あなたの能力は時間停止です   作:ハスキー大根

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長いこと歩くと、やっとのことで森を抜けれた。

 

僕は森を背にして、再び北へと続く街道に戻った。

ラモスでの一件から、すでに二週間ほど経過している。森を通ったせいで思ったよりも時間を浪費した。

 

僕は歩きながら、自分の髪に触れる。

燃え尽きた薪の灰のような、くすんだ灰色の髪。

まだ、この色には慣れない。視界に自分の髪が映ると、誰か別の人が近くにいるのかと思ってしまう。

 

だが、髪色を染めるのは正しい選択のように思えた。

大野の忠告には感謝しておく。

 

しばらく、何事もなく街道を歩き続けていると、前方に人々が集まっているのが見えた。

ゆっくりと近づいていくと、それが数台の荷馬車で構成された、大きなキャラバンであることが分かった。

 

だが、その様子はどこか普通ではなかった。

キャラバンは、道の真ん中で動きを止めている。

数人の男たちが、壊れた車輪を懸命に修理しようとしていた。

荷馬車の一台は側面が大きく破損し、積荷の一部が無残に地面に散らばっている。

周囲には、武装した護衛らしき男たちが、警戒するようにあたりを窺っていた。

 

どうやら、何らかのトラブルに見舞われたらしい。

おそらく盗賊か、あるいは魔物の襲撃でも受けたのだろう。

 

僕は関わり合いになるのを避けるため、彼らの横を静かに通り過ぎようとした。

だが、それは上手くいかなかった。

 

「もし――そこの人」

 

どこか人の良さそうな声が、僕を呼び止めた。

振り返ると、そこに立っていたのは、ひょろりとした体格の男だった。

年の頃は、四十代後半だろうか。長旅で少し汚れた服を身に纏い、その顔には困惑と疲労の色が浮かんでいる。

護衛のようには見えないため、おそらくキャラバンの商人だと推測する。

 

「何か?」

僕はフードを目深に被ったまま、短く答えた。

髪を灰色にしたことで、フードを深く被る必要はなくなっていたが、どうやら癖は簡単には抜けないようだった。

 

商人は僕の姿を、頭のてっぺんからつま先まで眺めた。

その視線は、僕が冒険者であることを見抜いているようだった。

まぁ、こんな道を一人で旅するのは、冒険者か愚か者しかいないのだから、それは簡単な予測だったのかもしれない。

 

「見ての通り、我々は少しばかり、厄介なことに見舞われてしまってね」

彼は壊れた馬車を指で示しながら、大きなため息をついた。

「先ほど盗賊の集団に襲われて、護衛がやられてしまったのだ。荷物も馬車も、この通りだ。これから先の道のりを考えると、正直心許なくて仕方がない」

 

商人はそう言うと、僕の目をまっすぐに見てきた。

その瞳には、商人らしく人に価値をつける色が写っていた。

 

「そこで、だ。もしよければ、我々の護衛を臨時に引き受けてはもらえないだろうか?もちろん、報酬は出す」

 

護衛の依頼。

予期せぬ申し出だった。

 

僕は彼の申し出を頭の中で、吟味した。

集団行動は、僕の好むところではない。

他の人に、自分のペースを乱されるのはひどく疲れる。

 

「……目的地は?」

「おお、興味を持ってくれたかね! 我々の目的地は、この先の都市国家群の最北端にある、『ボーダズ』という街だ。冬が本格的に来る前に、どうしても、商品を届けなければならんのでね」

 

ボーダズ。

その名前は、僕が向かっている都市だった。

ソノミスへと向かう、都市国家群の中でも最北端の街だ。

 

目的地が同じなのは僕にとって、具合が悪かった。

断る口実が無くなってしまったし、なぜ申し出を受けないのかと、疑問に持たれる可能性があった。

 

だから、僕はしぶしぶ護衛の依頼を受けることにした。

 

「……報酬は?」

「そうだな……ボーダズまでの護衛で、銀貨三十枚、というのはどうだろうか。もちろん、食料はこちらで提供しよう」

 

銀貨三十枚。

下級冒険者の一回の依頼としては、破格の金額だった。

それだけ、彼らが護衛を切実に欲しているということだろうか。

 

僕は少しだけ考えた後、一つの条件を提示した。

「……わかった。ただし、他の護衛たちとは別行動を取らせてもらう。基本的には、単独で警戒に当たる。それでよければ引き受ける」

 

僕のその少し風変わりな条件に、商人は怪訝な顔をする。

だが、彼はすぐに、にやりと笑みを浮かべた。

 

「いいでしょう、その条件でお願いします。よほど、腕に自信があると見える」

 

こうして、僕はその商人キャラバンの臨時護衛として雇われることになった。

商人はダリウスと名乗った。このキャラバンのまとめ役らしい。

 

 

僕がキャラバンに加わると、他の護衛たちが物珍しそうに、僕に視線を向けてきた。

彼らは皆、手慣れた傭兵といった風貌の屈強な男たちだった。

そんな彼らから見れば、細身で軽装の若者は、頼りなく見えるのかもしれない。

 

「ダリウスの旦那……ほんとに大丈夫だろな?」

護衛の一人がダリウスに軽口を言う。口調から察するに、関係は良好なようだ。

 

「まあ、そう言うな、ゴードン。私の目が確かなら、問題はないはずだ」

ダリウスはそう言ってその場を宥めた。

 

僕は彼らの視線を気にするでもなく、黙って自分の仕事に取り掛かった。

キャラバンの周囲を、少し離れた場所から静かに警戒する。

それが、僕の与えられた役目だったから。

 

旅は、小一時間もすると再開された。

壊れた馬車は廃棄するようだ。物資の処分と積み替えをしたキャラバンは、ゆっくりと街道を進んでいく。

 

僕は黙々と自分の任務を遂行しながら、歩き続けた。

どちらにせよ、これなら一人旅とほとんど変わらないな、と思った。

 

 

 

キャラバンが再開して、5日目のこと。

キャラバンは乾いた荒野を進んでいた。

夏場ほど太陽は厳しくないが、それでも容赦なく大地を照りつけ、キャラバンの人々は喉の渇きに苦しみ始めていた。

 

「くそっ……水が、もう、底をつきそうだ」

「次の宿場町までは、まだ五日はかかるぞ。俺たちは持つかもしれんが、このままじゃ馬がもたない」

 

商人たちの間に焦りの色が広がる。

ダリウスも、その額に深い皺を刻んでいた。

先の襲撃で、水樽に罅が入っていたらしく、途中で気が付いた時には消費量を確保できない状態になっていたらしい。

 

僕はその様子を、少し離れた場所から静かに観察していた。

彼らを置いて、一人で先に進むことは可能だった。でも、そこまで非情になるほど彼らに悪印象を持っているわけでもなかった。

 

ーー仕方がない。助けるか。

そう考えて、ダリウスの元へと歩み寄る。

 

「……ダリウスさん」

「ああ、リンか。どうした?」

「……水なら何とかできる」

 

僕の言葉に、ダリウスはきょとんとした顔をした。

「何とかできるだと?どうやって……」

 

僕は何も答えず、右の手のひらを地面にかざした。

口で説明するよりも、実際にやって見せた方が理解が早いだろう。

 

魔術の術式を、頭の中で組み立てる。

タザニアで学んだ下級の水の魔術。

 

起動呪文を口にすれば、何もない空間から水が零れ落ちる。

それは、じわりと乾いた地面をゆっくりと濡らす。

 

「――!?」

 

その光景を見ていた、ダリウスや他の護衛たちが一斉に息を呑んだ。

 

「ま、魔術……だと!?」

「おい、こいつ魔術師だったのかよ!」

 

「どこに入れたらいい?」

そして、僕はダリウスの指示に従って、黙々と水を生み出し続けた。

 

ダリウスは感謝の言葉を何度も僕に投げかけたが、面倒だなという感想しか出てこない。

 

僕が本来持っている、精霊としての力を使えば湖すら作り出せる。

この程度の水を生み出すことなど、手を叩くよりも簡単なことだったから。

 

全ての水樽と水袋が満たされる頃には、僕には畏敬の念のこもった感情が向けられるようになっていた。

最初に僕を疑っていた、ゴードンという名の護衛が気まずそうに僕の前にやってきた。

 

「……悪かったな。あんたのこと見くびってたぜ」

彼はぶっきらぼうにそう言うと、小さく僕に頭を下げた。

 

「気にしなくていい」

そうやって、無駄に感謝されるのが一番苦手だった。

 

護衛たちは僕に、一目置くようになり、積極的に話しかけてくるようになった。

ダリウスも僕を、ただの臨時護衛としてではなく、魔術師として扱うことにしたようだ。

 

僕はそんな彼らの変化に、少しだけ戸惑いながらもそれを受け入れた。

孤独な旅もいい。

だが、こういう旅も悪くない。

そう、思えるようになっていたから。

 

 

 

その夜、僕たちは街道脇の広場で野営をしていた。

燃え盛る焚き火を囲み、護衛たちが少量の酒を酌み交わしながら、今日の出来事を興奮気味に語り合っている。

 

「いやあ、驚いたぜ。まさか、リンが魔術師様だったとはな!」

「おかげで、命拾いしたぜ。乾き死ぬかと思った」

 

僕はその輪から少し離れた場所で、黙って火の粉が夜空に舞い上がるのを眺めていた。

そんな僕に、ダリウスが酒の入った革袋を手に近づいてきた。

 

「一杯、どうだ? 温まるぞ」

「……どうも」

 

僕は革袋を受け取り、その中身を一口だけ喉に流し込んだ。

強いアルコールが喉を焼きつけるように流れる。

 

「おかげで助かった。改めて礼を言う」

ダリウスは、僕の隣に腰を下ろしながら言った。

「しかし、驚いた。下級冒険者で、あれほどの魔術を使えるとは。どこかの魔術学院の出身か?」

 

「いや……少し学んだだけだよ」

「 それで、あれだけできるなら……大したもんだな」

 

ダリウスは心から感心したように言った。

僕たちはしばらくの間、黙って揺れる炎を見つめていた。

 

やがて、僕の方から口を開いた。

「ソノミスという国について、何か知ってる?」

 

僕のその問いには、ダリウスだけでなく、近くにいた他の護衛たちも話に加わってくる。

 

「ソノミス? ああ、知ってるぜ。もっとも、ボーダズに行くのに、あそこを知らないなら、ただのバカ野郎だがな」

ゴードンが少し、酔いの回った口調で言った。

「あそこは魔術師にとっては、楽園みてえな場所だけどよ。俺たちみてえな、魔術の才能がねえ奴にとっては、地獄みてえな場所って聞くぜ」

 

「どういうこと?」

「魔術が使えないやつが、ときどきボーダズに逃げてくるからな」

別の護衛が、言葉を継いだ。

「入国するには、身元がしっかりしてるだけじゃダメなんだ。魔術の才能があるかどうか、それを厳しく調べられる。才能がねえと、判断されたら問答無用で、門前払いさ。そして、逆も同じってわけさ」

 

なるほど。

もしかしたら、思っていたよりも開かれた場所ではないのかもしれない。

入国審査か……何事もなく入れればいいけど。

 

「それに最近は、きな臭い噂も聞こえてくる」

ダリウスが声を潜めて言った。

「なんでも、派閥争いが激しくなってるらしい。古い学びを重んじる保守派と、新しい力を求める革新派。その対立が、日に日に深刻になってるとか」

 

「ジャクサラの連中の動きも、関係してるらしいぜ」

ゴードンが吐き捨てるように言った。

「神聖国が周辺の国に圧力を強めてるだろ? それで、ソノミスも警戒を強めてるんだ。特に、ジャクサラ教徒は、徹底的に排除してるって話だ」

 

次々と語られる、ソノミスの情報。

そのどれもが、僕の旅の多難さを物語っていた。

 

「リン。お前もしかして、ソノミスに行くつもりなのか?」

ダリウスが心配そうに、僕の顔を覗き込んだ。

 

「……そこに用事があるから」

「やめとけ、やめとけ。それに、この時期の入国は最悪だぞ」

ゴードンが、大げさに首を振る。

 

「ボーダズからソノミスまでは、半日ほどの距離だけどよ。もう雪が積もり始めてる。これから、冬が、本格的になれば、道は完全に雪で閉ざされる。向こう側で吹雪にでも巻き込まれたら、一巻の終わりだぞ」

 

「春まで待った方が賢明だ。だが……」

ダリウスが言葉を濁す。

 

「春になれば今度はジャクサラとの緊張が、どうなってるか分からん。もしかしたら、入国が今よりももっと厳しくなる可能性もある」

 

進むも地獄。

待つも地獄。

まさに、そんな状況らしい。

 

僕は黙って彼らの話を聞いていた。

でも、方針は変わらなかった。

 

――面倒でも僕は行くしかない。

 

ロマナちゃんたちを探すのにも、真理に会いに行くにも、どちらにせよソノミスには行かなければならない。

春までボーダズで待機なんて御免だった。

 

「……色々とありがとう。参考になった」

僕は静かにそう言った。

その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 

ダリウスは僕のその落ち着き払った態度に、何かを感じ取ったようだった。

彼はそれ以上、何も言わずただ、黙って僕の肩を力強く叩いた。

 

焚き火の炎が、ぱちぱちと音を立てて爆ぜる。

その赤い光が、僕たちの顔を静かに照らし出していた。

 

夜空には、満月が冷たく輝いている。

ソノミスで見る夜空も同じだろうか。

 

僕はその冷たい光を見上げながら、これから始まるであろう厳しい冬の旅のことを考えていた。

 

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