あなたの能力は時間停止です   作:ハスキー大根

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大野に案内された、酒場の個室は思ったよりも広く感じられた。

ランプの頼りない光が、テーブルと向かい合って座る僕たちの顔を、ぼんやりと照らし出している。

店の奥に設置された個室からは、他の客の音は聞こえない。

この個室の中だけは、まるで時間が止まってしまったかのように、静寂に支配されていた。

 

 

さて、僕の目の前には、大野昇という男が座っている。

 

幼馴染――新井真理の彼氏だ。

いや、現在もそうなのかは不明だが。

 

この世界でも、数少ない僕の素性を知る人間。

 

僕はテーブルに置かれたグラスを、ただ無言で見つめていた。

飲む気には、なれなかった。

向こうも同様に、じっと無言を貫いている。

 

僕は大野に用事が無いので、さっさと話を切り出してほしかった。

 

その無言の時間を持て余した僕は、改めて大野を観察した。

記憶の中にある彼の姿は、高校生の面影を色濃く残した、どこにでもいる人の好さそうな青年だった。

一方で、今、僕の前にいる男は過去の写像ではない。

 

体つきは記憶にあるよりも、少しだけがっしりとしている。背も少し伸びたような気がする。

顔つきも精悍さを増しているが、目元には深い疲労の色が刻まれている。

その瞳の奥に宿る光は、僕の記憶にある彼のものよりも、ずっと鋭く、そして重い輝きを放っている。

 

この世界に来てから三年弱。

その月日は一人の少年を大人へと変貌させていた。

 

もしかしたら、それは僕も同じなのかもしれない。

彼もまた、僕のことを値踏みするように、じっと見つめている。

その視線は、僕の肩まで伸びた黒髪と、僕の顔を行ったり来たりしている。

 

その視線に、僕はふと、ある可能性を思った。

 

鑑定か?

 

いつかの詰所で、嘘を見破る魔道具があったのを思い出す。

そんな魔道具がある世界だ。

鑑定系のスキルを転移者が持っていても不思議ではない。

 

――もし、彼がそんなスキルを持っていたとしたら。

僕は持て余した時間で、その可能性と損害について検討した。

既に、僕のスキルや正体は、彼には筒抜けなのかもしれない。

 

だが、僕はその考えを数秒間考えたのちに、打ち消した。

彼の身なりは、お世辞にも裕福とは言えない。着古した革鎧に、どこにでもありそうなロングソード。

もし、本当にそんな便利なユニークスキルを持っているのなら、もっと良い暮らしをしているはずだ。

国に召し抱えられ、高い地位と報酬を得ているに違いない。

 

つまり、これは無意味な仮定だと、結論付けた。

 

 

そんなことを考えていたら、大野が沈黙を破って話し出した。

 

「……本当に、七瀬なんだな」

その声は、まだどこか現実味がない、といった響きを含んでいた。

「まさか、こんな場所で会うなんてな……」

 

「僕も驚いてるよ」

それ以上の言葉が見つからなかった。

 

それに、僕たちはそもそも、特別親しい関係だったわけではない。

ただ、新井真理という一人の少女を介して、繋がっていただけのただの知人。

そんな二人が、異世界で再会した。

 

つまり……話す話題が無かった。

 

 

「その髪……どうしたんだよ。前は、もっと……こう……なんていうか――」

とりあえず彼は、以前からの差分について、話すことにしたらしい。

一方で、僕は詳しく話す気は無かった。

 

「……色々あって」

「そうか……色々、あったんだな。……そうか」

 

大野はそう言うとグラスの中身を一口呷った。

その喉が、ごくりと鳴る。

 

「俺は……西部に、召喚されたんだ。クラスの奴らと一緒にな」

彼は、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

それは、僕が予想していたとおりの過酷な物語だった。

 

 

僕のいたクラスとは違って、彼とそのクラスメイト達は、とある国の大広間に召喚されたらしい。

 

そして、落ち着く暇もなく、召喚された国で兵士として戦争に駆り出されたこと。

多くのクラスメイトや友達が死んでいったこと。

生き残るために、人を殺し続けたこと。

やがて、その国が滅び、他の国でも同じようなことを繰り返したこと。

 

一年ほど前。

終わらない戦争に嫌気がさし、まだ平和だと噂に聞いた東の大陸へと逃れてきたこと。

 

一度しゃべりだした口は、留まることを知らないみたいに、次々と不幸話が漏れ出た。

 

「……それで、このラモスに流れ着いたんだ。ここの領主が俺たちみたいな、異世界人を積極的に受け入れてるって聞いてな。今はその領主に仕えてる」

 

彼の言葉は、ずいぶんと淡々としていた。

そこには、不要な感情をそぎ落とさなければ、生き残れなかったという状況が感じ取れた。

 

僕には想像することしかできなかったが、それはなんとなく分かった。

 

「……そう」

僕が相槌を打つと、今度は僕に視線を向けた。

「七瀬は? どうして、こんなところに?」

 

「……知り合いを、探してる」

僕は、正直にそう答えた。

「この世界に来てから、世話になった人たちと離れ離れになってしまって……その人たちを探して、旅をしてる」

 

「人探しか……」

大野は、その言葉を口の中で繰り返した。

「そうか……見つかると、いいな」

 

「そのために、ソノミスを目指してる。人探しのための、魔術があるかもしれないから」

 

僕の言葉に大野は、うーん、と腕を組んだ。

「魔術、か。悪いけど、俺もそっち方面は全然詳しくないんだ……ああ、でも――」

 

彼は、何かを思い出したように、顔を上げた。

「西にいた頃、噂で聞いたことがある。南西にある島国に、『予知』系のスキルを持った奴がいるって話だ。未来が見えるんだとよ。人探しの魔術とは、少し違うかもしれねえけど……もしかしたら、何か役に立つかもしれねえ」

 

予知。

なるほど。それを使えば、確かにロマナちゃんたちの場所を予測できるかもしれない。

問題は、そのスキルを持った転移者が僕に協力してくれるかどうかだ。

 

「……ありがとう。覚えておくよ」

「気にするな。ただの噂話だ。本当かどうかは、分からねえ」

 

大野はそう言うと、再びエールを呷った。

そして、彼は僕に助言をくれた。

 

「……なあ、七瀬。もし、西に行くなら、気をつけろよ」

彼の声が少し低くなる。

「特に、その黒髪はまずい。今、西部じゃ、黒髪の人間は戦争の道具として高く売買されてる。見つかったら自由に旅なんてできない。捕えられて、死ぬまで戦わされることになる」

 

その言葉に、僕はタザニアの仕立て屋の店主が言っていたことを、思い出していた。

ガリア帝国が、西部の技術や人材を取り込んでいる、という話。

西部はもっとその動きが激しいのだろう。

 

「僕も、ガリア帝国の兵士の中に、転移者を二人見たことがある」

「……そうか。東部も、もう他人事じゃねえな」

 

大野は、深いため息をついた。

「西は、もう、めちゃくちゃだ。毎日、どこかで国が滅んで、新しい国が生まれてる。転移者同士が、殺し合ってるんだ。馬鹿みたいだろ?」

 

彼の顔はその話題に疲れているようだった。

「その点、東部はまだマシだ。ガリア帝国みたいな、でかい国が、いくつかあるからな。もしかしたら、どこかの国が、東部を統一して、それで、戦争が終わるかもしれねえ……そうなってくれねえかなって、思うよ」

 

その言葉は、彼の偽らざる本心なのだろう。

転移された日本人に、戦いに馴染める人など、多くは無いと簡単に予測できた。

彼らは多くは、平穏な日々を求めているだけなのだ。

 

僕たちの間に、再び沈黙が訪れた。

話すべきことは、もうほとんど話し終えてしまった。

僕たちは、互いのこの三年間の空白を、断片的な言葉で埋め合わせた。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

「……そろそろ、行くよ」

僕は席を立とうとした。

これ以上、ここにいても意味はない。

僕たちは、それぞれ別の道を歩んでいるのだから。

 

だが、彼にはまだ用事があったようだ。

 

「――待ってくれ、七瀬」

 

大野が僕を強く引き留めた。

その顔は、これまでとは違う、真剣な表情をしていた。

 

「……お前に、頼みたいことが、二つあるんだ」

 

ここにきて、彼が個室にまで、僕を連れてきた理由をやっと察した。

そうか。僕に何か用事があるのだ。

 

 

「……内容による」

僕は、警戒しながら、そう答えた。

 

「そう、だよな……」

大野は、少し言いにくそうに、視線を彷徨わせた。

そして、意を決したように、口を開いた。

 

「一つは……俺たちの部隊に、入らないか?」

 

その言葉は、僕の予想の範疇にあった。

ラモスが異世界人を集めているという話。

その領主に彼が仕えていること。

そして、僕が転移者であること。

その事実を繋ぎ合わせれば、この勧誘はごく自然な流れだった。

 

「……どうして、僕を?」

だが、僕は冷静にそう問い返した。

この予想にはピースが一つ欠けていたから。

 

僕のスキルを、彼は知らないはずだ。

転移者は確かに有益なスキルを持っている可能性が高い。

だが、あくまで可能性が高いだけで、なんの役にも立たないスキルがいくつもあることを、僕は知っている。

 

つまり、ただの知り合いの僕を、重要な部隊に誘うのは、少しだけ不自然だった。

 

僕の問いに、大野は一瞬、言葉に詰まった。

その顔に葛藤の色が浮かぶ。

彼は、何かを隠している。

 

やがて、彼は観念したように、深いため息をついた。

 

「……お前と会った時、スキルを使った」

 

――なるほど

 

「俺のスキルは、『鑑定』だ」

 

その言葉が、放たれた瞬間。

 

僕はもう動いていた。

 

僕の足元から、無数の黒い水の触手が、音もなく迸った。

それは、まるで闇に潜む蛇のように大野の体に、一瞬で絡みついた。

 

「―――がっ!?」

 

大野は、短い悲鳴を上げ、床へと叩きつけられる。

触手は、彼の四肢を雁字搦めに締め上げた。

 

身動き一つ、できないだろう。

余計な口を開いたら、即座に殺そう。

 

先ほどまでの再開を祝う空気は、一瞬にして姿を変えた。

 

「……な、にを……」

 

大野が、苦悶に満ちた声で呻いた。

その顔には、純粋な恐怖が浮かんでいる。

 

僕は、ゆっくりと立ち上がった。

そして、床に転がる大野を、冷たく見下ろす。

 

「……それで、結果は?」

僕の声は、自分でも驚くほど低く、そして冷たかった。

同胞に対してこれほど冷酷になれるのだなと、自分でも感心していた。

 

「わ、 悪かった! だから、これを、解いてくれ……!」

大野は、必死に命乞いをする。

 

だが、僕は拘束を解かなかった。

これは、僕の命に係わる重要な事項だったから。

 

さらに、触手の力を強める。

大野の顔が、苦痛に歪んでいく。

 

「……分からなかったんだ!」

彼は、最後の力を振り絞るように、叫んだ。

「お前の情報は、何も見えなかった! 名前以外は、全部『測定不能』って、表示されただけだ!」

 

その言葉に、僕はわずかに拘束を緩める。

 

「俺のスキルは、自分より、格上の相手には、効かないんだ。情報が見えないってことは、そいつが、俺なんかより、ずっと、強いってことだ……だから、お前を誘ったんだ!」

 

その言葉に、嘘は感じられなかった。

彼の瞳は恐怖と焦りに染まっている。

 

僕は、彼の言葉を頭の中で反芻した。

情報が見えない。

だから、強いと判断した。

だから、勧誘した。

 

なるほど。筋は通っている。

理屈は理解できた。

 

もし、嘘をついていないのであれば、問題は無いように思えた。

 

しかし、彼を生かしておくことの利点を考えなければならなかった。

 

殺すのは簡単だ。

このまま、触手に力を込めれば、彼の首の骨など、容易く、折ることができる。

だが――。

 

僕の脳裏に、真理の顔が浮かんだ。

僕の残された一人の幼馴染。

彼女が彼に惚気る姿は、何度も見てきた。

 

もし、僕がここで彼を殺したら――面倒だな。

 

心の奥底からそんな感情が沸き上がってきた。

幾度となく、彼女には怒られてきたが、彼を殺したら、さすがに許してくれる未来は無いだろう。

 

はぁ……どうして僕は、こんな面倒なしがらみに、囚われなければならないのだろう。

 

僕は、深いため息をつくと、すっと触手の力を緩めた。

黒い水の触手は、まるで幻だったかのように、僕の影の中へと音もなく消えていく。

 

解放された大野は、床の上で激しく咳き込んだ。

ぜえ、ぜえ、と荒い呼吸を繰り返しながら、必死に酸素を体内に取り込んでいる。

 

「……はぁ……はぁ……」

その顔は、恐怖で真っ青になっている。

 

僕はそんな彼を、見下ろしたまま言った。

「……真理の、彼氏じゃなかったら、殺してたかも」

それは、紛れもない本心だった。

 

僕は、椅子にどさりと、腰を下ろした。

全身から、力が抜けていくのを感じる。

感情の昂ぶりが、嘘のように引いていく。

後に残されたのは、ひどい疲労感だけだった。

 

 

「答えは、ノーだ。僕は、誰かに仕える気はない」

 

僕の、そのきっぱりとした拒絶の言葉。

それを、大野はただ黙って聞いていた。

勧誘する気力も、もう残ってはいないようだった。

 

個室の中は、再び重い沈黙に包まれた。

ランプの光が、僕たちの間にできた溝を静かに照らし出していた。

 

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