ダンジョンのカードショップ 作:ちくわ
陳列棚の前で、リリィが無造作にカードを袋に詰め込んでいる。
「てんちょー欲望なさすぎ!もっと儲けよ!」
フードを被った店主は、いつものようにカウンターの奥でカードの修繕作業を続けながら振り返る。
「これどう?売れないカードと高いカードを混ぜて売りつけるの!」
リリィが興奮気味に提案する。店主の手が一瞬止まった。
「……オリパか」
「おりぱ?」
リリィが小首をかしげる。
「オリジナルパック、だ」
店主の声には、どこか遠い記憶への複雑な響きが混じっていた。
「そう!それそれ!さすが私のてんちょー!」
リリィの手が踊る。攻撃、防御、回復——価値の異なるカードが袋の中で混じり合う。
その時、店の扉が勢いよく開かれた。
「よう!」
茶髪を無造作に逆立て、軽装に身を包んだ陽気な青年冒険者は、フェリックスと名乗る。
「いらっしゃいませ」
店主は静かに迎える。フェリックスの瞳が店内を見回すと、壁一面に並ぶ無数のカードが光を受けて輝いていた。
「すげぇ品揃えだな!」
屈託なく笑うフェリックス。その純粋さに、店主の胸には複雑な感情が湧いてくる。一方で、リリィの頬が微かに膨らんだ。
——また冒険者……塔を攻略されたら、てんちょーと離ればなれになっちゃうじゃない。
フェリックスの視線が、リリィの作っているパックに向けられた。
「おお、何だそれは?」
「オリパっていうの。運試し、してみる?」
リリィの説明に、フェリックスの目が輝く。
「いくらだ?」
「一つ50ゴールド」
リリィがそう答える前に、フェリックスはすでに皮袋から金貨を取り出していた。
「10個くれ!オレの幸運のお守りを試してやる!」
そう言いながら青年が胸元から取り出したのは、金色に美しく光る小さなペンダントだった。それは暖かな光を放ち、見る者の心に希望を宿らせるような輝きを湛えている。
フェリックスは次々とパックを開封していく。袋が破られるたび、中からカードが顔を覗かせる。一つ目は普通の攻撃カード、二つ目は回復カード、三つ目はハズレの攻撃カード。そして、
「『運命の諸刃』!大当たりだ!」
興奮したフェリックスは購入したカードと共に、意気揚々と店を出ていく。
「お買い上げありがとうございます。くれぐれも、お気をつけて……」
店主の声はもう青年には聞こえていなかった。
ふと、リリィの目が、カウンターの上に置かれた金色のお守りに留まる。その瞬間、彼女の瞳に何かが閃いた。
「てんちょー、私この忘れ物届けてくるね」
リリィの声には、わずかに楽しそうな響きが混じっていた。まるで子供が新しい遊びを見つけた時のような、危うい喜びが宿っている。
店主は彼女の後ろ姿を見送った。胸の奥で、何かが蠢いた。
◇ ◆ ◇
フェリックスは購入したカードを使い順調に塔を攻略していた。
「やはり、今日のオレには運がある!」
案山子の化け物を倒し次の階層へと進んだフェリックスの背後から、声がかけられた。
「お客さまー、お忘れ物ですよ」
振り返ると、少女がペンダントを手にしている。
「おお!ありがとう!これでオレは最強だ!」
フェリックスは感謝を込めてお守りを受け取り、それを胸元にしまい込む。
その瞬間、フェリックスの足元の石が崩れ落ちる。
「あれ?」
普段なら気にしない程度の段差につまずく。立ち上がると、前方から骸骨兵士が現れた。
「今度はこいつか」
攻撃カードを発動させる。いつもなら一撃で倒せる相手だが、カードが手から滑り落ちる。慌てて拾い上げた時、骸骨の剣が肩をかすった。
嫌な汗が出る。
苦戦しながらも、フェリックスは骸骨兵士を倒す。いつもなら楽勝のはずなのに、なぜか今日は勝手が違う。
その一部始終をリリィが静かに見つめていた。
そこへ、地響きと共に巨大なゴーレムが現れた。石でできたその巨体は天井に届きそうなほど大きく、一歩踏み出すたびに階層全体を震わせる。
「あんたはそこに隠れていてくれ!こいつはオレが倒す!」
フェリックスは反射的に横に飛ぶ。巨大な拳が風を切ってその頭上を通り過ぎる。
息が荒い。攻撃カードを握りしめ、発動させる。
軽い手応え。嫌な予感が的中する。ゴーレムの石肌に傷一つ付いていない。
次の瞬間、巨大な拳が壁に突き刺さる。轟音と共に石の破片が宙を舞った。フェリックスは咄嗟に腕を顔の前に上げたが、普段なら軽々と避けられるはずの欠片が次々と体に突き刺さる。
「があっ!?」
冷や汗が背中を流れる。足が震える。
追い詰められた状況で、彼が震える手で引いたカードは、『運命の諸刃』。
相手に特大のダメージを与えつつ、しかし自分もランダムでダメージを受ける可能性のあるそのカードにフェリックスは勝負を託す。
——数々の強敵を打ち倒したこのカードなら、オレの想いに応えてくれる!
「これで……今日のオレはツいている!」
フェリックスは自分に言い聞かせるように叫び、カードを発動する。
光の刃が嵐となってゴーレムを切り刻み、その巨体が崩れ落ちる。
「よし!!!」
——これだ、この力があれば塔を登り切れる!そして……
その時、
「ぐっ……!?」
フェリックスの体に激痛が走る。まるで内側から焼かれるような、耐え難い痛み。
一振りの光の刃が、フェリックスの体を貫いていた。
「そんな……馬鹿な……みんなが……待って……」
フェリックスが崩れ落ちる。彼の胸元から、紫色に光るお守りが転がり落ちた。
「ごめんね」
少女の声が闇に溶けていった。
◇ ◆ ◇
「てんちょー、ただいまー」
リリィが何食わぬ顔で店に戻ってくる。その手には一枚のカードが握られていた。
「私が追いついた時には、もう死んじゃってたみたい」
リリィは悲しそうな表情を作る。
「そうか、残念だ」
店主はそのカードを受け取る。指先が微かに震えた。
『幸運の代償』——そのカードには、茶髪の青年と傍らに落ちているペンダントが描かれていた。
——何かがおかしい。リリィは嘘をついている。
過去の記憶が脳裏をよぎる——転生前、オリジナルパックを売り、客の射幸心を煽っていた前世の日々。自分もまた、人を騙していたのだ。
その罪悪感が、店主のリリィを問い詰める言葉を封じ込めた。喉の奥で言葉が詰まる。
その代わりに出た言葉は、
「オリパは今日限りで禁止だ」
「えー!!」
リリィは頬を膨らませて不満げに答える。
店主はそれ以上何も言わずに『幸運の代償』を陳列棚へと仕舞い込む。フードの奥で、深い哀しみと自己嫌悪が表情に刻まれていた。
——大丈夫、てんちょー。私がずーっと一緒にいてあげるから。
店内のランタンの灯りが、二人の姿を壁に映し出す。フードを被った店主の影と、微笑む少女の影が、まるで永遠にそこに刻まれるかのように揺らめいていた。