ようこそ綾小路くんと一之瀬さんが中学三年時に出会っていた世界線へ   作:成田 きよつぐ

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 誤字脱字のご報告・お気に入り登録・ご評価・ご感想を下さった方々、本当にありがとうございます!


 すみません。
 今話で一之瀬さんの妹さんに登場してもらう予定だったのですが……
 めちゃくちゃ長くなってしまいそうでしたので、二話に分けさせて頂きます(苦笑)

 日常シーンを書くのが楽し過ぎまして……(ぼそっ)


 そして、次話で当時します『一之瀬さんの妹さん』ですが、原作での名前が分からなかったため……


【一之瀬 夏波(いちのせ かなみ)】さん。


 上記の名前で、物語を進行させて頂こうと思います。

 何卒よろしくお願い致します。

 ※もし、妹さんのお名前などの情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非教えて下さると幸いです!






綾小路清隆:馴れ初め②

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前7時06分。

 週末休みを終えた月曜日。

 

 オレは屋敷から片道30分ほどのウォーキングを(こな)して、無事に学び舎へと到着していた。

 

 今日は日直当番なるモノを務める日であるため、いつもより早めの登校だ。

 

 先ずは職員室に、教室の鍵とクラス日誌を受け取りに行く。

 

 

 道すがら、校庭で部活の朝練に励んでいる生徒たちの姿が目に入った。

 

 体操着の上から黄色いベストを着たチームと、そうで無いチームとで分かれて、サッカーボールを中心に駆け回っている集団。

 

 どうやら今日は、サッカー部が朝練を行う日のようだ。

 

 

『──ヘイ、こっち回せッ! パス、パスッ!』

 

『──右サイド、マークつけ!』

 

『──ナイス、笠山(かさやま)! そのまま行けッ!』

 

 

 校庭に響き渡る熱い掛け声。

 

 その中からクラスメイトの名が聞こえた事で、歩きながらその人物へと意識を向ける。

 

『──任せろッ!』

 

 そこには、ドリブルで次々とディフェンスを抜き去って行く笠山大毅(かさやまだいき)の姿があった。

 

 左右の動きやターン、そしてフェイントを織り交ぜた華麗なボール捌き。

 それらの技術全てが、彼がサッカー上級者である事を物語っている。

 

 笠山はそのままゴール前まで切り込んで行き、カバーに入って来たディフェンスを引き付けてからシュートを放つ。

 

『──っしゃあッ!!』

 

 無事にゴールネットを揺らし、雄叫びを上げる笠山。

 

 そんな彼に心の中で賛辞を送りながら、オレは到着した職員室へと入った。

 

 

「──ありがとうございます。失礼しました」

 

 

 担任から鍵と日誌を受け取り、職員室を後にする。

 

 教室がある三階へと続く階段を上りながら、オレは先ほどの笠山のプレーを思い返していた。

 

 

 直径約22cm、重さ約430gの球体を、主に脚だけでアレほど扱えるとは面白い。

 

 脚で物を扱う際の身体の使い方、力の伝え方、間合いのはかり方など、実に勉強になった。

 

 それに最後のゴールシーン。

 彼はディフェンスを、自分とキーパーの間に入るよう誘導してからシュートを放っていた。

 

 つまりディフェンスを隠れ蓑に使って、キーパーの反応を遅らせる意図があったのだろう。

 

 磨き上げた技術、戦術、経験……

 あらゆる要素の総合点を競い合う『スポーツ』というモノは、中々に興味深い。

 

 

 ホワイトルームでは、個々の身体能力や戦闘技術を高めるカリキュラムが組まれていた。

 

 ただし、その能力をスポーツ……特にチームスポーツで活かす術は教えられていない。

 そもそも、あの場所ではチームスポーツを経験する事すら出来なかった。

 

 流石に3年生の身分で、今からどこかの部活に入部するのは難しいだろう。

 それに第一、半端な気持ちで所属するのも失礼な話。

 

 だが監視の目はあれど、せっかく学校という場に通っているんだ。

 

 体育の授業などで機会があれば、何かしらのスポーツに勤しんでみるのも悪くないかもしれない。

 

 

 そんな事を考えて歩みを進めて行くと、自ずと自身の教室へと辿り着く。

 

 まだ朝のホームルームが始まるまでは一時間以上。

 

 流石に朝練などを行う者以外、この時間から登校しているクラスメイトは居ないらしい。

 

 オレは人けのない中、教室の鍵を開けて入室する。

 

 電気をつけ、鍵を壁のフックに掛ける。

 スクールバッグと日誌を自らの机に置き、閉め切られたカーテンを開けて教室に陽の光を取り込む。

 

 席に着いて、何気なく静寂に包まれた教室を見渡してみる。

 すると普段の賑やかさとのギャップからか、少し物寂しさのようなものを感じた。

 

 

 ……これまでの人生で、一度も感じる事のなかった気持ちだな。

 

 この学校で過ごした時間はまだ一週間ほど。

 しかし、どうやら自分でも不思議に思うほど、今の環境に親しみを持っていたらしい。

 

 

 たかが一週間、されど一週間。

 

 ホワイトルームで他者との関わりを殆ど持たなかったオレからすれば、この一週間は変化に富んだ日々だったと言える。

 

 

 クラスメイトたちとの交流。

 

 初めて受けた学校の授業。

 

 身体測定や体力テストといった学校行事への参加など。

 

 

 確かに困惑する事や、大変だと感じる瞬間が無いわけではなかった。

 

 それでもホワイトルームでは決して学べなかったであろう『知識』や『経験』を得られる今の環境は、素直に楽しいと感じている。

 

 

 “門前の小僧、習わぬ経を読む”。

 

 

 人は置かれた環境により、良くも悪くも変化する事を意味する(ことわざ)

 

 寺の門前に住む子供が、毎日お経を聞くうちに自然と内容を覚えてしまう様子が由来とされている。

 

 

 この先もっと深く学校生活に馴染む事が出来た時、オレの中に起こる更なる変化。

 

 それは、果たしてどんなものになるんだろうか……。

 

 それからしばらく、一人で思考を巡らせる。

 

 だが、決して確定のしない未来の事をいくら考えても、答えが出るはずもなかった。

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

「あ、おはよー、綾小路(あやのこうじ)くん!」

 

 考える事に一区切りをつけ、何気なく各科目の教科書を流し読んでいたオレの耳に、そんな元気な挨拶の声が届く。

 

「ああ、おはよう、一之瀬(いちのせ)

 

 オレは顔を上げて挨拶を返す。

 

 一之瀬は手を振りながら、コチラの真後ろに位置する自らの席へと向かって来る。

 

 今日のクラスメイト登校第一号は彼女のようだ。

 

 ついでに時計を確認すると、時刻は7時39分。

 一之瀬もかなり余裕を持った登校である。

 

 

「あれ? そんなに教科書広げて、予習か何かしてたの?」

 

「まあ、一応そんなところだ。

 暇だから流し読んでいただけ、というのが実際のところだけどな」

 

「流し読んでたって、それ全部?

 教科書って、そこそこページ数あると思うけど……」

 

 一之瀬はカバンを席に置くと、オレの肩付近から覗き込むような形で、コチラの机を確認しようとする。

 

 彼女の顔が真横にやって来た。

 その瞬間、シャンプーの残り香だと思われる甘く優しい香りが鼻腔をくすぐる。

 

 パーソナルスペースとは一体……と、思わず熟考してしまうほど距離が近い。

 

 交際関係でもない年頃の男女が、この距離感というのは(いささ)かマズい気がするのだが……。

 

 一之瀬にとっては普通のことなのか?

 

 

「……綾小路くん、今日は何時から学校に来てたの?」

 

「ん? まあ、30分前ぐらいだと思うが」

 

「えっ!? 30分でこの量を全部読んじゃったの!?」

 

 机に積まれた10冊ほどの教科書を見ながら驚く一之瀬。

 前屈みだった身体をバッと起こし、口元に手を当てている。

 

 別に一行一句読んでいた訳ではないからな。

 活字を読む事に慣れている人間ならば、それほど難しい事ではないはずだ。

 

 それが既に習った、もしくは読んだ事のある内容が書かれた書籍であるならば尚更だろう。

 

 中学校の教科書に載っている内容の殆どは、オレが物心つく頃には学ばされていたモノばかりだった。

 

 まあ、今こうして広げている家庭科や技術の教科書といった例外もあるが。

 

 料理や裁縫、物作りといった工程を読み進めるのは中々に面白かった。

 

 

「むむむっ、これは強敵現る、かな……」

 

「強敵?」

 

 何やら唸っている一之瀬に聞き返す。

 

「ああ、ごめんね急に変なこと言って。

 私ね、学業特待生での進学を目標にしてるんだ。

 スポーツじゃ難しいから、勉強で何とかってね。

 そのためにも、勉強に関してはこの学校で一番だ、って言ってもらえるぐらいにはならないとって思ってるから」

 

 なるほど、強敵とはそういう意味か。

 どうやらオレのことを勉強の出来そうなヤツ、というカテゴリーに入れたらしい。

 

 そして話に出てきた特待生。

 正式な名称は特別待遇学生・特別待遇生徒と呼ばれる制度。

 

 進学する高校によるだろうが、特待生として入学できれば学費の免除や奨学金の支給などの優遇を受けられる。

 

 一之瀬はそれを狙っているわけか。

 

「進路は特待生での進学一択で考えているのか?

 そういった制度のない高校もあるだろ」

 

「うん。特待生一択だよ。

 ……その、私の家は母子家庭なんだ。

 お母さんと妹と私の三人暮らしで、決して裕福な方じゃないからさ」

 

「……そうだったのか」

 

 確かにそういった事情があるのなら、特待生制度を活用するに越したことはない。

 

 いくら支援金制度などがあると云っても、高校進学における費用は決して安くない。

 

 普通に進学すれば、金銭的な負担は免れないだろう。

 

 

「不幸だなんて思った事は一度もないんだよ?

 むしろ、お母さんの子供に生まれてこられた事や、可愛い妹がいる事に心から感謝してる。

 でも、だからこそ二人の負担にはなりたくない」

 

 一之瀬の言葉に、オレはただ黙って耳を傾ける。

 

「小学生の時にはね? いずれ中学を卒業したら働きに出よう、なんて考えてたんだ。

 二人の子供を育てながら働くお母さんは、いつも大変そうだったから。

 少しでも早く就職して、お母さんと妹を手助けする気でいたの」

 

 まだ小学生の女の子が、愛する家族のために決めた覚悟。

 

 この日本という国で、その覚悟を決められる人間が果たして何人いるだろうか。

 

「でも、そんな私にお母さんは優しく諭してくれたの。

 帆波(ほなみ)が進学を諦める必要はないんだよ、って。

 貴女にも幸せを掴んでほしいと思ってる、って。

 あの時のお母さんの言葉、私は本当に嬉しかった」

 

 胸に手を当て、噛み締めるように言葉を紡いだ一之瀬。

 

 母から子へと注ぐ無償の愛。

 一之瀬の母親は優劣などつけず、娘二人がどちらも幸せになる事を望んでいるのだろう。

 

 

「……って、にゃははっ。

 こんな身の上話、聞いたって反応に困っちゃうよね。

 本当にごめんね? こんな話するつもりじゃなかったんだけど。

 ど、どうしてだろ、綾小路くんの前だと、何だかお喋りになっちゃうな……」

 

 ほんのりと赤く染まった自らの顔に、パタパタと両手で風を送る一之瀬。

 

「とんでもない。実に楽しく話を聞かせてもらっているぞ?

 むしろオレは、一之瀬の話をもっと聞かせてほしいと思っているぐらいだ」

 

「──ふぇっ!?」

 

 気恥ずかしそうな表情で、あさっての方向を向く彼女に、オレはただ思った事を伝える。

 

 オレの言葉を聞いた一之瀬の顔は、みるみると赤みが増していく。

 

 

「一之瀬がそこまで大切に思っている家族の事や、過ごしてきた思い出、他にも色々と……物凄く興味がある。

 オレには兄弟はいないし、両親との関係も良好とは言えないからな」

 

 家族愛。

 それはオレにとって、未知なるモノに他ならない。

 

 そもそもオレは誰かに『愛情』を向けられた事も、向けた事もない人間だ。

 

 父親は言わずもがな、母親に至っては名前や顔すら知らない。

 

 兄弟に関しては、あの男の事を考えるとオレ以外に子供を作っている可能性はあるだろう。

 

 もしかすると、同じくホワイトルームに居たのかもしれない。

 

 だが、オレはそれらに全く関心がない。

 

 仮に今、目の前に実の母親や兄弟が現れたとしても、オレの心は何も揺れ動かないと断言できる。

 

 唯一、あの男の弱みでも知っているのなら利用しようと思うぐらいだろう。

 

 オレの中での『家族』という認識は、本当にその程度でしかないのだ。

 

 

「……綾小路くんは、あんまりご両親と、その……仲良くない、の?」

 

 一之瀬は少し躊躇しつつも踏み込んでくる。

 

「まあ、思春期かつ反抗期だからな。

 精神的にも不安定になりやすい時期だ。

 どうしても親とは衝突してしまいやすいだろ」

 

「そう言うわりには、随分と達観してるように思うんだけど……」

 

 やんわりとしたツッコミをもらってしまった。

 

 だが、オレたちの年代で親との関係が一時的に悪化する現象は、何も不自然な事ではないはずだ。

 

 まあ、オレの場合は少しばかり特殊なケースだとは思うが。

 

 あの男の命令に従っている様子は、聞き分けのいい子供と捉えられるかもしれない。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()事を考えれば、ずっと前から反抗期だとも云える。

 

 

「一之瀬はどうなんだ?

 母親に思わず反抗してしまったり、もしくは喧嘩したりするのか?」

 

「うーん、反抗した事は無いかなぁ。したいとも思った事がないし。

 喧嘩に関しても、お母さんの優しさに包まれちゃうと、こう、喧嘩にまで発展しないというか」

 

 ……なるほど。

 一之瀬の持つ包容力は、母親譲りなのかもしれないな。

 

「妹とも喧嘩はしないのか?」

 

「小ちゃい頃は何回かした事もあるよ。

 それこそ、お人形さんを取られたー、とかそんな事で。

 でも、私が小学生になったあたりからは全然しなくなったかも」

 

「怒ったり喧嘩をしている一之瀬は……あまり想像できないな」

 

「いやいや、私だって普通に怒る時は怒るからね?」

 

 一之瀬はそう言って『むんっ』と、両の手で握り拳を作る。

 

 小動物が懸命に威嚇しているようにしか感じない。

 この仕草を見て、彼女に恐怖心を抱く人間は皆無だろう。

 

 

「逆に私は、綾小路くんが怒ってるところの方が想像できないかも」

 

「ん? オレが?」

 

「うん、だっていつも落ち着いてるし。

 綾小路くんって、どんな時に怒ったりするのかな? って」

 

 怒りというのは、脳の中にある扁桃体という器官が引き起こす感情だ。

 扁桃体は他にも、緊張、不安、恐怖といったマイナスの感情を引き起こす働きをするといわれている。

 

 人間が何かを見たり聞いたりした時、扁桃体は一瞬でそれが、危険または不快かを判断する。

 

 そしてその判断が下された時、視床下部という場所から放出ホルモンが分泌。

 それが交感神経や下垂体を刺激し、ノルアドレナリンや刺激ホルモンを分泌する。

 そうして最終的に副腎皮質からコルチゾール、副腎髄質から主にアドレナリンというストレスホルモンが分泌される。

 

 特にコルチゾールが増加すると前頭前野の機能低下が起こり、怒りが更に増幅するといわれている。

 

 つまり、これらのメカニズムが起きた時、オレは人間として当然ながら『怒り』を感じるという事になる。

 

 ならば、そのメカニズムがオレの中で起こるのはどんな時なのか……。

 

 

「オレが怒りを感じるのはどんな時、か……」

 

「えっと……質問しておいて失礼だとは思うんだけど、そこまで深刻に考えてくれなくても大丈夫だよ?」

 

 苦笑いを浮かべる一之瀬をよそに、オレは少しだけ真剣に考えてみる。

 

 まずオレがストレスを感じる瞬間は、一体いつなのか?

 

 真っ先に思い当たったのは父親と一緒に居る時や、奴から監視されていると感じる時。

 

 だがそれは嫌気がさす、というだけで怒りとは違う気がする。

 

 次に思い当たったのは、格闘技を教わる際に強烈な打撃を叩き込まれた時の思い出であった。

 

 つまりオレは、何らかの外傷を与えられた時に強いストレスを感じるという事。

 

 

 そうだと仮定するならば確認するのは容易だ。

 

 しかし、流石に武道の経験がなさそうな一之瀬に、打撃を叩き込んでみろというのは難しい。

 

 武器を渡そうにも、あまりに目立つ物であれば学校や世間が黙っていないだろう。

 

 それならばと、オレはペンケースからある物を取り出した。

 

 

「なあ、一之瀬。

 何も考えずに、この“コンパス”の針をオレの手に思い切り突き刺してみてほしい」

 

「………………え?」

 

 オレの言葉に、一之瀬は“きょとん”とした表情を浮かべて固まる。

 

 

「う、うん……? た、多分聞き間違い、だよね……。

 ごめんね、綾小路くん。もう一回言ってくれないかな?」

 

「ああ。一之瀬、オレの手にコンパスの針を突き刺してみてくれ」

 

「聞き間違いじゃなかったの!?

 というか、いきなり何を言い出すの綾小路くん!?」

 

「これがさっきの質問の答えになるかもしれないんだ。

 誰かにコンパスで刺された時、オレは怒りを感じる事ができるかもしれない」

 

「それで感じるのは『怒り』じゃなくて『痛み』だよっ!」

 

「そう。その痛みこそが、オレの怒りを呼び起こす引き金の可能性がある」

 

「あ、綾小路くんって、もしかしてかなりの天然さんなの……?

 とにかく、無意味に自分を傷付けるのは駄目だよ!

 私はそんな事に協力しないからねっ!」

 

 ぷくっと頬っぺたを膨らませて、そう断言する一之瀬。

 

 

 これは……もしかすると今、一之瀬は怒っているのだろうか?

 

 だとすれば、オレは想像も出来なかった、怒る彼女の姿を見る事ができたという事。

 

 その事に少し感動を覚える。

 しかし同時に、自らの怒りに関する実験が出来なくて残念だとも感じていた。

 

 

 そんな時、廊下から複数の気配がコチラに向かって来ているのが分かって暫く────。

 

 

「おっはよー、帆波ちゃん!

 あっ、それに(きよ)くんも!」

 

「おはよー、二人とも」

 

「何だか朝から楽しそうだったね?

 帆波ちゃんの声、廊下まで聞こえてたよー?」

 

 教室にオレたち以外のクラスメイト。

 

 藁科寿巴(わらしなことは)茨目理歩(いばらめりほ)保津架智佳子(ほづかけちかこ)の三人が登校して来た。

 

 

「あっ、お、おはよう、みんなっ!」

 

「おはよう」

 

 オレも一之瀬も、会話を中断して三人に挨拶を返す。

 

 

 丁度いい。

 一之瀬から断られてしまった以上、三人のうち誰かの協力を仰ぐとしよう。

 

 彼女らは談笑しながら各々の席に荷物を置きに行く。

 

 よし、先ずは藁科からだ。

 そう思ったオレは、コンパスを片手に席を立った。

 

 

「藁科、少しいいか?」

 

 オレが声を掛けると、藁科は『チッチッチッ』と立てた人差し指を左右に振る。

 

「もぉ〜、清くん?

 あたしの事は“寿(こと)ちゃん”でいいって言ってるじゃん。

 あたしと君の仲なんだから〜」

 

「……どんな仲なのかは分からないが、その呼び方に関してはもう少し待ってほしい。

 まだ心の準備が追いついていないんだ」

 

「清くんは少しお堅いね〜?

 ま、あたしはいつでもウェルカムだからね!」

 

 そう言って藁科はサムズアップをしながらウインクを飛ばす。

 

 自分があだ名で呼ばれる事は別に構わない。

 だが、誰かをあだ名で呼ぶ行為は未だハードルが高い。

 

 

「ああ、善処する。

 ……それで登校したてに悪いんだが、頼みを一つ聞いてもらえないか?」

 

「ん? 清くんがあたしに頼み事?

 いいよ全然。なになに、どんな事〜?

 この間、宿題手伝ってもらった恩もあるし、あたしに出来る事なら何でも言ってよ!」

 

 藁科は乗り気なのか、手を広げて受け入れるポーズを取る。

 

 オレはいけそうだ、と判断して、握っていたコンパスを示そうとした。

 

 

「ちょっと待って、綾小路くんっ!!

 まさかさっきの事、寿巴ちゃんにお願いするつもりじゃないよね!?」

 

「え? いや勿論そのつもり────」

 

「駄目だよッ!?

 あんな事、私以外の人にもお願いしちゃ駄目だからね!?」

 

 オレと藁科の間に入り、コチラを押すようにして静止を試みる一之瀬。

 まるで、懸命に不審者の侵攻を抑える警備員のようだ。

 

 

「ちょちょ、急にどしたの帆波ちゃん?」

 

「え、なになに? 何をそんなに慌ててるの?」

 

「まさか──修羅場!? 修羅場なの!?

 帆波ちゃんと寿巴ちゃんとの間に、修羅場が発生してるの!?」

 

 一之瀬の慌てようを見て、藁科は面食らった様子だ。

 おまけに面白がってか、茨目と保津架もコチラに集まって来た。

 

 

「あぁ、ううん、何でもないんだよ?

 ちょっと勘違い、みたいな事があっただけだから。

 ね、綾小路くんっ?」

 

「あ、ああ……。

 すまない、藁科。

 今の話は忘れてくれ」

 

「へ? う、うん。ぜ、全然?」

 

 オレとしては事の流れを、一から説明しても良かったのだが……。

 

 一之瀬からの『一旦自分の席に戻ろっか?』という圧が込められた視線を受け、オレは抵抗する事なく席へと戻る。

 

 

『だ、大丈夫なの?

 清くん、あたしに何かお願いがあったみたいなんだけど……』

 

『そういえば帆波ちゃんも、綾小路くんから何かお願いされたっぽい事言ってたよね?』

 

『寿巴ちゃんにも同じお願いするっぽかったけど、一体何をお願いされたの?』

 

『え、えっと……ちょっと、その、叶えるのが難しいお願いというか、何というか……』

 

 後ろでは、一之瀬が三人から質問責めにあっていた。

 

 何とかして、オレが頼んだ内容を知られないように立ち回っている。

 

 しかし訳が分からず呆気に取られていた藁科には、申し訳ない事をしてしまった。

 後で何らかのフォローをしておくべきか。

 

 オレはそんな事を考えながら、席に着いてペンケースにコンパスを仕舞おうとする────。

 

 

「──ういーっす、おはよう。

 なんだなんだ、なんか賑やかだな?」

 

 

 そこに、この教室の現・男女比に一石を投じてくれる救世主が登校した。

 朝練を終えたのであろう笠山だ。

 

 笠山は、会話が盛り上がっている様子の一之瀬たちを一瞥しながら、自身の席に荷物を置いた。

 

 そしてオレと目が合うと、彼は襟元をパタパタしながらコチラにやって来る。

 

 

「よっ、綾小路!」

 

「ああ、おはよう」

 

「いや〜、朝から体力使っちまったぜ。

 好きなサッカーの為だから仕方ないんだけどよ。

 授業中、寝ちまわねぇようにしないとな」

 

 そう言いながら、床に座り込んで壁にもたれ掛かる。

 

 笠山とは先日の体力テストをきっかけに仲良くなった。

 特に20mシャトルランで競い合った後、急激に距離が縮まった気がしている。

 

 

 ……オレは、仕舞おうと思っていたコンパスを改めて握り直す。

 

 そうだ、笠山に頼んでみよ────

 

 

「────っ」

 

 

 そんな事を思った矢先、オレの背筋に悪寒が走った。

 

 恐る恐る振り返ってみる。

 

 すると、藁科たちと談笑している一之瀬の視線が、コチラに向けられているのが分かった。

 

 “駄目だからね、綾小路くん?”

 

 ……目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだなと痛感した瞬間である。

 

 

「ん? どうしたんだよ、綾小路?」

 

「いや、何でもない。

 それより見てたぞ。朝練でのゴールシーン。

 あれだけマークを受けてたのに決めるんだから、格好(かっこ)いいな」

 

「おっ、なんだ見てたのかよ!

 あのプレーは自分でも結構手応えあってよ?

 実は逆サイドにパスしようと思ってたのを────」

 

 そうして、オレたちはサッカー話に花を咲かせていった。

 

 

 暫くすると、他のクラスメイトたちも続々と登校して来る。

 

 登校した時はあれほど静かだった教室が、瞬く間に和気藹々とした空気に包まれていく。

 

 笠山の他に仲良くなった男子も交えて雑談を楽しみながら、オレは何気なく教室を見渡す。

 

 

 一之瀬たちと混じって談笑する女子グループ。

 

 気心知れた二人だけで会話を楽しむ者。

 

 一人の時間を大切にして読書に耽る者。

 

 

 各々が、十人十色の過ごし方をする事で彩られる教室の空気。

 

 ホワイトルーム(あの場所)では感じる事が出来なかったモノ。

 

 オレはそれを──悪くないな、と噛み締めていた。

 

 

 

 







 ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!


 次話では、綾小路くんと一之瀬さん一家の初交友が描かれると思います。

 原作開始を楽しみにして下さっている方は、もうしばらくお待ち下さいませ(土下座)
 私も原作開始してからのお話を沢山書きたい……ッ!!(笑)



 ●今話・登場人物


 ・綾小路くん

 監視の目はあれど、思ったより中学生活を謳歌中。
 体力テストで活躍したり、宿題を手伝ったり、一之瀬さんの橋渡しのお陰で交友関係も良好。
 ただ今話では『コンパスぶっ刺してみて?』という、なかなかのサイコ野郎発言で一之瀬さんを困惑させてしまった。
 心配せずとも、高育に入学すれば隣人がやってくれ──(文字はここで途絶えている……)


 ・一之瀬さん

 ここ一週間、綾小路くんが順調にクラスに馴染めて一安心。
 綾小路くんがクラスメイトたちと打ち解けやすいように、色々とフォローしてくれていた(天使)
 綾小路くんに家族の事などを打ち明けたが、果たして影響はいかに……。


 ・クラスメイトたち

 お昼休みや放課後でも、綾小路くんが一人にならないぐらいに仲良くなっている者が複数人いる。


 改めまして、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!


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