本作オリジナル艦娘の登場です。
サブタイトルで分かる人には分かるかも?
5. 雲出ずる時 (前編)
東京へ戻り、艦娘研究の進捗状況について報告を終えた洋平達三人は、そのまま艦娘運用のための訓練へ回されることとなった。
どうやら以前から、三人を新設予定の艦娘運用部隊、その司令部要員として配置することはほぼ決まっていたらしい。
理由は単純だった。
艦娘は、これまで人類が運用したことのない新機軸の兵器である。
当然、運用ノウハウなど存在しない。
ならば───。
『既存の艦艇運用へ必要以上に慣れ切った人間より、まだ固定観念の薄い若い士官に一から戦術を作らせた方がいい』
という判断だった。
艦娘技術研究所 所長室
「……で、結局ここにとんぼ返り、と」
洋平はソファへ深く腰掛け、盛大にため息を吐いた。
「ああ……ったく。もうちょっとやりようあっただろ、上も。何で俺達に東京と北海道を往復させるんだよ」
「そもそも、よく考えたら進捗報告なんて通信一つで済む話だっただろ」
最初の研究所訪問を終えて東京へ戻った三人だったが、それから僅か半月ほど。
艦娘運用訓練を行える施設が、機密上ここしか存在しないという理由で、再び北海道まで戻されていた。
もっとも、それ自体は仕方がない。
問題は、
「だったら最初から、こっちで訓練までさせりゃよかったじゃねぇか……」
という話である。
秋吉は苦笑した。
「艦娘は、今のところ最高軍事機密だからね。進捗確認そのものも、出来る限り通信を使いたくなかったんだよ」
「秘匿回線くらいあるだろ?」
「あるよ」
「じゃあ何でだよ」
「それでも危ないから」
秋吉の表情が、少しだけ真面目になる。
「暗号化して、専用回線を使って、通信時間を短くして。それでも、情報が外へ出る可能性を完全にゼロには出来ない」
「……そんなにスパイがうじゃうじゃいるのかよ、ウチの軍」
「国防軍だけの話じゃないんだ」
「……え?」
「世界中だよ」
ここ数年。
各国の情報機関から、奇妙な報告が上がり続けていた。
正体不明の諜報活動。
所属国家も、組織も分からない工作員。
通常の情報収集活動では説明しにくい、不自然な情報流出。
……そして。
発信元も受信先も特定出来ない、正体不明の通信らしきもの。
その一部については、
『海へ向けて送信されているのではないか』
という推測すら存在した。
もっとも、確証はない。
誰が、何の目的で、誰へ情報を送っているのか。
何も分からない。
日本を含む一部の国では、SUEとの関連すら疑われていた。
だが、それもまだ仮説の域を出ない。
少なくとも、この時点で秋吉達が知っていたのは、
世界中のどこかで、何者かが、
人類側の軍事情報を探っているらしい。
そこまでだった。
「思ったより、人間社会の中まで入り込まれてるかもしれないってことか」
「もし本当にSUEが関わってるならね」
秋吉も腕を組む。
「ミレニアム・ショックの時、第601海軍航空隊が撮ったガンカメラ映像も何度も見たけど……少なくとも、あそこで確認された個体は普通に街を歩いてて気付かれないような姿じゃなかった」
「まあ……アレはな」
洋平も映像を思い出す。
人型ではある。
───だが。
人間ではないと、一目で分かる。
「姿を変えられる、とか?」
「可能性としてはあるかもね」
秋吉は肩を竦めた。
「今のところ証拠はないけど」
「艦娘には?」
「そんな機能、搭載予定にないよ」
「だよなぁ……」
二人で頭を悩ませていると。
ガチャ。
「戻ったよ、兄貴」
「ただいま〜!」
所長室の扉が開き、海斗と美香が入ってきた。
二人は少し前まで、艦娘運用シミュレーターを使った指揮訓練を受けていた。
「どうだった?」
洋平が尋ねる。
すると、海斗の表情が一気に明るくなった。
「凄いよ、兄貴!」
「確かに、これならSUEに勝てそうって思えるわね」
「そんなにか?」
「ああ」
海斗は頷く。
「少なくとも、シミュレーター上の性能だけ見ればな」
秋吉が口を挟む。
「そこは忘れないでよ」
「分かってるって」
「シミュレーターは、今まで得られたSUEの戦闘記録を基にしてるだけだからね。相手の能力を全部把握出来てる保証はない」
少し間を置き、秋吉は笑った。
「まあ、どんな奴が来ても勝てるところまで仕上げるつもりだけど」
「ああ。頼むぜ」
洋平も笑い返す。
「それで?」
「性能じゃなくて、戦術面で何か分かったか?」
「それなんだけどさ」
美香が考えながら口を開いた。
「やっぱり、普通の艦とは全然違う」
「もちろん艦隊戦術そのものは使えるわよ? 単縦陣とか、集中攻撃とか、役割分担とか」
「でも」
海斗が引き継ぐ。
「艦娘に出来ることは、それだけじゃない」
「普通の船じゃ絶対に出来ない動きが出来る」
「だから、海軍軍人が『軍艦ならこう動く』って思ってる、その常識から疑った方がいいと思う」
美香も頷いた。
「極端な話、船を全然知らない子供の方が、私達じゃ思い付かない戦術を考えるかもしれないわね」
「固定観念に囚われるな、ってことか」
洋平は少し考えた。
「ちなみに、もう何か思い付いた?」
「ああ」
海斗が即答する。
「魚雷は、ジャンプして避けられる」
「…………」
洋平が黙る。
秋吉も一瞬だけ固まった。
そして、
「……確かに」
「だろ?」
「船じゃ絶対に思い付かないな、それ」
秋吉が感心したように頷く。
「流石は神崎家。戦闘に関する発想が早いね」
魚雷は、水中を走る。
……ならば。
その軌道を飛び越えられるだけの身体能力があるなら。
避ければいい。
言葉にすれば、それだけ。
だが、船を指揮してきた人間ほど、
『魚雷は回避運動でかわすもの』
という常識から離れにくい。
短時間の訓練ながら、海斗と美香は、既に艦娘という兵器の特異性を掴み始めていた。
「そういえば」
一段落したところで、洋平が秋吉を見る。
「前から気になってたことがあるんだが」
「何?」
「どうして今研究してる艦娘って、昔の軍艦が元なんだ?」
秋吉が目を細める。
「現代艦をモデルにした方が強そうじゃないか?」
「なるほど」
「技術的な問題とか、艦魂側の事情とかは一旦置いておくとして……」
秋吉は少し考え……
「昔の艦艇の方が向いてると言える理由は、ちゃんとある」
「何?」
「じゃあ問題」
秋吉が指を一本立てる。
「戦艦を始めとした大戦期の大型艦艇にはあって、現代艦にはほとんど無いもの」
「何か思い付く?」
「逆ならいくらでも出るんだけどな」
海斗が唸る。
ミサイル。
高性能レーダー。
高度なデータリンク。
電子戦。
現代艦の方が優れているものなら、いくらでもある。
───だが。
「あ」
美香が声を上げた。
「装甲?」
「正解」
秋吉が頷く。
「物理的な防御力なら、大戦期の戦艦なんかは現代艦とは比較にならない」
「でも、それがSUE相手にそんな重要なの?」
「重要なんだ」
秋吉は机上の端末を操作した。
画面に、ミレニアム・ショック時の戦闘データが表示される。
「最初、人類側では『SUEが大規模なジャミングを使っている』って考えられてた」
「今は違うのか?」
「違う、というより」
秋吉は少し言葉を選ぶ。
「それだけじゃなかった、が正しいかな」
画面へ複数の記録が表示される。
「妨害らしい現象自体は確認されてる。だからSUE側に何らかの電子妨害能力がある可能性は高い」
「でも、第一艦隊戦の記録を洗い直すと……単純に敵が小さ過ぎるんだ」
「小さ過ぎる?」
「人間大だぞ?」
秋吉は画面を指す。
「現代の対水上レーダーが想定してる敵って、何十メートル、何百メートルっていう船だろ」
「海面反射の中に、人間大の物体が混じる」
「それが高速で動く」
「しかも、こっちが脅威目標として認識する前に撃ってくる」
洋平が思い出す。
「……第一艦隊が途中から微弱反応を拾い直してたな」
「そう」
「だからレーダーそのものが使えないわけじゃない」
「航空機側のレーダーや、近距離になってからの各種センサーでは、実際に捕捉例がある」
「問題は」
秋吉が続ける。
「現代艦が本来得意な、長距離から見つけて、長距離から誘導兵器で一方的に叩くっていう戦い方が成立しにくいことなんだ」
「対艦ミサイルだって、あのサイズなら避けられる」
第601海軍航空隊も、それを経験している。
日本製対艦ミサイルの高い誘導精度があったからこそ直撃例は出た。
そして、
直撃すれば撃破出来ることも分かった。
だが……そもそも当てるのが難しい。
「結果、どうしても交戦距離が近くなりやすい」
秋吉が言った。
「……ああ」
美香が理解する。
「だから装甲なのね」
「そう」
秋吉が頷く。
「近付いた時点で、現代艦が持ってる長距離戦の優位はかなり削られる」
「その一方で」
「SUEは、人間大の身体から艦砲級の火力を撃ってくる」
「現代艦は、それを何発も受け止めるようには作られてない」
「つまり」
洋平が整理する。
「どうせ近距離で砲撃戦になるなら」
「ミサイル主体の現代艦より」
「大砲と分厚い装甲を持ってる昔の軍艦の方が、噛み合わせが良い」
「そういうこと」
秋吉は笑った。
そして、
「実は」
声を少し落とした。
「もう、そのやり方で戦果も上がってる」
「「「え?」」」
三人の反応が止まった。
ミレニアム・ショック以降。
表向き、SUEは一度も現れていない。
前回。
秋吉自身がそう言っていた。
「……どういうことだ?」
洋平が尋ねる。
秋吉は少し迷った後、
「君達も、もうここまで関わってるからね」
そう言って、声を潜めた。
「これは僕達みたいな対SUE研究関係者と、軍や政府のごく一部しか知らない話だ」
「ミレニアム・ショック以降」
「一度だけ」
「人類とSUEの、明確な交戦が確認されてる」
「……!」
秋吉は、
「何故、人類が大戦期艦艇を再評価することになったのか」
その最大の理由となったある戦いについて、語り始めた。
2002年初頭。
アメリカ合衆国、ハワイ諸島近海。
レーダーとソナーに、SUEと思われる反応が断続的に現れ始めた。
姿を見せるわけではない。
攻撃を仕掛けてくるわけでもない。
だが、いる。
それだけは分かる。
放置するには危険過ぎた。
当時、アメリカは対テロ戦争の最中にあった。
ハワイ周辺の安全を確認出来ない以上、米海軍は有力な戦力を周辺へ残さざるを得ない。
しかし、いつ来るかも分からないSUEを警戒し続けるためだけに、主力艦隊を長期間ハワイ周辺へ釘付けにするわけにもいかない。
そこで米海軍上層部は、
2000年の戦訓から、一つの実験的な作戦を考えた。
真珠湾。
そこには、既に現役を退き記念艦となっていた、一隻の戦艦がいた。
アイオワ級戦艦「ミズーリ」。
「……まさか」
美香が呟く。
秋吉が頷いた。
「その、まさか」
米海軍は「ミズーリ」を、
無理矢理、もう一度戦える状態へ戻した。
完全な現役復帰などではない。
この時点では長期間運用するつもりもない。
たった一度。
SUEへぶつけるためだけの。
極秘実戦復帰。
少数のイージス艦が護衛につき。
「ミズーリ」はSUE反応海域へ進出した。
───すると。
それまで姿を見せようとしなかったSUEが、動いた。
海中から。
海面から。
次々と姿を現し、「ミズーリ」へ殺到した。
米軍側は護衛艦を後退させた。
そして「ミズーリ」は、
ほぼ単艦で、SUE艦隊を迎え撃った。
当然、無傷で済むわけがない。
数では敵が上。
砲撃は容赦なく降り注いだ。
上部構造物、レーダー、各種設備。
至るところが破壊されていく。
───だが、沈まない。
彼女は『戦艦』だった。
本来、同じ戦艦の大口径砲弾を受けることすら考慮して作られた、巨大な船体。
そして、厚い装甲。
ミレニアム・ショックで現代艦を次々と沈めた砲撃を受けても、致命傷になるまでの時間が圧倒的に長かった。
……そして。
「ミズーリ」には、反撃するための砲があった。
16インチ───40.6センチ。
三連装主砲、九門。
大戦期に敵戦艦を撃ち抜くために作られた火力が、
人間大の軍艦へ向けて火を噴いた。
命中、至近弾、また命中。
砲撃を受け、それでも耐え、さらに撃ち返す。
───結果。
「ミズーリ」は単艦でSUE艦隊を撃滅した。
上部構造物を中心に大きな損傷を負いながら、
それでも生還した。
「……勝ったのか」
海斗が呟く。
「SUEに」
「ああ」
秋吉が答える。
「勝った」
世界最後の戦艦が、人類へ一つの答えを示した。
近距離砲戦能力。
大口径砲。
そして、重装甲。
大戦期艦艇が持っていた、現代海戦では重要性を失いつつあった能力が、SUE相手には再び意味を持った。
作戦は、完全な極秘扱いとなった。
「ミズーリ」が記念艦としての係留位置を離れたことについても、米政府の対外説明は、
『船体に問題が確認されたため、修復作業のためドック入りした』
というものだった。
「これが」
秋吉は話を終えた。
「艦娘のモデルに、大戦期以前の軍艦を使ってる最大の理由の一つ」
「……あの時のニュース」
洋平が目を見開く。
「俺、覚えてるぞ」
「ミズーリに破損が見つかって、急遽ドック入りしたとか……」
「そう」
「アレ、そういうことだったのかよ……」
海斗は、まだ少し信じられないようだった。
「勝ったんだ……」
「ちゃんと」
「人類の兵器で」
「ああ」
秋吉が頷く。
「だから、艦娘も勝てる」
「そう信じてる」
美香も表情を明るくする。
「確かに」
「戦艦そのものをSUEへ突っ込ませて勝てるなら」
「その戦艦の火力と防御力を、人間大で動ける艦娘に持たせられれば……」
「もっと噛み合わせが良くなる」
「そういうこと」
秋吉は笑った。
洋平達三人の中で、
艦娘という、まだ姿すら見たことのない兵器への期待が、少しずつ確かなものへ変わり始めていた。
その後。
三人は一年以上にわたり、艦娘運用を前提とした訓練を続けていった。
通常艦隊戦。
水雷戦。
砲撃戦。
航空戦。
陸上戦闘。
そして、そのどれにも完全には当てはまらない艦娘独自の戦い方。
運用側が、新しい戦術を作る。
その一方。
研究所では艦娘そのものを完成させるための研究が続いていた。
───そんな中。
海斗と美香にも大きな変化が訪れた。
美香の妊娠が判明したのである。
その報告を聞いた時。
秋吉の頭には、一つの考えが浮かんだ。
現在研究中の艦娘。
普通の人間の少女へ、
後から艦魂と艤装と接続機構を追加する。
その方式には、既に根本的な問題が見え始めていた。
艤装は単なる装備ではない。
見た目だけなら、身体へ装着する巨大なパワードスーツにも見える。
だが……実際には違う。
艤装は神経系へ接続され、艦娘自身の手足、感覚器、身体の一部、その延長として動く。
兵装操作や機関制御においては、細かな処理の一部は、艤装内部で働く妖精達がかつての艦艇乗組員のように補助する。
それでも、最終的に膨大な情報を統合し、判断するのは、艦娘本人だった。
言ってしまえば、一人の少女の脳が軍艦一隻のCICに近い役割まで担う。
普通の人間へ、
後からそれだけのものを背負わせれば、
当然、無理が出る。
脳への情報処理負荷。
神経への負担。
艤装との同調不良。
身体へ埋め込まれる接続プラットフォーム。
兵装用ハードポイント。
そうした異物に対する拒絶反応。
……秋吉は、
自分が今作ろうとしている第一世代艦娘を、
既に、
『欠陥品』
だと考え始めていた。
戦えるし、恐らく強い。
だが、
人間側へ無理をさせ過ぎている。
ならば、後から人間へ艦娘の機能を足すのではなく、
最初から艤装へ適応出来る身体として生まれればいい。
艤装との完全な同調。
高い情報処理能力。
接続機構への適応。
身体そのものを、
最初から艦娘になることを前提に設計する。
遺伝子操作などを用いた、デザイナーベビー。
発想そのものは、理屈が通っていた。
だが、
「……いや」
秋吉は、一人で頭を抱えた。
「それを」
「これから生まれてくる子供で試すって……」
どう考えても、簡単に口へ出していい話ではない。
しかもその子供は、自分を信頼してくれている海斗と美香の子供なのだ。
秋吉は、少なくとも自分から頼むつもりはなかった。
だが、
「……秋吉」
後日、
声を掛けてきたのは、美香本人だった。
「この前、何言ってたの?」
「…………聞いてた?」
「少しだけ」
「……独り言の癖、直した方がいいよ」
「それは……善処する」
美香は、腹部へそっと手を添えた。
「もし……」
少し迷って、それでも言った。
「もし、この子の力を借りれば」
「これから先」
「無茶な改造をされて戦わされる子を減らせるの?」
秋吉はすぐには答えなかった。
「保証は出来ない」
「危険がないとも言えない」
「まだ」
「理論段階に近いものも多い」
「……うん」
「僕から頼めるような実験じゃない」
「それでも」
美香は言った。
「やってほしい」
「美香」
隣にいた海斗も静かに頷いた。
「俺も同意する」
二人とも、何を言っているのか理解した上で、決めていた。
「これから生まれてくる俺達の子を」
「ただ兵器にしたいわけじゃない」
海斗が言う。
「でも」
「この研究で」
「これから艦娘になる子達が少しでも苦しまなくて済むなら」
美香が続ける。
「この子にも」
「誰かを救えるものを残してあげたい」
秋吉は、長い間答えられなかった。
そして。
最終的に、海斗と美香の第一子を対象とした新しい研究が始まった。
最初の目標は、
艤装との接続・同調へ、先天的に適応可能な身体を作ること。
遺伝子操作などによって、
艤装適応能力、情報処理能力、神経系、そして頭脳そのものへ、大きな調整が加えられた。
後にこの少女は、
「第一世代艦娘を改良するための人体テストベッド」
そう位置付けられることになる。
そして、2004年。
少女は無事に生まれた。
名前は、神崎希空。
───のあ。
その名は、滅びへ向かう世界から命を救った、
『ノアの方舟』
に由来していた。
「人類を救う存在になってほしい」
そんな願いが込められた名前だった。
……もっとも。
争いから人を救うために、生まれる前から身体へ手を加えられた少女が『方舟』の名を与えられたことを、
皮肉と取るか。
希望と取るかは。
まだ、誰にも分からなかった。
希空の身体は、秋吉の予想以上の結果を示した。
艤装への高い適応性。
大きく拡張された情報処理能力。
そして何より、頭脳。
まだ生まれたばかり。
当然、この時点で科学を理解しているわけではない。
だが。
各種検査から示された能力は、通常の人間の範囲を明らかに越えていた。
秋吉は確信し始めていた。
この子は、自分を超えるかもしれない。
希空は、両親と離されたわけではない。
だが、身体そのものが研究対象である以上、研究所内の医療・研究区画で過ごす時間は自然と長くなった。
そして、成長に合わせて、秋吉は彼女へ科学者としての教育も施していくことになる。
───まだ、ずっと先の話。
この時点では誰も知らない。
この赤ん坊が後に、艦娘技術どころか科学技術そのものを、人類が想像もしなかった領域まで押し上げることを。
一方。
艦娘を作る研究と並行して、それを使うための組織も形を持ち始めていた。
2004年10月。
日本国防海軍は『特務艦隊司令部』を新設。
対SUE戦力を統括するための、新たな司令部。
司令長官には神崎洋平。
直属部隊として、
『第一特務艦隊』
『第二特務艦隊』
の二個艦隊が設立された。
第一特務艦隊司令官は洋平が兼任。
第二特務艦隊司令官には神崎海斗。
副官は神崎美香。
さらに、第二特務艦隊は、
日本近海だけでなく、
外洋への進出、遠征、攻勢任務といった作戦も想定していた。
そのため、
艦娘を戦闘海域付近まで輸送し、補給し、整備し、
同時に、艦娘部隊の移動司令部としても機能する、
新艦種『艦娘母艦』
その運用体制も、並行して整備され始めた。
美香は、第二特務艦隊副官と共に、この艦娘母艦の艦長職も担う予定となった。
……もっとも。
組織だけ作っても、まだ肝心の艦娘がいない。
そのため、特務艦隊司令部の本格始動は翌年へ持ち越された。
そして。
年が明け、2005年3月。
遂に、その時が来た。
「…………いよいよ、だな」
秋吉は、珍しく目に見えて緊張していた。
手が落ち着かない。
何度確認しても、また端末を見る。
無理もない。
数年間。
妖精達と共に、何度も失敗して、何度も設計を変えて、ようやくここまで来た。
艦魂のサルベージ───成功。
今回は、呉で行った。
将来的には、
遠隔地からでも、もっと自由に、もっと高性能な艦艇の艦魂さえ扱えるようにしたい。
だが、今はそこまで望まない。
艤装───完成。
人体との接続───理論上、成立。
そして、素体───身寄りを失った少女達。
秋吉は目を閉じた。
本人達から同意は得ている。
説明もした。
それでも、これを完全に正しい方法だとはどうしても思えなかった。
普通の少女へ、後から軍艦を背負わせる。
戦う身体へ作り替える。
今の人類にはこれしかない。
だから、やる。
だが。
「……これでいい、とは思うな」
秋吉は自分自身へ言い聞かせる。
「今だけだ」
いつか、人間の少女を素体として使わなくても、艦娘を作れるようにする。
もっと強く。
もっと安全に。
もっと人として生きられる形で。
そのためにも、まず今、人類最初の一歩を成功させなければならない。
秋吉は大きく息を吸った。
そして───
「……覚悟を決めろ」
顔を上げる。
「艦娘建造───開始!!」
その言葉を合図に。
世界で初めて、人類の手による実用艦娘の建造が始まった。
後に。
この方式で生まれた彼女達は、
秋吉智明によって、
『第一世代艦娘』
そう分類されることになる。
第一。
そう名付けたのは、
秋吉自身がこの方式を、最後の答えだとは最初から考えていなかったからだった。
いつの日か。
第一世代より強く。
第一世代が抱える問題を解消した。
次の世代。
『第二世代艦娘』
そこへ辿り着くために。
そして、
それから一か月ほどが経った。
国防省 特務艦隊司令部
「艦娘、もう出来たかな……」
美香が何気なく呟く。
「どうだろ」
海斗が書類から顔を上げる。
「予定通りなら、そろそろだと思うけど」
「案外」
洋平が笑う。
「今日あたり来たりしてな───」
その時だった。
コンコン。
ノック。
続いて、
「失礼します!」
扉が開いた。
三人が同時に顔を上げる。
そこにいたのは、一人の少女。
見た目は、十五歳ほど。
暗めの茶髪。
その内側には赤い色が覗いている。
青い瞳。
まだどこか、軍人としてはあまりにも若く見える少女。
だが。
その立ち姿だけは、妙に堂々としていた。
少女は三人の前まで進み、姿勢を正す。
そして、はっきりと名乗った。
「装甲巡洋艦“出雲”!」
「着任しました!」
「これより、艦隊の指揮下に入ります!」
「「「…………」」」
洋平。
海斗。
美香。
三人とも、言葉が出なかった。
数年前。
海を滑る人型の怪物によって父を奪われた。
その怪物へ対抗するため、人類が同じ海へ送り出そうとしている、最初の少女。
装甲巡洋艦“出雲”。
この日。
三人と“出雲”は出会った。
そして、
彼女自身もまだ知らない、
十年以上にわたって続くことになる、
長い、あまりにも長い戦いが。
この日から、始まった。
続く
あ と が き
と言うことで、オリジナル艦娘“出雲”の登場です。
ちなみに、本作における艦娘の世代のボーダーラインは艦種毎に決まっています。
日本艦娘では、
戦艦なら弩級戦艦までが『第一』、
巡洋艦なら装甲巡洋艦や防護巡洋艦が『第一』に当たります。
空母などの第一次大戦〜戦間期に発展していった艦種に関してはほぼほぼ『第二』ですが、例外として某「お艦」はギリギリ『第一』という設定です。
要するに原作実装艦のほとんどは『第二』に当たる訳です。
次回 日常