holoX本部。
それは、ラプラス・ダークネスが総帥を務める組織にて、その会議が行われた。
「それでは、作戦会議を行う。議題は」
同時にラプラス・ダークネスは目の前にあるホワイトボードになんとか議題の中心になる人物の写真を置きながら、宣言する。
「我らが宿敵、仮面ライダーガヴこと、井上ショウマの対抗策についてだ!」
高らかに宣言する。
だが、そんなラプラス以外の面々は特にやる気はなかった。
「いや、お前らは少しはやる気を出せよ!」
「そうは言いますが、総帥、あの子、結構可愛いですから」
「おい待てぇい!ルイ!なんだその生暖かい視線は!」
ラプラスがビシッとルイを指差す。ルイはコーヒーカップを揺らしながら穏やかに微笑んだ。
「だってあの子、本当にお菓子のことしか考えてない純粋な子じゃない?戦闘訓練も自主的だし、たまに基地の庭掃除とかしてくれてるし……」
「それが敵だと言ってるだろーがッ!しかもお前こないだアイツと一緒にコンビニ行ってケーキ奢られてたの知ってんだからな!」
「まあまあ……総帥も一緒にプリン食べます?」
「うぐっ……そ、それは悪くない提案だが……今は作戦会議だ!」
次に視線を移した先では沙花叉がスマホをいじりながらクッキーをかじっている。
「沙花叉!貴様は何故そんなに脱力している!」
「だって総帥……ショウマさんとは明日新発売のチョコバー食べに行く約束してるんですよぉ?」
「はあ!?敵とグルか!裏切り者!」
「いやいや誤解ですって!ただ美味しいお菓子情報を交換してるだけですよ?この前はアイツの特製キャンディもらったし♪」
ラプラスの額に青筋が立つ中、隣ではこよりがぶ厚いノートPCを睨んでいた。
「こより!分析データは!?」
「はい総帥。現時点で判明しているデータですが、ガヴの推定パワー指数は我々の新型戦闘AI『ダークマターX』の計算モデルでさえ37%の精度でしか解析不能です」
「な……何ィ!?じゃあ勝算は?」
「今のところゼロ。下手に戦闘すれば組織壊滅リスク98%。よって戦術としては撤退または恭順が最も合理的かと」
「恭順て……吾輩は総帥だぞ!」
「えぇ、でもショウマ君は全然、総帥の事を敵だと思っていないけど」
「それが気に入らないのだ!」
ラプラスがテーブルを叩いた。
「この天才的頭脳を持つ吾輩を子供扱いしおって……許せん!」
こよりがキーボードを打つ手を止めずに続ける。
「ちなみにショウマ君は総帥のことを『可愛い妹分』みたいに思ってるみたいです」
「誰が妹分じゃあああ!」
「報告:総帥の怒りゲージ、78%上昇」
「測るなッ!」
最後に視線を向けた先では、いろはが刀の手入れをしながらぼんやり窓の外を見つめていた。
「いろは!貴様も何か言うことないのか!」
「……総帥殿」
ゆっくりと顔を上げたいろはの表情には珍しく翳りがあった。
「先日の模擬戦のとき、拙者……」
「なに!?どうした!」
「刀を振るおうとした瞬間……何か……本能的に凍りついたでござる」
「はぁ?どういう意味だ」
「うまく言えないでござるが……『触れてはいけない』と全身が警告してきたような……」
「あー分かる分かる!」
こよりが手を挙げた。
「ガヴには未確認の量子揺らぎが観測されてて、それが潜在脅威感知機構に干渉してる可能性があるんだよね。いろはちゃんの直感ってすごく当たるから、これは要注意信号!」
「専門用語で納得させようとするなあああ!」
ラプラスは机に突っ伏した。
「じゃあ吾輩はどうすりゃいいんだよぉ……」
「やっぱり明日はみんなでチョコバー買いにいきません?」
沙花叉の能天気な声にルイが苦笑し、こよりがノートPCを閉じる。いろはは黙って刀の鞘に触れ、そっと目を閉じた。
会議室には奇妙な平和が漂い―ラプラスだけが額を押さえてうなっていた。
そうしていると、いろはとクロヱが何かを察したように、すぐに動き出した。
それは、この本部の地下にある通路。
「敵兵は二つ、たった2人で挑んできていますね」
すぐにその様子を見ていたこよりは呆れたように呟く。
そうしている間にもいろはとクロヱは真っ直ぐと侵入者へと近づく。
「うわぁん!助けて!ショウマ!今すぐ来てぇ!」
「総帥、一番にその名前を出しますか」
泣き出している総帥をあやすルイ。
そうしていると共に徐々にその影が近づく。
地下室への階段を降りると、湿った空気が肌を撫でた。壁に埋め込まれた非常灯だけが薄暗く道を照らしている。こつん、こつんと不気味な足音が反響する。
「……二人ですか?」
クロヱが低い声で尋ねる。その尾びれはすでに変身して青白く輝いていた。
「そうでござるな」
風真いろはが刀の柄に手を当てながら前方を凝視する。嗅覚を研ぎ澄ませば、明らかに外部からの匂いがした。
次の瞬間──
地下室の空気が凍りついた。階段を降りてくる足音が止まり、完全な静寂が支配する。いろはが一歩踏み出し、刀の鍔に指をかけた瞬間だった。
「にゃぁ……」
奇妙な鳴き声とともに、天井の排気ダクトから白い塊が落下してきた。もふもふの毛玉はくるりと一回転し、驚くべき身軽さで着地すると、次の瞬間にはいろはの足元をすり抜けていた。
「――え?猫?」
「敵兵じゃなくて猫……ですか?」
クロヱの呆けた声が響く。二人とも戦闘態勢だったため、突然のカジュアルな存在に完全にフリーズした。
「にゃぁーん!待てー!」
バタバタと足音を立てながら現れたのは──井上ショウマその人だった。額に汗を浮かべ、大きく息をつきながら猫を指さす。
「しょ、ショウマ殿だったでござる!?」
「なんで、ここにって、もしかして」
「あっいろはさんにクロヱさん!その猫、捕まえて!」
猫は二人の間を鮮やかなステップで通り抜け、奥の壁沿いを猛スピードで駆け上がる。壁が鏡張りだったら写っていたであろう美しい運動力学を誇示するように爪を立てて。
「あ!待ちやがれでござる!」
「いやそれよりショウマさん説明!」
追いかけながらも質問を浴びせるクロヱに、ショウマはぜいぜい言いながら応えた。
「猫ちゃんだよ!依頼で来て、ビルの中で飼い主探してたんだけど……」
「ビルの中で飼われてる猫を追ってて……って待って」
「え?吾輩たちのアジトを犬小屋認定!?」
「総帥落ち着いて!」
その時、階段をドタドタと駆け下りてきたのがラプラスたち上層組。先頭のラプラスは鬼の形相だったが、目の前の光景を見て硬直した。
「貴様ぁぁ!我らの地下要塞に許可なく侵入……って猫かよ!!」
「あの鳴き声分析完了……地球上の標準猫科、ただし非常に俊敏な個体」
こよりが端末を見ながら冷静に解説する。
「いやそもそも依頼って何!?」
「ビルの管理人さんから、逃げた猫ちゃんを探してって頼まれたの!飼い主さんがこのビルに入ってるんだよ!」
「……それで吾輩の城で鬼ごっこ開始か」
ラプラスのこめかみに青筋が浮かぶ。
「わーん!お願い助けてぇ!このままじゃ期限過ぎちゃうよぉ!」
「総帥、どうします?」
ルイが静かに問いかけた。
「うぬぅ……」
ラプラスは眉間にしわを寄せると、くるりと踵を返した。
「仕方ない!吾輩の誇りにかけて──協力してやる!」
「やったぁ!」
「ただし!」
ビシッとショウマを指さし、
「後でこのビルの警備システム改良費を請求するからな!」
「えええ!?」
そこからはもう大騒ぎだった。いろはが壁に駆け上がり、クロヱが隙間を水中のように泳ぎながら潜り込む。ルイは的確な指示を飛ばし、こよりは小型ドローンを飛ばして猫の動きを捕捉。そしてラプラスはなぜか無線式網を投げつける装置を起動させ、
「喰らえ!『暗黒捕獲網』!」
と叫びながら操作パネルを殴るように叩いた。もちろん猫はひらりと避ける。
「あーっ!また逃げたぁ!」
「猫の速度算出……捕捉困難……!」
「落ち着いて!皆さん!」
ショウマが両手を広げて言った。
「猫ちゃんはね、こういう時に『優しい人』の方に来るんだよ!慌てずゆっくり……」
「……はぁ?」
「こうやって……ゆーっくり……」
ショウマが地面に膝をつき、極めて穏やかな微笑みを浮かべた。すると、さっきまで狂気的な機動で逃げ回っていた猫が──不思議なことにぴたりと足を止め、ショウマのもとへ歩いてきた。
「みぃ」
「ほら!捕まえた!」
「嘘……でござろう……」
いろはがぽかんと口を開ける。
「猫チャームスキル……まさかリアル世界に存在していたなんて」
こよりが目を見開いた。
ショウマは猫を抱き上げると、「良かった~!」と安堵の声を上げた。猫はゴロゴロと喉を鳴らして完全にくつろいでいる。
その様子を見ていたラプラスは肩を震わせ──
「おのれえええっ!仮面ライダーガヴうううっ!!!」
天に向かって吠えた。
「敵なのに!敵なのにぃぃぃ!なんか腹立たしいぃぃぃ!!」
「ラプラスちゃん」
「ちゃん付けするな!」
「良かったら、グミ、食べる?」
「たべるぅ!」