“鋼鉄の護り手”フランク・パルヴァーと“鉄琴の創主”アラハバキが経営している外界宿で数年過ごした。“疾電”インドラの後は“紅世の徒”が襲ってくることはなかったが、他のフレイムヘイズが一切来なかったのは残念だった。
「いままでありがとうございました」
「ああ。また近くに来たら寄ってくれ」
《その時までに生きてたらだけどね》
《生きてるにきまってるじゃない。私が契約したんだから》
「はい。では、因果の三差路でまた会いましょう」
そう言って私は外界宿を出た。因果の三差路という言い回しは、誰が始めたのかは分からないけどフレイムヘイズや徒が好む言い回しらしい。
数日間ほとんど歩いていると、大きな歪みがある町に着いた。その町からは“徒”の気配がする。
「・・・・タクーシン」
《ええ解ってるわ。“紅世の徒”よ》
「この町には他のフレイムヘイズはいないですね」
《仕方ないわね》
「まあ、そうですけど。取り合えず行きましょう」
私たちが町の中に入るとトーチが全体の二割くらいを占めていた。
《“徒”にしては大食いのようね》
でも王ではないことは確かだ。
「そうですね。いつも通り現地の人に協力してもらいましょう」
協力者は誰でもいい、だけど一番難しい。この世の本当のことを知ると、嘘だと一蹴して信じないどころか、私が子供に姿だからといってあやしだしたりする。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
立ち尽くしていると突然声を掛けられた。私は周りとは雰囲気が違うと言うのに随分物好きな人だ。というよりなるべく周りに馴染むようにしていたのになんで気づいたのだろうか?
「・・・旅してるんですけど、宿屋が見つからなくて」
見ると20代半ばくらいの青年だ。恰好から見るに下級貴族らしい。
「そうなんだ。それは大変だね。家でよければ泊めてあげるよ」
「ホントですか?」
それはありがたい。
「ああ。一人暮らしで、一軒家だからね・・・」
「ありがとうございます」
ついでに今回はこの人に協力してもらうことにしよう。
「ここが僕の家だよ」
大通りから外れた所に家はあった。
「けっこう大きいですね」
最近はマンションっていうのが下級貴族の間で流行っているらしいから若い人がこういう一軒家に住んでるのは珍しい。
「こんなところで良ければね。っと、自己紹介がまだだったね。僕の名前はフィロク。見ての通り下級貴族さ」
「私の名前はアリシア・スカルラッティです」
「自己紹介もすんだところで、君があそこに居た本当の理由を教えてくれないか。あんな嘘つくということはなにか理由があるんだろう?」
驚いた。いままでそんなことを聞かれたことは無かったから、少し戸惑う。たぶんこの人は存在の力を多少なりとも感じられるんだろう。
「・・・・・・本当の事、聞きたいですか?」
「っ!・・・・・なにか深い事情があるみたいだね。それは極力話したくないことかい?」
「いえ。でももしかしたら貴方は後悔するかもしれません。これは貴方の常識を根底から覆す事ですから」
「・・・・・・。なるほど、大丈夫だ。聞くよ」
そういうフィロクのこめかみにはほんのり汗が浮いている。
「わかりました」
それからこの世の本当の事とこの町に“紅世の徒”がいることを話した。
「なるほど。“紅の世界”にその“使徒”か。まさかこの世界にそんな裏があったなんてね」
フィロクはそう言っているがまだ半信半疑だろう。
「でも君みたいな子供に戦わせるなんてどうかしてるよ」
「ああ、言い忘れてました。フレイムヘイズとなると肉体の成長は止まるんです」
「ええ!?じゃあ、失礼だけど君の年齢は?」
「数えてないのでわかりませんが産まれたのは1世紀後半です」
《契約したのも1世紀ね》
ちなみに今は5世紀前半だ。そう思うとタクーシンともかれこれ200年の付き合いになるのか。
「そんなに昔からずっと戦い続けてきたのか・・・・・」
「同情は止めてくださいね。それは私達の事を侮辱しているのと同じですから」
と言うよりも存在を全否定されているようなものだろう。
「ッ・・・・・わかったよ」
「さて、話はこれくらいにして。この町の徒の事で聞きたいことがあるんですが」
「いくらでも聞いてくれ。と言っても姿を見たわけでもないが」
「いえ、姿を見ているとほぼ確実に死んでますから大丈夫です。聞きたいのは最近、この町で変わったことがないかです・・・・・例えば化け物が出る噂とか」
「そういわれればこの頃はそういう噂を聞くな。それと、何かに押さえつけられているような気がする」
「まあ、“存在の力”を感じられない人がわかるのはそのくらいですね」
「あまり役に立てなくてすまない」
「別に気にはしてませんよ。いつもの事ですから・・・・・ッ!!」
「どうかした?」
《“徒”よ》
「フィロクさんはここに居てください。この家は自在法で隠しておきましたから」
「だ、だが・・・・・・」
「では、貴方には人間数百人分の力を一度に受け止める力がありますか?」
確か“徒”はそのくらいの力だったはずだ。
「そ、それは・・・・・」
「ありませんよね。でも相手はその力を全力で使ってきます。一瞬一瞬は数千・・・・いや、数万人分の力を出されるかもしれません」
「・・・・・・・・・・」
「ですからここにいてください。私も徒の餌食になる人間は少ない方が良いですから」
そう言って私は外に出る。家に隠蔽の自在法をかけて高い建物の上に登る。
「あ、ありました。あそこですね」
《また派手にやってるわね》
本当なら壊さなくても良い建物まで壊してわざわざ騒ぎを大きくしている。・・・・・いや、騒ぎを大きくしてより多くの人間を食べるつもりなのだろうか。
《とにかく早く片付けるわよ》
「はい」
そして最高速で“徒”の元に向かう。
「ぎゃはははッ!おっと、やっと来たな、フレイムヘイズゥッ!!」
《その炎の色は“霞炎”ヘパイトスね》
“霞炎”ヘパイトスは赤い帽子に破れて短くなったトガを巻き付けただけという恰好だった。
「そういうお前は“霧海の氷雨”タクーシンかぁっ!早速だが死ねやぁッ!!」
そう言って炎弾を撃ち込んでくる。私はそれを防御の自在法で防ぐが、目の前にはヘパイトスの姿はなかった。
《上よ!!》
「くっ!」
タクーシンの声になんとか防御の自在法を頭上に展開するが構築が甘かったらしく、衝撃で地面に叩きつけられてしまう。見るとヘパイトスは漆黒の大剣を振りかぶっていた。
「おらぁッ!」
「くっ!」
右に転がることでなんとか避けるが左腕をかすった。
「はあぁっ!!」
転がるように起き上がると同時に『千の英雄』を放つ。ヘパイトスはなんなく避ける。
弾幕のように放ち、ヘパイトスの体力をじわじわと減らす。
「流石だな、フレイムヘイズゥ。だがぁッ!!」
突然、剣が伸びて私の肩を突き刺す。
「グアッ!」
避ける暇がないどころか視認すらできなかった。
《まさか、その宝具は!?》
「そうだ。この宝具の名前は『神槍』。込める“存在の力”の量で自由自在に伸縮する宝具」
私も噂で聞いたことがある。なんでも手を叩く500倍の速さで10km以上延びるらしい。
だけど、種が分かれば後は簡単だ。この間やっと構築できた自在法を実践投入することも出来るかもしれない。
「いくぜぇ!おらぁッ!!」
神槍はまっすぐ伸びるが曲がりはしない。だから正面にさえいなければ少なくとも視認できない攻撃を食らうことはない。
「はあっ!!」
だから常に上下左右前後に動きまわって『千の英雄』を放つ。途中で氷を生やし、徐々にヘパイトスの動く範囲を狭め、氷で拘束する。・・・・・・・ここだ!!!!!!
「くっ!動けねぇっ!!いつの間に!」
そして、タイミングを測るため指を鳴らす。すると、鳴ったのと同時に氷がヘパイトスの体と共に崩れ落ちる。ヘパイトスはバラバラとはいかないがところどころが大きく裂けている。実験は成功だろう。
「グアァァァッ!!」
そのまま崩れていき、ヘパイトスの体は猩々緋(しょうじょうひ)色に染まりながら消えていく。
「グッ・・・・ここまで、か・・・」
《そうよ。あなたの人生は、ここで終了》
「ハッ、それなりに良い人生だったぜぇ。・・・・・おい、氷刃の薙ぎ手」
「なんですか?」
「その宝具はてめぇのもんだ。奇襲に使うなり箪笥の肥やしにするなりしな。ああ、それとその宝具の本質を教えといてやる。それはな────―」
「お世話になりました。もうあなたが生きている間に“徒”は来ないと思うので安心してください」
“霞炎”ヘパイトスを倒してから約2ヵ月。事後処理も終了し、この町を出ることにした。
「本当に行ってしまうのか」
「はい。何時までも同じ場所にいるわけにもいきませんし、目的を果たさなければいけないので」
「そうか。その目的が成就されることを祈っているよ。僕もちょっと本気だしてみようと思う」
「がんばってください。ではまた、因果の三差路で」
そう言って私はその町を出た。さて、今度は何処へ行こうかな。
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