ようこそ綾小路くんと一之瀬さんが中学三年時に出会っていた世界線へ   作:成田 きよつぐ

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 初めまして、成田きよつぐと申します。


 ここ最近、初めて【ようこそ実力至上主義の教室へ】という素敵な作品に触れる機会があり、そして無事にどハマりしてしまい、この拙作を書き殴る結果となりました。


 私の妄想を詰め込んだだけの見切り発車な自己満足になりますが、共に楽しんで下さる方が居らっしゃいましたら幸いです。





綾小路清隆:プロローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、今からオレが述べるシチュエーション。

 

 その局面、自分が学生であるならばどうするだろうか? という事を少し真剣に考えてみてほしい。

 

 

 

 問い・学園でも5本の指に入るであろう美少女(または美男子)から、昼食を一緒に食べないか? という誘いを受けた。

 

 

 

 警戒心の強い者や、一人でいる事が好きな者。

 

 あるいは既に先約がある者などを除けば、多少は舞い上がっても仕方がないほど、喜ばしいシチュエーションではなかろうかと思う。

 

 それこそ、この誘いを二人きりという状況で受けていたのであれば、特に世の男子の大半は二つ返事で了承する事であろう。

 

 

 しかしここで、先のシチュエーションに前提を一つ追加したい。

 

 

 その誘いを自身の所属するクラス全体に聞こえる形で受けたとすれば、果たしてどうだろうか?

 

 

 嫌でもクラスメイト達から注目を浴びる中、堂々と『はい喜んで!』と、誘いを了承する事が出来るだろうか?

 

 まあ、メンタルが強靭な者や、自分自身もクラスでの立場が上位の者であれば、それも可能かもしれない。

 

 

 だが、またしてもここで新たな前提を一つ追加させてもらう。

 

 

 自分自身が、クラス内で余り目立たない……

 それこそ『根暗なぼっち』といった評価を受けてしまっている状態だとしたら?

 

 

 誘いを受ければ『なんでお前如きが?』と、疑念や嫉妬の念を向けられる事となるだろう。

 

 誘いを断れば『なんでお前如きが?』と、軽蔑や怒りの念を向けられる事となるだろう。

 

 

 そんな評価を下されている自らの不甲斐なさにも責任はあれど……

 どちらを選択しても非難されるであろう状況は、まさに詰んでいると言っても過言ではない。

 

 

 かの有名な精神科医は『自由とは、他者から嫌われる事である』という教えを提唱した。

 

 要は『嫌われる勇気は必要だ』と、彼は我々に説いている訳だ。

 

 確かに、それを含めて彼が説いている様々な心理学は、多くの現代人に影響を与え、そして多くの人の心を救ったのだろう。

 

 

 だがご存知だろうか?

 

 彼が提唱する心理学は、あくまで『個人心理学』に分類されるという事を。

 

 ハッキリと言ってしまえば、科学的根拠の薄い個人的な思想に基づく心理学……という事である。

 

 勿論、だから彼の言っている事が全て間違っている。

 なんて事を言うつもりは無いし、思ってもいない。

 

 

 …………すまない。

 

 ここまでオレの話を聞いてくれた人がいるならば、『さっきからお前は何が言いたいんだ?』と、呆れている事だろう。

 

 ちょっと個人心理学の教えに、背中を押してもらおうと考えただけなんだ。

 

 非常に回りくどくなってしまったが、つまりオレが何を言いたいかというと────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、綾小路(あやのこうじ)くんっ! 良かったら、そのぉ、一緒にお昼ご飯でも……どう、かなっ?」

 

「…………え?」

 

 

 

 ────そんな誘いを今まさに教室にて、目の前の美少女から受けているオレは、一体どうすれば良いのだろうか? という事である……。

 

 

 

 手に持っている『赤・青の弁当包み』二つ。

 

 それをユラユラと揺らして示しながら、少し頬を赤く染めて微笑み、座っているコチラを真横から覗き込む形で見つめる少女。

 

 桜の花を連想させる艶やかなピンク色の髪をスカート辺りまで伸ばし、アクアマリン宝石の様な淡い青色の大きな瞳を併せ持つ。

 

 まさに容姿端麗という言葉が相応しい存在。

 

 

 彼女の名前は、一之瀬帆波(いちのせほなみ)

 

 高度育成高等学校・1年Bクラスの委員長、もといクラスリーダーを務める生徒だ。

 

 

 そして、そんな彼女からの誘いを受け、周りのクラスメイト達から凝視されている男子生徒。

 

 脳内で架空の第三者に語りかけるという奇行で現実逃避をしながら、情けなくも固まっている哀れな子羊こそ────

 

 このオレ、1年Dクラス所属・綾小路清隆(あやのこうじきよたか)である。

 

 

 ……さて、一人自己紹介などをしている場合ではない。

 

 

「…………」

 

「…………?」

 

 

 オレは未だ言葉を紡げず、片手に携帯端末を握りしめて座ったまま。

 

 その状態で、“こてん”と首を傾げる一之瀬と見つめ合っている事に、段々と申し訳なさの様な気持ちが湧き上がってくる。

 

 そして、それと同時に自らの思考もしっかりと巡り直し始める。

 

 

 先ず流石に一之瀬は、この教室で一緒に弁当を……という意図で誘っている訳ではないはずだ。

 

 オレを誘ってくれている最中に、一瞬だが目線で廊下の方を示していたし、一之瀬の手元には飲み物らしきモノも確認できない。

 

 もし、ここで食べる気だったのであれば飲み物も持参しているだろうからな。

 

 しっかり者の一之瀬が、持参するのを忘れたとは考えにくい。

 

 恐らく飲み物は移動する最中か、移動先に到着してから調達する予定なのだと推測できる。

 

 

 それに何より考えなくてはいけないのは、クラスメイトからの反応だよな……。

 

 誘いを受けるにしろ断るにしろ、どのみち変な勘繰りや良くない評価を下されそうな現状には参るが、そろそろ現実と向き合う事にしよう。

 

 

 

『……え? あの一之瀬さんが何で綾小路くんを?』

 

『知らないの? あの二人、入学当時から結構噂になってるんだって』

 

『放課後に二人で買い物してるのを見掛けたって情報もあるらしいよ』

 

『うっそ……それ本当に?』

 

『そういえばこの前も、二人揃ってBクラスの人達と図書館で()()()やってたって聞いたけど……』

 

『じゃあ、今日のはその勉強会のお礼か何かなのかな?』

 

『ていうか、綾小路くんってそんなに勉強できたっけ?』

 

『知らない。アイツ影薄いもん』

 

 

 オイ、そこで集まって耳打ちしている女子たち。

 

 全部聞こえているぞ? 特に最後のヤツ。

 

 

 一番後ろの窓側に席を構えるオレの方を、教壇近くの席から奇異な目で観察してくる集団。

 

 確か……輪の中央で頬杖をつきながらコチラを見ている、ブロンドヘアをポニーテールで纏めた、いかにもバリバリなギャル系女子。

 軽井沢恵(かるいざわけい)を中心とした、クラスのカースト最上位に位置する女子グループだ。

 

 因みに、軽井沢がオレの事を『影の薄いヤツ』呼ばわりしている事から分かる通り、彼女たちのオレに対する評価は決して良いものでは無い模様。

 

 彼女たちの誰とも、これまで特に会話らしい会話を交わした事すらないのだが……。

 

 少しばかり評価が辛辣だと感じるオレは可笑しいのだろうか?

 

 言葉のメスは、容易く人の心を傷付けるのだから気を付けてほしい。

 

 

 まあ幸いと言っていいのか分からないが、目の前の一之瀬には彼女たちの声は聞こえなかった様で、気にした様子は見受けられない。

 

 

 しかし、その一之瀬の後ろ。

 

 

 オレの右隣の席で、一人サンドイッチを口に運びながら横目でコチラの様子を窺う存在。

 

 狐目でキリッとした顔立ちと、黒髪ロングヘアが特徴の大人びた雰囲気を纏う女子生徒────。

 

 我が隣人である堀北鈴音(ほりきたすずね)は、その話し声が聞こえていたのか、何やら一瞬ピクリと反応したのが見えた。

 

 

 普段、他者の会話に興味を示さない彼女が、一体なぜ反応を示したのかは疑問だが……。

 

 今は堀北への疑問よりも、一之瀬からの誘いをどう対処するか? という事のほうが大事なので放置しておこう。

 

 

「あ……ご、ごめんね? もしかして、もう他の誰かと約束しちゃってる?」

 

「あぁいや、それは大丈夫なんだが……」

 

 返答に困っているオレの様子を見て不安に思ったのか、申し訳なさそうに先約の有無を確認してきた一之瀬。

 

 その心配はない事を告げると、彼女は少し安心した様に表情を和らげた。

 

 そう、別に先約がある訳でも、独りで食べたい訳でも、まして一之瀬からの誘いが嫌な訳でもない。

 

 むしろ誘ってくれた事は本当に嬉しいし、何ならオレのほうからお願いしたいぐらい、なのだが……。

 

 

 

『い、一之瀬から誘われた挙句……ッ!

 て、てててっ手作り弁当だとォ!?』

 

『お、俺なんか“山菜定食”で我慢しなきゃなんねぇのに……ッ!

 ずりーぞ、綾小路のヤツっ!!』

 

『そうだッ! そうだッ!

 お前は俺たちの仲間だと信じてたのにッ!』

 

『だいたい、自分だけ女から弁当貰うなんて恥ずかしくねぇのかよッ!

 この裏切り者がぁ!』

 

『……なあお前ら、飯食う時間なくなんぞ? 早く学食行こーぜ』

 

 

 一之瀬がオレに声を掛けたあたりから、クラスの一部男子たちの視線が冷ややかなモノになっていくのを感じていた。

 

 特に、オレの席とは反対側に位置する廊下に面した端の席。

 

 そこで(たむろ)していた、池寛治(いけかんじ)山内春樹(やまうちはるき)須藤健(すどうけん)のグループからは、その反応が顕著だ。

 

 まあ、唯一その中で須藤は、あまりコチラへの興味がなさそうではあるが。

 

 しかし池と山内に関しては、一之瀬がウチのクラスを訪ねて来たと分かるや否や、興奮した様子で鼻の下を伸ばしていた。

 

 それが今ではオレのことを、まるで親の仇でも見る様な殺気の込められた目で睨んできている……。

 

 池よ、取り敢えずオレに向かって中指を立てるのは止めてくれ。

 あと入学してから今日までの約一ヶ月、オレたちは互いに信頼関係を築くほどの交友はしていないと思う。

 

 それと山内、一体オレがお前の何を裏切ったと言うんだ?

 弁当の有無に関してだとしたら、お前が山菜定食しか食べられないのは自業自得なのだから八つ当たりにも程があるぞ。

 

 

「え、え〜っと……」

 

「……すまないな、騒がしくて」

 

 

 おまけに二人が声量も考えずに喚いた事で、当然ながら彼らの叫びは一之瀬の耳にも届いてしまう。

 

 一之瀬は苦笑いを浮かべながら、一旦顔だけを僅かに声の発生源へと向け、再びコチラを見詰め直す。

 

 そんな彼女に対して、オレは謝罪の言葉を口にした。

 

 なぜオレが謝っているんだろうか、という疑問を大いに感じながら。

 

 

 今までコチラを凝視していた者たちも、騒ぎ立てる池たちが目に余ったのか……。

 

 殆どが彼らに呆れた様な視線を向け始め、教室の空気が徐々に気まずいモノへと変わる。

 

 

 

『フッフッフッ。

 いやはや、男の嫉妬というのは実に醜いねぇ。

 聞くに耐えないノイズを撒き散らす行為は、私が居ないところでやってくれたまえ』

 

 

 

 しかし、そんな空気を吹き飛ばすかの様に、我がDクラスに在籍する一人の男が、実に太々しい態度と口調で口を開く。

 

 

 ふんぞり返って座りながら、何やら煌びやかな装飾が施された手鏡を手に、オールバックにした金色の髪をかき上げるその男。

 

 彼の名は、高円寺六助(こうえんじろくすけ)

 

 日本有数の資産家である『高円寺コンツェルン』の一人息子であるらしく、そんな彼の性格を一言で表すとするならば“唯我独尊”。

 

 何者にも縛られず、周りに一切の関心を抱かず、全て己を中心に行動することを貫き通す究極の自由人。

 

 少なくともオレは、彼がクラスメイトや同級生と仲良くしている場面を今ところ見たことがない。

 

 何やら上級生らしき女子生徒を複数人、侍らせているところを見掛けたことならあるが……。

 

 並の人間ならば間違いなく問題に発展するであろう彼の態度や行動も、『高円寺なら仕方ない……』と周りに飲み込ませてしまう。

 

 まさに王者の風格を纏っているとも言える、不思議な存在だ。

 

 そんな、普段なら周りに……それも同性には特に興味を示さないはずの高円寺が、今回は珍しく明らかに池たちを(あざけ)るように言葉を発した。

 

 

『な、なんだよッ、高円寺!』

 

『関係ないのに、しゃしゃり出て来んなよッ!』

 

 突然受けた高円寺からの挑発に、より一層声を張り上げて噛み付く池と山内。

 

 おまけに高円寺と反りが合わない須藤も、二人の様に噛み付きはしないものの睨みを利かせている。

 

 

『おや、気に障ってしまったかい?

 だがそうやって私に吼える暇があるのなら、少しでも自分を磨く事に時間を使ってはどうかな?』

 

 しかし、池たちの方へと顔を向ける事もしないまま煽りを続ける高円寺。

 

『〜〜ッ! 偉そうに、こんにゃろォ!』

 

『つーか、お前こそ本当は綾小路に嫉妬してんじゃね〜のぉ?

 お前みたいなヤツに弁当作ってくれる女なんて、いくら探したって居なさそうだしぃ〜?』

 

 そんな高円寺の態度に、池は更に興奮。

 

 山内に関しては、ここまでの流れを考えると、自らに中々の特大ブーメランが突き刺さりそうな発言で煽り返す。

 

 

『フッハハハ、そんな心配は不要さ。

 何故なら────』

 

 全く意に介した様子のない高円寺が、自らのスクールバッグから何かを取り出す。

 

 それは何やら可愛らしいクマ? のキャラクターが描かれた保冷バッグ。

 そしてその中に入っていたのは、長方形の赤い二段式の弁当箱と、コップ付きの白い水筒だった。

 

『──今日の私には、ご覧の通りレディから頂いたランチボックスに舌鼓を打つという予定があるのだからねぇ』

 

『『な、なにィィイイ〜〜ッ!!??』』

 

 まさかの事態に絶叫する池と山内。

 

 だが、別に高円寺ならば何も不思議な事ではない。

 現にこの場にいる大半が、二人の様に驚いた様子を見せていない。

 

 

『さて、発情期くんにオオカミ少年くん。

 これは私からの有り難いアドバイスだ。

 君たちがレディから好意を向けられる事を望んでいるのなら、先ずは自分自身の行いや言動が、如何に愚か者のそれであるかを認める事さ』

 

『『──うぐっ!? ぐ、ぐぬぬぬぬ〜ッ!!』』

 

 結構酷いあだ名を命名し、教室を見渡しながら二人にアドバイス? なるモノを贈る高円寺。

 

 それによって、池たちも先程からクラスメイト達が向けていた冷ややかな視線に気付いたのだろう。

 

 

『『く、くっそ……ッ! 覚えてろ高円寺〜〜ッ!!』』

 

『お、おいッ、お前ら待てよッ!?

 ────チッ、余計なこと言いやがって高円寺……ッ!』

 

 高円寺が弁当を持っていた事実と、主に自分たちが作り出してしまった空気に耐えきれなくなったのか……。

 

 何やら小物感が漂う捨て台詞を残し、池と山内は教室を飛び出して行った。

 

 そんな二人に置いて行かれてしまった須藤が、事を起こした高円寺に一瞬詰め寄りにかかる。

 

 しかし飛び出して行った二人が気になるのか、威嚇だけで済ませて友人を追い掛けるべく、彼も教室から姿を消す。

 

 

 ………………嵐が過ぎ去った事で静かになった教室に、先程までとはまた違った気まずさが漂う……。

 

 誰もが口を開くのを躊躇う中────いや、高円寺だけは別か。

 

 鼻歌を口ずさみながら、お手拭きで手を拭いた後、取り出していた弁当箱を開けて手を合わせていた。

 

 やはり色んな意味で大物だなアイツは……。

 この空気の中、あれほど自然体で居られる事にオレは尊敬の念を示したい。

 

 

 

「──フッ、そろそろ君も腰を上げたまえ、綾小路ボーイ。

 いつまでガールからの誘いを、はぐらかすつもりかな?」

 

「…………ん?」

 

 コチラが注意を向けていた事に気付いていたのか、不意に高円寺から言葉をかけられたオレは驚きで声が漏れる。

 

「もし、食事を共にする事を恥ずかしがっているのなら実にナンセンスだよ。

 むしろ、偽りなき想いを向けて自らを誘ってくれているガールを蔑ろにする事こそ、紳士として最も恥ずべき行いさ」

 

 最後にコチラへと振り返って、不敵に笑いながらそう告げる高円寺。

 

 

 ……もしかして高円寺は、オレが一之瀬からの誘いを受けやすい流れ。

 それを作るために、池たちを挑発して退出させたり、コチラの背中を押す様な言葉をかけているのかもしれない……。

 

 まあ、もしその意図があったとしたら、それはオレのためではなく、一之瀬のために行ったのだろうが。

 

 高円寺が異性にならともかく、同性のために行動するとは思えないからな。

 

 だが、彼のお陰で一之瀬からの誘いを受けやすくなったのも事実。

 この助け舟に乗らない手はない。

 

 

「……そうだな。

 すまない、一之瀬。待たせてしまって」

 

 そう言ってオレは椅子を引いて立ち上がり、右手に持っていた携帯端末をポケットにしまう。

 

 そしてその手で、そっと一之瀬から『青い弁当包み』を貰い受ける。

 

「実はオレの方からも誘おうと思っていたから素直に嬉しい。

 ただ、場所を移動しても構わないか?

 飲み物も買いたいしな」

 

「あっ、う、うんっ! もちろん大丈夫だよ!

 えと、じゃあ、い、行こっか」

 

「ああ」

 

 そのままオレたちは、何か言いたそうな表情をした堀北や、何やら興奮している様子の女子グループ。

 そして残っていた男子グループなどからの視線を受けつつ、後ろ側の扉から教室を後にした。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 教室を出たオレたちは現在……。

 

 すれ違う別クラスの一部生徒から振り返られたり、偶然出会(でくわ)したBクラスの女子グループからニヤニヤとした視線を受けたりしながら、食堂とは別方向に向かって廊下を進んでいた。

 

 

「……本当にごめんね。綾小路くん」

 

「ん? すまない、何がだ?」

 

 隣を歩く一之瀬から、不意に謝罪の言葉をかけられたオレは、一瞬何のことか分からず首を傾げる。

 

「突然、教室に押しかけちゃった事。

 最初はチャットで誘おうと思ってたんだけど……

 ほら、()()()()()()()()()()()()()()してるでしょ?」

 

 一之瀬は申し訳なさそうな表情を浮かべたまま言葉を続ける。

 

「私、男の子とチャットでお話しした経験って殆ど無くってさ……

 いつもみたいに『今日のお昼は一緒に食べようね』って、一言送ればいいはずなのに、何でか緊張しちゃって……」

 

 その気持ちはオレにもわかる気がする。

 

 

「……そうか、一之瀬も同じだったんだな」

 

「ふぇ? 同じ……?」

 

「オレも今日はチャットで昼食の件を聞こうと思ったんだが、いざメッセージを送るとなると同じく緊張してしまってな。

 正直に言って朝から悩んでいたから、一之瀬が直接誘いに来てくれて嬉しかったんだ」

 

「ほ、ほんとっ?」

 

「ああ、本当だ」

 

「……ふふっ。そっか、良かったぁ」

 

 オレの言葉を聞いた一之瀬は、花が綻ぶ様に嬉しそうな微笑みを浮かべると、“ぴょこん”と少し跳ねてコチラへの距離を一歩詰める。

 

 あと少しで肩が触れ合う程の距離になった瞬間、ほんの微かなシトラスの香りが鼻腔をくすぐった。

 

 

 今し方伝えた言葉は本心だ。

 

 文字だけのやり取りを行うとなった途端、妙な緊張感に襲われたオレは、ずっとメッセージを送ることに二の足を踏んでいた。

 

 たった一行、二行の下書きを入力しては消し、入力しては消し……。

 

 自分でも気にしすぎだと分かっていても、結局最後まで送信ボタンを押せなかった。

 

 一層のこと通話で聞くか? とも思ったりしたのだが、その前に調べていたネット情報。

 そこには『メールより通話』・『通話よりメール』・『直接会って聞くのが一番』と、様々な記載があり……。

 

 いや、結局どれが正解なんだ? と、匙を投げたくなる情報の波に飲まれてしまい、情けないが先程まで何も行動できずにいたのだ。

 

 午前中の休み時間も含め、昼休みが始まるや否や、ただただ携帯と睨めっこを始めるオレ。

 

 そんな姿を見ていた堀北から、『コイツは一体何をしているんだ?』という怪訝な目で見られていたのも仕方がないだろう。

 

 だからこそ、その悩みを解消してくれた一之瀬の行動には本当に感謝しかない、が……。

 

 

「ただ、こうして誘いを受けているのに聞くのも変だが……

 良いのか? 週に三回はオレと昼食を共にして。

 一之瀬も都合があるだろうし、頻度を減らしたりしてくれてもオレは問題ないぞ?」

 

 今月の初めに明るみとなった、()()()()()()()()()を考えると、他クラス同士の生徒が交友する場合は、基本慎重になったほうがいいだろう。

 

 自身のクラスでの立ち位置が危ぶまれる可能性は勿論、最悪クラスメイト達から糾弾されたり、挙句いじめ等にも発展するかもしれない。

 

 まあ、(自分で言うのも悲しいが)オレの様なクラス内で目立たない存在の生徒が、何か変わった動きをしたところでダメージは少ない。

 

 しかし、クラスの中心的存在である一之瀬の様な生徒となると話は別だ。

 

 交友機会が減るのは少し残念だが……

 オレと交友する事で、一之瀬のクラス内での立場が悪くなるのは流石に心苦しいからな。

 

 

「あ、それは大丈夫だよ?

 クラスのみんなも、綾小路くんとの交友は認めてくれてるし。

 わ、私としてもっ、綾小路くんと一緒にいる時間が減っちゃうのは困っちゃうって言うか……。

 そ、それは、い、嫌だなぁ、って言うか……」

 

 話の途中から顔を俯け、自身の毛先を指でイジりながら尻すぼみ気味の声を発する一之瀬。

 心なしか、顔の赤みも増している気がする。

 

「と、とにかくねっ?

 綾小路くんさえ迷惑じゃ無ければ、私はこれまで通り、こうして二人で一緒にいる時間を大切にしたい、って思ってるんだけど……

 だ、駄目……かなっ?」

 

 そんな事を隣から上目遣いで尋ねられる。

 

 

 …………なるほど。

 

 以前、池だか山内だかが『女子からの上目遣いは最高!』なんて話で、クラスの男子と盛り上がっているのを聞き流した覚えがあるが……。

 

 

 これは確かに強力な一手だな。

 

 思わず条件反射で要求を受け入れてしまう様な、不思議な魅力がある。

 

 仮に男がやっても、殆ど効果が発揮されないだろうと感じる点も少し面白い。

 

 これが計算で行っている……と、判断できれば魅力も薄れるのだろうが、一之瀬のは先ず間違いなく天然で行っているであろうから恐ろしい。

 

 

「いや、駄目じゃない。

 ずっと言っているが、オレも一之瀬と過ごす時間は楽しいと感じている」

 

「──っ! そ、それじゃあ──」

 

「ああ。改めてオレのほうからもお願いさせてほしい。

 学校の制度を考えると色々大変な事もあるだろうが、これから先も変わらず仲良く出来たら嬉しい」

 

「〜〜っ! うんっ!」

 

 返事と同時にオレの前へと躍り出る。

 

 そして、今日一番の笑顔を浮かべて『こちらこそ、改めてよろしくねっ!』と、コチラの両手を包み込む一之瀬。

 

 互いの持っていた弁当包みが軽くぶつかる感触と共に、一之瀬の柔らかい手から温もりが伝わってくる。

 

 

 今、周りにはオレたち二人しか居ない状況だ。

 

 食堂や、カフェなどが立ち並ぶケヤキモールとは別方向の屋外へと続く渡り廊下。

 

 オレたちが向かっている食事スポットこそあれど、売店などは設置されていないため、昼休みの時間帯はまず誰も立ち寄らない場所。

 

 そんな辺りには誰も居ない空間で、こうして一之瀬の様な美少女と手を握っているなんて……。

 

 何だか頭がふわふわとしてしまい、まるで夢でも見ているのか? という感覚に浸ってしまう……。

 

 

 

 

 

 …………いや。

 

 それを云うなら────そもそもこの学校で()()()()()()()()()事こそが、夢のような出来事だと言えるのだろう。

 

 何故なら()()()()()()は、もう二度と一之瀬と会うことは無いだろうと思っていたのだから。

 

 

 

 

 

「──綾小路くん、あそこで飲み物買おっか」

 

「……そうだな」

 

 

 渡り廊下から屋外へ出てすぐの所に設置された自動販売機へと、手を引いて導かれる。

 

 

 …………これも貴重な青春の一コマなのだろう。

 

 

 オレは、風の音や匂い、握られた手の感触や、ニコニコと上機嫌に微笑む一之瀬の笑顔など。

 

 五感を研ぎ澄ませて感じ取る、今この瞬間の全てを忘れない様に記憶と心に刻み込みながら────。

 

 

 ふと、一之瀬帆波という少女との繋がりが生まれた、あの一年前の出来事を思い起こしていた。

 

 

 

 







 ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!


 ●第一話・登場人物の紹介


 ・綾小路清隆

 我らがラスボス系主人公。
 この世界線での綾小路くんは、何やら入学当初から一之瀬さんと仲が良さそうな雰囲気で、対応も何だが優しい……気がする。
 どうやら彼女とは過去に一度交友があった模様。


 ・一之瀬帆波

 この拙作内でのメインヒロイン。
 原作では、現在進行形で最高に面白いヒロインムーブをかましておられるお方。
 この世界線では、まだ入学して最初の中間テストも始まっていない段階で、既に原作・一年生編終わり頃の好感度を綾小路くんに向けている疑惑がある。
 果たして中学三年生時代、彼との間に何があったのか……?


 ・高円寺六助

 作中最強の麒麟児。
 今話での行動は、綾小路くんの読み通り一之瀬さんのために行った。
 健気なガールのためならば色々とやってくれるジェントルマン。


 ・池くん & 山内くん

 この世界線では、原作ほど綾小路くんと交友がない。
 取り敢えず綾小路のヤローは爆ぜろと思っている。
 安心しろ二人とも。筆者も君たちと同じ意見だ⭐︎


 ・須藤くん

 原作では作中で最も成長を見せてくれているキャラの一人で、今やその存在が頼もしすぎる。
 この世界線では、いきなり友達二人に置いて行かれた。かわいそう。


 ・堀北さん

 なにか言いたそうな目でコチラを見ている……。



 次話からは過去編。

 綾小路くんと一之瀬さんの馴れ初めと云える、中学三年生編のお話になります。

 見切り発車ゆえに投稿の目処は未定ですが、マイペースに楽しみながら、ぼちぼちと投稿させて頂こうと思っております。


 改めまして、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!


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