バリアン神は初恋童貞神   作:ややや

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話題:誰かを救う手段

 世界中の知性体がヌメロン・コードの権利を追い求めて蠱毒を進める中、ドン・サウザンドはひたすらにデッキを調整していた。

 

 ドン・サウザンドが主とするヌメロンシリーズと彼女のクシャトリラははっきり言って組み合わせが良くない。混在することは可能だが、どうしてもどちらか単体が置物となってしまう。

 

 デッキをシャッフルし、ドローする。手札を見て、数ターンだけ回して、また引き直す。40枚のカードの組み合わせを血肉となるように噛み合わせ、納得するまで練り直す。

 

 戦乱の光景を肴に行うルーティンは、ドン・サウザンドにとってお気に入りの時間だった。彼女は趣味が悪いと笑っていたが、デメリットカードで無駄の無い無駄なコンボを考案する趣味のほうが余程変態だと彼は常々思っていた。

 

「テメェがドン・サウザンドか」

「…神代凌牙か」

「ナッシュと呼べ。今の俺は、バリアンの名代として参加している」

 

 バリアンの王であり、人間界で神代凌牙として人生を歩んできた男がドン・サウザンドを睨む。怒りと憎しみに溢れた、カオスらしい表情だった。

 

「バリアン世界の危機じゃなきゃ、テメェみてぇな外道に与しはしないんだがな」

「アストラル世界の危機でもあるな」

「どの口がほざいてやがる。テメェが崩壊まで導いたんだろうが」

 

 ドン・サウザンドはデッキを引く手を止めた。怒りからではない、教師のような眼差しだった。ナッシュの脳裏に浮かんだのは、ライバルである遊馬の隣に佇んでいるアストラル。冷静沈着に物事を説明する、理性の光だった。

 

「アストラルが世界を分けた時点で、崩壊は決定していた」

「…なに?」

「構成は違えど、人間界とかつてのアストラル世界に大差はなかった。善も悪も存在する、海と同じだ。低温と高温が偏在することで、波という巨大なエネルギーを生み出す。アストラル世界は、低温を捨てた」

 

 逆かもしれんがな。

 

 ドン・サウザンドの声は諦観に満ちていた。

 

「元よりひとつの世界が分たれた以上、エネルギーは不足する。高次のエネルギー世界と嘯こうが、やり口は悪質なダイエットと変わらん」

 

 アストラル世界が切り離したカオスの廃棄は海水温を上げるために氷河地域の海水に敷居を作ったのに等しい。アストラル界は高過ぎて魚が茹で上がり、バリアン界は低過ぎて魚が凍った。

 

「偏ったエネルギーは世界間で互いに求め合い、どちらかが満足するまで世界は衝突する」

「その余波でバリアンもアストラルも生命は確実に死ぬって訳か」

「『バリアンとアストラルは互いに滅ぼし合わなければならない』。この発言は嘘ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、己の故郷を捨てろということに等しい。

 

「なら、何故ベクターの野郎を使いっ走りにして七皇(おれたち)をバリアンに引き摺り込んだ。まがいなりにも奴は生まれながらの王だ。仲違いする可能性の方が高かったはずだ」

「貴様はレアカードを引き当てたら破り捨てるのか?」

 

 ナッシュは顔を顰めた。たまたま手に入りそうな誰のものでもないレアカードに手を出さないデュエリストは存在しない。この異空間…ヌメロンフィールドに溢れ出るカードは如何に頑固なナッシュといえどもデッキに組み込む価値のあるものが山のようにあった。

 

「まさかここまで世界が弱るとは思ってなかったのだ」

 

 ドン・サウザンドは争いを広げる人間達を見ながら呟いた。彼が居た場所は人間には一苦労する崖の上だ。足を垂らし、悠然と見下ろす姿は、ナッシュにはどこか老人のように見えた。

 

「我の描いた予想図は大量のバリアン人とアストラル人が鎬を削り、人間はその隙に付け込んで利益を掠め取る。そうして生き残った臆病者と強者と宗教家と愚か者が互いの存在を賭けて争い合い、神を定める。そう考えていた」

「随分な地獄絵図だな」

「数百年前の日常を地獄などとは、人間界も成長したものだ」

 

 ドン・サウザンドの語り口に、ナッシュは梯子が外されたような感覚に陥った。神を自称する割に、この男は他人をよく見ている。ナッシュ達がバリアン人を見捨てられないことを理解して、きっちりと部下として駒を操っている。

 

 ナッシュにとってのメラグ達のように、彼も破滅を防ぐ『蓋』を持っていたのだ。

 

「貴様がベクターに殺されて人間界に転生した時は流石に驚いた。だが、怪我の功名だな。貴様達の魂の移動を観測することで、我は奴の復活のための儀式を考案出来た」

 

 流石のドン・サウザンドにもベクターのナッシュへの憎しみは想定外だったようだ。バリアン世界を救うために参加したナッシュ達とは異なり、ベクターは純粋な野望のために離脱している。ナッシュの目下の敵は、ドン・サウザンドでは無かった。

 

「俺は人間界で様々な奴らと出会った。色々な奴と戦った。幾つかの馬鹿達に助けられた。俺は人間界に手を出すつもりはないし、させる気もない」

「好きにするが良い。どの道この異空間に入り込んだ以上、生きて出られるのは神となったただ1人のみ。誰も口は挟めんよ」

「だが、真実については話してもらうぞ」

 

 ナッシュの睨みに、ドン・サウザンドはわざとらしく首を傾げた。

 

「異空間の敗者の魂は新たなカードプールの贄となる。我は手を付けてはいない」

「そっちじゃねぇ。アストラル人を殺す理由だ。バリアン界のためにアストラル界を滅ぼすのはまだ分かる。だが、住民を蠱毒に参加させる意味はない!現に、バリアン人は不参加じゃねえか!!」

 

 ナッシュの叫びはアストラル人の嘆きそのものだった。エリファスがドン・サウザンドに敗れた今、アストラル人にはまともな戦力は存在していない。次々と人間界の野心家に敗北し、魂は無意味に生贄となっている。ナッシュにはそれが許せなかった。

 

「理由か。奴らの怠慢故にだが?」

「貴様…ッ!!」

「事実だ。奴らが本気で対バリアンを目的に鍛え上げていれば、バリアン人と同様に代表者に全てを任せることが出来た」

「…どういうことだ」

「話せば長くなる。ここに座れ」

 

 ドン・サウザンドはどこからともなく取り出した座布団を地面に置いた。ご丁寧に団子と渋茶もセットしてある。ナッシュは渋々座り込んで団子を一玉齧りとった。味わったことの無い、奇妙な旨さ。緊張の糸を緩めないように、ナッシュは首を振った。

 

「大前提として、ヌメロン・コードの位置をナンバーズが所有しているのを知っているな?」

「ああ、アストラルの記憶の中にあると遊馬が言っていた」

「おかしいとは思わなかったか?アストラルはヌメロン・コードの位置を知っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言われてみればその通りだとナッシュは頷いた。

 

 記憶を失う前のアストラルをナッシュは知らないが、アストラル界を守るために万能の力を躊躇う人格とは思えない。何もバリアンを滅ぼす必要は無い。アストラル世界が侵略されない結界を作成するだけで事足りる。力を利用するのにリスクがあるわけでも無い。欠片とはいえその力を拝借したドン・サウザンドは健康体そのものだ。

 

 結論として、ナッシュは至極同然に理由に思い至った。

 

「アストラルは、ヌメロン・コードを使えなかったのか…?」

「ヌメロン・コードは根源の力であるカード自身と使用するための鍵である『No.100 ヌメロン・ドラゴン』によって十全に扱える。アストラル界で唯一それを使えていた女は、アストラル人の愚かな行いにより魂ごと四散した。奴は、アストラルの守護者としてあの女の魂の欠片から知識の一部を理解したのだろう」

 

 ナッシュは目を見開いた。

 

「ヌメロン・コードに前任者がいたのか!?」

「奴に言わせれば『デッキを圧迫するお守り』らしいがな。いちいちどうでも良いことに驚く、手間のかかる女だった」

 

 ドン・サウザンドは手を掌屈した。

 

「デュエルの腕は馬鹿らしいほど突出しているのにマトモに飛行すらできず、難のあるカードを無理矢理に利用して『治療』と宣うアホな奴だった。不器用な癖にコートを自作しようとして、我に泣きつく輩だ。アレがヌメロンの力を使わなかったのは能力不足だからだと、一時は思ったくらいだ」

「…遊馬みてぇな奴だな」

「かっとビングか?…ククッ…確かに口にするだろうな」

 

 ナッシュは何も言えなかった。他人を洗脳していいように操る悪の総帥である筈のドン・サウザンドの素が見えたためだ。

 

「奴はアストラル世界がカオスを分離する際にその礎となった。ヌメロン・コードは万物の元となる力。ヌメロンの力でカードを配布していたアストラル世界は、奴の身体そのものだった。アストラル世界がバリアン世界と分たれた時、奴の身体は文字通り四散し─魂はカードに分割された」

 

 ドン・サウザンドは指輪にあるピジョンブラッドの宝石を見た。長年の月日を費やすことで彼はバリアン世界にある彼女の魂を回収したが、復活には程遠い。復讐序でにアストラル界へ侵略してみれば、対峙するのは彼女の魂を知らずにヌメロンの持ち主と宣う若いアストラル人ただ1人。

 

 無意識の盤外戦術にドン・サウザンドは隙を無くすことができなかった。

 

「ヌメロン・ドラゴンが鍵となる以上、譲渡は必須だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この異空間に呼び出されたのは、愚かにも野心以下の欲望を持った罪人の末裔。死んで当然の輩よ」

「そして魂があればテメェが蘇らせると。…だが、カードを渡さない可能性もあるんじゃねえか?」

「奴は渡すぞ。何なら複数回借り受けたこともある。そもそも蘇生の力が奴から渡されたヌメロンの力だ。復活の目処が立つまで我がこうして隠れているのはそのためだ」

 

 強大な力を手放すことに躊躇いはないのかとナッシュは口にしそうになったが、遊馬の顔を思い出して黙り込んだ。あのバカなら間違いなく命の恩人としてカードの1枚程度なら喜んで譲渡する。ついでに使い方も教えるだろう。

 

 ナッシュは璃緒の服を着た遊馬を想像した。率直に言えば吐き気しかなかった。

 

「…互いにLP1000。フィールドは空。手札はゼロ。その場面で…貴様はモンスターを引けるか?」

 

 気が紛れていたナッシュにドン・サウザンドは静かに問いかけた。

 

「引ける。引いてみせる。それがデュエリストって奴だろ」

「だろうな。我もそう思う」

 

 負けるのを楽しむ女だった。勝敗よりもプレイングの上手さを誇る、研究者に近い輩だった。地位にも名声にも興味はない彼女は、ある種残酷なほどにアストラル界を見限っていた。ドン・サウザンドが力を求めるためにアストラル界を生贄にする話を提案しても、成立後の話を疑問に提示する程度には。

 

「だからこそ、我は納得したいのだ」

 

 あの女は常に絶不調だった。ヌメロン・コードを抑える弊害として奴のドロー運はカスそのものだった。あれほどのパワーカードであるクシャトリラの使い手の癖に常に僅差で勝ちを拾う女だった。

 

「ナッシュよ。我はベクターを悪にした。手駒として最適だったのもそうだが、アレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ある意味で純粋に力だけを求めるアレは、気を散らす貴様より─或いは届くかも知れんな」

「テメェこそ、余程気が散っているように見えるぜ?」

「…だろうな」

 

 ドン・サウザンドは復活しているが強くはなっていない。力の規模で言えばエリファス程度の力しか持たない。彼がアストラル世界の脅威となっているのは、アストラル人が弱体化していたからだ。

 

「強きものがいて、相反するものが我を脅かし、背中を刺す輩が虎視眈々と下剋上を狙う。我の望むカオスそのものが今、此処にある」

 

 それなのに、どこかつまらない。

 

 ありありと顔に出したドン・サウザンドに、ナッシュは少しばかり思考してから答えを口にするのをやめた。ナッシュは男であり、恋人を求めた経験などなかったからだ。

 

「それは、俺達との決着で理解できる筈だ」

「そうか」

 

 楽しみにしておこう。

 

 ドン・サウザンドはナッシュに言い残してからその場を去った。

 

 ナッシュはため息をついた。ドン・サウザンドは抑えられているだけの悪人である。近くに警察がいるから盗みを控えている泥棒に過ぎない。彼の夢が叶った途端、ドン・サウザンドは即座に世界を脅かすだろう。

 

 そう確信できるのに、ナッシュは待つことを決めてしまった。

 

「あのバカは…きっとあんな邪悪にも手を差し出しちまうからな」

 

 度し難い男だと、ナッシュはかつての人間時代の目で誰かがいるだろう位置を見た。

 




妃くんちゃん…なまじリアタイ視聴者だった故にヌメロン・コードと接続してしまった憐れな転生者。リアルドロー運を鍛えようとしたら初手ヌメロン・コードというチートになってしまったため引き運は事実上某ダークネスに近い。なお、復活してもドン・サウザンドを止める力はない。
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