ムルタ・アズラエルと宇宙世紀   作:モス

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三話

 

 

 

 

 V作戦こそが、連邦勝利の要───そう確信していたアズラエルの元に舞い込んできたのは吉報ではなく、一週間戦争・ルウム戦役と激動の艦隊対MS大規模戦闘を生き抜いてきた歴戦の艦長、パオロ・カシアス中佐の戦死の報であった。

 

「どういう事だ!?何で中佐が戦死してる!」

 

『サイド7の接収を目論んだと思われるムサイ級二隻により、ホワイトベース及び護衛艦隊は壊滅的な被害を被ったとのことです。これにより、多くの人員を損失し、コア・ファイターも大半を喪失したと…』

 

「馬鹿な…ムサイって言えば軽巡洋艦だろ?モビルスーツも大して積めない、火力もあるわけではない、なんでそれにサラミス四隻とペガサス級がやられるんだよ?」

 

 事務机の上に整然と並ぶ書類の全てが、そのひとつの報告で馬鹿らしく思えてきた。それらは全て連邦軍のMS量産化計画の具体的な案や装備品類に関する重要な機密であるが、肝心のフィードバック元が喪失したのでは、これらはペーパープランも良いところであった。

 だが、そこまで考えてまだ一縷の望みがあったと希望に縋る。通信相手に対し、最後の糸を引き出そうと口を開いた。

 

「落とされたのは……サラミスとコア・ファイターだけなのか?ガンダム……いや、V作戦は継続可能なのか?」

 

『それに関しては、なんと言いますか……』

 

「なんだよ…勿体つけるな!」

 

『はっ!せ、正規パイロットの殆どが戦死したことにより民間人協力者が臨時でモビルスーツに搭乗しているとのことで…』

 

 それを聞いてアズラエルは全身から血の気が引いていくのを感じる。それはつまり、ガンダムの癖や挙動を理解している人間が誰もいない環境にV作戦は置かれているということであり、そんな状況で敵襲を受ければ一溜りもないことなど素人目にも明らかだったからだ。

 

「なんだよそりゃあ…! …もういい、パオロ中佐──いや、艦長代理には繋げられるのか?」

 

『現在、ホワイトベースにはサイド7を抜けルナツーへ寄港するよう通達してあります。ミノフスキー影響下にもありませんので、レーザー通信であれば可能かと』

 

「わかった…今できるなら繋げ。今すぐだ」

 

『はっ。そちらに繋げます』

 

 

 

 

 

 ブライト・ノアは若干十九歳にして、実戦を補佐無しで初めて経験した。連邦全体、人類全体で見ればその若さで戦場に出ている兵士も多いだろうが、ブライトという一人の人間の枠組みから見ればそれは、あまりに衝撃的なものだった。

 

 手の震えが収まらなかった。冷や汗も留まることなく流れ続ける。それでもブライトは艦長として……正確には艦長代理として、艦橋に立つ者たちに動揺を見せる訳には行かなかった。

 

 士官学校を卒業してまだ半年の若輩少尉に、どうして最新鋭の戦闘艦ホワイトベースの指揮官を務められるというのか。

 しかしながら、指揮官としてブリッジに立たなければ待ち受けるのは艦全ての人員の死。若い士官であろうが戦争は戦争、絶望的な状況でも諦めることはできなかった。

 なにより、艦に搭乗していたベテランや戦争経験者の殆どが戦死していることもあって、彼らが死んだあと、相対的にもっとも艦隊戦を知っているのは士官学校で教官の薫陶を受けてきたブライトだけだった。

 

 レイ技術中尉は戦闘に関してはからっきしであるし、そのご子息については、戦死したパオロ中佐が恐れていた赤い彗星のシャアを一度、退けた事以上は期待できなかった。

 もちろん、シャアを撃退した功績は大きい。しかしながら、それは一時の延命措置に過ぎない。艦の今後を決めるのは、直接操艦をするブリッジクルーとそれを纏めるブライトの未熟な手腕に委ねられていた。

 

 状況が確実に悪くなる中、戦闘に出た民間人のメンタルケアを、名乗り出てきた同じ民間人の女性陣に任せながら、一番の年長者であるテム・レイ中尉とブライト少尉とで、指令のあったルナツーへの移動を行うべく、航路をああではないこうでもないと宙域図解に則って決定していた。

 

「ブライト代理、()()から入電が」

 

「代表?すみませんが、レイ中尉。…繋いでくれ」

 

「回線繋ぎます!」

 

 そうしてレーザー通信による情報の受信が行われ、その向こう側にいるだろう()()の声が聞こえてきた。

 

 

 

『聞こえますか?僕はブルーコスモスのムルタ・アズラエルです』

 

 ブライトは全く軽率に受話器を手に取ったことを深く後悔した。少し考えればわかることで、V作戦を主導したテム・レイ技術中尉に多額の資金提供を行った組織といえば、連邦軍内では機密作戦という体ながらV作戦に技術・資金供与をしたと噂となっているブルーコスモスしか思い当たる節はなく、であればその代表と言えば当てはまるのはたったの一人である。

 

「は…はい、自分はブライト・ノア艦長代理であります。階級は少尉です」

 

『少尉ぃ!? …V作戦については?』

 

「事前に説明を聞いていましたので、大まかには。ただ、パイロットは───」

 

 それ以上を続ける前に、アズラエルは言葉で遮って止めた。若いゆえのその姿勢なのだろうかとも考えたが、いずれにせよ若くして財閥を率いる傑物相手に何を考えるでもない。

 

『それは既に聞いてる。僕が問いたいのはそのガンダムに乗る民間人が機体性能を十分に発揮できるかなんだよ』

 

「それに関しては分かりません。しかし、機体に振り回されてはいましたが、あの赤い彗星をガンダムの力によって退けた事は確かです」

 

『赤い彗星がいたのか……人類史上初のモビルスーツ対モビルスーツ戦を飾ったのは、僕達のガンダムというわけだ』

 

 アズラエルはそのまま言葉を繋げた。

 

『ならV作戦に大きな支障は無いか。ホワイトベース以外に残っている艦は?』

 

「ありません。正確にはサラミス級ハーピーだけは辛うじて動作しますが、操艦できる者がおらず、残った物資と負傷者を収容し、放棄しました」

 

 重いため息がブライトの耳を撫ぜる。理由は明白だった。アズラエル家や当主ムルタ・アズラエルの牛耳るブルーコスモスが威信をかけたV作戦も、遂行途中に部隊が壊滅してMSデータが取れなくなれば、彼らが描く連邦軍の勝利への道筋は途絶える事となる。

 

 だからこその、新型兵器受領に向けた新造艦一隻と護衛艦四隻による万全の体制だったのだろうし、それをたった二隻のムサイで粉砕されたとなればそうもなる。

 

『わかった。レイ主任は生きているのか?テム・レイ技術中尉だ』

 

「はい、ここに。代わるべきでしょうか?」

 

『無事だったか!すぐに頼む』

 

 ブライトはテム・レイに目配せをし、次いで受話器を差し向けた。テムもそれに気付いてか、すぐに受話器を受け取って声を発した。

 

「テム・レイ技術中尉です。要件を」

 

『レイ中尉、私です。V作戦はどうなりますか?』

 

「アズラエルさんでしたか!…その、可能であればすぐにでも追加の人員を…特に、艦の操舵に手馴れた者とパイロット経験者をお願いしたい」

 

『何方も急務でしょうね。しかしパイロットに関しては何故です?民間人が乗っていると聞きましたが、ノア少尉から、あの赤い彗星を退けた程だと伺っていますよ?』

 

 テムは僅かに口ごもった。確かにガンダムの性能はジオン製モビルスーツに比べても圧倒的な機動力、装甲強度、火力を備えたもので、自らの開発した兵器としては最高の出来の機体と言える。

 しかし問題はそこではなかった。

 

「僭越ながら、これだけは譲れません。あのガンダムやガンタンク、ガンキャノンに乗っているのは私の息子アムロ・レイや学友らなのです」

 

 

 

 

 

 

 

 相手がザクなら人じゃない。自らを鼓舞するために、アムロは確かに友達のハヤト・コバヤシに言った。

 

 事実、ジオン公国の最高権力者、ギレン・ザビは宇宙に住む人達に自分達が優性種であると呼びかけていたのにも関わらず、連邦ジオン戦争の開戦初期にやった事が同族の住むコロニーを地球に落とす事なのだから。

 

 そのせいで多くの命が失われており、コロニー落としが為に地球にも宇宙にもジオンを恨む遺族の声は多い。

 

(親父がかけてたラジオでも特集やってたくらいだものな)

 

 ついひと月前のことさえ鮮明に思い出せた。連邦軍による公的な民間人戦死者集計は、優に世界人口の半数を越すものであった。

 戦況の確認のために常に流しておきたい、と自分の部屋であのガンダムというモビルスーツの図面を引いていたアムロの父は、徹夜の仕事を切り上げた時、狸寝入りをしていたアムロの頭を撫でつけながら、こう言ったのだ。

 

『このガンダムの量産が叶えば、戦場で若い命が消えることはなくなる』

 

 

 けれど、運命というものの性格は酷く歪んでいるようだ。アムロはコクピットの中で蹲りながら毒を吐いた。

 正規パイロットがいなかったのに加え、物資の運搬作業中での襲撃への焦りで、近くにあったガンダムに飛び乗ったのも手伝ってか、今や僕がガンダムのパイロットなのだから。

 

 

 コクピットハッチの外から、アムロを呼び出す声が聞こえてきた。くぐもっていて声の主はよくわからなかった。

 ハッチを開いて誰なのかを確認する。

 

「あ…えっと、あなたは……」

 

「俺、カイ・シデン。ちょっと顔合わせにと思ってさ。あのコア・ファイターに乗ってたの、俺なのよ」

 

 パイロットスーツの似合わない、薄ら笑みを浮かべる皮肉屋な少年、それが顔合わせをすることもなくザク相手に共闘した、カイ・シデンという男を、アムロが一目見た所感だった。カイが自分の乗る機体を話したのも、それなら戦闘中のカイが何に乗って戦っていたかアムロが辿り着くと考えてのことだった。

 

 当然のように、カイもまた民間人であった。正規の軍人の数が異常に少ない今、艦を動かす人間と、モビルスーツや戦闘機を動かす人間とでは、優先順位が低いという理由付けであろう。

 

「さっき助けられたから礼にと思ったけど、俺よりちっこいじゃないの。あんなに動けるからどんな軍人さんなのかと思ってたんだけどな」

 

「わ、悪かったですね、こんな子供で」

 

 その手に持っていたドリンクを啜りながら、カイは笑った。

 

「助けられたって言ってるじゃない。これでもありがとうを言いに来たのよ、俺」

 

 アムロにはその実感は無かった。目の前の敵を倒して、自分が助かる。それ以上のことを考える余地なんてなかったし、気にかけていていたとすれば隣で列を組んでいたハヤトや、ホワイトベースに置いてきたフラウ・ボゥくらいのものだ。

 

「さっき盗み聞きしてきたんだけどさ、このガンダムっての作ったの、お前の親父さんなんだって?」

 

「…はい。父さんのコンピュータにデータがありましたし。何かしらのゲームプログラムかと思ってたんですけど、これの事だったなんて考えてもいませんでした」

 

 ガンダムのコンピュータに使われるプログラムはアムロの父、テムが書き上げたものだった。それだけではない。装甲材の選定や電子戦機能の拡充に、情報連結(データリンク)システムやそれを助けるV字アンテナ。

 0079年代の連邦技術の粋を詰め込んだ機体である。

 

 それをアムロは知ってか知らずか、ガンダムには戦闘で負った損傷が目立っている。まだ混迷の最中にあるホワイトベースでは、機体の修繕もままならないのだろう。ザクの120mmライフルから受けた弾痕や、質量と熱で半ばから溶断されたシールドが、戦闘の熾烈さを物語っていた。

 

「こいつら、V作戦って言うんだと。さっきブリッジでお前の親父さんが言ってたぜ」

 

 カイからそう聞いて、ガンダムのコクピットで操縦マニュアルを読んだ時にそういった文字列を見たような気もする。

 アムロは思った。V作戦、これがあれば連邦は勝てるんだろうか、と。

 

 

 

 

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