冗談みたいな話だが、この世界にはカードの精霊ってのがいる。
カードの意思そのものの実体化だとかで、1万人に1人の適性を持つ人間が千枚に1枚の精霊付きのカードと出会う必要がある、とか。
1ボックスで欲しいカードが全部揃うくらい低そうな確率なのはなんとなくわかるが、確実にわかることもある。
少なくとも精霊は厄介だ。
自分の思うような引きをデッキに強要するとか。
それ以外のテーマデッキが恐ろしく回らなくなるとか。
汎用カードがやたら引けないとか。
基本的には精霊の方が力関係としては強く、精霊は対話を通して友情を深めることで、互いに納得するラインを探っていくいくものらしい。
らしい、というのは。
「まだ払える。まだ払える! 口座に残ってるから!」
何故か、精霊がたまに俺のことを必死に止めようとするからだ。
「このカードを買えば7枚使用の無限ループコンボが揃うんだから、止めないでくれ!」
「あの人ショーケースの前で変なこと言ってる」
◇◇◇
「我の前に立ち塞がる敵を切り裂け!《近衛騎士・プラナタン》でアタック!」
「ブロックできるクリーチャーは居ないです。
こちらも対応ありません。ありがとうございました」
「う、うむ!」
手札を伏せて置き、目の前に座るマントをつけた少し変わった少年に手を差し伸べる。
彼は少しだけ戸惑ったような仕草を見せるが、意図を察し直ぐに手をとって握手をしてくれた。
うーん、今日は除去が手に吸い付かない日だったか。
「今日の平日大会優勝は王門ミカドくんです、おめでとうございます!」
「我の強さを讃えるのだ、ぬはははは!」
「今度は負けないからな!」
「やるじゃんミカド」
「おにーさんも強かったね」
「どうも」
大仰に喜ぶ仕草を見せ、直ぐに後ろで一喜一憂していた同級生らしい3人組とわちゃわちゃと話し出した彼を見ると、なんだか少しだけ羨ましくなる。
ああやってカードのことで毎日、楽しく交流できる友人がどれだけ貴重なことか。そういった友達ができなかった自分には羨ましい。
「お疲れ様でした。2位ですので、賞品の500円分の割引券とパック3つになります」
「ありがとうございます」
「あら、もう開けてしまうんですか?」
「自分は即開封派ですので」
賞品のパックというのは家で剥くかこの場で剥くかってのは宗派が分かれるところだけど、最悪そのまま買取にも出せるので今剥く派。
早速と最新弾の背に手をかけ、胸の大きな女性店主の視線を感じながら一パックづつ開けてみると、最後のパックを開けた時キラリと光ったカードが1枚。
「<戦葬乙女の導き手・アイーシャ>、大当たりじゃないですか!」
軽鎧を纏い、カードを持つものを鼓舞するように旗を掲げ翼を広げる女性の天使のイラスト。
効果も強く、低コストクリーチャーをサーチできる汎用性の高いカード。スタッツもそこそこあり、ビートダウンもできるしコンボデッキのサーチ役も一定こなせるカード。
トップレアかつイラストも可愛らしいということもあり、世間的にも『強い』と評価されていることと相まって値段も高い部類に入る。
「あ、この子買取いくらっすか」
「ええっ!? 売ってしまうんですか!」
「自分のデッキとは相性悪くて」
今までならいつか使うだろうとスリーブをかけてストレージにしまっておくだろうが、今の俺の事情もあって少々手元に置いておく事ができない。
だったらさっさと売り払って、あるべきところにいるべきだ。その方があの子も喜ぶだろう。
「それにそこそこの出費になりますから、多少は軽くなるのはありがたいですよ」
「そうですか。あ、購入希望のカードです」
「んじゃひーふーみーよー。えと、18万と700円ですか?」
「アイーシャの買取分もありますから、パックから出したばかりですし。もし今出た他のレアと合わせてなら、割引券含め端数は切りあげてこれくらいで」
「ありがたいですがお気持ちだけ。サプライのこれと合わせればキリ良いですし、これとカードを合わせてお代はこちらで」
割引されるのは気も引けるので、レジ前のダイスを適当に買ってキリ良い金額に納めた。長財布から万札を取り出してカウントし、お願いしますと店長に手渡す。
断ったけど、端数落としてくれるのは商店街みたいな個人経営特有の優しさよね。
「なんだガキども見せもんじゃねえぞ」
「おにーさん金持ちなんだね」
「これが大人の力だ、少年」
小学生4人組のやっかみのような目線を感じながら、商品を受け取った店を後にした。
「『MeeKing』、いいお店だったな」
小規模な個人店ながら、マイナーカードやコレクター気質の高いカードの品揃えが厚い穴場だった。
電車で2時間かかったから通いは厳しいけど、年に1〜2回くらいなら行けそうだ。通販があればそこに頼りたいけどなんでか通販やってないんだよこの店。
「さて、これでメインデッキの旧イラスト差分が全部揃うぞ。変なカードの在庫がないからマジで困るんだよなこの世界」
手に入れたカードをデッキに入れている姿を想像するだけで口角がうっかり吊り上がってしまう。
旧イラストと呼ばれるような絵違い版や、ごく初期特有の現在のフォーマットに準じないカードデザイン。俗に言われる旧枠扱いのレトロカードの美品の取り扱いが多いらしい、という噂を聞いて遥々やってきた甲斐があったというものだ。
まさかダメ元で聞いたようなマイナーカードの在庫まであるとは思わなかった。店長の趣味がいい。
早く家に帰って、スリーブをかけたデッキを1人回ししたい。消耗してヨレたスリーブを入れ替え、ま新しくて滑りがいいデッキをシャッフルして、初期手札を引いて展開を考えるんだ。
それから、それから。
「どちら様でしょう?」
「お前が須原 サイトか?」
聞いた覚えのない、ドスの効いた低い声。
カタギじゃなさそうな雰囲気を認めた瞬間にはデッキケースの一番上のカードを抜いていた。
自分の意図を察してくれた彼女から闇のように真っ黒な煙があたりを覆い尽くし、声をかけた男と自分だけを区切るように壁をつくるように停滞する。
「この領域は!?」
「アンタらの十八番だろ。命懸けのゲームは」
自分に声をかけたのは、眼鏡をかけスーツを着こなす、髪を七三わけにワックスで固めた生真面目そうな若いサラリーマン、のように見える男。だがこのおかしな状況でも混乱せずデッキケースに手をかけているところを見るに一般人側ではなく、こちら側。
男が狼狽えているところに畳み掛けるように言葉を被せる。
「どうせ負けた方をカードに閉じ込めるような、命削って遊ぶゲームをやろうという話だろ。
こっちから願い下げだ、名前名乗って金輪際関わらないって約束して回れ右しな。さもなければ」
「さもなければ殺すとでも言いますか」
男は笑いながら、腕につけたボードにデッキを差し込みデュエルを承諾した。
「今更そんな脅しを恐れるとでも? 命をかけたゲームなぞ当たり前にしてきた我々に、そんな軽い言葉の脅しは通用しない」
「後悔しても知らないからな」
ここまでくればどうしようもない。
自分の右腕にボードを差し込み、抜いたカードをデッキに軽く混ぜ込んでからセット。
オートシャッフルの軽い音が数秒だけして、相手のボードの端のライトが光った。
「先手はこちらがいただく」
「どうぞ。0ターン目はありません」
「? ではターンを始める。初期手札をドロー」
山札から5枚、ライフデッキから2枚ドロー。
初期手札は5枚......もとい、4枚。悪くはないが最良とも言い難い、よくある引きだ。
「土地をセットし、秘宝・クリーチャー<家電機鬼、タップタップ>を召喚。ターンを終了する」
男の足元に出てきたのはデフォルメされたコンセントに手足が生えたような小鬼。
「<タップタップ>は場にいる秘宝・クリーチャーの数のパワー、タフネスを持つ。よって、今は1/1」
「家電機鬼ね。ターンをいただきます」
家電機鬼テーマの特徴はクリーチャーのほとんどが秘宝・クリーチャーであることと、主人公テーマなブレイバーと似たような横並びアグロ・ビートダウンを軸とするコンセプト。
ブレイバーとの相違点は秘宝サポートという受けの強さと、あっちより後発テーマな分それを支えるカードがインフレ分だけ強い。
「土地を置いてゴー」
「ターンを貰う。レディ、アップキープ、ドロー。メイン。土地を置き、<市場案内人カタログン>を召喚したい」
「何もありません、どうぞ」
「デッキトップを5枚確認し、3マナ以下の秘宝・カード、<タップタップ>を手札に加え、残りは山札の下へ任意の順番で戻す」
「どうぞ」
「では戦闘。パワー2になった<タップタップ>でプレイヤーにアタック!」
「通、し」
言い切る前にパタパタとコミカルな足音を立てた小鬼が2匹が走り寄ってきて、ポカポカと丸い手で殴りかかってくる。
立体映像でもよく見られるような微笑ましい光景だが、闇のゲームだとそうではない。
殴られた瞬間に伝わってくる突き飛ばされた時のような強い衝撃。大の大人が踏ん張って構えていてよろめくほどの強さ。
これで、2点だ。
「残り16」
「ターンエンド」
「エンド前」
次ターン、これで5コストまでの動きができる。
手札の左端に寄せた彼女がじっとをこちらを見ているけど今はまだ置くタイミングじゃない。
切り札は然るべき時に、だ。
「瞬間魔法<衝撃>をプレイ。対象は......」
これ以上育てば焼けなくなる、とタップタップに火力を飛ばそうと宣言した瞬間、彼女が左袖を引いて動きを咎めた。
なるほど、今日のターゲットはキミか。
「対象は<カタカタログ>。2点のダメージを」
「タフネスが0になった、破壊される」
「ではターンをいただきます」
レディ、アップキープ、ドロードロー。
引きは悪くないな。
土地をセット。これでコストが5まで使える。
「2コストで<節操なしのお宝好き>をプレイ。何もなければ、相手の手札を公開させこれが戦場を離れるまでゲームから取り除きます。何かありますか?」
「何もない」
「では手札を確認します」
ピーピングハンデスで前方確認は基本。
ボードに表示されたのは、
公開されていた<タップタップ>。
自分と同サイズのトークンを出す<イヤホーン>。
中型アタッカーの<ドライヤーゴン>。
使い切りの速攻付与の秘宝<使い捨ての翼>。
最後は妨害の<献身の証明>か。
「<イヤホーン>を選択」
「妥当な決断だな」
効果が解決されたタイミングで、戦場に野良犬が現れる。死体の腕を咥えた彼はもっとキラキラしたお宝を見つけて飛びついて行った。
登場時に衝撃相当のダメージを飛ばし、飛行かつ速攻持ちの持つ<ドライヤーゴン>も厳しいが、まだ出るまでタイムラグがある。
それよりも数が火力に直結するタップタップがいる以上、横並びを流石に許容できない。
妨害入りなのが透けたのは嬉しいが、悩ましい。
<使い捨ての翼>まで入ってるならかなり攻撃に寄せてる構築だ、手堅いパーミッション寄りとは思えない。
<防災>と合わせて6枚体制も考えられるが、序盤の動きがキモのビートダウンでは流石に重すぎる。ないと見ていいだろう。あってせいぜい2枚だな。
まず妨害をどう吐かせるかがキモだな。
「3コストで<間に合わせの武器係>をプレイ。登場時能力で剣・トークンを生成。
トークンは生贄に捧げることで、クリーチャー1体のパワーを2上げます」
お宝好きが落とした腕を拾った男が少しだけ考える素振りを見せてから、ポッケから取り出した剣の持ち手を差し込んで高々と掲げる。
「......何か色々と間違えてないか?」
「彼、まだ新人なので」
残念なことに本人はこれであってると思っている。
とはいえこれでクリーチャーが2体。<ドライヤーゴン>以外は多少の時間を稼げるはずだ。
「ターンエンド」
「私のターン。レディフェイズ、アップキープフェイズ、メインデッキからドロー、ライフデッキからドロー。メインフェイズに入る」
引いた2枚のカードを一瞥した彼は、少しだけ間を置いてから引いた2枚をそのままボードに置いた。
「土地をコストゾーンへ置き、3コストを支払って<組み立て名人>をプレイ。秘宝・クリーチャーのコストを1軽減する常在効果を持つ」
「今引き、通します」
「では軽減1コスト。0コストで<家電機鬼・タップタップ>を0コストでプレイ」
「通します」
通したくないが?
「では戦闘フェイズへ以降。パワー3になった<タップタップ>でファイターにアタック!」
「<武器係>でブロック。破壊される」
「......メインフェイズ2に移行し、ターンを終了」
「ターン貰います」
じっとこっちを見つめてはいるが、トラッシュトークのひとつも飛んでこない。よっぽどゲームに入り込んでいるか、見た目通りの真面目な性格なのか。
確かに今のは最適解じゃない。<武器係>とトークンの効果を合わせればパワーを合計3点まであげられるから、相打ちは取れた。
さっきの衝撃も普段のプレイだったら当て先は違うし、ほとんどの人が<タップタップ>を焼くだろうが、
自分が好きでやってるプレイに文句は言わせん。
それに変なプレイングで読み違えを誘発できたらラッキーだしね。
レディ、アップキープ、ドロー、そしてドローっと。
メインから引いたカードは妨害を吐かせるにはおあつらえ向きすぎの一枚。
やったか? と手札を見るが、彼女はくすくすと笑うだけ。違うらしい。
確率で右手が光るところもあるわな。
だが今は相手の土地はすべてレスト状態でなんでも通る。だからこそ今なのかもしれないが、返しに除去引かれたら厳しい。
えー、日和ってるのみたいな顔でこっちを見るんじゃない!
「男は度胸!<躍る死神、マカブル>を召喚!」
4マナを支払い、俺は相棒を戦場に送り出した。