あなたの能力は時間停止です   作:ハスキー大根

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街道が復旧するまで、二週間。

予期せぬ足止めだった。

 

だが、焦ったところで道が通れるようになるわけではない。

僕はこのタザニアという巨大な都市で、何かできることを探すことに決めた。

 

翌朝、僕は宿を出て街を散策し始めた。

昨日手に入れた深緑色の外套のフードを目深に被り、雑踏に紛れる。

この街の活気は、何度見ても僕を圧倒した。まだ朝なのに、常に祭りのように賑わっている。

 

 

ノーリンのギルドの受付嬢が言っていた、ソノミスの話。

人探しのための、特別な魔術や技術。

その手がかりが、この街にもあるかもしれない。

 

僕は道行く人に、魔術について何か知りたい場合はどうすればいいかを聞いた。

すると、この街には魔術ギルドなるものがあるらしく、そこへ行くのがいいと教えてくれた。

 

教えられたのは、街の東区画。閑静なエリアにそれは建っているらしい。

 

大通りの喧騒を離れ、東区画へと足を踏み入れると、街の雰囲気が一変した。

石畳は磨き上げられ、建物の意匠も、より洗練されていく。

道行く人々の服装も、上質なものに変わった。

 

しばらく歩くと、その建物は、僕の目の前に姿を現した。

 

「……ここか」

 

思わず、声が漏れる。

そこにあったのは、冒険者ギルドのような実用的な建物とは、全く違う。荘厳で、そして、どこか神秘的な雰囲気を纏った建物だった。

 

白い大理のような石で造られた壁は、太陽の光を浴びて、柔らかく輝いている。

建物全体に繊細な彫刻が施され、アーチ状の窓には色とりどりのガラスが嵌め込まれていた。

まるで、神殿か、あるいは王宮の一部のようだ。

 

建物の前を行き交う人々も、冒険者ギルドで見たような、屈強な戦士たちとは違う。

ゆったりとしたローブを身に纏った者、杖を携えた者、分厚い本を小脇に抱えた者。

彼らの多くは、武器を身につけていない。一般市民のような人達も多くいた。

 

彼らは全員、魔術師なのだろうか。

 

 

重厚な扉を開けると、ひんやりとした、静かな空気が僕を包み込んだ。

外の喧騒が、まるで嘘のように遠ざかる。

内部は外観以上に広大で、そして、静謐な空間だった。

 

高い天井からは、巨大な魔石のシャンデリアが吊り下がり、柔らかな光を放っている。

床は磨き上げられ、歩く人々の足を鏡のように映し出していた。

空気中には古い紙の匂いと、微かなインクの香り、そして、嗅ぎ慣れない線香のような匂いが混じり合って漂っている。

 

ここが、魔術ギルド。

とは言っても、僕はこの施設について、ほとんど何も知らない。

聞いた話だと、知識を求め、真理を探究する者たちの、聖域……らしい。

 

僕は、その荘厳な雰囲気に少しだけ気圧されながらも、まっすぐに受付カウンターへと向かった。

カウンターの内側では、数人の職員が静かに、しかし、手際よく仕事を進めている。

だが、冒険者ギルドよりも、忙しそうではない。そもそも、受付に並んでいる人がほとんどいない。

 

僕がカウンターの前に立つと、一人の若い女性職員が顔を上げた。

「こんにちは。何かご用件でしょうか?」

その声は穏やかで、知的な響きを持っていた。

都会の企業の受付みたいだな、と思った。

 

「ここ……魔術ギルドについて、少し、聞きしたいのですが」

「はい、どうぞ」

 

彼女は、にこやかに微笑んだ。

僕は、ノーリンのギルドで聞いたことを思い出しながら、このギルドのシステムについて尋ねた。

 

「ここは、魔術師の方々が登録し、知識の研鑽や、情報交換を行うための場所です。依頼の仲介も行っていますが、それはあくまで副次的なもので、冒険者ギルドさんのように、依頼の達成が評価に直結するわけではありません」

 

彼女は、淀みなく説明を続ける。

「ギルドのランクは、冒険者ギルドさんと同じように、見習い、下級、中級、上級、特級、神級の六段階に分かれています。ほとんどのギルドメンバーは、中級に所属していますね。上級以上は、何か特別な功績を上げた方にのみ授与されます」

 

なるほど。登録は僕でもできるのだろうか。それとも、子弟制度などがあるのだろうか。

「……登録するには、どうすれば?」

「見習いへの登録でしたら、どなたでも可能です。登録料として銀貨五枚を頂ければ、その場でギルド証を発行いたします。実際、この街の市民の方も数多く登録していただいています」

 

銀貨五枚。冒険者ギルドの五倍か。

だが、知識にはそれだけの価値はあるのだろう。

 

「見習いになると、何ができるの?」

「併設されている書庫への立ち入りが許可されます。ただし、閲覧できるのは、一般書と、下級魔術に関する書物に限られます。また、見習いの資格は、登録した都市でのみ有効で、一年ごとの更新が必要になりますので、ご注意ください」

 

なるほど。つまりは、図書館と似たような使い方ができるだしい。

ただ、街を移動するたびに、登録料を支払う必要があるのか。

それは、少し面倒だ。

 

「昇格するには?」

「下級への昇格には、試験を受けていただく必要があります。基本的な下級魔術を、規定通りに発動できるかどうかの実技試験と、魔術理論に関する筆記試験。その両方に合格する必要がございます」

 

彼女は、少し申し訳なさそうに付け加えた。

「独学で合格される方もいらっしゃいますが……既存の魔術師の弟子になられるか、どこかの学院で学ばれない限り、通常は数年単位の研鑽が必要になると言われています」

 

数年。

それは、僕にとって、長すぎる時間だった。

それに、僕の目的はあくまで人探しの手がかりを得ることだ。魔術師として大成することではない。

昇格は諦めよう。

 

「……登録をお願いします」

僕は迷いを振り払うように言った。

たとえ、見習いであっても、書庫に入れるのなら、それでいいか。

そこに何か、ヒントがあるかもしれない。

 

「承知いたしました。では、こちらの書類にご記入を」

差し出された書類に、僕は、冒険者ギルドの時と同じように、当たり障りのない情報を書き込んでいく。

名前、年齢、出身、特技など。

 

そして、懐を探るふりをして、影から銀貨五枚を取り出し、登録料として支払った。

彼女は特に気にする様子もなく、受け取った。

 

「こちらが、あなたのギルド証です」

彼女が手渡してくれたのは、紙でできた札だった。

何が使われているかは、分からないが、魔術式が刻まれていることはわかった。

そこには僕の名前と、「見習い」という文字が銀色のインクで刻まれていた。

 

「書庫は、あちらの通路の奥にございます。ギルド証を提示すれば、入れますので」

「ありがとう」

 

僕は彼女に礼を言うと、真新しいギルド証を手に、書庫へと向かった。

 

 

書庫の入り口には、ローブを纏った年配のおじさんが、門番のように座っていた。

僕がギルド証を提示すると、彼は黙って頷き、中へと通してくれた。

 

そして、僕は息を呑んだ。

 

目の前に広がっていたのは、まさに、本の海だった。

天井まで届くほどの巨大な本棚が、どこまでも、どこまでも、続いている。

迷路のように入り組んだ通路。そこに差し込む柔らかな光。

空気は、古い紙とインクの匂いで満たされ、しんと静まり返っている。

時折、誰かがページをめくる、かすかな音だけが響いていた。

 

どうやら、この巨大な建物の、半分以上がこの書庫でできているらしい。

その事実に僕は、魔術ギルドという組織の知識への執着を強く感じた。

 

本の迷宮へと、ゆっくりと足を踏み入れる。

本棚には、それぞれ、分類を示すプレートが取り付けられている。

『基礎魔術理論』、『四大属性魔術』、『錬金術概論』、『魔術史』――

 

だが、それらの区画の多くには、半透明の壁のようなものが設置されていた。

おそらく、見習いの僕では、立ち入ることができない制限区画なのだろう。

対応するランクのギルド証を掲げれば、通れるようになっているらしい。

 

僕は、見習いでも立ち入れる区画を探して、書庫の奥へと進んだ。

やがて、『入門』と書かれたエリアにたどり着く。

そこは、制限がかけられておらず、誰でも自由に本を手に取ることができるようだった。

 

僕は、まず、初学者向けの魔術書を、片っ端から読んでいくことにした。

これまで、僕は自分の魔法を、感覚だけで使ってきた。

精霊としての知識は、自分の体ができるということを教えてくれたが、その原理までは教えてくれなかった。

 

書物に記された魔術理論は、僕にとって新鮮な驚きに満ちていた。

魔術とは、世界に満ちるマナを術式という鋳型に流し込み、特定の現象を発現させる技術。

術式は、厳密に定められており、少しでも詠唱や術式を間違えれば、発動しない。

魔法よりも柔軟性が低いのだ。

 

だがその分、誰でも、術式と詠唱と操作方法さえ覚える才能さえあれば、同じ結果を再現できる。

安定性と、再現性。それが、魔術の本質なのだろう。

僕の使う魔法とは、根本的に成り立ちが違う。

 

僕は一日かけて、初学者向けの魔術書を、大まかに目を通した。

自分の力と、この世界の常識との、差分を再確認する。

それは、僕がこの世界で生きていく上で重要なことだった。

 

そして、次の日から僕は、『一般書物』のエリアへと、足を運ぶようになった。

昨日、見習い向けの魔術書は大方読んでしまっていたので、他の知識も気になったのだ。

ただ、あまり期待はしていなかった。気分転換になればいいと、思っていただけだったから。

 

だが、予想に反してそこは、僕の知識欲を満たしてくれる場所だった。

 

一般書物。

その名の通り、魔術に直接関係のない、あらゆる分野の本が、そこに収められていた。

歴史、地理、哲学、神話、物語。

中には、古代語で書かれた、ひどく古い文献も、無造作に置かれている。

劣化を防ぐための、特殊な魔術がかけられているらしく、数百年、あるいは、千年以上前の本が、まるで昨日刷られたかのように、その姿を保っていた。もちろん、多くは写本されたものだったが、それでも古い本であることは、見た目からわかる。

 

そして、転移者の恩恵か何なのか知らないが、僕はそれらの古代語を、何不自由なく読むことができた。

 

僕は、特に神話や古代の魔術に関する本を、夢中で読み漁った。

そこには、初学者向けの魔術書には書かれていない、世界の根源に触れるような記述が、いくつもあった。

 

『――古代の魔術は、神々が人に与えた奇跡の欠片であった』

『――精霊とは、世界そのもの。彼らと語らう者は、世界の理をその手に掴む』

 

それらの記述は、僕の体の成り立ちや、力の根源について、新たな示唆を与えてくれた。

もちろん、ここに置かれているということは、現代の魔術にとっては重要ではないと判断されているのだろう。もしくは、間違った知識か、ただの物語としてしか認識されいないか。

 

しかし、そこに書かれている知識と、僕の中に置かれた精霊としての知識は、いくつかのものは一致していた。

なので、僕は時間を忘れて、その知識の海に没頭した。

 

どうせ、街道の復旧には時間がかかるし、暇をつぶすには丁度よかった。

 

 

そんな日々が、数日続いた、ある日の午後。

僕は書庫の片隅で、一冊のひどく分厚い本に夢中になっていた。

『原初の精霊と、封印された神々』

古代語で書かれた、神代の時代の記録。

精霊の起源についての人間から見た記述だ。

 

 

その時だった。

 

「―――あなた、その本が、読めるの?」

 

ふと、背後から静かな声がした。

僕は体を反転させて、振り返る。

 

そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。

年の頃は、僕と同じくらいだろうか。

少し癖のある、赤色の髪を、無造作に一つに束ねている。

着古した、灰色のローブ。その顔には、少し疲れが浮かんでいた。

だが、彼女の瞳は――。

大きな、知的な光を宿した瞳は、僕が手にしている本に、釘付けになっていた。

 

「……ええ、まあ」

僕は曖昧に答えた。

彼女は信じられない、といった表情で、僕と本とを交互に見比べる。

 

「……だって、それ古代神聖語よ?そんな本を読めるのなんて、大神殿の学者か、高名な歴史家くらいよ」

 

彼女は早口でそう言うと、僕の隣に、どさりと腰を下ろした。

その動きには、瞳に移した知性と同じものは全く感じられない。

 

どうやら、彼女の関心を買ってしまったようだ。

 

 

「私は、エリアナ。このギルドに所属してる、下級魔術師よ。あなたは?」

「……リン」

「リンね……それで、あなた一体、何者? どこかの学院の出身? それとも、有名な魔術師の、お弟子さんだったりする?」

 

エリアナと名乗る女性は、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。

その瞳は純粋な、そして、抑えきれないほどの知的好奇心で、きらきらと輝いていた。

僕はその勢いに、少しだけたじろぐ。

 

「……いや、僕はただの旅人だよ。数日前にギルドに登録したばかりの」

「冗談でしょ?」

 

エリアナは、あからさまに、僕の言葉を信じていない。

「見習い魔術師が、こんな本を、読めるわけないじゃない。ふふ、面白い冗談ね」

 

彼女は僕の全身を、まるで、珍しい生き物でも観察するように、じろじろと見つめる。

その視線は不躾ではあるが、不思議と不快ではなかった。

それは、彼女の視線が、悪意や侮蔑ではなく、ただ純粋な知への探求心であることが、伝わってきたからだ。

 

「……僕は、魔術師じゃない。魔法使いなんだ」

あんまり、この文字が読めることを掘られて、転移者であることが知られても困るし、話題を変えようと思った。

 

僕がそう言うと、エリアナは、きょとんとした顔で、首を傾げた。

「魔法使い? ふふ。やっぱり面白いわねあなた。それで、何ができるの?」

 

どうやら、これも冗談か何かだと思っているようだった。

 

「……術式や、詠唱を使わないで、同じようなことができるよ」

「そんなの、口先だけの自称上級魔術師がよく言う、戯言じゃない。私、そんな奴、何人も見てきたわよ」

 

彼女は呆れたように、ため息をついた。すこしがっかりさせてしまったかな。

 

僕は、何も言わず、右の手のひらを、彼女の前に差し出した。

そして、意識を集中させる。

 

僕の手のひらから、じわりと、影が滲み出した。

それは、黒い水滴となり、空中で小さな球体を形作る。

そして、僕の意思のままに、鳥の形に、花の形に、自在にその姿を変えていく。

 

「―――っ!?」

 

エリアナの目が、大きく見開かれた。

彼女は、信じられないものを見るように、僕の手のひらで踊る、黒い影を、食い入るように見つめている。

 

「詠唱も……術式も、なし……? どうなってるの……いえ、魔力は使われてる……でも、術式は無いし……発動起源はどこ……?こんなに、変化するのはどうやって――」

 

彼女は興奮したように、ぶつぶつと呟いている。

どうやら、満足していただけたようだ。

 

僕は影をすっと消し、手のひらを閉じた。

 

「……信じてくれた?」

「ぁ……信じるわよ、こんなの見せられたら!」

 

エリアナは、興奮を隠しきれない様子で、僕の肩を、ぐっと掴んだ。

「すごい……すごいわ、リン。あなたのその技術、現代のどの魔術体系にも、当てはまらないわよ。 全く新しい、未知の力よ」

 

彼女の純粋な興奮が、僕にも伝わってくる。

久しぶりに、こんなに興奮する人と話した気がする。

彼女が僕の力そのものに、純粋な興味を抱いているのが、ひしひしと伝わる。

 

このあたりには、精霊使いはいないのだろうか。随分と、関心を買ってしまったようだ。

 

「ねえ、リン」

エリアナは、少し、真剣な表情になった。

「私、今、中級への昇格試験を控えているの。でも、そのための、新しい魔術のアイディアが、どうしても、浮かばなくて……」

 

彼女は、少し、俯いた。

その横顔には、焦りと、苦悩の色が浮かんでいる。

「中級に上がるには、今までの魔術を改良するか、新しい魔術を自分で創り出す必要があるの。でも、私……なんどやっても上手くいかなくて……」

 

彼女はそう言うと、再び僕の顔を、じっと見つめた。

その瞳には、懇願の色が浮かんでいる。

ころころと、変わる目の色は、見ていて飽きない。

 

「お願い、リン。 あなたのその魔法、もっと、詳しく見せてくれない? 見るだけでいいの。私の、新しい魔術の、ヒントになるかもしれないから」

 

彼女の言葉は熱を帯びていた。

その必死さが僕の心を強く揺さぶった。

 

面倒事は、ごめんだ。

いつもの僕が頭の片隅で、警鐘を鳴らす。

 

だが同時に、彼女のその純粋な探求心に応えてやりたい、という気持ちも確かに僕の中に有ったのだ。

 

だから、僕はその願いを叶えることにした。

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