ガランとした夜のバッティングセンター。ピンボール音楽が低く流れる薄暗い空間に、鷹嶺ルイの靴音が規則正しく響いていた。グレーのジャージ姿でバットを軽く素振りしながら、彼女はレーンに立つ。
「さて……今日はどこまで飛ばせるかな」
その独り言に被せるように、別のレーンから威勢のいい金属音が轟いた。隣をちらりと見ると、グロッタが巨大なホームラン性の打球を打ち上げていた。派手な服装に反して正確なスイング。その姿にルイはつい口元を緩める。
「あら、グロッタさんも今日はここに?も来てるのね?」
「まぁね、仕事で苛ついた時にはついね」
そこに立っていたのは、グロッタ。
このバッティングセンターの常連であり、互いによく一緒の時間で行う事もあり自然と話すように言われた
「この前、総帥が無駄使いをしてしまってね、おかげで赤字で本当に困っちゃうわぁ」
「……なんだそれは」
グロッタが眉をひそめる。
「あんたも災難だな、こっちは妹と弟が会社で好き勝手するから、苦労しているわ」
「ふふっ、家族経営で大変なんですね〜。うちも似たようなものですよ」
ルイがストレッチをしながら苦笑いする。バットのグリップを握り直すと、軽快なピッチングマシンの電子音が鳴り始めた。
「けど今日は違います!溜まったストレスを全てここにぶつけます!」
初球を豪快にフルスイング。ボールは右中間を破り、ネットに跳ね返った。
「お見事」
グロッタが首を傾げる。
「そうです!この前なんて備品を勝手に売ってしまって……もう収支がガタガタです!」
続けざまに二球目も鋭い当たり。打球音が室内に響く。
「それなら私も負けてられないな」
グロッタが挑発的に笑い、マシンのレベルを一段階上げた。甲高い打球音が続き、双方のレーンから歓声が上がる。
「ところで……」
ルイがスイングの合間に声をかける。
「グロッタさんって、もしかして結構偉い人なのかしら?」
「まぁ、会社では色々っとね」
「凄いわね」
「けど、こっちとしては身体を動かしたいのにねぇ」
「ふふっ、グロッタさんもそういう悩みがあるんですね。うちは総帥の尻拭いばかりで……」
グロッタが思わず吹き出した。
「貴方も苦労してるんだな」
「お互い様です」
続いて三球目。ルイのバットが快音を響かせた瞬間——ボールがフレームに当たって変則的に跳ね返った。
「あっ!?」
焦って避けようと後退したルイの足が引っかかり、床に派手に転倒。
「——ぎゃあっ!」
「おいおい……」
グロッタが呆れ顔でバットを置き、手を差し伸べる。
「貴方っていつもそうなのかしら?」
「だ、大丈夫です!気にしないでください!」
ルイが真っ赤になって起き上がる。それでも立ち上がると、照れ隠しのように微笑んだ。
「でも……なんだかスッキリしました。グロッタさんと話せてよかったわ」
「そうか?そっちのほうがスッキリしてるんじゃないの?」
「確かに……ね。今度はぜひご一緒にディナーでもいかが?」
グロッタが一瞬目を丸くしてから、意味ありげに口角を上げた。
「考えておくわ」
「やったぁ!ありがとうございます!」
ルイが小躍りしながらバットを振るうと、四球目が完璧なラインドライブで遠くへ飛んでいった。
「今度は負けないぞ」
グロッタも負けじとバットを構え直す。
夜のバッティングセンターには、二人の笑い声と打球音がいつまでも響いていた。
「……この時間って悪くないわね」
「グロッタさんと話してるとなんだか癒されます」
「……変な奴だな」
グロッタがつぶやく。その横顔はなぜか少しだけ柔らかかった。
「またここで会いましょうね」
「気が向いたらな」
ルイが去り際に振り返ると、グロッタは静かに頷いた。バットの感触がまだ手に残る。
「ありがとう」
今夜もまた一日を乗り越えられた気がした。
そうして、各々が帰っていった。
そして、グロッタは。
「・・・こういう風に話せるの、家族でもいなかったわね」
その呟きがどのような意味か。
ルイが聞こえる前に、彼女は、また去って行った。