神崎家周りの日常(?)回。(要はメインキャラの紹介)
2005年5月
艦娘技術研究所 艦娘用演習場
広大な屋内水上演習区画を、一人の少女が高速で駆けていた。
第二特務艦隊所属。
装甲巡洋艦“出雲”。
現状、建造された艦娘の中で艤装調整まで正常に完了し、本格的な戦闘訓練へ移行出来ているのは彼女だけだった。
そのため、敵役はSUEの戦闘データを基に作られた無人標的である。
水上を自律機動し、回避し、模擬砲撃まで行う標的群が、演習区画の各所から次々と現れていた。
『敵第六波、接敵』
“出雲”が海面を蹴る。
艤装の砲塔が旋回。
照準───発砲。
砲声が演習場へ響き渡り、最前列の標的が弾け飛ぶ。
残る標的が散開するより早く、“出雲”自身が大きく進路を変えた。
船のように旋回するのではない。
身体そのものを捻り、滑走しながら横へ跳ぶ。
その動きに合わせ、艤装も別の標的を追う。
『敵第六波、全目標撃破』
『敵第七波、接敵』
今度は左右から同時。
“出雲”は僅かに姿勢を落とした。
片方へ砲撃。
直後、射線を外しながら加速。
もう片方へ接近する。
そして、
『敵第七波、全目標撃破』
最後の標的が停止した。
『規定目標達成。演習を終了します』
場内に終了を告げる音声が流れる。
“出雲”は速度を落とし、そのまま演習場脇の岸壁へ上がった。
「お疲れ、出雲ちゃん。はい」
「ありがとうございます」
待っていた美香からペットボトルを受け取り、“出雲”は水を口にする。
「いやぁ、それにしても凄いね。あれだけ動きながら、よくあんなに正確に当てられるわね」
「まだ訓練ですから。本物が相手でも同じように出来なければ意味がありません」
「もう、またそうやって真面目なこと言う」
「事実ですから」
そう答えながらも、“出雲”の表情はどこか柔らかかった。
少し離れた場所でその様子を見ていた洋平が、隣の秋吉へ視線を向ける。
今日は珍しく研究作業に多少の余裕が出来たらしく、秋吉も演習を見に来ていた。
「仲良くやれてるみたいで良かったよ。いつもあんな感じ?」
「ああ。美香が『歳だってそんなに離れて見えないんだから、必要以上に堅苦しくしなくていい』ってさ」
「なるほどね」
秋吉は二人を見る。
「まあ、その方がいいと思う」
「艦娘は兵器として造られてるけど、ちゃんと自我も感情もある。精神状態が戦闘能力に与える影響だって大きい」
「上官と部下だからって、四六時中ガチガチにする必要はないよ」
「……お前が言うと説得力あるな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
秋吉が首を傾げている間にも、美香は“出雲”と何やら楽しそうに話していた。
一方、この場にいない海斗は……。
釧路近郊。
ある大きな屋敷を訪れていた。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
門の前に立ち、海斗は小さく息を吐く。
「伯父さん達の葬式以来か」
神崎家から数百年前に分かれた分家の一つであり、現在まで深い繋がりを持つ家だった。
「あっ!」
屋敷の方から、少年が駆けてくる。
「海斗兄ちゃん!」
「おう、士」
海斗も笑顔になる。
「元気にしてたか?」
「うん! 久しぶり、兄ちゃん!」
東堂
1992年生まれ。
この時、十二歳。
東堂家の跡取りとして育てられている少年だった。
2000年。
ミレニアム・ショック。
第一艦隊には、士の両親も所属していた。
共に優秀な軍人だった。
同じ家の当主夫妻を同一艦隊へ配属することには異論もあったという。
それでも本人達の希望と、第一艦隊が求めていた人材を考慮した結果、二人は揃って第一艦隊へ残った。
───そして、帰ってこなかった。
まだ七歳だった士は、一度に父と母を失った。
「それで」
海斗は少し声を落とす。
「あいつは……元気にしてるか?」
「加奈ちゃん?」
「ああ」
「元気だよ! 今も中にいる」
士は嬉しそうに笑う。
「最近は前よりずっと笑うようになったよ」
「……そうか」
海斗の顔にも、安堵が浮かんだ。
「ああ、そっか」
士がニヤリとする。
「海斗兄ちゃん、加奈ちゃんに会いに来たんだ」
「まあ、それが一番の目的だな」
神崎
洋平と海斗の実妹。
1995年2月生まれ。
士より二学年下。
そして、士の婚約者でもあった。
東堂家には古くから、数世代ごとに神崎本家から配偶者を迎える慣習があった。
分家として神崎家との繋がりを保ち続けるためのものである。
今回の士と加奈も、元を辿れば両家の話し合いから始まったものだった。
……もっとも。
少なくとも今となっては、本人達を無視した婚約などではない。
「加奈と、仲良くやってるんだな」
「うん!」
士は迷いなく答える。
「一緒にいると楽しいし。加奈ちゃんも最近よく笑ってくれるんだ」
「僕と一緒にいるのが楽しいからだったら、嬉しいけど」
「きっとそうだよ」
海斗は笑った。
そして、少しだけ表情を曇らせる。
「……ありがとな、士」
「え?」
「何でもねぇよ」
ミレニアム・ショックの後。
洋平たちは兵学校へ進み、父を失った神崎家には、母と、まだ幼かった加奈が残された。
一方、東堂家には、両親を同時に失った幼い士が残された。
そのため洋平達の母は加奈を連れ、東堂家の屋敷へ身を寄せた。
加奈の母として、士にとっても親代わりに近い存在として、二人の子供を支えていた。
……だが。
その生活も、長くは続かなかった。
きっかけとなった洋一の死。
生活環境の激変。
幼い子供達を守らなければならないという重圧。
もともと抱えていた持病も悪化し、彼女もまた亡くなった。
加奈にとって、父を失い、兄達が家を離れ、最後までそばにいてくれた母まで失ったことになる。
幼い彼女は完全に塞ぎ込んだ。
そして、そんな加奈の傍にいたのが、士だった。
士自身も、同じミレニアム・ショックで父母を失っている。
本来なら、誰かに支えてもらう側の子供だった。
それでも、加奈を一人にはしなかった。
最初の頃。
加奈はほとんど士と話そうとしなかった。
声を掛けても返事がない。
遊びに誘っても来ない。
食事の時も一人でいることが増えた。
それでも士は毎日のように声を掛け続けた。
そしてある日。
一人で泣いていた加奈を見つけた。
士は、何か気の利いた言葉を知っていたわけではない。
ただ、泣いている加奈を抱きしめて、言った。
「僕がいるよ!」
「大丈夫だから!」
「何があっても、僕が加奈ちゃんを守る!」
「いつも笑っていられるように、僕が頑張るから!」
十二歳にもならない少年が口にした、
真っ直ぐで、子供らしい約束。
だが、それは加奈へ届いた。
その日から少しずつ、加奈は心を開いていった。
そして現在。
「最近は前よりニコニコしてる」
その言葉を、海斗は何より聞きたかった。
……もっとも、少々効き過ぎた面もある。
今の加奈は、士にべったりだった。
婚約についても、最終的に一番強く望んだのは本人だったという。
東堂家 加奈の部屋
「久しぶり、加奈」
「あっ……!」
部屋へ入ってきた海斗を見るなり、少女の顔が明るくなる。
「お兄ちゃん!!」
そのまま、勢いよく飛びついてきた。
「うおっ」
「えへへ〜」
「加奈……元気そうだな」
「うん!」
加奈は満面の笑みを浮かべる。
「士のおかげ!」
「そっか」
その一言だけで、海斗には十分だった。
しばらく、久しぶりに会った兄妹の会話が続いた。
そして、その横には当然のように士もいる。
やがて、士が聞いた。
「そういえばさ、兄ちゃん」
「今、兄ちゃん達北海道にいるんでしょ?」
「ん?」
「何してるの?」
「あー……」
海斗が固まる。
艦娘、艦娘技術研究所、対SUE兵器。
当然、まだ民間人である二人へ話していい内容ではない。
「その……あれだ」
海斗は視線を逸らした。
「今度作る予定の基地があってな。その事前視察みたいなもんだ」
「へぇ」
士が海斗を見る。
「それで」
「そのついでに、僕と加奈ちゃんにも会いに来たんだ?」
「そうそう。ついでに───」
言いかけて、海斗は気付いた。
士が笑っている。
「……ふーん」
「いや」
「僕は別にいいんだけどね」
「加奈ちゃんに会いに来るのが」
「“ついで”なんだ?」
「…………」
加奈も海斗を見る。
じーっと。
「…………」
「……違うぞ?」
「何が?」
「今のは言葉の綾だ」
「へぇ」
「……士、お前」
海斗は額を押さえる。
「最初からそれ狙ってたな?」
「何のこと?」
十二歳とは思えないほど白々しい。
海斗はしばらく士の顔を睨み、やがて、盛大にため息を吐いた。
「……分かったよ」
「ただし」
二人を指差す。
「絶対、他の奴に言うな」
士の表情が変わった。
「分かってる」
「秘密を守れないようじゃ、軍人にはなれないからね」
「はは……」
海斗は苦笑する。
「もうなる気なのかよ」
「もちろん」
即答だった。
(……本当に、十二歳か?)
こちらが加奈への負い目を抱えている。
だから、「ついで」などと言われれば引けなくなる。
そこまで分かった上で、言葉を選んでいた。
(コイツ……将来、とんでもない奴になるかもしれないな)
海斗は、少しだけそう思った。
……だが。
どれだけ早熟でも、まだ十二歳である。
「へぇー!」
海斗から渡された写真を覗き込み、士の目が輝く。
「この人が艦娘!?」
写真には、
演習後に撮影された“出雲”が写っていた。
「すげぇ……」
「かわいいな、この人───」
「…………」
「いてっ」
士の頬が引っ張られた。
「いででででで! 何すんだよ加奈!」
「…………イヤ」
「何が!?」
「分かんないけど……なんかイヤ!」
今度は背後から抱き付く。
ぎゅううう。
「ぐぇぇぇぇ……!」
「ちょ、加奈!」
「首! 首締まってる!」
「イヤ!」
「何がぁ!?」
海斗はしばらく二人を眺めた後、笑った。
少なくとも。
もう、加奈は一人ではなかった。
一方、艦娘技術研究所。
“出雲”の建造は成功だった。
むしろ、成功し過ぎていた。
艤装との同調、神経接続、情報処理、長時間稼働。
どれを取っても、最初の実用個体とは思えないほど良好。
戦闘訓練でも既に高い適性を示している。
だからこそ。
秋吉は、余計に頭を抱えることになった。
二人目以降が、同じようにはいかなかった。
「……それで今は、建造作業を止めてる」
演習場を見下ろしながら、
秋吉が深い溜息を吐いた。
「だからか」
洋平が隣を見る。
「お前が珍しく、時間も気にせず出雲の演習見てるの」
「はは……」
乾いた笑い。
そして、
「はぁぁ……」
再び項垂れる。
「───出雲は上手くいったんだよ」
「本当に、怖いくらい上手くいった」
「なのに……」
頭を抱える。
「何で後が続かないんだ……」
「俺に聞くな」
「だよね」
「俺は技術者じゃねぇ」
「ですよねぇ……」
第一世代艦娘。
その根本的な欠陥が、早くも表面化していた。
艤装との同調が成立しない。
成立しても、
長時間の稼働へ身体が耐えられない。
神経系へ過剰な負荷が掛かる。
接続プラットフォームへ拒絶反応を起こす。
兵装ハードポイントを身体が異物として排除しようとする。
中には、
改造処置そのものを、
途中で中止せざるを得なかった少女もいた。
「被験者の子達は?」
洋平が尋ねる。
秋吉の表情が少しだけ真剣になった。
「命に別状はない」
「……それだけが、本当に不幸中の幸いだよ」
「出雲以外に、実戦へ出せそうなのは?」
秋吉は何も言わず、首を横へ振った。
「一人も?」
「現状ではね」
秋吉は演習場の“出雲”を見る。
「……あの子だけなんだ」
世界初の艦娘。
第一号。
それが、完璧に近い成功例だった。
───しかし。
それが標準ではなかった。
むしろ、例外だった。
「ビギナーズラックって言葉、嫌いになりそうだよ……」
「科学者が言う台詞じゃねぇな」
「だって、本当にそんな気分なんだよ」
この結果。
新たな少女へ艤装を接続する建造作業は、一時停止された。
ただし、
艦娘計画そのものが止められたわけではない。
むしろ逆だった。
何が失敗を引き起こしているのか。
何故“出雲”だけは安定しているのか。
研究所には原因究明と技術改良が命じられ、神崎希空を用いた先天的艤装適応研究も加速することになる。
そして、同じ頃。
艦娘とは別の場所でも、人類はSUEへ適応し始めていた。
対SUE兵器開発は、初めから、艦娘だけに賭けた計画ではない。
国防海軍、国防空軍、国防陸軍。
そして研究機関。
各部門がミレニアム・ショックで得た戦訓を基に、それぞれの兵器をSUEへ通用するものへ変えようとしていた。
その一つが、航空戦力だった。
2000年。
第一艦隊壊滅後の航空戦で、人類は既に知っていた。
航空機そのものは、SUEに対して、決して相性が悪くない。
高速、高度、三次元機動。
初期に確認されたSUEの対空能力では、ジェット戦闘機を捉え切れない。
問題は、攻撃をどう当てるか。
そのため。
2000年以降、対SUE戦を想定した航空兵装の研究も続けられていた。
小型で高速。
海面すれすれを機動する敵を通常艦艇用より正確に追尾する、対SUE用特殊対艦ミサイル。
一発の直撃を狙うだけでなく、回避出来る空間そのものを広く爆発で潰す、面制圧用特殊爆弾。
さらに、それらを効果的に運用するため、センサー、火器管制、誘導支援、電子戦能力、各種ソフトウェアなど、機体側にも、対SUE戦を前提とした改修が施された。
母体となったのは、F-2“Viper Zero”。
その大規模改良型。
通称───F-2“スーパー改”。
第一世代艦娘が人間大の軍艦としてSUEへ対抗する答えなら、こちらは、既存の航空兵器をSUEを殺せる形へ純粋に適応させた答えだった。
どちらが正しい、どちらが不要。
そんな簡単な話ではない。
2005年時点。
艦娘計画を立案し、推進している国防軍上層部自身が、同時に通常兵器の対SUE適応も進めていた。
使えるものは全て使う。
未知の敵を相手にする以上、それが当然の判断だった。
そして。
完成したばかりのF-2“スーパー改”がその力を示す機会は、思いのほか早く訪れた。
2005年8月 四国沖
日本近海へSUE艦隊が出現。
ミレニアム・ショック以来、およそ五年ぶりの日本近海における大規模なSUE出現だった。
宮崎、新田原基地。
国防空軍第11飛行戦隊。
F-2“スーパー改”、三十六機。
緊急発進。
「全機、攻撃開始!」
四国沖。
海面を走る二十四の敵影。
その上空へ、F-2の大編隊が突入した。
五年前とは違う。
パイロット達は、敵が小さいことを知っている。
避けることを知っている。
艦艇用の攻撃をそのまま撃っても当たらないことを知っている。
そして、兵器側も五年間何もしていなかったわけではない。
「目標捕捉!」
「誘導安定!」
「発射!」
対SUE用に改修された誘導弾が海面へ向かう。
敵が回避する。
だが誘導弾は、以前よりもその動きへ食らい付いた。
一発目をかわす。
その先へ、別方向から二発目。
更に、面制圧用爆弾が周囲ごと逃げ道を潰す。
爆発、水柱。
そして、直撃。
一体、また一体と海面からSUEの姿が消えていく。
SUE側からも対空砲火が上がった。
だが、この艦隊の対空能力では、対SUE戦へ最適化され、高度、速度、攻撃方向、その全てを使って襲い掛かるF-2編隊を、捉え切れない。
「敵反応、残り七!」
「攻撃続行!」
更に攻撃。
「残り四!」
そして、そこで敵は撤退した。
戦闘終了。
投入機、三十六。
航空機損失───ゼロ。
確認されたSUE、二十四個体。
撃破───二十。
日本国防空軍の圧勝だった。
報告を受けた国防軍上層部は、F-2“スーパー改”の追加配備を即座に決定した。
既存F-2からの改修。
そして、新造機の追加調達。
通常航空戦力がSUEに対して十分な戦力となり得ることが、初めて明確な数字として示された。
国防軍内にも希望が広がった。
五年前は、何が起きているのかすら分からなかった。
でも今は違う。
見つけられる。
当てられる。
殺せる。
人類は、ちゃんと適応している。
……だが。
一つだけ、ほとんど注目されなかった事実があった。
二十四個体中、二十個体撃破。
───ならば。
沈まなかった四体は、何だったのか。
日本近海 海底
「……フフッ」
女の笑い声が響いた。
「駆逐艦ヲ沈メタ程度デ」
巨大な艤装を従えた、黒髪に赤い瞳の女……“戦艦棲姫”。
「良イ気ニナッチャッテ」
彼女は嘲るように笑った。
人類がSUEと呼んでいるもの。
彼女達自身の呼称───『深海棲艦』。
今回、日本近海へ送り込まれた艦隊は、侵攻部隊ではなかった。
目的は、威力偵察。
「人類がこの五年間でどれほど変わったのか」
それを確かめるためだけの部隊。
中心となっていたのは、比較的能力の低い、駆逐艦級の下位個体。
言ってしまえば、使い潰しても構わない戦力だった。
確かに人類は進歩していた。
五年前。
現代兵器を当てることすら難しかった相手を、航空機だけで二十体も撃沈した。
それでも、“戦艦棲姫”には脅威とは映らなかった。
口角が上がり、楽しそうに笑う。
「私ガ出撃シテ、実力ヲ見セツケタラ、奴ラハ、ドンナ顔ヲスルノカシラ……」
「気ニナルワァ……!」
彼女は、人類を完全に侮っていた。
そして、それは彼女一人だけの認識でもなかった。
下位個体の圧倒的な数。
上位個体の圧倒的な質。
さらには、人類とは異なる深海棲艦特有の性質。
一度撃沈された個体ですら、条件と時間さえ揃えば再び現れることがある。
彼女達にとって下位個体を二十失うことなど、人類側が考えるほど重大な損害ではなかった。
“戦艦棲姫”が呟く。
「人類ハ、私達ニ対抗スル為ノ『強力ナ戦力』ヲ、整エタ気ニナッテイル」
だが。
人類がこれまで撃沈を確認している深海棲艦は、ほとんどが駆逐艦級。
大きくても軽巡洋艦級。
一方、重巡洋艦級、戦艦級、空母級、そうした深海棲艦側の主力に相当する存在を、人類はまだ一体も確実に撃沈していない。
だから彼女達は結論していた。
今の人類では、自分達の主力を倒せない。
“戦艦棲姫”が笑う。
「下ノ連中ナンテ、幾ラ沈メラレタッテ構ワナイワ」
「私達ガ出レバ」
「終ワルモノ」
そこには、根拠のない虚勢ではなく、慢心したままでもなおそう考えられてしまうだけの現実の戦力差があった。
そして、女王から次の段階へ進む許可も既に下りていた。
“戦艦棲姫”が顔を上げる。
「……ソロソロ、始メマショウカ」
「人類ガ、自分達モ戦エルンダッテ勘違イシタ、今ノウチニ」
彼女の命令を受け、海の底で深海棲艦達が動き始める。
───ただし。
この時、“戦艦棲姫”が把握していた日本側の主要戦力は、
横須賀以外の四基地……呉、舞鶴、佐世保、大湊を母港とする各国防海軍艦隊。
日本各地へ展開する国防空軍飛行戦隊。
そして、74式と90式、それらを中心とした国防陸軍戦力。
通常戦力の配置、規模、能力。
その情報は、かなりのところまで掴まれていた。
……だが。
一つだけ、彼女達がまだ掴めていないものがあった。
北海道の地下で極秘裏に造られ、つい数か月前、初めてこの世に生まれた人間大の軍艦。
装甲巡洋艦“出雲”。
その存在を、“戦艦棲姫”はまだ知らない。
そして、自分達が慢心出来る最大の根拠。
『人類には、深海棲艦の主力を撃沈出来ない』
その前提を最初に覆すことになる存在が、既にこの国に生まれていることも、当然、まだ知らなかった。
続く
あ と が き
前後編構成のハズがいつの間にか前中後編になってた…
次回 “出雲”&第二特務艦隊 出撃