自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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前回の最後から。



11. 『想定外』

 

「空母……セイキ……?」

 

「深海棲艦、上位個体……?」

 

突然大量の情報を投げ込まれ、海斗も美香も理解が追いついていなかった。

 

 

 

これまで人類がSUEと呼んでいた存在は、自らを“深海棲艦”と呼ぶ。

 

そして、その中には“上位個体”という階層があり、目の前にいる“空母棲鬼”はその一隻らしい。

 

だが、そんな人類側の混乱など知ったことではないとばかりに、“空母棲鬼”は話を続けた。

 

『ソレニシテモ、大胆ナ判断ダ。己ヲ囮トシテ我々ノ機動部隊ヲ沖ヘ誘イ出シ、ソノ間ニアメリカ艦隊ガ海兵隊ヲ収容スル時間ヲ稼グトハ』

 

海斗の表情が僅かに強張る。

 

その通りだった。

 

現在、「建御雷」の周囲に米艦隊の姿はほとんどない。夜間空襲によって日米連合艦隊は大打撃を受け、第二次MI作戦の続行は困難と判断されたが、ミッドウェー島には既に多数の米海兵隊が上陸している。

 

作戦を中止するにしても、彼らを置き去りには出来ない。

 

そこで夜明け以降、「建御雷」と第二特務艦隊は敢えてその存在を隠さず、ミッドウェー島から離れる方向へ移動しながら敵機動部隊の注意を引いていた。敵空母部隊を少しでも島から遠ざけ、その間に米海軍が上陸部隊を回収する。

 

撤退のための囮だった。

 

「……完全に読まれてるな」

 

海斗が小さく呟くと、美香も険しい表情で頷いた。

 

少なくとも、この“空母棲鬼”は自分達の意図を正確に理解している。

 

『マァ、肝心ノ海兵隊ガ無事カドウカ、分カッタモノジャ無イケドナ』

 

「……何?」

 

海斗が顔を上げた。

 

「どういう意味だ……?」

 

返事はない。ただ、“空母棲鬼”は楽しそうに笑っていた。

 

そして、その言葉が単なる脅しではないことを、海斗達はまだ知らなかった。

 

 

 


 

 

 

同時刻、ミッドウェー島沿岸部。

 

「はぁ……はぁ……! 全員いるか!?」

 

米海兵隊のある分隊が、地面の窪みへ次々と滑り込んでいた。

 

「二名負傷!」

 

「衛生兵!」

 

「こっちだ!」

 

分隊長は荒い呼吸を整えようとしたが、遠くで轟音が鳴る度に身体が反射的に強張る。

 

「……聞いてねぇよ」

 

部下の一人が呻いた。

 

「何だよ、あれ……! あんな移動砲台がいるなんて聞いてねぇぞ!」

 

また砲声が響き、少し離れた場所で地面が爆ぜた。土砂が雨のように降り注ぐ。

 

ミッドウェー島へ上陸した海兵隊を待っていたものは、海上の深海棲艦だけではなかった。

 

島そのものにも敵がいた。

 

しかも、五十体以上。

 

人類側の兵士達が咄嗟に『移動砲台』と呼んでいる異形の存在が、沿岸部を縦横無尽に動き回っていたのである。

 

人型ですらない。

 

巨大な砲身を異様な胴体と短い脚で支えた姿は、印象だけなら主砲そのものへ無理矢理足を生やしたようにも見える。

 

だが、その奇妙な外見を笑える人間など一人もいなかった。

 

「伏せろ!」

 

轟音と共に、少し前まで揚陸艇が存在していた海岸が一撃で吹き飛ぶ。別の個体が砲身を旋回させ、今度は海兵隊の陣地へ向けて発砲した。

 

戦艦級の火力を、陸上を自由に移動しながら叩き込んでくる。

 

それが一体や二体ではなく、何十体もいる。

 

「移動トーチカってレベルじゃねぇぞ……!」

 

さらに海上からは、重巡級や戦艦級の深海棲艦による艦砲射撃まで飛んでくる。

 

陸と海、その両方から攻撃され、上陸部隊は完全に火力で押し潰されつつあった。

 

もちろん、海兵隊側もただ逃げ回っているわけではない。

 

「目標、正面! APAS!」

 

小銃と機関銃が火を噴く。

 

今回初めて実戦投入された対SUE徹甲弾が装甲へ食い込み、連続して命中した一体の外殻が砕けた。

 

さらに側面から対物ライフルが発砲する。

 

12.7ミリAPASが比較的薄い部分を貫通し、内部で何かが爆ぜた。

 

「一体撃破!」

 

「効くぞ!」

 

APASは、確かに通用していた。

 

下位の駆逐級や軽巡級なら十分な効果を発揮し、条件さえ良ければ、さらに重装甲な相手にも歩兵火器で損害を与えられる。

 

人間の兵士が初めて、自分の手で持てる銃を使って深海棲艦へまともに対抗出来るようになった。

 

だが、問題は数と火力だった。

 

「右から来るぞ!」

 

一体の『移動砲台』がこちらを向く。

 

「散れ!」

 

海兵隊員達が飛び出した直後、先程まで隠れていた場所が丸ごと吹き飛んだ。

 

一体を苦労して倒している間にも、別の何体かがこちらへ砲口を向けている。重巡級もおり、海上からも砲弾が飛んでくる。

 

 

APASは歩兵へ戦う手段を与えた。

 

それでも、不利な戦場を一発で逆転させる魔法ではなかった。

 

 

 


 

 

 

「良イ感ジネ。砲台小鬼達モ頑張ッテルジャナイ」

 

イースタン島の深海棲艦陸上陣地で、“中間棲姫”は満足そうに戦況を眺めていた。

 

人類側が『移動砲台』と呼んでいた存在。

 

その名は、“砲台小鬼”。

 

海戦よりも陸上戦闘を強く意識した深海棲艦であり、高い防御力と大口径火砲、それを自力で移動させる能力を併せ持っている。

 

島嶼や港湾、沿岸要塞へ配置すれば、陸上から接近する歩兵にも海上の艦艇にも火力を向けられる。その性質は、まさしく自走式の沿岸砲台、あるいは移動トーチカと呼ぶべきものだった。

 

この戦いによって人類側は初めて、深海棲艦が単に「軍艦のような能力を持つ人型個体」だけではないことを知る。

 

最初から陸上戦闘を前提として生まれた個体も存在する。

 

後に『陸上型深海棲艦』と分類される一群、その本格的な実戦例の一つが“砲台小鬼”だった。

 

 

 


 

 

 

やがて、上陸部隊へ新たな命令が届く。

 

『総員撤退。繰り返す、第二次MI作戦を中止する。全部隊、指定された海岸へ後退せよ。これより艦隊が収容に向かう』

 

作戦失敗。

 

その文言こそ使われていないが、意味するところは明白だった。

 

だが、落胆している余裕などない。

 

「撤退だ! 動け!」

 

「負傷者を置いていくな!」

 

彼らは兵士であり、戦う覚悟も死ぬ覚悟も持ってここまで来た。それでも、勝ち目のない場所で意味もなく全滅することまで任務ではない。

 

今は退くべき時だった。

 

海兵隊員達は次々と海岸へ集まり始める。

 

当然、深海棲艦側もその動きを見逃さなかった。

 

“砲台小鬼”や他の陸上型個体、さらに海上の深海棲艦達まで、兵士達が密集する撤収地点へ砲口を向け始める。

 

「敵、集結中!」

 

「来るぞ!」

 

海兵隊員達がAPASを装填した。

 

逃げるだけで終われる相手ではない。

 

……だが、それこそが人類側の狙いだった。

 

 

『全員伏せろ!!』

 

 

無線へ怒鳴り声が響き、海兵隊員達が一斉に地面へ伏せる。

 

 

 

数秒後。

 

島が揺れた。

 

巨大な爆発が起こり、深海棲艦の集まっていた一帯がまとめて吹き飛ぶ。続いて第二弾、第三弾と、何十キロも離れた海上から大重量の砲弾が降り注いだ。

 

戦艦「アイオワ」。

 

戦艦「ミズーリ」。

 

二隻が、海兵隊を回収するため戻ってきたのだ。

 

「うおおおおっ!」

 

海岸に歓声が上がる。

 

16インチ砲弾が着弾する度に海面と陸地が爆ぜ、深海棲艦が吹き飛ぶ。沿岸部へ集まっていた“砲台小鬼”も、次々と爆炎へ呑み込まれていった。

 

APASでは一体ずつ苦労して倒していた相手を、戦艦の大口径砲は地形ごと薙ぎ払っていく。

 

「乗れ!」

 

「急げ!」

 

「負傷者から!」

 

「時間がないぞ!」

 

もちろん、喜んでいる暇はない。

 

艦砲射撃で敵が混乱している間に海兵隊員達が次々と収容され、揚陸艇や輸送艇が海岸を離れていく。

 

まだ敵はいる。砲弾も飛んでくる。

 

それでも、上陸部隊は間一髪で全滅を免れた。

 

 

第二次MI作戦は失敗し、ミッドウェー奪還も果たせなかったが、生き残った海兵隊員達は二つの重要な情報を持ち帰ることになる。

 

APASは実戦で通用する。

 

そして、深海棲艦には陸上戦闘を専門とする個体が存在する。

 

 

 


 

 

 

一方、沖合の「建御雷」。

 

米海兵隊の撤収は始まっていたが、こちらの危機まで去ったわけではない。

 

『今マデオマエ達ノ作戦ニ付キ合ッテヤッテイタガ、茶番ハ終ワリダ』

 

“空母棲鬼”の声が響く。

 

『コノ海ニ沈ンデシマエ!』

 

その言葉と同時に、麾下の深海棲艦達が一斉に動き出した。

 

「来るぞ!」

 

海斗が叫ぶ。

 

「全艦娘、迎撃! 無理に撃沈しなくていい、敵を止めろ! 米艦隊が海兵隊を収容し終わるまで時間を稼ぐ!」

 

「「「了解!!」」」

 

第二特務艦隊の艦娘達が次々と海面へ飛び出していく。

 

数だけを見れば、人類側が極端に不利というわけではない。通常の深海棲艦を相手にする限り、現在の二特艦は練度でも連携でも高い水準にある。

 

 

問題は一体。

 

「……空母棲鬼」

 

海斗は敵艦隊中央にいる“彼女”を見る。

 

上位個体。

 

その意味も、性能も、戦い方も、まだ何一つ分からない。

 

しかも最初に出会った上位個体が空母型だった。

 

艦載機を使って戦う相手なら、本人は後方で指揮に専念するのか。それとも、人型である以上、自ら前へ出て戦うのか。

 

「出雲」

 

「はい」

 

“出雲”は「建御雷」の近くで待機していた。

 

「お前はまだ出るな。もし、あいつ本人が前へ出てきたら───」

 

「私が抑える」

 

「ああ。頼む」

 

第二特務艦隊最大の戦力。

 

その判断は、間もなく意味を持った。

 

 

 

戦闘開始からしばらくすると、下位個体との戦いは少しずつ第二特務艦隊側へ傾き始めた。

 

『思ッテイタヨリ、ヤルジャナイ』

 

戦況を見ていた“空母棲鬼”が呟く。

 

『ナラバ───』

 

そして、自ら前へ出た。

 

「空母棲鬼、接近して来ます!」

 

監視していた妖精が叫ぶ。

 

「やっぱり来たか! 出雲!」

 

「了解!」

 

“出雲”が海面を蹴り、一直線に敵へ向かう。

 

だが、考えてみれば奇妙な話ではある。

 

空母とは、本来、自分から敵の懐へ飛び込んで殴り合う艦種ではない。航空機を遠距離へ飛ばし、自分は敵の攻撃圏外から一方的に攻撃する。それこそが空母の最大の強みであり、深海棲艦であっても根本的には変わらない。

 

まして“空母棲鬼”は、その名の通り空母型の上位個体である。

 

では、なぜ自分から接近してきたのか。

 

理由の一つは、非常に単純だった。

 

『ヨクモ私ノ艦載機ヲ、アレダケ墜トシテクレタナ!』

 

───かなり怒っていたのである。

 

夜間奇襲によって日米艦隊へ大損害を与えたとはいえ、深海棲艦側も無傷ではなかった。艦娘達の対空砲火や通常艦のCIWSによって、艦載機を大量に失っている。

 

とはいえ、それだけなら残存機を使うなり、随伴する水上艦隊へ任せるなり、空母としてもっと適切な戦い方はいくらでもある。

 

それでも彼女が自ら前へ出た最大の理由は、別にあった。

 

人類を、まだ舐めていたのである。

 

『少シハ遊ンデヤル!』

 

「っ!」

 

“出雲”が20.3センチ砲を撃つ。

 

直撃。

 

“空母棲鬼”の艤装が爆炎に包まれた。

 

「……!」

 

だが、煙を突き破るように“空母棲鬼”が飛び出してくる。

 

「硬い……!」

 

無傷ではない。

 

命中した部分は明らかに抉れ、装甲には亀裂が入り、血とオイルも流れている。それでも、戦闘能力を失わせるほどではなかった。

 

“出雲”がさらに二発、三発と撃ち込む。

 

今度は正面から受けず、身体を捻って致命部位から外された。破片が“空母棲鬼”の頬を切り、赤い筋が走る。

 

『……効クジャナイ』

 

指で血を拭い、“空母棲鬼”は笑った。

 

『面白イ!』

 

次の瞬間、拳が飛んでくる。

 

「ぐっ!」

 

“出雲”は艤装で受けたが、鈍い音と共に装甲が凹む。

 

「このっ!」

 

神崎流で身体出力を引き上げ、そのまま拳を腹部へ叩き込む。

 

『グッ……!』

 

“空母棲鬼”の身体が僅かに折れる。

 

「効いてる!」

 

『調子ニ乗ルナ!』

 

今度は肘が飛び、“出雲”の肩を打つ。蹴りを避け、そのまま反撃。拳、肘、膝、時折至近距離から主砲。

 

気付けば、そこにあったのは海上をリングにして殴り合う二人の少女の姿だった。

 

「何で……アンタ空母なのに、こんな殴り合ってるのよ!」

 

“出雲”が拳を受け流し、至近距離から蹴り返す。

 

『貴様達ガ艦載機ヲ墜トシタカラダ!』

 

「八つ当たりじゃない!」

 

『ウルサイ!』

 

拳が“出雲”の頬を掠め、口元から血が流れる。

 

だが、“空母棲鬼”も決して無傷ではなかった。“出雲”の20.3センチ砲は確かに装甲を削り、手刀や拳も少しずつ損傷を積み上げている。

 

上位個体である“空母棲鬼”の基礎能力は、並の艦娘を遥かに上回る。

 

ただし彼女は空母型だった。

 

戦艦型上位個体のように正面砲戦や近接格闘そのものを本職としているわけではなく、本来の最大戦力である艦載機も既にかなり失っている。

 

その上、本人が遊び半分で“出雲”の得意な距離へ降りてきた。

 

だからこそ、戦闘が成立していた。

 

 

 


 

 

 

それでも、時間が経つにつれて少しずつ差は現れ始めた。

 

『ハァッ!』

 

重い一撃を受け、“出雲”の身体が弾き飛ばされる。海面を何度か跳ね、どうにか姿勢を立て直した。

 

「くっ……!」

 

立ち上がる。

 

“空母棲鬼”にも肩、腹、頬、艤装と幾つもの傷がある。だが、“出雲”の方が明らかに損傷は大きかった。

 

『流石、貴様達ノ艦隊ノ“エース”ト呼バレルダケハアル』

 

「そりゃ……どうも」

 

“出雲”が口元の血を拭う。

 

まだ立てる。まだ戦える。

 

だが、“空母棲鬼”は余裕のある笑みを崩さなかった。

 

『ケド、ソンナ大事ナ戦力ガ、ココデ私ト遊ンデイテ良イノカシラ?』

 

「……何?」

 

“出雲”の動きが止まる。

 

『日本本土ニ向ケテ、別働隊ガ出テイルワヨ』

 

「……え?」

 

『貴様達ガココニ来テイル間ニネ』

 

“出雲”の表情が変わった。

 

「いつ……?」

 

『数日前』

 

「……!」

 

『早ク帰ッタ方ガ良インジャナイ?』

 

「なんで……」

 

“出雲”は“空母棲鬼”を見る。

 

「どうして、それを私達に教えるの?」

 

敵なのだ。

 

黙っていればいい。

 

二特艦をここへ縛り付けて、その間に別働隊を日本へ向かわせればいい。

 

それなのに、“空母棲鬼”は自分から情報を明かした。

 

『ソノ方ガ都合ガ良イカラヨ』

 

彼女は僅かに笑った。

 

 

『サァ、行ケ。私ノ気ガ変ワラナイ内ニ』

 

“出雲”は少し迷った後、小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

 

 

そして、そのまま通信へ話しかける。

 

「───とのことです、司令官」

 

『ああ。全部聞いてた』

 

“出雲”と「建御雷」の通信回線は、戦闘開始からずっと繋がったままだった。

 

人類が初めて遭遇した、意思疎通可能な上位個体。

 

戦いながらでも何か情報を引き出せないかと考え、海斗達は“出雲”との通信を開いたままにしていたのである。“出雲”自身も、それを理解した上で積極的に“空母棲鬼”へ話しかけていた。

 

『逃がしてくれるって言うなら、今は甘えよう。本土の方も気になる』

 

「はい」

 

『全艦娘、戦闘を切り上げろ! 帰還、撤退だ!』

 

人類側艦娘が一斉に戦線を離れる。

 

深海棲艦側も、“空母棲鬼”の命令によって追撃しなかった。

 

“出雲”も最後に一度だけ“空母棲鬼”を振り返り、そのまま「建御雷」へ帰還する。

 

全艦娘を収容した「建御雷」は反転し、最大戦速でミッドウェー沖を離脱した。

 

 

 

第二次MI作戦。

 

作戦そのものは失敗に終わった。

 

だが、人類側が得た情報は決して少なくない。

 

“深海棲艦”。

 

“上位個体”。

 

“空母棲鬼”。

 

敵航空戦力。

 

陸上型深海棲艦。

 

さらに、上位個体と実際に交戦した“出雲”の戦闘記録。

 

この一戦で得られた膨大な情報は、以後の深海棲艦研究に大きな影響を与えることになる。

 

 

 


 

 

 

遠ざかる「建御雷」を、“空母棲鬼”は追わなかった。

 

『何故コンナ事ヲ……カ』

 

先程の“出雲”の問いを、自分で繰り返す。

 

『別ニ、本気デ潰スダケナラ、モット別ノ戦イ方モ出来タ』

 

艦載機を使う。距離を取る。随伴艦へ攻撃させる。

 

わざわざ“出雲”と真正面から殴り合う必要など、本来はなかった。

 

それでも戦ったのは、遊びたかったからでもあり、“出雲”という存在そのものに興味を持ったからでもある。

 

そして、もう一つ。

 

『約束シタシネ』

 

“空母棲鬼”は、日本のある方角へ視線を向けた。

 

『獲物ハ残シテオイタワヨ。感謝シナサイ、戦艦棲姫』

 

“戦艦棲姫”は日本の艦娘を、とりわけ“出雲”を、自分の手で叩き潰したがっている。

 

知人、友人、腐れ縁。

 

どう呼ぶかは本人達次第だろう。

 

ただ、“空母棲鬼”はその望みを知っていた。

 

だから、二特艦を生かして帰した。

 

『……ニシテモ』

 

その笑みが、少しだけ薄れる。

 

『可哀想ネ。アノ司令官モ、アノ艦娘モ』

 

彼女は知っている。

 

今回、人類側の動きについて、事前にこちらへ渡ってきた情報があったことを。

 

艦隊の進出、上陸作戦、大まかな日程、航空支援。

 

その全てを、深海棲艦側だけで予測したわけではない。

 

『味方ノ中ニ誰ガイルノカ、マダ気付イテナイノネ』

 

ただし、人類軍の全てが深海棲艦側へ通じているわけではない。政府中枢が丸ごと侵されているわけでもなかった。

 

情報を寄越す人間が、少しずつ内部へ入り込んでいる。

 

今は、まだその程度。

 

だが、その程度でも、戦場では十分に人が死ぬ。

 

 

 

第二次AL/MI作戦。

 

なお、作戦名そのものまで深海棲艦側が仕組んだわけではなかった。

 

それについては、本当に人類側、特に米軍側が付けた名前である。

 

『ソレニシテモ』

 

“空母棲鬼”が少し呆れたように笑った。

 

『第二次AL/MIトハネ。人類モ妙ナ名前ヲ付ケルモノダワ』

 

そして、彼女が先程見送った艦隊の故郷では、既に別の戦いが始まっていた。

 

 

 


 

 

 

東シナ海。

 

「本艦を前へ出せ!」

 

洋平の声がCICへ響く。

 

「損傷した艦娘は建御名方を盾にして下がれ! 敵の火力をこっちへ引き付ける!」

 

第一特務艦隊。

 

その中核にいたのは、建御雷型艦娘母艦二番艦「建御名方」だった。

 

姉妹艦「建御雷」と基本設計は共通している。

 

艦娘を運び、指揮し、補給し、修理し、自らも大口径砲を使って戦う。言ってしまえば、海上を移動する小型軍港。

 

ただし、二隻の性格は少し違っていた。

 

外洋での長距離作戦と高速戦闘を重視した一番艦「建御雷」に対し、「建御名方」は日本近海での本土防衛を重視している。

 

速力や航続距離を多少落とした代わりに装甲を増やし、防御力を高めた。

 

その設計思想が、今まさに役立っている。

 

第一特務艦隊には比較的旧式で、防御力に難のある艦娘も多い。ならば「建御名方」自身が前へ出て砲火を引き受け、艦娘達を守る。

 

文字通りの『盾』だった。

 

だが、今回は戦力差が大き過ぎた。

 

敵は、“戦艦棲姫”率いる日本侵攻部隊。

 

しかも第二特務艦隊が太平洋中央部へ出撃しているだけでなく、一特艦の有力艦娘も何隻かMI作戦支援のため臨時で二特艦へ編入されている。

 

「駆逐艦娘、損害多数!」

 

「巡洋艦隊も限界です!」

 

「二番防御区画に被弾!」

 

船体が大きく揺れる。

 

それでも「建御名方」は前へ出た。

 

「下がるな! 本艦が前にいる限り、後ろの艦娘は撃たれにくい!」

 

洋平は戦況図を睨む。

 

島嶼部や沿岸地形を利用して遅滞し、後退してはまた止める。それを繰り返してきたが、防衛線はもうこれ以上大きく下げられないところまで来ていた。

 

「長官!」

 

「指示を!」

 

「…………」

 

洋平は答えなかった。

 

 

───いや。

 

今は、待っていた。

 

 

「……まだか」

 

昨日、秋吉から連絡が届いていた。

 

最終調整完了。

 

二特艦のMI作戦には間に合わなかった、新型艦娘。

 

今日の戦闘開始前、洋平は研究所へ緊急の支援要請を送っている。

 

「頼むぞ、秋吉……!」

 

こうしている間にも、一特艦の戦力は少しずつ削られていく。

 

 

 

その時だった。

 

「レーダー反応!」

 

CICの空気が張り詰める。

 

「方位50、距離10キロ! 航空目標、多数!」

 

「航空機!?」

 

洋平が顔を上げる。

 

「あの話、本当だったのかよ……!」

 

二特艦側から敵航空戦力についての正式な報告は、まだ到着していない。

 

一特艦にとって、これが深海棲艦の航空機を初めて確認する瞬間だった。

 

しかも最悪のタイミングである。

 

つい少し前まで、艦隊上空には那覇基地からF-15Jが直掩に来ていた。小型の対深海棲艦航空目標を想定し、飛翔速度や近接信管を調整した対空ミサイルによる面制圧も計画されていた。

 

だが、敵機は現れなかった。

 

直掩隊は燃料の限界を迎え、帰投した。

 

その直後。

 

敵編隊が来た。

 

「よりによって今かよ……!」

 

誰かが呻いた。

 

既に艦娘達は水上戦で損傷しており、満足な対空戦闘を行う余力も少ない。

 

 

 


 

 

 

少し離れた海域。

 

『予定通リダ』

 

“戦艦棲姫”が笑う。

 

『行ケ、機動部隊!』

 

正規空母“ヲ級”。

 

軽空母“ヌ級”。

 

そこから艦載機が一斉に飛び立つ。

 

第一次攻撃隊が、一特艦上空へ到達する。

 

『スベテ、沈メテシマエ!』

 

敵に航空戦力はない。

 

少なくとも、深海棲艦側が持っている情報ではそうだった。

 

艦娘は空母を持っていない。

 

ならば、上空から一方的に殴れる。

 

そう考えていた。

 

 

 

……だが。

 

ここで深海棲艦側も、一つの『想定外』を踏むことになる。

 

人類側から作戦情報を得ることは出来る。

 

それでも、全ての情報が手に入るわけではない。

 

特に艦娘技術研究所。

 

そこで開発中、調整中、あるいは実戦投入直前の艦娘技術については、これまで情報の秘匿が徹底されていた。

 

 

 

そして今回も。

 

その例外ではなかった。

 

 

 


 

 

 

敵攻撃隊が一特艦上空で攻撃態勢へ入ろうとした、その瞬間。

 

上空から無数の光条が降り注いだ。

 

「……?」

 

一機が燃える。

 

二機目。

 

三機目。

 

次々と深海棲艦の航空機が墜ちていく。

 

「何だ!?」

 

「さらに上空!」

 

「別の航空機です!」

 

編隊が混乱する中、何機もの航空機が敵機の間を縫うように駆け抜けた。

 

魚のような姿をした深海棲艦機とは違う。

 

上下二枚の翼───複葉機。

 

人類にとって馴染み深い姿だった。

 

「敵機が……落ちていきます!」

 

「撃墜したのか……?」

 

突然の出来事に「建御名方」のCICも混乱しかけたが、レーダーとIFFは明確な答えを返していた。

 

「IFF反応確認! 間違いありません、味方機です!」

 

「機種識別……A2N?」

 

聞き慣れない略号にレーダー員が戸惑った、その時だった。

 

 

通信回線へ声が入る。

 

『第一特務艦隊、無事か!』

 

洋平が顔を上げる。

 

 

『我々は、空母艦娘“鳳翔”所属、九〇式艦上戦闘機隊! これより艦隊直掩任務へ入る!』

 

 

「……!」

 

『艦攻隊はまだ間に合ってないが、その分戦闘機はたっぷり連れて来た! 空の守りは任せろ!』

 

通信が終わるより先に、九〇式艦上戦闘機隊は次の敵機へ食らいついていた。

 

「鳳翔……」

 

洋平が、安心したように笑う。

 

「そうか。間に合ったんだな、サードロット!」

 

水平線の向こうから、新たな艦娘部隊が接近していた。

 

第一世代艦娘サードロット。

 

ファーストロット、セカンドロットの運用で得られたデータをさらに反映し、現時点で第一世代艦娘の決定版と呼べるところまで完成度を高めた新型である。

 

河内型戦艦二隻。

 

春日型、鞍馬型などの装甲巡洋艦。

 

さらに、出雲型二番艦“磐手”。

 

世界初の実戦投入艦娘である“出雲”の妹艦ということで大きな期待を寄せられながら、試験段階では既にそれへ応えるだけの高い能力を示していた少女だった。

 

だが、彼女が本格的に力を見せるのはもう少し先になる。

 

 

 

今回、最も大きく戦況を変えたのは別の艦娘だった。

 

“鳳翔”。

 

世界で初めて実戦投入された、空母艦娘である。

 

「第一中隊、上手くやっていますね」

 

“鳳翔”は空を見上げながら、落ち着いた様子で呟いた。

 

初陣である。

 

それでも、慌ててはいない。

 

周囲の艦娘達が見守る中、“鳳翔”は弓を構え、一本の矢を番える。

 

「風向き、よし」

 

弦を大きく引く。

 

「第二中隊、発艦します」

 

矢を放つ。

 

飛び出したそれは空中で姿を変え、一機、また一機と複葉の九〇式艦上戦闘機へ変化していく。

 

「鳳翔航空隊、行きなさい!」

 

 

同時に、水上機母艦“若宮”と“能登呂”からも九〇式二号水上偵察機が発艦した。

 

本来は偵察機だが、軽快な運動性を持つ。今回は九〇艦戦隊を補助する防空戦闘機として投入されていた。

 

対する深海棲艦側の攻撃機は、爆弾や魚雷を抱えたまま。

 

 

しかも。

 

護衛戦闘機がいない。

 

 

 


 

 

 

『敵戦闘機……ダト!?』

 

“戦艦棲姫”が、珍しく完全に固まった。

 

『何デ!?』

 

一方的に攻撃出来るはずだった。

 

人類側の艦娘には空母がいない。

 

航空攻撃へ直接対抗する方法もない。

 

そう考えた結果、“ヲ級”、“ヌ級”を中心とした機動部隊は対艦攻撃力を優先し過ぎていた。

 

今の人類相手なら戦闘機など要らない。

 

爆撃機と雷撃機だけ積めばいい。

 

その慢心が、完全に裏目へ出た。

 

「一番機、射撃!」

 

九〇艦戦が敵機の後方へ回り込み、機銃を撃つ。

 

一機が炎に包まれ、海へ落ちる。

 

「次!」

 

さらに一機。

 

また一機。

 

鳳翔航空隊にとって、今回が実戦初陣だった。

 

だが、今日初めて飛行機を扱ったわけではない。配備されてから長い時間を掛け、“鳳翔”と共に繰り返し訓練を積んできている。

 

対して深海棲艦側の攻撃隊は、爆弾や魚雷を抱え、満足な空戦機動すら取れない。

 

「弾切れ!」

 

「第一中隊、帰投するぞ! 残りは第二中隊へ任せろ!」

 

先行していた第一中隊が離脱する。

 

だが、その直後には入れ替わるように第二中隊と数機の水偵が戦場へ到着し、再び射撃が始まった。

 

散開した深海棲艦攻撃隊は、攻撃どころではなくなった。

 

逃げる。

 

追われる。

 

また一機、撃墜される。

 

 

最終的に、艦隊攻撃へ入れるだけの隊形を再構築することすら出来ず、第一次攻撃隊はほぼ壊滅した。

 

 

 


 

 

 

「……制空権って、大事だな」

 

洋平が空を見上げながら呟いた。

 

当たり前の話ではある。

 

だが、つい先程まで空から一方的に殺されかけていた直後だけに、その意味は嫌というほど実感出来た。

 

「鳳翔に感謝しないとな」

 

小さく笑うと、すぐに指揮官の顔へ戻る。

 

「損傷艦娘の収容を急げ! 援軍と合流し、艦隊を立て直すぞ!」

 

「了解!」

 

第一特務艦隊は既に半壊状態だった。

 

特に小型艦娘の被害が大きく、大破して今にも沈みそうな者もいる。「建御名方」へ戦闘不能艦を収容し、応急処置を施しながら、残存戦力をサードロット艦娘隊と合流させる。

 

ようやく態勢を立て直せる。

 

ここから反撃出来る。

 

だが、当然、“戦艦棲姫”もそれを黙って見てはいない。

 

『……面白イ』

 

航空攻撃は失敗した。

 

存在しないはずの空母艦娘まで現れた。

 

普通なら苛立つところだろう。

 

だが、“戦艦棲姫”はむしろ楽しそうに笑った。

 

『ソレデコソ、潰シ甲斐ガアル!』

 

艦隊が動き出す。

 

下位個体の水上部隊が前進し、“ヲ級”や“ヌ級”も残存艦載機の再編を始める。

 

狙うのは、一特艦と援軍が合流するために動きを鈍らせた、その瞬間。

 

『全軍、突撃!』

 

洋平も即座に敵の動きへ気付いた。

 

「来るぞ! 全艦、合流を急げ! 建御名方は前へ!」

 

援軍側のサードロット艦娘達も、一斉に戦闘態勢へ入る。

 

“鳳翔”は帰投してきた第一中隊の収容と再出撃準備へ移り、“若宮”“能登呂”も次の索敵と防空へ備える。

 

 

その少し前。

 

一人の装甲巡洋艦艤装を背負った少女が、迫る敵艦隊を見ていた。

 

出雲型二番艦、“磐手”。

 

「…………」

 

彼女は静かに口元を上げた。

 

姉である“出雲”とは、また違う戦い方。

 

サードロット。

 

その実力を本格的に見せる時が近付いていた。

 

 

 

この戦いでは、人類側も深海棲艦側も、互いに相手を読み切ったつもりでいた。

 

人類は、敵の航空戦力も、陸上型も、上位個体も知らなかった。

 

深海棲艦は、サードロットも、空母艦娘も知らなかった。

 

双方が互いの『想定外』を踏み抜いた。

 

そして、その裏ではもう一つ。

 

作戦開始前から、人類側の情報の一部が敵へ渡っていた。

 

 

まだ誰も、その意味を正しく理解してはいなかった。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

前々から早期の登場を匂わせてはいた“鳳翔”、遂に登場。

“赤城”や“加賀”などと比べれば流石に見劣りするスペックな彼女でも、作中の技術レベルならまだまだ十分活躍出来ます。

次回 姉の重圧を跳ね除けて
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