ダンジョンのカードショップ   作:ちくわ

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『守護の決意』

 

静寂に包まれた店内で、ランタンの炎だけが小さな舞踏を続けている。

 

陳列棚の前で、小悪魔の少女リリィが頬杖をついて退屈そうにしていた。

 

「てんちょー、暇だねー」

 

「平和なのは良いことだ」

 

フードを深く被った店主は、カウンターでカードの整理を続けながら、静かに答える。

 

「てか、このお香やっぱり臭いんですけど」

 

リリィは小さく鼻をしかめる。店内に立ち込める甘ったるい香りは、確かに少々きつい。まるで何かを隠そうとするかのように、濃厚な匂いが空気を満たしている。

 

「仕方なかろう、ダンジョンの中ではどうしても換気がな……カードショップといえばニオイ対策だ」

 

店主の言葉に、リリィが小首をかしげる。その瞳に、いつもとは違う鋭い光が宿った。

 

「ふーん、まるでここより前にもどこかでカードショップやってたみたいなこと言うのね」

 

店主の手が一瞬止まる。カードを持つ指が、わずかに震えるのを、リリィは見逃さなかった。

 

「てんちょーってなんでここでカードショップしてるの?もしかして……」

 

その時、店の扉が勢いよく開かれた。

 

入ってきたのは筋骨隆々とした体格の中年の騎士。重厚な鉄の鎧に身を包み、背中には大きな盾を背負っている。その鎧には数々の戦いの跡が刻まれ、古傷が歴戦の騎士であることを物語っていた。

 

「いらっしゃいませー」

 

リリィが店員らしく挨拶するが、その表情には少し嫌そうな色が浮かんでいる。

 

「いらっしゃい、バルガスさん」

 

店主は慣れた様子で迎える。

 

「おお、店主!久しいな!」

 

バルガスは豪快に笑うが、陳列棚に向かう足取りはどこかぎこちない。まるで緊張しているかのように、一歩一歩を慎重に踏みしめている。

 

防御カードの並ぶ棚の前で、彼の太い指が微かに震えていた。一枚一枚、カードの効果を何度も確認しながら、慎重に選んでいく。その様子は、見た目の豪快さとは正反対の繊細さを物語っていた。

 

「……うむ……これも必要だな……間違いない」

 

小さく呟きながらカードを吟味する彼の様子を、店主はどこか理解ある表情で見守る。

 

「お買い上げありがとうございます」

 

「ああ!完璧な防御を積み上げてからシールドバッシュで一撃必殺!これぞ最強の戦術よ!」

 

バルガスの声は店内に響くが、その大きな声の奥には、どこか自分に言い聞かせるような響きがある。

 

「くれぐれも、お気をつけて……」

 

店主の短い言葉に、バルガスは一瞬、真剣な表情を見せる。豪快な仮面が剥がれ落ちたかのように、その目には深い決意が宿った。

 

「ああ。今度こそ、誰も失わない戦い方で……」

 

小さく呟いた後、再び豪快な笑顔に戻る。だが、その笑顔の奥に隠された想いを、店主は見逃さなかった。

 

「いや、忘れてくれ。では行ってくるぞ!」

 

    ◇ ◆ ◇

 

防御カードで身を固め、その防御力を相手へのダメージに変換する攻撃カード、『シールドバッシュ』——大楯の一撃でとどめを指す。

 

バルガスのその戦術は功を奏し、炎を吐く獣の息も、骨の戦士の剣も、彼を傷つけることはなかった。

 

順調に階を登るバルガスは、塔の奥深くで、巨大な案山子の魔物と対峙する。

 

それは人の背丈の三倍はあろうかという異形の存在。ボロ布を纏った胴体からは藁がはみ出し、頭部には邪悪な笑みを浮かべたカボチャが据えられている。両腕に握られた錆びた鎌が、不気味な音を立てながら宙を切っていた。

 

だが、最も恐ろしいのは、その眼窩から覗く紫色の光。まるで人間の魂を見透かすかのように、じっとバルガスを見据えている。

 

彼の手札には防御カードがずらりと並んでいる。まるで盾の要塞を築くかのように、完璧な布陣が整っていた。

 

「防御!」

 

「防御!」

 

「防御!」

 

リズミカルに唱えられる呪文と共に、バルガスの周りに幾重もの防護壁が築かれていく。

 

案山子の魔物の紫の瞳が、まるで獲物を品定めするかのように怪しく光る。その笑みが、より一層深くなった。

 

しかし、もはやバルガスに負けはなかった。完璧な防御こそが、彼の信念であり、誇りだった。

 

「これで、誰も傷つけさせはしない!」

 

錆びた鎌の一振りがバルガスを襲う。風を切る音と共に迫る死の刃。だが、それは重ねられた防御の壁に弾かれ、火花を散らして逸れていく。案山子の魔物の不気味な笑顔が歪む。

 

「さあ、シールドバッシュを……」

 

バルガスは手札を確認する。

 

防御カード、呪いカード、防御カード、呪いカード……

 

入れた覚えのない呪いのカードが、手札に混じっている。

 

いや、これはあくまで一時的なものだ。この魔物を倒せば消えるものである、とバルガスの直感が告げる。

 

更に山札からカードを引く。

 

呪いカード、呪いカード……?

 

バルガスは理解した。まるで氷水を浴びせられたかのように、背筋に寒気が走る。

 

これは、防御カードを使うたびに呪いカードを一時的に押し付けられている!

 

これでは、いくら防御を固めても、いや、防御を固めれば固めるほど、永遠にシールドバッシュを引けず攻撃をする機会が訪れない……

 

案山子の魔物の攻撃がバルガスを傷つけることはなく、バルガスから案山子の魔物を傷つけることもない。

 

時間だけが過ぎていく。案山子の魔物は攻撃の手を緩めず、バルガスは防御を続ける。完全な膠着状態。

 

「……うーむ、撤退!」

 

ついにバルガスは決断した。その声には、悔しさと共に、冷静な判断力が宿っていた。

 

    ◇ ◆ ◇

 

「いやー、防御を固めすぎてシールドバッシュを引けなかったわい!」

 

店に戻ってきたバルガスは豪快に笑うが、その笑顔の奥にわずかに悔しさが滲んでいる。だが、その表情には絶望ではなく、次への意欲が感じられた。

 

「また次がありますからね」

 

店主の優しい言葉に、バルガスは小さく頷く。

 

「おお、そうだ!店主、途中で見つけたこのカード、これを買い取ってくれ」

 

バルガスが取り出したのは、金色に輝く美しいカード。

 

「これは……『守護の決意』……いいのですか?あなたにこそ相応しい一枚かと」

 

店主の声には、わずかな驚きが混じっていた。まるでそのカードが、バルガス自身の魂を映し出しているかのように。

 

「うむ、しばらくは新しい戦法を考える!それまではこの店に預けておこう!」

 

バルガスは屈託なく笑う。その笑顔には、今日の失敗を糧にしようとする前向きな意志が宿っていた。

 

「では店主、また来るぞ!」

 

そう言って店を出ていく彼の背中を、店主は静かに見送る。去り際に見せた一瞬の真剣な表情を、店主は見逃さなかった。

 

「あのおじさん、防御大好きなのに……なんであんなに傷だらけなの」

 

リリィの疑問が、静寂を破る。

 

「そうだな、以前の彼は今とは逆に、攻撃一辺倒な戦い方をしていたらしい。その時に仲間を庇って……と聞いている」

 

フードの奥から、店主の重い声が響いた。

 

「えー、なにそれ」

 

リリィが呆れたように言う。

 

「だが……生きて帰ってくる者も必要なのかもしれんな」

 

「てんちょー?」

 

リリィが小首をかしげる。その瞳には、いつもの無邪気さに混じって、わずかな困惑が宿っていた。

 

店主の手がカードに向かう。まるで何かから逃れるかのように、慣れ親しんだ作業に没頭していく。

 

再び静寂が店内を包んだ。ランタンの炎が揺れる中、整理されるカードの音だけが、小さなリズムを刻んでいる。

 

陳列棚に新たに並べられた一枚のカードがきらりと黄金に光る。

 

そこには、仲間を庇う騎士の姿が描かれていた。

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