ダンジョンのカードショップ   作:ちくわ

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『終わりなき渇望』

 

店の扉が勢いよく開かれた。

 

「よう!ここが噂のカードショップか!」

 

現れたのは継ぎ接ぎだらけの革鎧を着た男だった。右腕の傷は新しく、まだ血が滲んでいる。左手の指が二本欠けているのは、おそらく凍傷の痕だろう。腰の剣は刃こぼれし、柄には無数の手垢が染み付いている。左腕には古い革の腕輪が巻かれ、小さな鉄の留め金が光っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

店主が迎える。男はガルムと名乗り、興奮気味に店内を歩き回った。

 

「聞いたぜ、ここのカードがあれば塔の化け物どもとさらなる死闘を繰り広げられるってな!」

 

店内を歩き回っていたガルムが、不意に足を止める。まるで獲物を狙う肉食獣のように、じっと店内を見据えている。ただ、左手の腕輪を無意識に撫でる仕草だけが、その静寂を破っていた。

 

「より強い敵と、より危険な戦いを求めてここまで来た」

 

拳を握りしめ、古い傷跡がきしむ音が響く。

 

店主が一瞬、手を止める。

 

「かしこまりました。ではこちらのカードはいかがでしょうか」

 

店主の提案に、ガルムはそれを一瞥し手を振って遮った。

 

「つまらん。もっと危険で刺激的なヤツを頼む」

 

ガルムの目つきが鋭くなる。

 

「俺は生ぬるい戦いなんぞに興味はない。命のやり取りができるカードが欲しいんだ」

 

カウンターの奥でリリィが首をかしげる。

 

「危険なカードなら、こっちはどう?」

 

リリィが取り出したのは血のように赤いカード。指先でカードを弄ぶ手が、一瞬だけ震えた。

 

「『憤激の誓約』——あなたの与えるダメージを倍にして、でも受けるダメージも倍になっちゃうの!」

 

ガルムの瞳が狂喜に輝く。

 

「それだ!それこそ俺が求めていたものだ!」

 

店主が慌てて割り込む。

 

「お待ちください。そのカードはこちらの『冷静の契約』と組み合わせることで——」

 

「そんなもんはいらねえ!」

 

ガルムが即座に拒絶する。

 

「制限なしでやってこそ戦いだ!」

 

店主の警告を完全に無視して、ガルムは『憤激の誓約』のみを購入する。

 

「お買い上げありがとうございます。くれぐれも、お気をつけて……」

 

店主の警告は、いつものように届かない。

 

「心配するな!最高の戦いをしてやるさ!」

 

ガルムは笑いながら店を出ていく。店主は扉の向こうに消えるその背中を、じっと見つめていた。

 

    ◇ ◆ ◇

 

ガルムは『憤激の誓約』を駆使して塔を駆け上がる。

 

石造りの迷宮では、骸骨戦士たちが群れをなして襲いかかる。

 

「これでどうだ!」

 

ガルムの剣が一閃、二体の骸骨を同時に両断する。しかし反撃の骨の矢が肩を貫き、通常の倍の痛みがガルムを襲う。

 

「ハハハ!いい痛みだ!」

 

血を流しながらも、ガルムは興奮に身を震わせる。やられる前にやる、一撃一撃が命取りになりかねない戦いの中で、敵を圧倒的な火力で蹴散らしていく。

 

大蜥蜴の鉤爪が肩を貫いた瞬間、痛みで視界が真っ赤に染まる。それでもガルムは止まらない。

 

「いいぞ!これでこそだ!」

 

血を吐きながらも、ガルムの笑いは止まらない。痛みだけが彼に生きている実感を与えてくれる。戦いの中でのみ、あの日の無力感を忘れられるのだ。

 

「デカブツか」

 

地を震わせて巨大なゴーレムが現れる。ガルムは崩れた段差を確認し、敵を誘導する。巨体が傾いた瞬間、『憤激の誓約』を纏った剣が石の心臓を貫いた。

 

「誰がやったか知らないが、感謝するぜ!」

 

ゴーレムの巨体が崩れ落ちると同時に、奥の壁で重い石の扉がゆっくりと開いた。冷たい風が吹き抜け、血の匂いを一瞬で洗い流す。

 

ガルムは傷だらけの身体で階段を登る。

 

そこに広がるのは白銀の世界、そして座するは氷の竜。

 

あの日と同じ、雪と氷に覆われた光景。ガルムの身体が一瞬硬直する。

 

父の声。凍った扉の向こうで響く金属音。翌朝見つけた、斧を握りしめたまま凍りついた腕。そこに嵌められた古い革の腕輪。赤く染まった雪。

 

記憶が濁流のように押し寄せ、ガルムの視界が歪む。

 

氷の宮殿に、竜の咆哮と狂気に満ちた笑い声が満ちる。

 

「来いよ、化け物!最高の戦いをしてやる!」

 

ガルムが剣を振り上げる。『憤激の誓約』の効果で竜の鱗を粉砕する一撃が走るが、その瞬間、氷の竜の尾が死角から彼の身体を容赦なく貫いた。

 

骨が軋む音が耳を裂き、血が体内で熱を持ったまま氷に触れて瞬時に白く凍る。だが、ガルムの足は微動だにせず、剣を握る手は震えながらもなお前へ振り出される。

 

「まだ足りない!もっと激しく!」

 

戦いの狂気が思考を侵食し、現実と過去の境界が曖昧になる。氷の竜の巨大な影が別の何かに重なる。

 

「よくも……よくも親父を!」

 

ガルムの叫び声が氷を震わせる。もはや彼の目に映るのは竜ではない。憎悪の対象は、遠い過去のあの日に戻っていた。

 

竜の巨大な爪が胸を切り裂き、冷たい鋭角の痛みが神経を焼く。血が床に落ち、氷の結晶となって砕け散る。その光景さえも、彼の目には戦場の華として映った。

 

「もっと!もっとだ!」

 

声は掠れ、息は白く凍りつく。肌に貼りつく氷の鱗片の感触、剣を握る手の震え、骨の軋む痛み——それらすべてが、ガルムの狂気の炎に油を注ぐ燃料だった。

 

塔の空気すら振動し、氷の宮殿の壁が微かに割れる音が響く。竜の咆哮とガルムの嗤い声が混ざり、戦場は異界そのものに変貌していく。

 

氷結の息吹に包まれながらも、彼の瞳は一層鋭く輝き、狂戦士の笑みは消えることはなかった——

 

    ◇ ◆ ◇

 

「てんちょー、仕入れ終わったよー」

 

リリィの声が、店の静寂を切り裂くように響いた。

 

店主は無言でカードを受け取る。

 

『終わりなき渇望』——そのカードには、氷に包まれた狂戦士の姿が描かれていた。

 

「……お疲れ様」

 

店主は静かにカードを陳列棚に並べた。フードの奥で、深い諦観が表情を覆う。

 

静寂が店内を支配した。

 

「てんちょー、あの人なら塔をクリアしてくれそうだったのにね」

 

リリィが明るい声で言う。しかし、その声は微かに上ずっている。

 

「なんだかすごく強そうだったし、ざんねーん」

 

軽薄な調子の裏に、何かを押し殺すような緊張が走る。

 

表面的には店主を気遣う言葉だが、その奥に隠された本音を店主は察していた。

 

——やはり、リリィは私がこの塔から解放されないことを願っている。

 

店主の表情が沈む。

 

「いや……」

 

店主は静かに呟く。

 

「あの男がもし塔を攻略したとしても、きっと『次はもっと強い階層を』『さらなる強敵を』と望んだだろう。そうなった時、塔が私を解放してくれたとは思えない……」

 

店主の声に、深い諦めが滲んでいた。

 

リリィの表情が変わった。

 

「塔が?」

 

店主の手が、カウンターの端を強く掴む。

 

「てんちょー、どうしてそんなこと分かるの?まるで……」

 

「知らなくてもいいこともある」

 

店主の言葉がリリィのそれを遮る。沈黙が数秒続く。

 

リリィは店主を見つめ、小さく息を吐いた。店主の秘密を知りたい気持ちと、それを知ることで何かが変わってしまうことへの恐れが、彼女の中で静かに渦巻いている。

 

店内に再び静寂が戻る。棚に並んだカードが、隙間風に揺れて寂しげに震えていた。

 

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