ムルタ・アズラエルと宇宙世紀 作:モス
アズラエルが連邦政府と交わした約定は果たされ、サイド7において秘密裏に進められていたV作戦が遂に完成を迎えた。
そうして完成したモビルスーツ群をRXシリーズと呼称し、その主力機であるガンダム、ガンタンク、ガンキャノンを回収すべくアズラエルは、主要艦かつRXシリーズ収容艦であるペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベース及びに、護衛艦として四隻のサラミス級巡洋艦を差し向けている。
万一にも内部のスパイによる情報漏洩があった上でも、連邦軍MSという貴重な戦力を決して破壊されないための特例措置であり、財力と政治的圧力を以てして反論を黙らせていた。
なお、タイプの違う複数のシリーズを用意した経緯として、一機の汎用型MSと二機の二種支援型MSによる戦闘データを集積し、いずれはデータを活かしたMSを量産するという狙いがある。
このデータ集積に関してもテム・レイとアズラエル間にてMS量産を前提としたデータ収集のため、兵器群の性能如何に関しては手を抜かないようアズラエルが厳命していた。
またテムにとってもガンダムは傑作モビルスーツであり妥協は一切存在しないという自負があった。
目玉となるのはRXシリーズに搭載された教育型コンピュータの存在であり、これはザクから得た機体動作システムを元にパイロットの行動や癖などを読み取ることで、操縦者に応じた機体特性を得られるという特長を持っている。
MSに関しても、事前にモビルスーツ操縦訓練過程を受けてザクを乗りこなせる士官にのみ任されている。
アズラエルは完璧主義者であり、妥協を許せない人間である。それ故に取れる手段は全て模索し、その中の最良の手段を構築する。妥協とは即ち気の弛みであり、弛みは付け入る隙が生まれると考えていた。
だからこその、護衛艦を含めたMS収容任務であるはずだったのだが……。
「ガンダム、ガンキャノン、ガンタンク並びにコア・ファイター各機、収容急がせ!」
「早くしろ!ムサイが来てるぞ!」
ホワイトベース艦橋で指示を下すパオロ・カシアス中佐は、眼前に迫り来るだろうムサイに対し、
何故ならば、元来サイド7とは開発の遅れた宙域である事が理由で、連邦軍・ジオン軍共に戦略的価値は総じて低いと看做されており、ジオン宇宙軍もサイド7に手を出す価値は無いとしていたはずであった。
だからサイド7をMS開発の環境に選んだのだが、アズラエルの誤算に挙げられるものとすれば、それは計算ではなくただの打算で怪しい場所に責任を以て軍を動かせる、妙に勘の良い存在があるという事を失念している点であろう。
「レーダーに感あり!機数は6…いや8!」
ムサイにはMSの収容能力が備わっており、空母としても運用可能であるが、本懐はやはり戦艦であり、優秀な指揮官と砲手の手にあって初めて力を発揮する艇である。
しかしながらムサイ一隻につきザクIIを四機収容可能である点は、未だ対MS戦術の基礎も築き上げられていない連邦軍にとっては依然脅威であった。
「防空戦闘用意!MS収容に関しては急ぐよう伝えろ!」
パオロ中佐の激が五隻の連邦軍艦中に伝わる。艦砲による撃ち合いであれば勝機はあるが、ザクに接近された時点で戦艦しか存在しない連邦側に勝ち目は無いも同義であるからだ。
「ザク来ます!一機が突出しているようです!」
「速い…周囲の反応から速度割り出します!───相対速度、三倍です!」
周囲よりも三倍早い、ザク。
護衛のサラミス級は素早く隊形を整え、敵艦…ムサイを対象に据えホワイトベースを後方中央に置くことで、前面に対し高い攻撃性と防御能力を発揮する盾の陣形を敷いた。
本来であれば数機のザク程度は戦艦数隻の密集隊形からなる砲戦で追い払うこともできる。しかしながら、それは夜の如く暗い宇宙の陰から紛れるように近づき、瞬く間に戦艦を叩き落としていく。
パオロ艦長は、その特徴に大きな
「三倍速い、ザク…シャアだ。赤い彗星が来るぞ!」
警告にも近いパオロの叫びは、全ての兵士に強い恐れを抱かせる。
「前方艦、ハーピーより入電!メガ粒子砲、有効射程距離に入ります!」
「敵機の移動線上を撃て!メガ粒子砲を以て迂回させ、対空機銃で各個撃破する!対艦ミサイル群は前方のムサイに向けてばら撒き続けろ!」
的確な指示の下、サイド7遭遇戦の火蓋は落とされた。
戦争中であるにも関わらず、政敵を追い落とす事しか頭にない政府高官に対し、アズラエルはほとほと呆れ果てていた。頭に血が上る思いですらある。
しかしながら、誰も彼もが凝り固まった政治思想の持ち主ながら、民意で選ばれた者たちである事に変わりはない。
であれば、若くして政治の席に座ったアズラエルのやる事は、この求心力の高さを引き出させてどのような汚い手であろうが使わせてジオンに勝つ。それだけである。
アズラエルが欲しいのは連邦の勝利であり、組織の成長であり、それ即ちブルーコスモスにとっての利権である。軍需に関しては今最大効率で売れ行きが良いものの、その経営基盤となるコロニー事業と農林水産業は肝心の宇宙空間における需要が大半を占めていたため、有り体に言うならばジオンが極めて邪魔だった。
そして自分にとって五月蝿い連邦政府高官を説得するためにもまた、アズラエルは日夜奔走していた。
「ですから、現状でRX-78は完成しているんです!既に新造艦ホワイトベースも護衛艦を引き連れて受領に向かっていますし、新型兵装を多数備えたモビルスーツのデータを収集すればするほど量産型MSの戦闘能力は向上します!」
「だが、戦局は日々我らの劣勢に傾いている!アズラエル君、半年耐えれば連邦は勝てると言ったのは君だぞ!」
高官の一人が発した責任転嫁にも取れる発言は、アズラエルの額の青筋が千切れたと錯覚するほどに激昂させる。まるで無責任、まるで無関心。そうした態度が苛立ちを最高潮にまで発展させたのだ。
「ですから、開発期間中に何度も仰った通り、半年待てばすぐ勝てるなんて甘い話がある訳が無いでしょう!これは連邦が対MSカウンターウェポンを投入するための準備期間!!」
RX-77、RX-75、そして本命であるRX-78の資料が、半年前の再現のように協議室の机の上に叩きつけられた。またしても。
「彼らには宇宙空間・コロニー内空間・重力影響下の三つの状況での戦闘を経験させコンピュータにデータを蓄積させる!そのデータを量産予定のモビルスーツに喰わせるんですよ!そうして初めて連邦が勝てるという話なのです!!」
ごくわかりやすく、強い語気を孕んだ説明によって、或いは苛立ち積もったアズラエルの鬼気迫る表情に気圧されてか、全員が頭を縦に振るしかなかった。
息を切らせつつも、どうにかもう一度納得させることに成功した様子を見て、ようやく手許のコップの水を一口含んだ。
冷たいそれが喉を通って頭も冷えたように感じて、やっと冷静な説明をしようと資料を再度プロジェクターに通して協議室のボードに投影した。
「……いいですか、これがガンダムです。先行試作したプロトタイプガンダムの目下完成品であり、戦艦砲に匹敵するビーム兵装を使用可能です。これは未だ実弾兵装に頼り続けているザクに対し高い戦術的アドバンテージを得ていると言え、また理論上ではMS単機での対艦戦闘を実行可能でもあります」
そうして説明と共に投影されたプレゼンテーションには、代表機であるガンダムの重量、ジェネレータ出力、排熱量、各部装甲厚など詳細なカタログスペックが記載されているほか、最大の目玉として二つのビーム兵装が挙げられる。それが、MSサイズに落とし込んだ初のビームライフルと、同じくビームサーベルである。
ビーム砲というのがそもそもミノフスキー粒子に電力的負荷をかけ縮退及び圧縮させ、素粒子を純粋な熱ないし運動エネルギーを伴うペレット状の弾丸とし、発射するというもの。
この『電力による負荷をかけて縮退、圧縮させる』というのが曲者であり、戦艦クラスの熱核反応炉…すなわち艦載ジェネレータであればビーム砲として実用可能なエネルギーを確保できるのに対して、MSサイズのジェネレータでは必要量のエネルギーを得られず、携行ビーム兵器の開発には酷く難儀していた。
しかしながら、エネルギーを都度充填するのではなく、保持しているミノフスキー粒子に少量のエネルギーを与えることで励起させる『エネルギーCAP』技術の開発に成功。その流れでガンダムに携行させるビームライフルの開発にも漕ぎ着けたという形である。
どれもこれも、アズラエル家の当主たるムルタが連邦政府に対し多くの技術供与を惜しまなかった功績であった。
しかし、ブルーコスモス、特に軍需方面に関してはライバルは多い。連邦軍の陸上主力戦車となる61式MBTや、航空機で言えばセイバーフィッシュやトリアーエズなどは同業他社によるリリースである。
このうち航空機メーカーに対して協力を要請し、ガンダム、ガンタンクの緊急脱出機構及びに制空戦闘機としてコア・ファイターを開発してもらっていた。
残念ながら宇宙世紀以降、急進的と言える勢いで力をつけたアズラエル家であっても、宙空戦闘機の開発ノウハウに限っては、旧世紀以前から存在している航空機製造会社には及ばない。
尤も、そうした必要なものに関しては他者の手も借りる柔軟さを持ち合わせているという自負があった。それがブルーコスモスの成長のためであると割り切れるからである。
「更にガンダムを含め三機のV作戦対応機に関しては、パイロットの生存性を可能な限り高めるため、優れた脱出機構を搭載し、装甲材の品質にも妥協はありません。最高品質であり、最強のモビルスーツ、それがV作戦対応機であります」
馬鹿な連邦政府閣僚を、確実なデータで黙らせる。アズラエルは自らより一回りも二回りも多く年齢を重ねた人間を籠絡する手腕に長けていた。具体例を挙げ、既存のものと比較をし、わかりやすい落としどころを突きつけてやれば、少なくともその場では沈黙をさせられる。
今回で言うならば、ガンダムの能力がそれに該当するだろう。
ジオン公国のモビルスーツ・ザクを一撃で撃破できる火砲、ザクのライフル程度であれば受け付けない装甲とシールド材。少なくとも補給を厳に徹底すればジオンMSに負けはしない理想的なスペックである。
「あなた方はただこの席に座って、待っていれば良いのです。我がブルーコスモスからの吉報を」
その瞳に疲れを浮かべながらも、アズラエルは閣僚連中を説き伏せた事によって獅子身中の虫は取り除かれたと確信し、V作戦こそがジオンを必ずや叩いてくれる存在であるという、テム・レイ主任への信頼があった。