自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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特務艦隊の初陣。



7. 雲出ずる時 (後編)

 

2005年10月1日

 

深海棲艦による、全世界規模の侵攻が始まった。

 

最初に狙われたのは、世界の海上交通そのものだった。

 

南半球、喜望峰沖、ドレーク海峡。

 

インド洋へ、南太平洋へ、南大西洋へ、深海棲艦の大艦隊が各地へ姿を現し、主要航路を次々と脅かしていく。

 

そして、スエズ運河とパナマ運河。

 

世界物流の大動脈にも、大規模な攻勢が加えられた。

 

 

───だが。

 

そこだけは、人類側も何の備えもしていなかったわけではない。

 

五年前。

 

日本国防海軍第一艦隊が壊滅した、ミレニアム・ショック。

 

そして2002年。

 

アイオワ級戦艦「ミズーリ」がSUE艦隊を撃滅した極秘戦闘。

 

それらから得られた戦訓は、少しずつ各国軍へ共有されていた。

 

長距離から誘導兵器だけを撃ち込めば勝てる相手ではない。

 

接近戦へ引きずり込まれる可能性が高い。

 

 

ならば、相手の砲撃を受けても耐えられるものを前へ出す。

 

その答えの一つとして、米海軍は、SUE対策のため再び戦列へ戻したアイオワ級戦艦四隻を、二隻ずつスエズ・パナマ方面へ投入していた。

 

連合軍の先頭。

 

現代艦艇より遥かに厚い装甲を持つ巨大戦艦が、深海棲艦の砲火を引き受ける。

 

砲弾が降る。

 

艦上構造物が破壊され、レーダーが吹き飛び、甲板上で火災が発生する。

 

それでも、簡単には沈まない。

 

その後ろから、各国海軍の艦艇がミサイルを撃ち、砲撃し、航空隊が攻撃する。

 

 

 

激戦の末、スエズ、パナマ両運河の防衛には成功した。

 

だが勝利と呼ぶには、あまりにも被害が大きかった。

 

作戦参加艦艇の、およそ四割が撃沈。

 

生き残った艦艇も、その多くが長期間の修理を必要とするほど損傷した。

 

最前列で盾となったアイオワ級も、満身創痍だった。

 

それでも、沈まなかった。

 

この戦果によって、人類側は再び「大戦期型の重装甲と大口径砲がSUE戦で有効」という事実を確認することになる。

 

 

 

しかし。

 

守れたのは、あくまでスエズとパナマだけだった。

 

喜望峰沖、ドレーク海峡。

 

南太平洋、南大西洋、インド洋の広大な海域では、各国海軍が押し切られた。

 

人類は、世界の海の一部を失った。

 

後に、長く凄惨な戦場となる大西洋でも、この日から戦いは始まった。

 

 

 


 

 

 

同じ頃 日本近海

 

「上手クヤッテイルヨウネ……」

 

“戦艦棲姫”は、各方面から届く報告に目を通していた。

 

南方の海上交通は大きく乱れた。

 

人類側艦隊にも甚大な損害。

 

スエズとパナマこそ落とせなかったものの、第一段階としては、十分だった。

 

「敵艦隊モ随分削レタ……」

 

彼女は笑う。

 

特に、警戒していたアイオワ級四隻が、揃って大きな損傷を負ったことは大きい。

 

現時点で通常艦艇の中で、自分達と真正面から砲撃戦を行える数少ない存在。

 

五年前には「ミズーリ」が実際に深海棲艦艦隊を撃滅している。

 

彼女達の一部にとってアイオワ級は、忌々しく、そして、少なからず警戒すべき相手だった。

 

 

だが、すぐに動ける状態ではない。

 

……ならば。

 

日本方面の作戦で気にすべき大きな障害が、一つ減った。

 

「後ハ日本……」

 

“戦艦棲姫”が立ち上がる。

 

既に、複数方向から侵攻するための部隊配置は完了していた。

 

「サァ」

 

笑う。

 

「作戦開始ヨ」

 

「全軍、出撃!」

 

日本へ向けた、本格的な侵攻が始まった。

 

 

 


 

 

 

10月19日。

 

青森県、大湊。

 

特務艦隊司令部の面々は、大湊鎮守府を訪れていた。

 

北方防衛の要衝。

 

冷戦期の北方情勢を背景として拡張され、国防海軍では正式に鎮守府となっている軍港。

 

その一角。

 

一般区画から隔離された、秘匿ドック。

 

そこに、彼らが今日ここへ来た理由があった。

 

 

 

「……デカいな」

 

海斗が見上げる。

 

「写真とか図面で見るのとは、やっぱ全然違う」

 

目の前に停泊しているのは、どう見ても21世紀の新造艦とは思えない外見を持つ大型艦だった。

 

 

前部甲板には、長砲身の三連装砲。

 

それを二基、計六門。

 

現代水上戦闘艦としては、明らかに異常な大口径砲。

 

一方、後部甲板は、通常の戦艦とはまるで違う。

 

平坦化された艦尾に大型の開閉ハッチ。

 

その内部には、艦娘を収容するための専用区画が設けられている。

 

 

艦名、「建御雷」。

 

建御雷型艦娘母艦、一番艦。

 

そして、第二特務艦隊の中核となる艦だった。

 

 

「これが……俺の艦隊の母艦か」

 

海斗は思わず笑みを浮かべる。

 

艦娘母艦。

 

その役割を単純に言えば、艦娘を戦闘海域まで運ぶための艦。

 

艦娘版空母。

 

 

だが、空母と決定的に違う点があった。

 

艦娘を送り出した後も、自分で戦う。

 

「建御雷」は、艦娘部隊の輸送、指揮、補給、整備だけではなく、大口径砲による直接火力支援まで想定した戦闘艦だった。

 

 

2002年の「ミズーリ」戦で、

 

大口径砲と重装甲がSUEへ有効であることは証明されている。

 

ならば、艦娘を運ぶ母艦そのものにもその能力を持たせればいい。

 

ただし、戦艦そのものを新造するわけにはいかなかった。

 

大口径艦砲の生産技術は、既に軍艦の主役から外れて久しい。

 

巨大戦艦級の装甲を与えれば、艦娘運用設備との両立も難しくなる。

 

当然、予算にも限界がある。

 

その結果、「建御雷」は奇妙な艦となった。

 

大和型戦艦を思わせる重厚な船体。

 

しかし、規模はそれより小さい。

 

主砲も46センチではない。

 

31センチ三連装砲、二基六門。

 

しかも、前方へ集中配置。

 

装甲も、大戦期の主力戦艦には及ばない。

 

それでも現代艦艇と比べれば、遥かに重防御。

 

 

その代わり、機動力は高い。

 

新型高出力機関によって、設計上、公試速力は約35ノット。

 

安全限界を無視して出力を上げれば、40ノット近い速度も理論上は可能とされていた。

 

……もっとも。

 

まだ実際に公試すら終えていないのだが。

 

 

 

こうした特徴から、建造関係者の一部は、

 

『現代の超甲巡』

 

などと呼んでいた。

 

 

 


 

 

 

もっとも。

 

洋平は後部を見ながら呟く。

 

「これ……超甲巡ってより、航空戦艦に近くね?」

 

「航空機じゃなくて艦娘だけどな」

 

「まあね」

 

美香が笑う。

 

 

艦後部。

 

「建御雷」を艦娘母艦たらしめる設備。

 

艦娘発着用ハッチに収容区画、修理用簡易ドック。

 

貯蔵庫には、弾薬、燃料、交換部品、各種補給資材。

 

艦娘数名を収容して継続的に運用出来る。

 

その内部はもはや、小規模な軍港をそのまま船体の中へ押し込んだようなものだった。

 

「にしても」

 

洋平は改めて巨大な船体を眺める。

 

「よくここまで隠したよな……」

 

「相当徹底してたみたい」

 

美香が答える。

 

「進水式も本当に最低限だったらしいし」

 

「日程すら俺達に教えなかったもんな」

 

海斗も苦笑する。

 

当然、理由はある。

 

SUEとの関連が疑われる、正体不明の諜報活動。

 

神崎家の三人自身が既に監視対象となっている可能性すら否定出来ない。

 

そこで、艦娘そのものの研究、特務艦隊、そして艦娘母艦、そのそれぞれの情報を分散し、一つが漏れても全体像まで露呈しないよう、別々の機密計画として進められていた。

 

その結果。

 

自分達が使う艦であるにもかかわらず、完成間近になるまで、三人ですら細かな建造状況を知らされていなかった。

 

「まあ」

 

海斗が笑う。

 

「これから知っていけばいい」

 

そして、巨大な艦を見上げる。

 

「建御雷!」

 

美香が少し驚いて海斗を見る。

 

「これからよろしくな!」

 

返事など、当然ない。

 

それでも海斗は、自分がこれから長く乗ることになる艦へそう声を掛けた。

 

 

 


 

 

 

その三日後、10月22日。

 

状況が急変した。

 

 

世界規模侵攻を受け、国防軍は、日本周辺の哨戒密度を大幅に引き上げていた。

 

早期警戒管制機「霊山」に多数のAEW「暁雲」。

 

潜水艦、地上レーダー、警戒部隊。

 

その監視網がほぼ同時に、複数海域で異常を捉えた。

 

───SUE。

 

しかも、広範囲、大規模。

 

「……来たか」

 

報告を受けた国防軍上層部はすぐに判断した。

 

日本への本格攻勢。

 

国防海軍主力艦隊へ出撃命令。

 

国防空軍飛行戦隊も次々に発進。

 

陸軍も沿岸部へ展開。

 

攻撃ヘリ、地上発射型誘導弾、自走砲に各種火砲。

 

総出で上陸戦へ備える。

 

さらに、陸海空三軍の大規模作戦を統括する国防軍統合作戦司令部も有事体制へ移行。

 

 

そして、この日。

 

人類がSUEへ対抗するために作ったもう一つの新戦力にも、初めて、実戦投入の時が訪れようとしていた。

 

 

 


 

 

 

11時00分 大湊

 

「遂に出番ですね」

 

“出雲”が言った。

 

艤装装着済み。

 

弾薬搭載済み。

 

───出撃準備完了。

 

「司令官」

 

海斗を見る。

 

続いて、

 

「艦長」

 

美香を見る。

 

「そうだな」

 

海斗が頷く。

 

「後は兄貴から命令が来るのを待つだけだ」

 

第二特務艦隊司令官、神崎海斗。

 

艦娘母艦「建御雷」艦長、神崎美香。

 

二人は、「建御雷」CICで待機していた。

 

「まだかな……」

 

美香が少し落ち着かない様子で言う。

 

「こんな状況なんだから、出し惜しみしてる場合じゃ───」

 

「まあ待てって」

 

海斗は戦況表示を見る。

 

「切り札って言っても、こっちはまだ出雲一人だけだ」

 

「何処でも使える万能戦力じゃない」

 

「一番必要な場所を見極めないと」

 

「ですね」

 

“出雲”が頷く。

 

「どうせなら」

 

少し自信ありげに。

 

「一番厳しい相手へ私をぶつけてください」

 

「出雲ちゃん」

 

美香が困ったように笑う。

 

「初陣なんだから、無茶だけはしないでよ?」

 

「大丈夫です」

 

即答。

 

「心配いりません!」

 

その自信が少しだけ、美香には不安だった。

 

とはいえ、訓練で見せた実力は確か。

 

後は、

 

「実戦で通用するか」

 

それだけだった。

 

「……にしても」

 

美香が海斗を見る。

 

「ちゃんと司令官っぽくなったじゃん」

 

「何だよ急に」

 

「五年前と比べたら」

 

「あの頃は俺も兄貴も、軍事知識なんて本当にほとんど無かったからな」

 

海斗は苦笑する。

 

 

 

五年前は、高校生だった。

 

今は違う。

 

兵学校を出た。

 

訓練を積んだ。

 

SUEについて学んだ。

 

艦娘という新兵器の運用法も、自分達で考えてきた。

 

一人前の軍人になった。

 

少なくとも、そうでなければならない立場になった。

 

「知識だけなら、まだ私の方が上だけどね」

 

「そこは昔からだろ」

 

「ふふん」

 

「威張るな」

 

そんな会話の途中。

 

「司令官」

 

通信担当の妖精が振り返った。

 

「特務艦隊司令部より通信です」

 

海斗の表情が変わる。

 

「来たか」

 

「建御雷」の乗組員は、全員が人間サイズへ姿を変えた妖精だった。

 

艦娘母艦だから妖精にしか運用出来ない、というわけではない。

 

人間の乗組員でも運用自体は可能。

 

ただ、艦娘用の整備・補給設備を動かすため、そもそも多数の妖精が必要だったこと。

 

そして、艦隊全体が最高度の秘匿戦力である以上、関係者を出来るだけ増やしたくない。

 

それなら、いっそ乗組員全体を妖精で統一する。

 

そういう判断だった。

 

海斗は受信した命令を確認した。

 

そして、立ち上がる。

 

「……兄貴からだ」

 

CICの空気が変わる。

 

「第二特務艦隊」

 

「現時刻をもって出撃する!」

 

「了解!」

 

美香も即座に命じる。

 

「抜錨!」

 

「前進微速!」

 

「建御雷、出撃するわ!」

 

「錨を上げろー!」

 

「前進微速、よーそろー!」

 

巨大な艦体が、ゆっくりと岸壁を離れ始めた。

 

公試すら終えていない、出来たばかりの艦。

 

そこに、世界初の艦娘を一人だけ載せて、

 

 

第二特務艦隊、初出撃。

 

 

戦況は複雑だった。

 

敵の大部隊が、南東方向から東京湾へ近付いている。

 

これに対し、再建途上の第一艦隊。

 

そして呉から出撃した第二艦隊。

 

両艦隊が迎撃へ向かった。

 

すると敵大部隊は、接近を止めた。

 

さらに、少しずつ距離を取り始めた。

 

「……逃げてる?」

 

統合作戦司令部では、当初そう考えた者もいた。

 

だが、すぐに違和感が出る。

 

日本本土を攻撃するために出て来たはずの大艦隊。

 

それが、主力艦隊を確認しただけで、妙に素直に下がる。

 

調査と追加索敵。

 

そして、別方向。

 

北東方面から高速で南下してくる、別のSUE部隊が発見された。

 

東京湾を直接狙える進路。

 

「囮だ」

 

誰かが言った。

 

南東の大艦隊で、第一・第二艦隊を引き付ける。

 

その隙に、高速部隊を北東から首都圏へ突入させる。

 

統合作戦司令部はそう判断した。

 

そして、高速部隊迎撃を第二特務艦隊へ命じた。

 

 

だが、第二特務艦隊が到着するまで、時間が必要だった。

 

その時間を稼ぐため、横須賀から警備艦隊が出撃した。

 

第一線を退いた旧式艦。

 

二線級戦力。

 

だが、旧式であることが、SUE相手には必ずしも弱点だけではなかった。

 

 

 


 

 

 

約半日後

 

23時30分 伊豆諸島近海

 

「引ッカカッタワネ」

 

“戦艦棲姫”が笑う。

 

彼女は南東方面で、

 

人類側主力艦隊を引き付ける大部隊を率いていた。

 

既に日本側艦艇を数隻沈めている。

 

「全ク」

 

「コンナ面倒ナコトシナクテモ」

 

「アナタ達ナンテ、簡単ニ沈メラレルノニ」

 

本来、自分で東京湾へ突っ込んでもよかった。

 

そう考えている。

 

だが、出撃直前。

 

女王陛下から命令があった。

 

『上位個体ノ存在ハ、マダ全面的ニハ晒スナ』

 

だから仕方なく、囮部隊の中に身を潜め、人類側艦隊を引き付けている。

 

もっとも。

 

それはそれとして、人類の軍艦を一隻ずつ追い詰めるのは楽しかった。

 

 

一方。

 

日本側も、囮だと気付いたからといって簡単に撤退するわけにはいかない。

 

ここで第一・第二艦隊が離れれば、相手も動く。

 

それでは、こちらが囮を見破ったことまで伝わってしまう。

 

だから、耐える。

 

第二特務艦隊が、本命を叩くまで。

 

「夜戦だ!」

 

日本側艦隊では、そう自分達を鼓舞していた。

 

夜なら、目視射撃を多用するSUE側の精度は落ちる。

 

こちらは、レーダー、赤外線、誘導兵器。

 

昼夜を問わず使える。

 

さらに。

 

百里、小松、三沢。

 

複数基地から、航空隊も支援へ来ている。

 

実際、人類側は多数のSUEを撃沈していた。

 

「中々ヤルジャナイ」

 

“戦艦棲姫”は、それでも余裕を崩さない。

 

「良イワ」

 

「ソウ来ナクッチャ」

 

「面白クナイモノ」

 

下位個体は減っている。

 

だが、自分は無傷。

 

戦艦級もまだ沈んでいない。

 

人類側は、やはり自分達の主力を落とせない。

 

「サァ」

 

“戦艦棲姫”が笑う。

 

「現代ノ艦隊ノ本気」

 

「私ニ見セテミナサイ───」

 

 

 

その時。

 

通信が割り込んだ。

 

『───姫様!』

 

「……何?」

 

『姫様! 敵艦隊ガ!』

 

高速部隊。

 

本来の攻撃部隊。

 

その旗艦から緊急通信。

 

「敵艦隊?」

 

“戦艦棲姫”は眉をひそめる。

 

「ドウセ警備艦隊デショウ?」

 

「二線級ノ旧式艦ナンテ」

 

「サッサト沈メテ───」

 

『違ウ!』

 

声に、明らかな焦りが混じっていた。

 

『ソイツ等トハ別ダ!』

 

『正体不明ノ大型艦カラモ砲撃サレテル!』

 

「……大型艦?」

 

『アイオワ級ジャナイ!』

 

『デモ、デカイ!』

 

『大口径砲ヲ撃ッテクル!』

 

「…………ハ?」

 

“戦艦棲姫”の表情から、笑みが消えた。

 

頭の中で配置を確認する。

 

横須賀───第一艦隊。

 

呉───第二艦隊。

 

どちらも、自分がここへ引き付けている。

 

舞鶴、佐世保、大湊。

 

それぞれ別働隊が動きを押さえている。

 

 

それだけではない。

 

日本には、第一線の主力艦隊とは別に、古いくせにSUE相手では妙に厄介な艦が、まだ何隻か残っている。

 

特に、20.3センチ連装砲を未だ実用状態で持つ、二隻の古参大型艦。

 

明らかな旧式。それも片方など、とうに第一線の軍艦という立場から外れていてもおかしくないほど古い。

 

だが、砲そのものは昔のままではない。

 

何十年も、射撃管制、装填装置、使用砲弾、機関、電子装備、その全てにおいて改修を受け続けている。

 

SUEとの近距離砲戦という条件なら、むしろ新しい艦より面倒になり得る。

 

そしてもう一隻。

 

旧式駆逐艦の姿を今なお色濃く残しながら、中身だけは、何十年も、何度も何度も交換され続けた艦。

 

12.7センチ連装砲に、61センチ五連装魚雷発射管。

 

現代では時代錯誤としか言いようのない砲雷撃戦能力。

 

だが、その時代錯誤が、今の戦争では笑えない。

 

だからこそ、警戒して放置していない。

 

東シナ海方面には最初から、それらを引き付けるための部隊も回してある。

 

三隻とも、既にそちらへ釣り出した。

 

 

(厄介ナ旧式艦モ)

 

(全部、別方向ヘ追イヤッタ)

 

だから。

 

ここに。

 

そんな艦が残っているはずはない。

 

残っているのは、ただの旧式艦に警備艦、沿岸戦力。

 

その程度なはず。

 

(大型艦?)

 

(ドコニ?)

 

(ソンナ艦、私ハ知ラナイ)

 

すぐに答えは見えた。

 

認めたくなかっただけだ。

 

 

人類が、自分達の知らない戦力を隠していた。

 

 

「……マサカ」

 

さらに、通信。

 

『姫様!』

 

『敵ノ中ニ───』

 

雑音。

 

『我々ト同ジヨウナ───』

 

そこで、通信が途絶えた。

 

「……何?」

 

“戦艦棲姫”が立ち上がる。

 

「今、何ヲ言ッタ?」

 

「応答シナサイ!」

 

「ネェ!」

 

「応答シナサイ!!」

 

 

 


 

 

 

「……報告されたかな?」

 

少女が、暗い海上で小さく呟いた。

 

「まあ……今はいいか」

 

───照準。

 

「これで二つ」

 

───発砲。

 

「グェァァァァ!?」

 

───爆発。

 

「……三つ」

 

照準を別方向へ。

 

「ギャァァァァ!!」

 

「四つ」

 

夜の海に、

 

数え歌のような声が響いていた。

 

可愛らしい、まだ幼さすら感じる声。

 

だが、その声の主が一つ数える度に、深海棲艦が一隻海へ沈んでいく。

 

 

 


 

 

 

時間は少し遡る。

 

「敵艦隊発見!」

 

「数、七!」

 

「距離、約二十キロ!」

 

「横須賀警備艦隊と交戦中!」

 

「間に合ったか!」

 

海斗が身を乗り出す。

 

「警備艦隊の状況は!?」

 

「非常に悪いです!」

 

「このままでは全滅します!」

 

房総半島沖。

 

「建御雷」はようやく、敵高速部隊へ追い付いていた。

 

いや。

 

正確には、完全には追い付けていない。

 

そしてその理由が、「建御雷」のCIC内に重くのしかかっていた。

 

「機関出力!」

 

「これ以上は無理です!」

 

「速度十四・八ノット!」

 

「……クソッ」

 

海斗が歯を食いしばる。

 

設計上、「建御雷」は35ノット級。

 

限界まで出力を上げれば、40ノット近くを狙える。

 

……はずだった。

 

だが。

 

公試前、いきなり実戦。

 

しかも、大湊から一刻でも早く首都圏へ向かうため、新型機関を高出力で回し続けた。

 

 

結果……壊れた。

 

 

完全停止こそしていない。

 

だが、十五ノットすら維持出来るか怪しい。

 

「ぶっつけ本番で無茶させ過ぎた……」

 

美香も悔しそうに計器を見る。

 

本来なら、敵高速部隊など「建御雷」自身で追い回せる。

 

だが。

 

今は出来ない。

 

“出雲”の最大速力も二十ノット少々。

 

それでも、故障した「建御雷」へ乗せ続けるよりは早い。

 

既に先行させている。

 

接敵まで、約三十分。

 

問題は……その三十分、警備艦隊が持つか。

 

「……砲撃戦用意!」

 

海斗が命じた。

 

美香が振り向く。

 

「海斗!?」

 

「当てなくていい!」

 

「足を止める!」

 

海斗は敵位置を睨む。

 

「警備艦隊を守る!」

 

「出雲が辿り着くまで!」

 

「ここで俺達が敵を閉じ込める!」

 

敵は速い。

 

もし警備艦隊を潰して、そのまま東京湾へ向かわれれば、今の「建御雷」では追えない。

 

そうなれば、首都圏沿岸へ深海棲艦部隊が侵入する。

 

艦砲射撃、上陸、破壊、混乱。

 

首都圏中枢を直撃されれば、日本にとって、戦争序盤から致命傷になりかねない。

 

なら、逃がさない。

 

「建御雷」が、自分をもっと危険な敵に見せればいい。

 

「主砲!」

 

海斗が命じる。

 

「第一砲塔、敵一番艦前方!」

 

「第二砲塔、敵七番艦後方!」

 

美香が意図を理解する。

 

「挟むのね」

 

「ああ」

 

「砲弾の雨で」

 

「逃げ道を塞ぐ!」

 

「第一砲塔、徹甲弾!」

 

「第二砲塔、装填完了!」

 

「諸元入力!」

 

「砲塔旋回!」

 

「照準良し!」

 

「射撃準備完了!」

 

美香が、海斗を見る。

 

「ねぇ」

 

「何だよ」

 

「あの台詞」

 

「前に言ってみたいって言ってたじゃん」

 

「……今?」

 

「今でしょ」

 

「…………」

 

海斗は一度、深呼吸した。

 

 

───そして。

 

「主砲!」

 

声を張る。

 

「撃ちー方始め!!」

 

美香も続く。

 

「主砲斉射!」

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

31センチ砲、六門。

 

初実戦。

 

 

───轟音。

 

 

艦全体が、巨大な反動で震える。

 

砲弾が夜空を飛んだ。

 

数十秒。

 

敵部隊の前方、後方。

 

海面が同時に爆発する。

 

巨大な水柱。

 

深海棲艦達が、反射的に動きを変える。

 

「止まった!」

 

「次弾急げ!」

 

第二斉射。

 

第三斉射。

 

命中させる必要はない。

 

前へ行こうとすれば前へ落とす。

 

後ろへ逃げようとすれば後ろへ。

 

左右へ散れば左右へ。

 

逃げ場を砲撃で狭める。

 

“出雲”が来るまで逃げなければ、それでいい。

 

 

 

その頃。

 

既に警備艦隊は限界へ近付いていた。

 

 

 


 

 

二時間前。

 

横須賀鎮守府警備艦隊の旗艦は、巡洋艦「那珂」だった。

 

かつて帝国海軍の水雷戦隊旗艦だった艦の名を継ぎ、冷戦初期の1950年代に建造された巡洋艦である。

 

既に五十年近い年月を経ており、第一線からは退役していた。現在は海防艦としての近海警備と訓練艦としての任務が中心で、普通なら最前線へ出す艦ではない。

 

だが、今日は違った。

 

「だいぶ厳しい戦いになるだろうな」

 

警備艦隊司令官、小林直樹は、隣に立つ「那珂」艦長、田村誠へそう言った。

 

小林は艦橋から前方を見ながら笑う。

 

「でも、那珂がいてくれて助かった。旧式だからこそ、戦える」

 

田村も頷いた。

 

「全くです」

 

「那珂」は、大戦型巡洋艦が現役戦力として残っていた時代の影響を強く受けて設計されている。

 

現代の艦艇より明確に厚い防御構造を持ち、砲撃戦をある程度前提としていた。

 

ミサイル巡洋艦として建造されたため、純粋な砲艦ほど主砲数は多くない。

 

だが、SUEの砲弾を受けてもすぐには沈まない。

 

それだけで、今は価値があった。

 

随伴艦は四隻。

 

睦月型汎用駆逐艦。

 

既に駆逐艦として第一線を退き、海防艦扱いとなった老朽艦だった。

 

「那珂」と四隻の随伴艦、合計五隻。

 

それが、横須賀から首都圏防衛のために出せる最後の水上戦力だった。

 

「敵艦隊!」

 

見張員が叫んだ。

 

「十時方向!」

 

「数十二!」

 

「距離約三十キロ!」

 

「十二か……」

 

小林は息を吐いた。

 

こちらは五隻。倍以上である。

 

しかも、一隻一隻が小さく、速く、撃ちにくい。

 

「本当に厳しいな」

 

それでも、小林は笑った。

 

「だが、やるしかない。俺達の後ろは首都圏だ」

 

田村も前を見た。

 

「砲雷撃戦用意!」

 

「対艦ミサイル、発射準備!」

 

「了解!」

 

警備艦隊が先制攻撃を開始する。

 

大量の対艦ミサイルが飛び、五年前とは違う照準ソフトと誘導補正がSUE戦を想定して働く。

 

それでも、相手は小さく、素早く回避した。

 

「さーて……」

 

小林が表示を見る。

 

「どれだけ持っていけるか」

 

爆発が起こる。

 

一発、また一発。

 

「……撃破、二」

 

「二隻だけか」

 

田村が呟く。

 

敵は十隻残っている。

 

五対十。

 

「まあ」

 

小林が苦笑した。

 

「やるしかないな」

 

田村も主砲射撃を命じる。

 

「全艦!」

 

「殴り合いだ!」

 

「撃ち方始め!!」

 

砲撃、魚雷、ミサイル。

 

至近距離で双方が撃ち合い、数の差が徐々に日本側へ重くのしかかっていく。

 

「ぐっ……!」

 

「被弾!」

 

艦体が大きく揺れ、田村が手すりへ掴まった。

 

「損害!」

 

「第二砲塔被弾!」

 

「旋回装置、作動せず!」

 

「弾薬庫は!?」

 

「無事!」

 

「砲塔下部へ注水します!」

 

「……第二砲塔、終わったか」

 

田村が顔を歪める。

 

それでも、「那珂」はまだ浮いていた。

 

だが、随伴艦は違った。

 

睦月型駆逐艦は、そもそも重装甲艦ではない。古いからといって、戦艦や巡洋艦のように砲弾へ耐えられるわけではなかった。

 

一隻、沈む。

 

二隻、三隻、四隻。

 

それでも警備艦隊は反撃を続けた。

 

一隻を砲撃で、もう一隻をCIWSで、さらに一隻を集中射撃で沈める。

 

敵も三隻沈んだ。

 

だが、残ったのは一対七だった。

 

 

「…………」

 

田村は戦況表示を見る。

 

「流石に、これはキツいな……」

 

「那珂」自身も既に満身創痍だった。

 

第二砲塔は使用不能。機関は出力低下。浸水と火災も発生している。

 

一対七。

 

まともに考えれば、勝てない。

 

「敵接近!」

 

「正面!」

 

七体が真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

艦橋に絶望が広がりかけた、その時だった。

 

 

 

海が爆発した。

 

「……何だ!?」

 

巨大な水柱が立ち、続けて別方向でも、さらにもう一つ水柱が上がる。

 

銀色の砲弾が夜空から雨のように降ってきた。

 

「敵砲撃!?」

 

「違う!」

 

「敵も回避してる!」

 

深海棲艦達が突然攻撃を止め、大きく散開する。

 

「味方……なのか?」

 

田村が周囲を見る。

 

通信は繋がらなかった。既に通信設備の多くが被弾で死んでいる。

 

誰が撃っているのか、分からない。

 

 

そして十数分後。

 

「見張りより艦橋!」

 

声が響いた。

 

「大型艦!」

 

「大型艦を確認!」

 

「こちらへ接近中!」

 

「大口径砲を発砲しています!」

 

「戦艦……?」

 

田村は小林と共に艦橋上部へ上がった。

 

双眼鏡を覗く。

 

暗い海の向こう、遠方で砲炎が瞬き、照明弾の光の中に巨大な艦影が浮かび上がった。

 

前部へ集中した、二基の三連装主砲。

 

「何だ……あの艦は……」

 

田村が呟く。

 

隣で、小林だけが僅かに笑った。

 

「来たか」

 

「え?」

 

「建御雷」

 

「……建御雷?」

 

「ああ」

 

小林は巨大艦を見た。

 

「俺達の本命だ」

 

田村には意味が分からなかった。

 

だが、それでも、ボロボロになった「那珂」の艦上で、生き残った乗組員達は遠く砲撃を続ける巨大艦を見た。

 

そして、思った。

 

まだ、味方がいる。

 

一方、深海棲艦側も、突然の大口径砲撃に明らかに動揺していた。

 

直撃はしていない。

 

だが、砲弾が大きい。至近弾ですら無視できない。

 

高速で散開し、水柱から離れる。

 

その結果、思うように前へ出られなくなった。

 

逃げれば、恐らく簡単に振り切れた。

 

本来なら、そうすべきだった。

 

だが、東京湾はもう近い。

 

あと少し突破すれば首都圏だった。

 

ここまで来た今、引けるか。

 

しかも、最初、彼女達は遠距離砲撃を航空攻撃だと誤認していた。

 

まさか人類が、あれほど大きな砲を積んだ新造艦を隠しているとは思っていなかったからだ。

 

やがて、接近する艦影を視認する。

 

「……大型艦?」

 

旗艦である重巡級深海棲艦が、そこで初めて危険を感じた。

 

“戦艦棲姫”へ通信を送る。

 

『姫様!』

 

その通信を送っている間にも、随伴の軽巡や駆逐は攻撃を続けていた。

 

「那珂」へ最後の攻撃を加えようとしている。

 

「第一砲塔被弾!」

 

「射撃不能!」

 

「魚雷!」

 

「右舷二本被雷!!」

 

艦が大きく傾く。

 

「浸水拡大!」

 

「止まりません!」

 

「火災、第三甲板まで拡大!」

 

「消火班!」

 

「対応しきれません!」

 

「機関停止!」

 

田村が戦況表示を見る。

 

動かない。

 

撃てない。

 

浸水、火災。

 

随伴艦は全滅していた。

 

「……ここまでか」

 

小林が静かに言った。

 

田村も何も返せない。

 

「退艦命令を……」

 

そこまで言って、言葉が止まる。

 

海へ出ても敵がいる。

 

救命艇を下ろして助かる状況ではない。

 

「敵接近!」

 

一体の深海棲艦が、「那珂」へ真正面から迫ってくる。

 

軽巡級。

 

巨大な口を持つ異形の艤装に、砲塔が積み重なるように載っている。

 

その砲口が、「那珂」の中央部へ向いた。

 

CIC、機関、弾薬。

 

艦の急所をまとめて吹き飛ばすつもりだった。

 

「……衝撃に備えろ!!」

 

田村が叫ぶ。

 

乗組員達が床へ伏せる。

 

意味などないかもしれない。

 

それでも人間は、最後まで助かろうとする。

 

砲口が光った。

 

 

 


 

 

 

次の瞬間、敵の胴体が吹き飛んだ。

 

「……へ?」

 

砲撃を受けるはずだった。

 

だが、光った敵の身体が真横から何かに撃ち抜かれ、上下に千切れた。

 

そのまま炎に包まれる。

 

黒煙と炎の向こう、海面に人影が一人立っていた。

 

「……誰だ?」

 

乗組員の一人が呟く。

 

少女。

 

敵と同じように人の姿をしており、身体の周囲には軍艦の兵装が浮かんでいる。

 

だが、違う。

 

漆黒の怪物ではない。

 

もっと人間に近い。

 

炎が少女の姿を照らした。

 

暗い茶髪、青い目、20.3センチ砲。

 

少女は、ボロボロになった「那珂」の前へ立った。

 

「もう大丈夫です」

 

振り返る。

 

「ここからは」

 

そして前を見る。

 

「私が」

 

僅かに胸を張る。

 

 

「“出雲”が倒します!」

 

 

戦場に、人類最初の戦乙女が舞い降りた。

 

深海棲艦側がその存在を完全に認識した時には、既に一隻が沈んでいた。

 

「那珂」を仕留めようとしていた軽巡級。

 

20.3センチ砲の直撃を受け、撃破された。

 

残るは六隻。

 

世界初の艦娘と深海棲艦による、初の実戦だった。

 

数だけなら一対七。

 

純粋な身体能力や機関出力、そして一部の性能では、必ずしも“出雲”の方が上ではない。むしろ、個体によっては敵側の方が高い。

 

だが、戦闘能力は性能表だけで決まらない。

 

敵は、“出雲”という存在を知らない。

 

人類側は五年間、SUEの戦い方を研究してきた。そして“出雲”は、そのデータを相手に何度も訓練してきた。

 

「……いける」

 

“出雲”が小さく呟く。

 

「訓練通りにやれば」

 

主砲を照準する。

 

「撃て」

 

発砲。

 

「グェァァァァ!?」

 

───直撃。

 

「……二つ」

 

魚雷の深度と射角を設定する。

 

「発射」

 

別の敵が爆発した。

 

「三つ」

 

さらに砲撃。

 

「四つ」

 

 

 

夜の海で、敵は混乱していた。

 

何だ、あれは。

 

自分達と似ている。

 

人間の兵器でありながら、人の姿で軍艦の火力を使う。

 

そんなものは聞いていない。

 

その心理的優位を、“出雲”は逃さなかった。

 

「主砲……徹甲弾」

 

装填完了。

 

「照準、良し」

 

発砲。

 

悲鳴と爆発。

 

「主砲命中」

 

「轟沈」

 

「……五つ」

 

残るは二隻。

 

そのうち一体は重巡級で、今回の部隊の旗艦だった。

 

“出雲”より純粋な性能で上回る部分も多い。

 

だが、既に随伴艦はほぼ全滅し、指揮は混乱している。夜戦で、敵の正体も分からない。

 

対して、“出雲”は自分が何をすべきか分かっていた。

 

魚雷を発射する。

 

暗い海では航跡が見えにくい。

 

魚雷は敵重巡へ向かっていく。

 

その前へ、一体の駆逐級が飛び込んだ。

 

(庇う?)

 

“出雲”が目を細める。

 

(でも)

 

魚雷は少し深めに設定してある。

 

駆逐級なら、艦底下を通るはずだった。

 

その瞬間、敵駆逐級が沈んだ。

 

自ら海面下へ潜り、魚雷を受ける深度へ入ったのだ。

 

「……え?」

 

次の瞬間、魚雷二本が命中した。

 

「グェァァァァ!!」

 

大爆発。

 

「潜った……?」

 

“出雲”が一瞬だけ驚く。

 

深海を拠点とする深海棲艦は、魚雷の深度を見切った。だから自ら沈み、身を盾にした。

 

結果として、逆に魚雷を受ける深度へ入ってしまった。

 

「……魚雷二本命中」

 

沈没。

 

「六つ」

 

その爆発が海面を明るく照らした。

 

そして最後の敵、重巡級が“出雲”を捉える。

 

「───!」

 

敵主砲が発砲した。

 

照準は荒い。

 

「見つかった」

 

“出雲”はすぐに動いた。

 

「取舵二十」

 

海面を大きく滑る。

 

砲弾が後方へ着水した。

 

続いて魚雷が接近する。

 

「魚雷……」

 

一瞬、海斗の訓練を思い出す。

 

『魚雷はジャンプで避けられる』

 

「よっと」

 

跳ぶ。

 

魚雷が足元を通過し、着水する。

 

「……本当に避けられるんだ」

 

本人が若干驚いていた。

 

だが、問題は敵との距離だった。

 

二百メートルを切っている。

 

近い。

 

あまりにも近い。

 

重巡級の副砲がこちらを向く。

 

五インチ級でも、艦娘にとっては十分危険だった。

 

既に撃つ寸前である。

 

こちらの主砲は間に合わない。

 

離れるか、回避するか、撃ち合うか。

 

一瞬で複数の選択肢が頭に浮かぶ。

 

 

 

そして、“出雲”は結論した。

 

「───殴るか」

 

軍艦なら絶対に選べない、艦娘だからこそできる選択だった。

 

敵副砲が発砲する。

 

“出雲”は前へ突っ込んだ。

 

砲弾が周囲へ降り注ぐ。

 

敵も意図に気付き、後退しながら引き撃ちを始めた。

 

その間に主砲を装填する。

 

「逃がさない!」

 

“出雲”の副砲が乱射される。

 

狙いは精密ではない。

 

だが、敵の動きを止めるには十分だった。

 

一瞬、重巡級の姿勢が崩れる。

 

「今!」

 

“出雲”が踏み込んだ。

 

右腕を振りかぶり、艤装機関と身体の速度、そのすべてを乗せる。

 

「喰らえぇ!!」

 

拳が敵重巡の顔面へ直撃した。

 

鈍い音とともに、敵の身体が吹き飛ぶ。

 

「ガッ───!?」

 

その隙へ、副砲、至近距離からの砲撃、魚雷。

 

使えるものをすべて叩き込む。

 

それでも重巡級は沈まなかった。

 

「……硬い」

 

敵艤装は穴だらけで、浸水も起きている。

 

それでも、まだ動こうとしていた。

 

「じゃあ」

 

“出雲”が近付く。

 

「これで」

 

敵の身体へ足を掛ける。

 

───踏む。

 

「終わり!」

 

力ずくで海面下へ押し込む。

 

「ゴボッ───」

 

損傷した艤装内部へ海水が一気に流れ込み、敵重巡は沈下した。

 

直後、海面が爆発する。

 

巨大な水柱が立った。

 

“出雲”はそれを見た。

 

「……七つ」

 

周囲に敵影はない。

 

「敵艦隊、全滅」

 

そして、ほんの少しだけ自分の足を見る。

 

(……踏んで沈めるの)

 

 

(結構いいかも)

 

 

 


 

 

 

初実戦が終わった。

 

“出雲”本人にとっては、考えることの多い長い戦闘だった。

 

実際の戦闘時間は、およそ十五分。

 

敵七隻を撃沈し、“出雲”は実質無傷。

 

世界初の艦娘による初の実戦は、完全勝利に終わった。

 

だが、この戦いで“出雲”だけが戦っていたわけではない。

 

彼女が来るまで、横須賀警備艦隊は十二体の敵を五体まで減らしていた。

 

四隻を失いながら。

 

そして、旗艦「那珂」も、既に浮いているのが不思議なほど壊れていた。

 

「……まだ沈んでない」

 

“出雲”は「那珂」を見る。

 

艦首は大破、艦尾も大破。浸水と火災が発生している。

 

それでも中央部はまだ生き残っていた。

 

隔壁が無事な場所もある。

 

「…………」

 

しばらく考える。

 

そして、

 

「切ればいいか」

 

戦闘を終えた“出雲”は、今度は「那珂」の救助へ向かった。

 

既に、救難・曳航を前提にした状態ではない。

 

通常なら総員退艦、放棄と判断されてもおかしくない損傷だった。

 

だが、“出雲”には人間サイズの身体があり、軍艦級の力がある。

 

浸水の酷い艦首と艦尾、生きている隔壁の位置を確認する。

 

その隔壁より外側を切り離す。

 

無茶苦茶に千切るのではない。

 

まだ水密を保てる区画を見極めて切る。

 

結果、「那珂」は前後を失い、艦中央部だけの異様な姿となった。

 

だが、浮いた。

 

「曳航します!」

 

“出雲”がそれを引く。

 

後から到着した「建御雷」は、随伴海防艦の生存者も収容した。

 

そして夜明け、日本へ帰る。

 

 

 


 

 

 

戦闘結果

 

日本国防海軍 横須賀鎮守府警備艦隊

 

喪失、四隻。

 

大破、一隻。

 

巡洋艦「那珂」。

 

第二特務艦隊。

 

人的損害、なし。

 

戦闘損害、なし。

 

ただし、艦娘母艦「建御雷」は出撃途上で機関部故障。

 

SUE高速部隊。

 

確認十二個体。

 

重巡級、二。

 

軽巡級、四。

 

駆逐級、六。

 

全個体、撃破。

 

 

 


 

 

 

特務艦隊司令部

 

「出雲……!」

 

洋平は届いた戦闘報告を見ていた。

 

「やってくれたか……!」

 

同時に、第一艦隊、第二艦隊、航空部隊、各地の通常戦力も限界まで戦っている。

 

日本側の被害は決して小さくない。

 

だが、高速部隊は撃滅され、首都圏への奇襲は失敗した。

 

それは、深海棲艦側の作戦全体へ影響を与えた。

 

敵の攻勢は徐々に鈍り、日の出とともに日本近海の深海棲艦部隊は一度後退を始めた。

 

人類は守り切った。

 

少なくとも、この日、日本は落ちなかった。

 

そして世界で初めて、艦娘が実戦でSUEを撃沈した。

 

それも、圧倒的な戦果で。

 

この一戦によって、艦娘という兵器体系は単なる実験計画から実戦兵器へ変わった。

 

 

 


 

 

 

数日後 

 

中央太平洋

 

「姫様」

 

一体の深海棲艦が報告書を差し出した。

 

「先日ノ日本近海戦闘ニツイテ、報告ガ届イテイマス」

 

「オ読ミニ?」

 

「……ウン」

 

報告を受け取り、読み進める。

 

しばらく沈黙した後、深いため息をついた。

 

「ハァ……」

 

「ダカラ言ッタノニ」

 

「戦艦棲姫、人類ヲ舐メ過ギダッテ」

 

呆れたように呟く。

 

「結局、失敗シテルジャナイ」

 

側近が少し迷い、尋ねた。

 

「報告ニアル、『我々ト同種ノ兵器』」

 

「アレニツイテハ、ドウオ考エデ?」

 

「……艦娘、ネ」

 

彼女は報告書を閉じた。

 

「イツカハ、出テ来ルト思ッテタ」

 

「人類ハ、戦争ノ為ノ技術ヲ進歩サセルノ、得意ダモノ」

 

少し笑う。

 

「思ッテタヨリ、早カッタケド」

 

「……勝テマスカ?」

 

その問いに、間があった。

 

 

そして、当然のように答える。

 

「勝テル」

 

「人類ガ、ドレダケ必死ニ頑張ッテモ、無駄」

 

「一度沈メテモ、一度立チ上ガッテモ」

 

声が少し低くなる。

 

「何度デモ、繰リ返ス」

 

「何度デモ」

 

「何度デモ」

 

「沈メルダケダ」

 

 

 

彼女の身体を支える巨大な艤装には、多数の連装砲が並んでいた。

 

そして、その背後には航空機を運用するための飛行甲板が広がっている。

 

 

人類は、新しい兵器を手に入れた。

 

だが、深海にはまだ、人類が知らない敵が幾らでも残っていた。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

「那珂」は主砲2門でよく頑張った。


次回 戦力強化
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