ようこそ綾小路くんと一之瀬さんが中学三年時に出会っていた世界線へ   作:成田 きよつぐ

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 誤字脱字のご報告・お気に入り登録・ご評価・ご感想を下さった方々、本当にありがとうございます!


 ※お詫び。
 今拙作内では、今後も様々な原作改変が行われてしまうと思います。

 今回のお話での改変は、主に下記の三点になります。


 ①0巻に登場した『雪ちゃん』が、感情に目覚める事なくホワイトルームから脱落している。

 ②それによって、綾小路くんと雪ちゃんとの再会イベントが起きていない。

 ③原作開始前『空白の一年間』における、綾小路くん周りの環境設定の捏造。


 大きな改変となってしまいますが、お許しください。






中学三年生編
綾小路清隆:馴れ初め①


 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────失格だ』

 

 

 

 感情など籠っていない声で、教官の男が一言そう告げる。

 

 

 それはつまり、また一人この部屋から消えるという事。

 

 床も、壁も、天井も……あらゆる物が真っ白な、どこまでも無機質であるこの世界から。

 

 

『い、嫌っ! やめてッ──!』

 

 失格を告げられるや否や、泣き叫びながら許しを請う少女。

 

 次はもっと頑張る、必ず良い点数を取ってみせる、そんな言葉で必死に訴えかけるも、教官は容赦なく少女を引き摺って行く。

 

 オレは、その様子をただ眺めていた。

 

 

 

 彼女はなぜ、涙を流す?

 

 なぜ、今になって後悔している?

 

 なぜ、努力しなかった?

 

 

 今日まで生き残っていた彼女も見てきたはずだ。

 今まで何人も、目標を達成できずに脱落して行ったのを。

 

 ある者は発作を起こし、ある者は心が壊れ、ある者は教官から蹴り飛ばされて……。

 

 如何なる理由があろうとも、脱落した者は二度と戻ってくる事はなく、そこに例外など無い事を。

 

 

 もう一度……などと云うチャンスは、この部屋には存在しない。

 

 だからこそ、人間が生きるためには呼吸をしなくてはならないのと同じ、この場所では努力を重ね続ける事が生きるための最低条件だ。

 

 呼吸が出来ない人間は息絶える。

 努力の足りなかった者がこの部屋から消える。

 

 当たり前のことだ。

 

 

 

『────俺は先に行く事にする……さよなら、清隆(きよたか)。いつか、また会おうな』

 

 

 先の少女が脱落してから、およそ一年が経ったある日。

 

 また一人、この部屋から消えた。

 いや、彼は自ら望んでここを去った。

 

 

 “外の世界に出て行って、自由と友達が欲しい”

 

 

 そんな事を、柔道の乱取りで組み合っている最中に、オレへと耳打ちで告げてきた少年。

 

 もしかすると彼は『一緒にここを出ないか?』と、オレを誘うつもりだったのかもしれない。

 

 だがオレは、そんな彼の願いにも行動にも何一つ共感が出来なかった。

 

 

 なぜ、この環境を自ら放棄する?

 

 人間に与えられた数少ない平等である『時間』。

 

 なぜ、その貴重な時間を確実な成長ではなく、不明確な学びに費やそうとする?

 

 

 オレは、この場所での教育を受け続ける。

 

 ここで教えられる『知識』、その探究の先には何があるのか。

 

 その全てを自らの『知恵』として昇華させられた時、その果てには何が待つのか。

 

 オレは──ただ、それだけが知りたい。

 

 

 少年が去り、この世界に残った者はオレ一人のみとなった。

 

 

 何も問題はない。

 ただ、自分自身を除く観察対象が全て居なくなっただけ。

 

 寂しさも、悲しさも、不安も、オレの心は何一つ感じる事はない。

 

 

 オレは、オレだけが最後に生き残っていれば、それで良い。

 

 最初からずっと、その感情だけを頼りにこの世界で生きてきた。

 

 そしてそれは、この先も変わる事はないだろう。

 

 

 一人きりとなってもカリキュラムは続く。

 むしろ求められる水準は更に高くなり、試験の難易度や過酷さは増す一方。

 

 

 9歳の時に行われた戦闘訓練では、大人複数人を警棒一つで全滅させろという指示を受けた。

 

 同時期の学力試験では、日本の難関と謳われているらしい大学の入試テストを、全て満点で解けという指示を受けた。

 

 ある時は突然パソコンを渡され、対象のシステムを攻撃し、セキュリティーを突破、問題点を全て洗い出せという指示を受けた。

 

 他にも楽器や模写、茶道や書道などの芸術関連などでも結果を出す事を求められた。

 

 

 あらゆるカリキュラムを、ただ機械のように達成していく日々。

 

 結果、オレはこの世界で生き残り続けた。

 

 

 だが、そんな日々は突如として終わりを告げる。

 

 

 オレが、この世に生を受けてから凡そ14年と5ヶ月が経ったある日……。

 

 

 オレは、生まれて初めて『外の世界』へと連れ出された。

 

 物心ついた時から、ずっと閉じ込められてきた白い監獄『ホワイトルーム』から────

 

 

 

 ────鎖で繋がれた首輪を付けられて。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 男子学生が着用する“学ラン”と呼ばれる学生服。

 

 諸説はあるが、ランとは江戸時代に使われていた『オランダ』の隠語らしい。

 江戸時代の鎖国下でも公益を許されていた、オランダの人達が着るような洋服などを取引するための呼称という事だろう。

 

 因みに、好きな人から学ランの“第二ボタン”を貰うという習慣があるそうだが。

 

 あれはその昔、戦地へと向かう招集を受けた学生たちが『好きな女性に自分の思いを伝えられるモノ』として渡していたモノが、学生服の第二ボタンだった……という事が起源らしい。

 

 自分の肌身に接していたモノかつ、心臓に一番近い位置にある事が理由だそうだ。

 

 

 そしてオレは今、そんな歴史ある衣服を見に纏って『校舎内の階段』を登っていた。

 

 先導する男性教員から発せられる革靴で歩く音が、やけに大きく聞こえる。

 初めて袖を通した学生服の着心地に、妙な圧迫感を感じて落ち着かない。

 

 普段なら気にも留めないであろう事に、今の自分は随分と敏感に反応してしまっているのを感じる。

 

 …………分かっている。

 未知の世界に放り込まれた影響で、どうやらオレは過度に緊張しかけているようだ。

 

 

 人間が最大限のパフォーマンスを発揮する条件の一つに、“自分の事だけに集中している状態”を作る、というモノがある。

 

 つまり、自分が起こす行動──“アクション”に全神経を注いでいる状態だ。

 

 

 では反対に、過度な緊張のせいでパフォーマンスを落としてしまう時、人間はどうなってしまうのか?

 

 そう、逆に“自分以外の事に集中力が向いてしまう”。

 

 つまり、自分が起こす反応──“リアクション”に全神経を注いでいる状態となる。

 

 

 これは人間の本能として仕方がない部分もある。

 

 純粋な生物としての強さが低い部類となる我々人類は、外敵に襲われた場合、先ず逃亡を図らないといけない。

 

 相手はどんな攻撃をしてくるか、周りに障害物などはないか、何か使えそうなモノはないか……と、過剰なまでに周りから情報を得ようとする。

 

 そんな草食動物の様な、命を守るための生存本能。

 

 それが、極度の緊張というストレスに晒されると働いてしまう。

 

 

 しかし、その本能は“逃げる”ために有効なモノであり、“立ち向かう”ためには邪魔になってしまう事がある。

 

 だがそれを知識として持っていれば、自分以外の事に集中力が向いていると認識した際、即座に立て直せる可能性が上がる。

 

 

 …………オレは、周りへと向けられていた意識を一旦遮断する。

 

 自分の呼吸、心音、自分が何を成したいのか、ただ自分の事だけに意識を向ける。

 

 

 

 

『命令だ、清隆。

 お前は4月から、この学校に通ってもらう』

 

 

 

 先日、屋敷で『あの男』からそう告げられた時、オレは一瞬固まったが、すぐさま警戒心を上げた。

 

 俗世間などくだらない、かつてオレにそう説いたあの男が、まるで掌を返す様な発言をしたからだ。

 

 あの男──戸籍上はオレの父親である綾小路篤臣(あやのこうじあつおみ)は、自らの発言を撤回する事など先ずあり得ない。

 

 ホワイトルームの代わりとなる施設に入れるつもりだったのなら、まだ理解が出来た。

 

 しかし、目を通しておけと渡された資料は、屋敷から往復1時間ほどの距離にある『公立中学校』のモノ。

 

 

 …………実に不気味だ。

 現状、あの男の狙いが分からない。

 

 だが、命令に背く気もない。

 そこに通えと言われれば、異議一つ唱える事なく従う。

 

 あの男を崇拝している訳でも、ましてや父親への愛情を抱いている訳でもない。

 

 オレという存在が自らのコントロール下にある……そう思わせておいたほうが楽なだけだ。

 

 

 

「──フゥ〜ッ、この三階まで上がらなアカンのが、いっつも堪えるわ……。

 どうや、綾小路(あやのこうじ)。毎回この階段登んのは大丈夫そうか?」

 

「……そうですね。

 運動不足気味だったので丁度良いです」

 

「ハッハッ、若いのはええなぁ。

 先生なんか毎日ひーこら言うて登ってんのに、一向にこの腹が引っ込めへん」

 

 思考の海に沈んでいたオレの意識は、目の前の男性教員から声を掛けられた事で引き上げられる。

 

 

 関西の生まれで数年前に埼玉県(コチラ)へとやって来た……などと語ってくれた気がする壮年男性。

 

 恰幅の良い自らのお腹をポンッと叩いて笑う彼は、これからオレが編入するクラスの担任教師だそうだ。

 

 明るくコチラへと話しかけてくれる教師に返事を返しながら、オレたちは自らのクラスが在籍する教室へと進んでいく。

 

 3年4組、3年3組、3年2組……。

 そんな表札が掲げられた教室を通過して行き、程なくして目的地である『3年1組』の教室近くへと辿り着いた。

 

 

「──よし、綾小路。

 ちょっとここで待機しといてや? 準備できたら呼んだるさかい、俺が呼んだら入って来てくれ」

 

「分かりました」

 

 オレを教室から見えない箇所に待機させると、教師はそう耳打ちして教室へと入って行く。

 

 

 教師がやって来た事で、賑やかさが一層強まった教室の喧騒に耳を傾けながら、オレは窓の外に広がる風景を眺める。

 

 晴天の空、陽の光に包まれた校庭。

 先ほど“始業式”とやらで、長い話を隅っこで聞かされた体育館の外観など……。

 

 目に見える全てが、今のオレにとっては新鮮で興味深い。

 

 

 ……そういえば、転校生という扱いはオレだけの様だったが、教員のほうは新たに『5人』の人間を迎え入れていた。

 

 世の学校の採用情勢は分からないが、新任教員を一度に5人も迎え入れるのは普通の事なのか?

 

 そう疑問に思ったオレは、担任教師にその事を質問してみた。

 するとやはり、今回の新任採用率は異例の事だったそうだ。

 

 おまけに、用務員や養護教諭。

 スクールカウンセラーや、生徒指導員らもまとめて入れ替わっているらしく、担任も『こんな事は初めて』だと不思議がっていた。

 

 …………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 警戒しておくに越した事はないだろう。

 

 

『────はい、お前ら〜、ちょっと静かにせえ。

 今日はウチのクラスに転校生が来るからな。

 この後、紹介するぞ〜』

 

『おっ、マジかよ、転校生!?

 ハイッ、先生〜! その転校生って可愛い子ですか〜?』

 

『残念やったな、笠山(かさやま)

 転校生はバリバリの男や』

 

『えぇ〜っ!? なんだぁ、つまんねぇ〜の』

 

 そんな会話が教室から聞こえてきて、オレは窓の外に向けていた視線を教室の方へと戻す。

 

 笠山というは賑やかな男子のようだ。

 別に構わないが、声が丸聞こえである。

 

 

『はいっはいっ、せんせぇ〜! じゃあ、その転校生の男の子はイケメンですか〜?』

 

『今度は藁科(わらしな)かい。

 ……う〜ん、まあ、イケメンに入るんとちゃうか?』

 

『やったっ! 言いましたからね、先生?』

 

 ちょっと待て担任。

 なぜ適当な事を言って藁科とやらのハードルを上げる?

 

 

『ほんならまあ、早速呼ぼか。

 おーい、綾小路! 入って来てくれ〜!』

 

 

 現実は非情だ。

 

 変に盛り上がっているこの空気の中、オレは教室に入らないといけないのか……。

 

 オレは一つため息を吐いて、重い足取りで扉の前へと向かい、やけに重く感じる引き戸をスライドさせる。

 

 

『『『『『…………』』』』』

 

「…………」

 

 

 扉を開けた瞬間、一斉にコチラへと視線を向けてくる生徒たち。

 

 ものすごく気まずい。

 なんだこの緊張感は……。

 

 

「ほら綾小路、教壇のとこまで来てくれ」

 

「あ、はい」

 

 ジッと見られながら、オレは指定された場所まで進む。

 

 一歩一歩が重い。

 たった数メートルもない距離のはずなのに、教壇までがとても長く感じる。

 

 

『えっ、ちょっと待ってほんとにイケメンじゃんっ!』

 

『えぇ〜っ、そうぉ? なんか暗そうじゃない?』

 

『ねぇねぇっ? 帆波(ほなみ)ちゃんは彼の事どう思う〜?』

 

『へっ!? う、う〜ん、どうなんだろう……

 あんまり男の子を、そういう目で見た事なかったから……』

 

『──ケッ、面白くねぇ』

 

『おいおい拗ねんなよ、笠山。

 可愛い子じゃなかったからってさ』

 

『うっせぇ、田口(たぐち)

 別に拗ねてねぇよ』

 

 何やら生徒たちが好き勝手に盛り上がっているのを横目に、オレは教壇まで辿り着いた。

 

 

「よし、じゃあ先ずは──ホイ、綾小路」

 

「……え?」

 

 教壇へと辿り着くや否や、担任から突然チョークを手渡される。

 

「え? やあらへんがな。自己紹介や自己紹介。

 黒板にフルネームで自分の名前書いて、みんなの前で一言二言喋ってくれたらええだけや」

 

 そんなことをするなんて聞いていない。

 

 嘘だろ、自己紹介? ここでか?

 

 いや、ホワイトルームで交渉術や討論のやり方は学んだが、あれは主に対面での状況を想定したものだった。

 

 こんな大勢の前で、ましてや自分のことを語るなど経験がない。

 

 そもそもオレは、この場を上手く切り抜ける術を何も持たない人間……。

 

 

「綾小路くん、頑張って〜!」

 

 チョークを持ったまま固まるオレに、一番後ろの席からエールが送られる。

 

 声の発生源に視線を向けると、黒髪ボブカットの女子生徒が目に入る。

 声の波長からするに、彼女が先ほど担任に質問をしていた藁科だろう。

 

 正直、何をどう頑張れば良いのか皆目見当も付かないが、取り敢えず今は黒板に名前だけでも書いたほうがいいだろうな。

 

 

 オレは藁科に軽く会釈を行い、チョークを握り直して“カツカツ”と黒板に自らの名前を縦書きで書いていく。

 

「……綾小路、おまえ字ぃ綺麗やな」

 

「そうですか?」

 

「おお、大したもんや」

 

 よく分からないが褒められた。

 

 名前を書き終え黒板から振り返ると、生徒たちも何やらオレの書いた名前の綺麗さに驚いている。

 

 そうか、字が綺麗だと良い印象を与えられる事があるのか。

 

 変なところで、ホワイトルーム(あの場所)の教育に関心してしまう。

 

 

 さて、最大の試練はここからだ。

 

 

 人生で初めての自己紹介。

 

 オレは軽く息を吐き、意を決して口を開く────

 

 

 

 

 

「えー……えっと、綾小路清隆(あやのこうじきよたか)です。

 えー……よろしくお願いします。

 あぁ、えー……得意な事は字を書く事ぐらいしかありませんが、えーっと……仲良くなれるよう頑張ります」

 

 

 

 

 挨拶を終えて、静まり返った教室の虚空を見つめる。

 

 失敗したー。

 

 もはや考えるまでも無い。

 

 オレはクラスの全員から、確実に人見知りの烙印を押されたことだろう。

 

 

 オレが作り出してしまった静寂中、一人の女子生徒がパチパチと拍手をしてくれる。

 

 その拍手の波は段々と広がり、やがてクラスの全員から生温かい拍手が送られる。

 

 なんだろうな、この気持ちは……凄く虚しい。

 

 

「……ま、まあ、アレやな。

 綾小路も転校初日で緊張しとんのや。

 おんなじクラスの仲間になんねんから、お前らも彼の言うように仲良ぉしたってや」

 

 オレの肩を叩きながら、そう言って締めくくる担任。

 

 とりあえずオレの自己紹介は、彼もフォロー出来ないほど酷いモノだったということだ。

 

 

「んじゃ、綾小路はそこの空いてる席に──って、そや。

 これから順番に、職員室まで新しい教科書取りに行って貰わなアカンねやった……」

 

 担任はオレのことを、教壇側から向かって右側にある一番前の席に誘導していた矢先……

 頭に手を当て、思い出した様にそう言った。

 

「名前順やから綾小路からになってまうんやけど……しゃーないな。

 なあ、一之瀬(いちのせ)

 悪いんやけど、彼を案内しながら一緒に教科書取りに行ったってくれるか?

 多少遅なってもかまへんから」

 

「あ、はいっ! もちろん大丈夫です!」

 

 担任が名指ししたのは、オレに当てがわれた席の後ろに座っていた女子生徒だ。

 

「すまんな。

 綾小路も、ドタバタしてもうて悪いけど教科書もろて来い。

 ついでに、一之瀬から軽く校内を案内してもろたらええ」

 

「は、はい。分かりました」

 

 そうしてオレは一旦スクールバッグを自らの机に置くと、『こっちこっち』とコチラを手招きする女子生徒を追い掛ける様に、教室を後にした。

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 教室を出て、誰も居ない廊下を二人で進む。

 

 他クラスの教室から聞こえてくる声に耳を傾けると、席順やら掃除当番やらを決めている様子だ。

 

 

 少し進んだあたりで突如、オレの案内役を任された女子生徒が立ち止まる。

 

 前を行く彼女が止まったことで、必然的にオレも歩みを止めた。

 

 すると彼女は、徐にコチラへと振り返り、真っ直ぐな瞳でオレのことを射抜く。

 

 

「えっと、綾小路くん……だったよね?」

 

「あ、ああ、そうだ」

 

「あ、ごめんね、驚かせちゃったかな?

 綾小路くんは自己紹介してくれたのに、私のほうが出来てないなって思ったからさ?」

 

 そう言って、自らの顔の高さで手を合わせる少女。

 

 そういえば、先ほどオレの酷い自己紹介が終わった後、真っ先に拍手を送ってくれたのが彼女だった。

 

「えっと、すまない。

 驚いた訳じゃないんだが、あまり人との交友に慣れてなくてな。

 その、迷惑じゃなければ、そちらの名前を聞かせてくれると嬉しい」

 

「迷惑だなんてとんでもないよ!

 苦手な事は誰にでもあるから気にしないでっ。

 えっと、じゃあ改めまして──」

 

 そう言って、彼女は一度深呼吸を行ってから背筋を張る。

 

 

「初めまして、私の名前は一之瀬帆波(いちのせほなみ)です。

 綾小路くんと同じ3年1組所属で、クラスの委員長を務めてます。

 この学校の生徒会長も務めているので、分からない事や困った事があったら、遠慮なく私を頼ってくれると嬉しいです!

 私も得意な事を挙げるのは少し苦手なんだけど、友達が比較的多いと自負できる事が私の誇れる部分かな。

 だから、綾小路くんとも仲良くなりたいって思ってます!」

 

 

 最後にコチラへと手を差し出して、ハキハキとした口調で自己紹介を終える一之瀬。

 

 凄いな……。

 これがコミュニケーション強者の自己紹介なのか。

 

 オレのとは雲泥の差で比べることすら烏滸がましい。

 

 

「……コチラこそ改めて宜しくな、一之瀬。

 それにしても見事な自己紹介だな。

 感動して思わず聞き入ってしまった」

 

 差し出された一之瀬の手を取って握手しながら、オレは素直に感じた賛辞を述べる。

 

「そ、そんな大げさだよ、綾小路くんっ」

 

 照れて少し顔を赤らめながらも、人懐っこい笑顔をコチラに向ける一之瀬。

 

 ……こうして面と向かって見ると、一之瀬は凄く整った顔立ちをしているんだな。

 

 ふと、オレはそんな事を思いつつ握っていた手を離す。

 

 そうして、オレたちは職員室までの道すがら、当たり障りのない会話を交わしながら教科書を取りに向かった。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 職員室に到着したオレたちは、生徒指導員と記載された身分書を首から掛けた男性から、教科書が積まれたブースへと案内された。

 

 3年1組〜4組までのブースしか無かったのを見るに、他学年は職員室とは別の場所に教科書が用意されているのだろう。

 

 用事を済ませたオレたちは現在、互いにヒモで縛られた教科書の束を両手で抱えながら、教室へと戻っている。

 

 

 しかし、あの生徒指導員の男……。

 

 一之瀬もオレも、自分のクラスや名前を名乗っていないにも関わらず、迷うことなくオレたちを『3年1組』のブースへと案内してきた。

 

 一之瀬も、その事に一瞬疑問を抱いた様子だったが、生徒指導員から『3年1組から取りに来ると通達があった』と説明されて納得していた。

 

 確かに、そう聞くと不自然ではない。

 

 

 だが、恐らく生活指導員の男がした説明は嘘だろう。

 

 何故なら男は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 担任からも、今学期から生徒指導員も入れ替わっていると聞いている。

 

 つまりは、()()()()()()なのだろう……。

 

 

「──綾小路くん、何だか凄く緊張してたね?

 もしかして、職員室が苦手とか?」

 

 自分の置かれた状況について整理していると、隣の一之瀬からそんな質問が飛んでくる。

 

「……まあ、居心地良くは感じなかったな。

 というか、職員室が得意という生徒のほうが珍しいんじゃないのか?」

 

「ふふっ、確かにそうかも。

 でも、先生から呼び出されたとかじゃなかったら、そんなに緊張しなくても大丈夫なんじゃないかな?」

 

「それはまあ、確かにそう、なのか……?」

 

 呼び出しで無かったとしても、本来教師が集う場所に嬉々として出向く生徒は居なさそうだが。

 

 

「おやおや? そんなに職員室に苦手意識があるって事は……

 もしかして綾小路くん、前の学校では結構呼び出しを受けてたりしたのかにゃっ?」

 

 首を傾けてイタズラっぽく笑った一之瀬から、そう問い掛けられる。

 

 なぜ語尾を猫っぽくしたのかは分からないが……。

『あざとい』という言葉は、恐らくこういう時に当て嵌まるモノなのだろう。

 

 だが不思議と、オレは一之瀬の言葉遣いに全く不快感の様な気持ちを感じなかった。

 

 むしろ冗談で聞いているのだと分かる分、話しやすさを感じる。

 

 彼女が冗談というボールを投げてきてくれたのだから、コチラも冗談というボールを投げ返す事にしよう。

 

 

「そうか、バレてしまっては仕方がない。

 実は前の学校では、教師も親も手を焼く、それはそれは有名な不良少年だったんだ」

 

「ええっ!? そんなっ、綾小路くんが、そんな人だったなんて……私は信じてたのに!」

 

「悪いな一之瀬。これが現実なんだ。

 体育教師が持っていた竹刀を奪って、周りの人間を片っ端から面打ちで沈めた事もある様な不良なんだぞ、オレは」

 

「────ぷふっ、あはははっ!

 綾小路くん、今どき竹刀を持ってる先生なんて居ないよー」

 

「そうして付いたあだ名が『面打ち、やめてマジ、綾小路』だ」

 

「あはははっ! なんで韻踏んでるの!

 も、もうっ、やめてよ綾小路くんっ」

 

 そんなじゃれ合いを行いながら階段を登っていく。

 

 笑い過ぎて支え切れなくなったのか、一之瀬は手すりに教科書の束を預けると、その場で暫く楽しそうに笑い続ける。

 

「──あぁ、笑った笑った、お腹痛い〜。

 ふふっ、綾小路くんってこんなに楽しい人だったんだね!」

 

「そうか? だとしたらそれは、一之瀬のおかげだと思うぞ」

 

「へ? 私?」

 

「ああ、一之瀬が話しやすい雰囲気を作ってくれたからな。

 オレは、その流れに便乗させてもらっただけに過ぎない」

 

「いやいやっ、そんな事ないよ!

 今の綾小路くんなら、一躍クラスや学校の人気者になれるって私は思うもんっ!」

 

 一之瀬は澄んだ瞳でコチラを見ながら、そんな事を言ってくれる。

 

「……ありがとう。

 なら、そんな一之瀬からのお墨付きも貰った事だし、先ずは少しでも早くクラスメイトたちと溶け込める様に精進しようと思う」

 

「うんっ! みんな良い子ばっかりだから、すぐに仲良くなれるよ!

 もちろん、私に何かできる事があったら手助けするからね!」

 

 そう言って教科書の束を抱え直し、一之瀬は再びオレの隣に並んで歩き始める。

 

 ……やっぱり、彼女は何だか眩しい存在だな。

 その眩しさは、とても魅力的であると同時に少し羨ましくもある。

 

 そう────

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 これまでの一之瀬との会話も、冗談に乗ったのも、全ては損得勘定でしかない。

 

 

 彼女が自己紹介で言っていた『委員長』と『生徒会長』というワード。

 

 つまり彼女はクラスのみならず、学校全体で見ても強い権力を有する生徒であるということ。

 

 そんな生徒とは交友を持っておいたほうが良いと判断しただけの事。

 

 仮に今回、オレの案内役が一之瀬ではない生徒だったとしたら、オレはここまで会話を試みる事はなかったはずだ。

 

 一之瀬からの冗談に乗った際も、偶々テレビで目にした事のある会話の流れをそのまま踏襲しただけに過ぎない。

 

 

 そして何より、この学校に張り巡らされているのであろう()()()()

 

 学校という組織に属しても、結局オレは────変わらずホワイトルーム(あの場所)に居る。

 

 かつて、オレと共に教育を受けていた少年が望んだ『自由』も『友達』も、オレには決して手に入らない……。

 

 

 

 

 

 それとも────

 そうじゃない未来が待っているのか?

 

 

 もしも、一之瀬との会話の最中に湧き上がってきた……()()()()()()()()()()()()としたら────。

 

 

 

 オレは、ふと隣を歩く一之瀬を横目で見る。

 

 

 

 …………今は、祈ろう。

 

 

 決して自分の考えは変わらないと諦めていても。

 

 

 この学校で、クラスメイトたちと、一之瀬と、確かな繋がりを築けたとしたならばオレは────。

 

 

 

 そんな身の丈に合わない願いを自嘲して、オレは一之瀬と共に教室へと戻って行くのであった。

 

 

 

 







 ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!


 ●今話・登場人物


 ・綾小路清隆

 父親から突然『中学行け』と言われて絶賛困惑中。
 鳥籠から出されても首輪をつけられ、自由に飛ぶ事を許されない可哀想な白い鳥……。
 一之瀬さん、何とか彼に癒しを与えてあげて。


 ・一之瀬帆波

 我らが大天使ホナミエル。
 綾小路くんが自己紹介に失敗してしまった際、真っ先に拍手を送った(天使)
 綾小路くんの緊張をほぐす為に積極的に話しかけてくれた(天使)
 綾小路くんが思ったよりも話しやすい人で安心。
 一之瀬さんの中では、既に綾小路くんは『友達』認定。


 ・篤臣パッパ

 息子に『中学行け』と命じた。
 原作でも、綾小路くんの高育入学は始めから計画していた疑惑があり、この世界線でも何やら企んでいる模様。


 ・担任 & クラスメイトたち

 何人か名前が出てきましたが、特に覚えなくて大丈夫です!
 名前があったほうが書きやすかっただけですので(笑)


 ・担任教師

 関西キャラにしたのは何となく。
 つまり、特に意味は無いという事です(笑)


 ・藁科さん

 黒髪ボブの女子生徒。
 例の自己紹介の後でも、綾小路くんとは仲良くしたいと思っている。


 ・笠山くん

 今話で拗ねてた男子生徒。
 一応サッカー部という設定。
 だから何だ、という話ですが(笑)


 ・雪ちゃん

 この世界線では、綾小路くんに恋心を抱く事なくホワイトルームを脱落。
 現在、心が壊れてしまって実家のクリニックで療養中。
 原作通り、彼女の惨状を知った『関係者』が、いずれ物語に関わってくるのだが……
 今は、まだまだ先のお話。


 ・志朗くん

 原作通り、自ら望んでホワイトルームを卒業した。
 原作でも、この世界線でも、外の世界で楽しくやっているのだと信じたい。
 原作で是非、再登場して欲しいなと感じるキャラの一人です。


 今話では編入初日で話が終わってしまいましたが、次話からは進行が早くなる……はずです(苦笑)

 あと同じ中学みたいですし、次話では一之瀬さんの妹さんも登場すると思います。


 改めまして、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!



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