“出雲”の強化イベント。いつも以上に会話多め注意
特訓よりもどっちかと言えば神崎流の紹介がメイン。
羽田から飛行機に乗って釧路へとやって来た“出雲”。約1年振りの北海道…なのだが、その頃はずっと研究所内にいた為、実質初めてだった。
「ここかぁ…」
空港からバスに乗ってしばらく移動し、降りたバス停から数分。海斗から渡された地図の場所に辿り着いた。彼女の目の前にはそれなりな豪邸が建っている。
「凄い大きい!でも司令官達の家の分家って話だし当然か。……どうやって入れば良いんだろう。一応この地図の書かれた紙が紹介状の意味も持ってるらしいけど、そもそもどうやって渡せば…?」
目の前に有る門が正門なのは分かるがどうやって入れば良いのか分からず、萎縮してしまってオドオドしている。元々はストリートチルドレンだったのだから仕方ない。
そうしてしばらく立ちすくんでいると…
「きゃっ!……え?あれ!?」
一瞬何かが前を横切ったかと思ったら、持っていた紙が消えていた。
「誰?どこ!?」
辺りを見回すも誰もいない。足跡すら見当たらない。と、そんな時。
「流石だね、あの一瞬で『何かが横切った』事を認識するだなんて!」
付近の木の上から声が聞こえた。見上げるとそこには、枝に腰掛けながら笑う少年がいた。手に持った紙を見せびらかしている。
「なっ、返して!大事な物なの!」
「どんな?」
「えっと、それは…」
(軍事機密だから、言えない…)
困り果てている“出雲”。対して、
(よしよし、今のところ予定通り!この後は「…これが東堂家への紹介状ってことは知ってるぜ!だから受け取ったんだ!」「え?」「へへっ、俺の名は東堂士。神崎流戦闘術の継承者だ!!」………って流れだな。よっしゃあ!カッコよく決めるぞ!それじゃ…)
何とかしてカッコつけようと必死な東堂士13歳。今のところは予定通りらしい。
「ゴホン、これが東堂家への紹介状ってことは───」
「…あ、あれ?」
「おねがい、します…返してください…!かえ、して……!かえしてよぉ……!」
(どうしよう……。司令官に託された、大事な書類、なのに……)
彼の目に映ったのは、涙と鼻水で顔をボロボロにしながら懇願する少女の姿だった。あまりの想定外の出来事に一瞬フリーズした。もうカッコつけようだなんて考えは吹き飛んでいた。
「…ごめんごめん!返す、返すから!ええっと、そうだ!これ、ハンカチ!使って!いいからいいから!…本当にごめん!」
想定外過ぎてテンパりまくっているが、そんな中でも一応気遣いはちゃんとしている辺り、彼の優しさが垣間見れる。
(海斗兄ちゃんからは『圧倒的な強さを持つ戦士だ』って聞いてたんだけどな……実際に見た限りじゃ、ただの見た目相応の女の子じゃんか…。いや最早、見た目よりも精神的に幼く見えるレベルだけど…とても年上にはみえねぇ)
確かに“出雲”は強い。…だがそれはあくまで見た目の強さ、戦闘力での話。彼女の内面、素体となった少女の精神面は考慮されていない。その点彼女は、艦娘の『強さ』と『弱さ』を分かりやすく示していた。更に言えば、彼女は過去の経験も相まってその『弱さ』がより強く出てしまったのだった。
何はともあれ、士は困惑しつつも謝り、慰めた。
しばらくして“出雲”は泣き止んだ。これがただのイタズラだった事は理解して貰えたようだ。
「じゃあ、あなたが継承者の?」
「うん、そうだよ。俺は東堂士。東堂家の次期当主さ」
お互い自己紹介を終えた後、すぐに模擬戦へと移った。士は「今日くらい休んだら?」と言ったのだが、“出雲”の熱意を受けて明日の予定を前倒しして特訓を開始する事にした。
訓練場
「よし、じゃあ一回手合わせだ!」
「はい!よろしくお願いします!」
「…えっと、その。敬語はいいよ、俺の方が年下なんだしさ」
「それなら……手合わせお願い、士」
「うん!じゃあ行くぜ!遠慮は無しだ!」
模擬戦が始まった。
ドカッッ
「…なかなか、やるじゃん!流石は艦娘、フィジカルがつえぇ!」
「そっち、こそ!普通の人間でここまで、やるなんて!」
艤装などは用いない純粋な殴り合いだが、だからこそ“出雲”は驚いた。種族的に本来圧倒的に不利なはずの士が、かなり善戦しているのだ。「遠慮は無しだ」と彼が言ったので、その通り本気で戦っているのに、それでも勝負になっていた。
(どうして!?彼は普通の人間のはず。…もしかしてこれが神崎流の力?)
士の超人的な実力に驚愕していたが、流石に人間と艦娘の戦闘力差は大きく、最終的に彼女の勝利となった。
模擬戦終了後
「士、色々聞いても良い?」
「もちろん」
拳のぶつかり合いを経て絆が深まったのか、かなりフランクに接するようになった2人。“出雲”が聞きたかった事を質問する。
「神崎流って、具体的にはどういったものなの?」
彼女は神崎流の事を深くは知らない。文献で出て来ても、そこに記してあるのはただ「大きな戦果を上げた」という結果だけ。戦闘術自体の記述はほとんどないからだ。
「うーん…難しいな。何て言ったら良いんだろう」
「柔道とか、剣道とか、そう言ったものではないの?」
「…敢えてそういう言い方をするなら、総合戦闘術って事になるのかな」
「??」
どういうことかイマイチ良く理解出来ない。そんな彼女に、士が分かりやすく説明する。
「まぁ要するに、柔道も剣道も、射撃術も銃剣道もありとあらゆる戦闘技術を全部取り込んで独自に発展させたものが神崎流って感じだな。1000年以上前からあるけど、現代に至るまでに色々な技術を取り入れて来たから、初期には無かった銃系の戦闘技術も追加されてるんだよ」
神崎流に、特定の「型」は無い。戦い方は人それぞれ。戦国時代には刀や槍を用いる者も居れば、弓を主武装とした者も居た。近代まで来れば、ライフル銃を用いる様にもなった。
「まさに全部乗せ…でもそれっておかしくない?特定の型が無いなら『流派』って言うべきじゃ無いって言うか」
「まっ、そこが神崎流の真髄じゃないから。神崎流を流派たらしめる要素は別にある」
「どういうこと?」
「戦闘技術がメインじゃないってこと。あくまでそこは、神崎流を会得する事で得られる力の応用手段としてあるだけなんだ。そしてその真髄と言うのが……『身体のリミッター解除』だ」
「リミッター…なるほど…?具体的にはどんな効果があるの?」
「主な使い方は身体能力の強化。ゲームとかで言うなら「バフ」だな」
「身体強化…なるほどね、だからさっき」
「うん、そうじゃなきゃ艦娘と殴り合ったりなんて出来ない」
神崎流戦闘術の真髄
人間は普段、身体能力を脳がリミッターをかける事で大幅に抑えているとされている。そのリミッターを意図的に解除できるようにすることで、身体能力の大幅な強化を目指す…それと引き換えに肉体に多大な負担が掛かるのだが。
「要するに『火事場の馬鹿力』を意図的に発動させよう!って事さ。まだ医学が発達してなくて、このリミッターの概念も知られていなかった時代にこの考えを生み出したご先祖様は凄いと思う」
「まあ凄いのは分かったけど…それだけで「サイヤ人かよ」とはならない気が…」
海斗や美香の言っていた言葉が引っ掛かる。
「海斗兄ちゃんにそう言われた?」
「うん」
「…まあそうだな、確かにこれだけならそうはならない。…でも、『完全会得者』なら話は別さ」
「え?」
「これは文献の中での話だけど、神崎流の完全会得者が戦闘モードに入った時、普通の身体強化とは桁違いなあまりにも人間離れした力を発揮するらしいんだ」
「それが『奥義』?」
「多分。神崎流を極めた先…最早人体の限界を超えてそうなんだけどな…」
士がそう表現する通り、仮にそんな事が可能であったとしてもその身体強化が実現できるとは思えないのだ。実際にしようものなら、常人では骨や筋肉が耐えられないからだ。強化以前に自滅してしまう。
「本当に出来るのかな?」
「分かんない。俺も今目指してるんだけど、なかなか上手くいかなくてさ…どうやったらあんな強さを手に入れられるんだろ。何処まで行けば『潜在能力の完全解放』なんてものに辿り着けるのか全然分かんないし。……そういや、そのもう一段階上の形態もあるんだったな。こっちこそ流石にフィクションだと思うけど」
「もう一段階上?」
「うん。これは本当に古文書だけにしか載ってない伝説上のものなんだけどな。「奥義」を超えるって意味分かんねぇよ」
「へぇ〜」
現在は神崎流の完全会得を目指している士。だがなかなか上手くいっていない状況だ。そもそも、その「奥義」へと辿り着く為の指南書が説明不足な代物なせいでやり方すら満足に分からない状態だ。
ましてや古文書にはそれを更に超えた形態も記されているのだが、彼は流石に信じてはいなかった。実際に極めようとしている者だからこそ分かる無茶苦茶加減だからだ。
「まっ、とりあえずこんな所だな」
「なるほどね。……ちなみにだけどさ」
「?」
「気功波って撃てるの?」
「………逆に撃てると思う?現実で」
「…ですよね」
「まぁ、もし撃てたなら絶対カッコいいよな〜」
その後、出撃時の体験談やお互いの今までの事について話していた2人。しばらく話していると、訓練場に加奈がやって来た。
「こんにちは……えっと、貴方がお兄ちゃんの艦隊の?」
「うん。私は出雲。お兄さん達にはいつもお世話になってるわ」
「こちらこそ、いつもお兄ちゃん達を守ってくれてありがとう」
「感謝される程じゃないわ。それが私の役目だから」
軽く話したところで、士がある提案をして来た。
「出雲、加奈とも戦ってみないか?」
「私が、加奈ちゃんと?」
「うん。こう見えて加奈はそれなりに強いんだぜ!俺と一緒に鍛練してるからな!」
「士には敵わないけどね…。それじゃ、やってみますか?」
「うん。負けないわ!」
(とはいえ、流石に無難に勝てるはず……)
そうして、“出雲”vs 加奈 の模擬戦が行われた。
数分後
ハァハァ
「なかなか…凄かったわね」
(内心舐めてたら痛い目にあった…荒削りとはいえ…まさか、あんなに強いなんて)
「だろ?…良く頑張ったな、加奈!」
「えへへ、負けちゃったけどね…流石、艦娘だね」
負けてしまったとはいえ、“出雲”の想定を上回る実力を見せた加奈。
(この2人ならSUEとも戦えるんじゃないかな?それに2人はまだ子供。もう少し大きくなったらどんなに強くなるんだろう?……もし2人が艦娘になるって言うなら、更にとんでもない強さになりそうだけど、それは無いか。そもそも士は男の子だしね)
純粋な人間でありながら、これだけの強さを見せた2人の将来に様々な期待を寄せつつ、改めて神崎流の強さを感じていた。
翌日から本格的に鍛練を開始した。士や加奈と共に、更なる高みを目指して修行する日々を送りはじめた。
目標はただ一つ、身体のリミッター解除を自在に行えるようにする事。既に艦娘の中でも高い戦闘力を有する“出雲”には、改めての戦闘訓練は不要であった。逆に戦闘技術自体はまだまだ未熟な加奈に教える事もあった。
彼女がリミッター解除を少し習得してくると、途端に士は歯が立たなくなった。しかしこれは当然である。艦娘はその機関出力が身体のパワー=筋力に直結する。そんな存在と対等に殴り合えていた頃が異常だったのだ。
日々鍛練に励みつつも、時には息抜きもしていた。部屋で一日中ゲームをしたり、買い物のついでに街中で遊んだ。道内の色々な場所を旅行した事もあった。この経験は“出雲”にとって大きな収穫となった。
そんな生活を1年ほど続け、最終的には神崎流戦闘術をほぼ完全に会得した。彼女を持ってしても『奥義』には届かなかったが。それでも以前と比べて文字通り桁違いの戦闘力を手に入れた。その圧倒的な力は、例え相手が戦艦であっても一撃で倒せるとさえ思えた。
このように純粋な戦闘力も上昇したが、精神面では更に大きな成長を遂げていた。士や加奈とは最早家族同然と言える程に親しくなり、そんな彼らと結んだ深い絆が彼女の心の支えとなって精神の著しい成長を齎していたのだ。
「俺たちももっと強くなって一緒に戦う!だから待っててな、出雲!」
“出雲”の誕生日パーティーでそう誓う士の姿が、とても印象に残った。
一方、世界情勢は激しく動き続ける。年が明け2007年に入っても、日本近海は定期的に島嶼部の小競り合いが起こるだけだったが、大西洋においては激しい制海権争いが繰り広げられており、幾度となく大規模な海戦が発生していた。中でも要衝であるジブラルタル海峡では特に激しい戦闘が行われた。数多くの艦娘も投入され、喪失も増えていった。
現在、南大西洋やインド洋といった、艦娘大量保有国から遠い地域の制海権は奪われつつある。一応南米方面ではブラジルやアルゼンチン、チリなどの国々が踏ん張っているが、状況は芳しくない。インド洋では、マダガスカル島近海やスリランカ島近海を拠点とした敵艦隊がかなり広範囲の制海権を奪取している。
ただ、そのインド洋方面の敵艦隊は、拠点構築後は特に激しい動きを見せず、インド洋に居座り続けている。お陰で大西洋や太平洋の部隊との合流、という最悪の事態には至っていなかった。
そんな中
2007年6月初め
“出雲”が東堂家で修行を始めてもうすぐ1年が経とうとしていた頃。太平洋のど真ん中で大きな動きがあった。対SUE戦争勃発後、再び米軍基地が置かれていたミッドウェー島が襲撃を受け、陥落したのだ。また、ほぼ同時にハワイ諸島にも敵艦隊が襲来。米海軍との間で激しい戦闘が繰り広げられた。結果何とかハワイの防衛には成功したものの、多数の通常艦や艦娘を喪失。更に追い打ちをかけるかの様にアラスカのダッチハーバーも襲撃を受け、陥落。米軍は太平洋における作戦遂行能力を著しく低下させた。
これを受け日本国防軍は太平洋方面の守りを固めると共に、米軍との共同作戦を行うべく、第二特務艦隊に出撃命令を出した。目標はミッドウェー島奪還及び敵艦隊の撃滅である。
尚、ミッドウェー島から間一髪脱出に成功した兵士によれば、喰らった攻撃はまるで航空攻撃の様であったとの事。また、脳内に響き渡る様な声が聞こえたという。聞こえた言葉は少し詩的であった為、戦闘報告を共有するべく翻訳した時に様々な意訳がされた。その中には、こんなものもあった。
続く
あ と が き
この世界に就役済みの『空母艦娘』はまだ居ません。
次回 ミッドウェー島奪還作戦