「魔法使いのお兄ちゃん‼」
そう呼ばれた魔法使いのお兄ちゃんは半そでに短パンでアイスを加えていた。
傍から見ればどこにも魔法使いの要素はない。見た人はいなかったが、仮にいてもそういうあだ名ななのか、くらいにしか思わないだろう。
なので正しい対応としては笑顔で肯定するか、人違いを装うのが良かった。
だが、
「いや、ちょ! え!? あの時の子!? ちょ、ちょっと待ってね!」
和明は慌てた。
見ている人はいなかったがもしいれば通報した方がいいのでは? と思うくらいには動揺していた。なにせ誰にもバレたことのないものが、よりによってこんなに小さい子にバレてしまったのだ。
真帆を家に送り届けた時は泣いた子をあやせた安心感、帰ってからは帰りが遅いと怒られて記憶はとび、寝てしまえばすでに忘却の彼方。こうして出会うまでは魔法がバレたことさえ意識してなかったのだ。
そして休日のダラけきったこのタイミング。
真帆は意図せず、一番隙のできる時を選べたのだ。
和明の服を掴んでお願いする真帆にあきらめて以前と同じ公園に連れていく和明。元気ハツラツに歩く小学生にうなだれたまま手を引かれる高校生。偶然見ていたおばさんは、子ども遊びに付き合う休日のお父さんの姿をみた。
遊具に隠れて渋々ながら魔法を見せる和明、炎を出して宙に浮かせ、指先で操作する。和明としては比較的簡単なものだった。
それでも真帆は見ていた。その瞳に映っていた熱、光、それは昔自分にもあったもの。
憧れと好奇心。
気が付けば自分のできる限りの魔法を見せていた。どうすれば驚くのか、どうすれば輝くのか、どうすれば、
目の前の女の子は喜んでくれるのか。
それから暗くなる前に家まで送り届け、真帆の母親とあいさつをして連絡先を交換した。ほぼ毎週のように休みになれば真帆が母親を通じて和明を呼び出し、和明は真帆を連れて公園へ行った。
真帆が一人で和明の家に遊びに行くようになったのに時間はかからなかった。
真帆をかわいがった和明の母親は主のいない部屋へ案内し、そのことで文句を言ったが「家に呼ぶ彼女ができてから文句を言え、よく分からんガラクタおいてあって掃除が大変なのに」と言い返された。和明は泣いた。
人生初の自室へ招いた異性は小学生だったことに、勝手に母親が入っていたことに。たぶんこっそりしまってた本もバレてる。
真帆はよく分からなかったがとりあえず慰めようと頭を撫でた。余計に泣いた。
「えーでは教えます」
目が赤い和明はベッドに座らせた真帆にこれまでに自分で調べた魔法のことを教えた。
そして自作した杖を振らせてみたのだが、
「キラキラでない?」
「なんでだろね?」
何も出ない。
真帆一緒に杖を握れば使えるのだが、感覚としては和明が魔法を使ってるだけだ。
ブンブンと杖を振る真帆を見ながら和明は考える。そしていくつかの可能性を考えた結果、
「よし、お勉強しよう」
「お勉強!?」
真帆は絶望した。これまでの人生で一番絶望した。楽しみにしてたシュークリームを父親が間違って食べた時より、学校が休みだと思ったら登校日だった時より、テレビで見て隙になった俳優が結婚していたと知った時より、
「映画を見ようと思うけど、おやつ食べる?」
「見るー! 食べるー‼」
すぐ元気になった。
ウキウキでリビングに向かい、和明の手伝いをする。
途中「かわいいわねーうちの息子と交換したいわー」と真帆を撫でていた。息子は何も言わなかった。どうせ何を言っても言い負かされるのだ。
それから世界中で流行ったファンタジーものを見た。最初はお菓子に夢中だった真帆も途中からは食い入るように見はじめ、結局最後までお菓子に手を付けることは無かった。
それから家に来るたびに杖を振って映画を見て、たまに母親からのおつかいを一緒にこなして、弟子となってから気が付けば数年経っていた。
「うーん今日もダメかぁ」
「たっ! やぁ! ほわちゃ!」
「危ないから杖を振り回さない、あと最後のはカンフーの掛け声」
そして大学生になった和明の家に来た真帆は、同じように杖を振っている。
杖先からはなんの反応もない。
「昨日カンフー映画見てきたので!」
「魔法関係ないけど」
師匠からの冷静なツッコミを真帆はスルーした。
和明は魔法を使うイメージを持ってほしいために、様々なファンタジー映画を真帆に見せた。年齢もあって映画と言えばアニメ映画な真帆はどんどんはまっていき、今ではファンタジー以外の映画も見るようになった。
ある日、サメはかわいいと言われた和明は困惑した。
「うーんどうしたものかな」
「かず兄ちゃんも悩みすぎたらはげるよ、うちの父さんみたいに」
「ごめん毛生え薬の研究したいからしばらく出禁で」
「え?」
いつもの通り冗談を言ってみれば真剣な顔で返された。さっきの玄関で言われた時とは違って真顔だった。真帆は急いで理由を聞くと和明に「それは女の子にとって太る並の禁句」と説明されて土下座した。
「それは後で研究するとして」
「あ、するんだ」
ひとまず置いておいて話を戻す。
「実際のところ、どうする?」
「? どうするって?」
「場所も変わったし、こっちも大学生になってこれまで通り見れるとは限らない」
和明が気にしているのは真帆のこと、大学生になり環境が変わればいままで通りに相手をすることができるとは限らない。真帆にもいろいろ予定などがあるだろうし、そこに迷惑をかけるのは忍びない。
「今のところ魔法が使える様子はない、もしかしたらずっと使えないかもしれない。それなら今のうちにあきらめるのもいいとは思う」
なにより、このまま魔法が使えなかったら?
真帆との付き合いは長いが、今日までの間、魔法が使えるそぶりは一度もなかった。その分時間を浪費してしまった、無駄になってしまうのは申し訳ないとも考えている和明は、言外にあきらめる、もしくは関わるのをやめようかと言ったのだ。
同年代との付き合いや、将来に向けた勉強などもある。自分が夢を見せてしまったばっかりに、無駄な時間を使わせたのではないかと、ずっと気にしていた。
気にしていた。
「え、かず兄ちゃん女の子連れ込むの?」
「え?」
のだが、真帆には伝わらなかったらしい。
「え? ごめんどういうこと?」
「おばさんがね、もしかず兄ちゃんが真帆のこと追い出そうとしたら女の子連れ込むつもりだから教えてねって」
「あーもーなんだあのくそばばぁー」
普段は使わない暴言が真帆の前でこぼれた。慣れないなりに和明は師匠としてがんばっており、真帆のことを考えていた。
今回の提案も嫌われるならまし、泣かれるかもしれないとも思った。活発な割に感情豊かで泣きやすいのが真帆だ。何回も泣かせては慰めていた、ただこの時は慰められない。年下の女の子を傷つけて泣かせた最低なやつになる覚悟もしていた。
「もしそんな子がいたら教えてねとも言ってた」
「それもうやってること親戚のおばちゃんだろ」
そんな覚悟は紛れもない自身の母親に踏みにじられた。
「あと、わたしはずっと魔法の勉強するから。かず兄ちゃんが朝帰りしてもいいように合鍵貰ったし」
「渡しなさい、あと朝帰りなんて言葉使うんじゃありません。誰に教わったの」
「お父さん」
「実の娘になに教えてんだおっさん!」
「お母さんに怒られてた」
「そりゃそうだ」
ため息をついた和明はベッドに寝転んだ。
なんだかんだ緊張していたのだが、真帆との会話でそんな話をする空気でもなくなった。気の抜けたままベッドでうあ゛〜と言葉にならない声を出す。
「なんか、かず兄ちゃんおっさんぽくなったね」
寝転んだ和明に何気ない真帆の言葉が突き刺さる。
真顔で起き上がった和明は置いてあった杖を手に取ると、真帆に向けて一振り、杖の先から出た光の帯が真帆を囲んだ。
「わ、何これどんな魔法⁉︎」
光の帯を見ながら呑気にも目を輝かせて期待する。
「ん?」
少し視界が横にずれた。
「を?」
そのまま横のズレていき、次第にスピードが上がる
「か、かず兄ちゃ」
「それはな」
グルグルと回り始めた真帆に向かって和明は悪どい笑みを浮かべた。
「中にいるものを回し続けるだけの魔法だ」
さらにスピードが上がる。
「ど、どど、どれくらい?」
「分からん、ま、しばらくそのままな。
「あぎゃー⁉︎」
魔法使いの弟子は自身の失態をその身で受けた。