「これが、彼女が、君の切り札か」
「はい。能力の説明は必要ですか?」
「......説明を」
「では、<踊る死神、マカブル>の効果を説明します」
首元に巻き付くような悪寒に感じるのは、吐き気と寒さと、死に対する恐怖。
そして何よりも感じるのは相棒としての頼もしさと、美しさ。
今フィールドにあるカードは初版ではなく、関東大規模大会の決勝ラウンド突破報酬として配布された絵違いプロモ・カード。
風になびく様が美しいダンス用のドレスではなく、古式ゆかしいセーラー服を着て夕焼けをバックに、学校の屋上フェンスの上に佇んで微笑みかける。
儚く、危うく、美しい。
そのイラストに惚れ込んだ。
赤い瞳、黒い長髪、蠱惑的な曲線を描く口元。
強力な効果により大会が彼女一色に染め上げられ、禁止指定に至るまで環境を支配したという歴史。
彼女の全てに、俺は惚れ込んだ。
「このクリーチャーがいる間、自分のドローフェイズをスキップします」
「ふざけた効果の割には、貧弱なクリーチャーだな」
「彼女のパワーは0、タフネスも1ですから。見ての通りか弱い女の子ですよ?」
竜のように巨大でもない。
王のように支配するでもない。
彼女はただそこに在るだけの存在。
彼女はいつも、手を差し伸べるだけだ。
選択権は、こちらにある。
「そして効果はもうひとつ」
デッキトップにかけた指先の感覚がどんどん薄れていく。黒くなった指先からグズグズと崩れるような感覚と刺すような痛みが俺を襲う。自分の命が削られていくのを感じる。
だが、気にすることでもない。
ノードロー、ノーライフという格言があるように。
「コントロールするファイターに1点のダメージを与える事で、デッキからカードを1枚裏向きでゲームから取り除きます。次の自分のターン終了時に、それを手札に加えます」
カードゲームは大抵いっぱい引いたら勝つ。
「というわけで10点のダメージを受けメインデッキから10枚裏向きで飛ばします」
そして10点分のライフルーズを食らった俺は、そのまま前のめりに地面に倒れた。
慌てて駆け寄ってくる足音、頭の上でクスクスと口元を抑えて笑うだけの<マカブル>。1番付き合いが長い古株なだけあって慣れている。
「き、君っ!? 大丈夫か!」
「大丈夫です、慣れてるので。手札見えてしまうので伏せていただけると」
「そういう問題ではないだろう!」
死ぬほど痛いが、死なないので大丈夫。
闇のゲーム特有の心臓を締め付けられるような痛みと、精神を大根おろしで削られるような不快感。
まぁ! さんざっぱらやったら慣れるもんよ!
ゲームが終われば何事もなかったように戻るからちょっと貧血になったのと同じくらいなもの。別に気にするようなことじゃない。
駆け寄ろうとした男を手で制して、ゆっくりと立ち上がる。
「心配してくれるなんて、随分と優しいんですね」
「当たり前だ! 目の前で人が倒れて気分がいいわけないだろう」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの憮然とした表情に今度はこちらが驚く番だ。
あまりにも普通の倫理観。
あまりにも普通の善性。
あまりにも、後ろ暗いことをしている人間とは思えない人柄の良さ。
「もしかして」
「なんだ」
「メガバベル社の人じゃない?」
「......お互いに自己紹介がまだだな」
「自分も一方的に名前を言われただけですね」
気まずい沈黙。
もしかしたら、お互いとんでもない勘違いをしているのではないだろうか。
「自分は須原サイトで間違いないです。名刺いります?」
「西芝だ。普段は会社員をしている。こちらも名刺がある」
「どうもどうも」
流れるようにカードではなく名刺交換が始まった。
へぇ、結構有名な家電量販店のマネージャーさん。テレビや広告でも見るくらいの大会社だが、メガバベルとの繋がりはない。
「メガバベル社とは関係ないですね」
「そちらも全く関係ないようだな。しかし社会人か」
気まずい。ただひたすらに気まずい。
「えー、なんといいますか。最近、傭兵ファイターだったりメガバベルの人間に襲われることが多々ありまして。てっきりそちらの方かと」
「こちらも似たようなものだ。コミュニティ内での襲撃報告。目撃情報の増えたカードの精霊。何か裏があると思うのは当然だろう」
「コミュニティ、とは?」
「精霊憑きのコミュニティだ。私は違うが、精霊を見ることができるくらいの力はある。
ボードに召喚されてやっとわかるほどだがな」
「へぇ〜。そんなのあるんですね」
全く知らない話だが、よくよく考えれば確かにあってもおかしくない。話題を強引に変えたが、割と良い方向に転がったな。
「最近、コミュニティ内で行方不明になるものが増えた。更には出自のわからないファイターに襲われたという話もあがってきた。
何者かが我々のような存在を集めているらしい。
普段は悪目立ちしないようあちらから声をかけてきた人物しか入れない決まりだが、流石にこのような緊急事態でそうは言ってられない。
だからこそ同じ街に住む精霊憑きたる君に声をかけたわけだ。まさか、闇のファイトの使い手だったとは思わなかったがここで会ったのも運命。
<精霊狩り>を気取るわけではないが、人を害する精霊を倒すことも精霊憑きの使命だ」
「じゃあゲームは」
「続行だ」
「あー、では処理を続行します。<魂葬>能力があるので、ライフデッキの上から10枚は墓地へ。そのままターンを終了し、手札が7枚になるように捨てます。残りライフ5点まで」
なんか、まだ勘違いされたままなんだけど!
とりあえず2マナを立てて次に備える。<献身の証明>がある以上手札の妨害はないも同然だが、コストを払わせることに価値がある。
「私のターン、メインデッキからドロー。ライフデッキからドロー。秘宝<使い捨ての翼>をセット。
「やべ、この呪文は」
「<組み立て名人>でさらにコストを軽減し、3コストでプレイ。<再機王・リサイクラー>を召喚!」
地面を突き破るように現れたのは、壊れた家電が寄せあつまってできた巨人。
場から秘宝が墓地に行くたび手札に戻す効果と、場の秘宝の数だけコスト軽減する大型フィニッシャー。
秘宝軸ならほとんどのデッキに出張できる万能性と全除去をほぼ無効化するリソース回復能力。
速攻がないのが救いだけど<使い捨ての翼>があるんだよなぁ、そのために刺してたってわけ!?
「パワーとタフネスはそれぞれ8だ」
「<反応解呪>は......通ります?」
「<献身の証明>、追加コストで<組み立て名人>を生け贄に捧げるが、手札を1枚捨てることで<リサイクラー>の効果で手札に戻す」
「デスヨネー」
「そのまま戦闘に入る! <使い捨ての翼>を生け贄に捧げることで<リサイクラー>に速攻を付与し、ファイターにアタック!」
「<節操なしのお宝好き>で止めます! 取り除かれていた<イヤホーン>を手札に戻してください」
「残った2体の<タップタップ>でアタック。合計打点は6点、終わりだ!」
「手札を2枚を墓地に送る事でこのカードはコストを支払わずにプレイできるのでプレイ、瞬間魔法<魂削りの一撃>! 片方の<タップタップ>に4点ダメージ!」
「だが2点のダメージは受けてもらう!」
「呪言カードなし! ライフ残り3点まで!」
「<タップタップ>、<使い捨ての翼>は手札に戻す。私はこれでターンエンドだ」
「引いててよかったピッチスペル......」
だいぶ目の前が朦朧としてきたがターンを凌げたが、相手も抜け目ない。
回収コストに切って墓地に行ったのはマナコストを使い切ってしまう中大型クリーチャー。
そのまま翼の速攻付与で決めに行くのが普通だが、こちらの全除去+αに備えるプレイングか。
「確認しているだろうが」
「?」
「私の手札には<ドライヤーゴン>があり<使い捨ての翼>もある。例え全除去を打っても、妨害を大量に引き込もうと君の敗北は決定的だ。
もし君がその<踊る死神、マカブル>をこちらに引き渡すようなら、悪いようにはしない」
こちらが頭に血が昇って忘れているかもしれないのに伝えてくるなんて、本当に律儀な人だ。
「彼女は渡しませんよ。自分の大切な相棒です。それに」
相手の手札に《防災》が入らなかったのはわかっている。あとは手札を全部注ぎ込んで返しに<マカブル>で16点をワンパンしてゲームセットに持ち込むだけだ。
「このターンで決めれば、問題ありません。レディ、ドローはスキップ。メイン。
「<弱者の覚悟>、パワー1以下なので追加効果でパワ+3。秘宝<ザ・エントリー>をセットして即起動、対象は<マカブル>。<武器係>の生成した剣トークンの効果も適応し、パワーを8まで」
そして<双竜の加護>をプレ」
最後の詰めをプレイしようと手札を見て固まる。
使うべきカードがない。
あれ。<双竜の加護>が手札にないんだけど?
「墓地確認します」
手札超過で捨てた土地、<継ぎ接ぎの呪剣>、<蔑み>、<致命的な一撃>でしょ?
さっきの攻防で使った<武器係>、<お宝好き>、<反応解呪>、でしょ?
<金の騎勇/銀の勇気>、<双竜の加護>、<魂削りの一撃>......
うん。
これ、さっきの<魂削り>の手札コスト間違えてるわ。
隣の<熟考>と間違えてるわこれ。
や、ら、か、し、たぁ〜!!!!!!!!!!!
「1マナで<熟考>をプレイ。2枚見て好きな順番で上か下に送ります」
とりあえずポーカーフェイスで......
<反応解呪>、<踊る死神、マカブル>。
「ちがぁう! 2枚とも下、そのあとに1ドロー!」
引いたカードは......いける!
さらに<圧倒的巨体>で自身のコスト分、パワーを上昇! 合計パワーは12点! 戦闘! <マカブル>でプレイヤーに攻撃!」
「受ける。だが、私のライフはまだ残るぞ!」
死神の鎌が相手の命を削り飛ばす。
だが、相手の喉元までは届かない。
「メインフェイズ2。<マカブル>の効果を起動し残りライフを1点まで」
デッキトップが自動的に取り除かれるがどうでも良い。
目の前が朦朧としてしょうがない。
が、カード一枚なら使い所も間違えない。
このカードは、ライフが1点でなければ発動できず、使用後、デッキに戻ってシャッフルされる。
本当の本当に、敗北の寸前まで追い込まれた時のみ使える、俺が彼女の次に大好きな、最高の1枚。
「プレイ。<
ファイター1人を対象とし、コントロールするクリーチャーをすべてレディ状態にした上で追加の戦闘フェイズを与える! 対象は勿論自分を選択!」
「なっ......!?」
「戦闘! パワー11の<マカブル>でもう一度攻撃!」
「うわああああああああ!」
死神は踊る。
生者の命を糧として。
◇◇◇
「......あ?」
「大丈夫ですよ。闇のデュエルでもなんでもないんです、これ」
煙が晴れ、ありふれた路地裏の光景が戻ってくる。
予想した衝撃が来ないので不思議そうにあたりを見渡す西芝さんに、俺はネタバラシをした。
「今のはめちゃくちゃ雰囲気があって、邪魔が入らなくなるだけのフツーーーーーーーーーーのスタンディングファイトです。カードショップでやるのと同じですよ。彼女は別に闇の精霊でもなんでもないです」
「だが、君は随分と苦しそうだったじゃないか。まさか......精霊の仕業だろう!?」
「彼女曰く『ゲームに真剣味を持たせるための演出』だそうです。ゲームが終わればちょっと疲れますけど、本物ほどじゃありません。ま、本番はこれからですが」
「本番?」
「西芝さんなら大丈夫だと思いますけどね」
煙のようにクリーチャーの実体が風に紛れて消えていく中、ひとつだけポツンと取り残されるクリーチャーが1体。
「自分も説明されるまでは理解できませんでしたが、精霊の絡むファイトでは『ファイトエナジー』なるものが大量に発生します。普段であれば霧散するだけで使い道もないそうですが、精霊はそれに指向性を持たせられる。
例えば、カードに眠る精霊を叩き起こすとか」
そのクリーチャー<家電機鬼・タップタップ>は持ち主を見つけると、パタパタとコミカルな足音を立てて駆け寄っていく。
「子供が親の真似をするように、カードは持ち主の真似をします。優しく扱えば優しくなり、乱暴に扱えば持ち主のこともそう扱う。
カードで人を食い物にするような悪どいプレイヤーは精霊にそのまま食われるって寸法ですよ」
<タップタップ>は小型犬のようにクルクルと西芝さんの足元を周り、短い両手をあげてぴょんぴょんと飛び跳ねている。
特に害を加える様子はなさそうだ。
「抱っこしてあげたらどうです?」
「......軽いな」
「精霊に重さは無いですからね」
「おい、勝手に登るんじゃない。落ちたらどうする」
<タップタップ>が手をすり抜けて頭の上に陣取っているのを<マカブル>が見てクスクスと笑っている。
「君の精霊は少々危険だが、制御できていることはわかった。我々のコミュニティに渡りをつけよう。それにこの事についても説明しなければ、おい、髪を引っ張るな、眼鏡を取るんじゃない」
「愛されてますねぇ」
子供のように遊びだす様子が微笑ましいね。あれだけ愛されてるということはよっぽどカードに愛着を持って接してきた事になるけど、最初からこれほど懐いた精霊を見たことがない。
自分ほどじゃあないけどね。な、<マカブル>。
「そういえば。なんで自分のことがすぐわかったんです? 急に名前を言われた時びっくりしてついあんなことしてしまって」
そういえば有名人でもないのにな、と疑問に思っていたことを聞いてみる。大きな大会でも目立った成績を残したことはない。常設の店舗大会で3-0はしたことあるけれど、SNSにでも上げられてたっけな。
「なんで信じられないようなものを見るような目でこっち見るんです?」
「知らないのか?」
「何をです?」
「毎週デッキリストが違う、エースカードのコスプレをした女装ファイターがこのあたり一体の店舗大会を荒らしまわっているという噂」
「いーじゃないですか女装くらい!!!!」
推しとおんなじ格好で何が悪いんです!
今日のクソデッキ
マカブルワンショット
<魂葬>持ちのマカブルを呪文で強化して1撃で相手のライフを削り切るワンショットデッキ。
マカブルでドローして、マカブルで決める。完璧なプランだぁ......
ヴァイスファングでいい。