しながら拳を握り締めた。
「……はぁ……はぁ……」
会場には一瞬の沈黙が落ちた。
しかし―――
「「「わあああああああ!!!」」」
爆発的な歓声が押し寄せた。
「やった!」「超カッコよかった!」「ガヴ最高!」
観客全員が拍手と指笛を浴びせる。
ラプラスも呆然と立ち尽くしていたが、ようやく我に返り――
「おい! こっちにも爆発が当たりそうだったじゃないか! もうちょっと威力を考えろ!」
ラプラスがぷんすかと頬を膨らませて抗議する。戦闘後の興奮冷めやらぬまま、両手を腰に当てて怒りを表明していた。
「えっ……あっ……ごめんね! そうだ、怪我はない!?」
心配そうな表情でラプラスに駆け寄る。純粋に無事を確かめたい一心での行動だったが――その瞳は完全に心配する兄のそれだった。
「ラプラスちゃん! 大丈夫? 怖かったね? 良かったぁ……」
そう言いながらショウマは自然に手を差し伸べる。
「……なっ!? 何だよ急に子ども扱いしやがって!!」
ラプラスは顔を真っ赤にして怒鳴るも、視線はどうにも泳いでしまっている。ショウマはまったく気にせず笑顔を崩さない。
「だって怖かったでしょ? 怪我してない? 手を切っちゃったりしてない? ほら、よく見せて」
「きゃっ!?」
ラプラスが反射的に後ずさると、その瞬間――観客席から「きゃぁああ!!」という歓声が沸き起こった。
「「尊い~~!!」」
「「やべえ! 新しいコンテンツ爆誕してるじゃん!」」
「ちちち違うぞ! お前ら誤解すんな!! 私はこういうのぜんぜん興味無いんだからな!!」
「……でもラプラスちゃん顔赤いよ? 体調悪いんじゃない? 医務室行こうか?」
ショウマは心の底から心配そうに問いかけた。
「誰のせいだと思ってんだぁああ!!」