戦闘終盤。夜戦(+α)です。
週末じゃないけど今日は“瑞鶴”の進水日なので記念投稿。(間に合って良かった)
防空戦闘から数時間後、日付も変わった深夜の東シナ海を航行する「建御名方」では、損傷した艦娘達の収容作業が続いていた。
先程の空襲は“鳳翔”航空隊によって退けられたものの、それ以前から続いていた水上戦の被害は大きい。大破した艦娘を優先して艦内へ運び込み、応急修理を急ぐ一方で、まだ動ける者は周囲の警戒に当たっている。
新たに到着したサードロット艦娘達も合流し、一特艦はようやく態勢を立て直しつつあった。
その時だった。
「───ぐっ!?」
轟音と衝撃が走り、「建御名方」の巨体が大きく揺れた。CICの人員が一斉に手近なものへ掴まる。
「なんだ!?」
「被雷しました!」
「なっ!?」
洋平が戦況表示へ視線を走らせる。
「損害は!?」
「右舷水線下に命中! 装甲区画で受け止めています、浸水軽微!」
「なら後回しだ!」
幸い、「建御名方」は本土防衛を前提に防御力を高めた艦娘母艦である。一発の魚雷程度なら致命傷にはならない。
問題は、何者が撃ったのかだった。
「動ける艦娘は周囲を警戒! 対潜警戒を最大にしろ!」
洋平は状況から、まず敵潜水艦による雷撃と考えた。位置はまだ分からないが、この一撃だけで終わるとも思えない。
「敵主力が来るぞ……!」
艦娘の収容を可能な限り急がせる一方、新たに到着したサードロットを中心に戦闘可能艦を前へ出す。
そして、その判断は正しかった。
暗闇の向こうに、幾つもの光が生まれる。発砲炎だ。
数秒後、遠くの海面に巨大な水柱が立ち、続いて二発、三発と砲弾が着弾する。
敵艦隊が迫っていた。
『ゼッタイニ逃ガサナイ!!』
暗い海を、“戦艦棲姫”が駆けていた。
『海ノ藻屑ニナレェ!!』
完全に頭へ血が上っているらしく、随伴する下位個体すら置き去りにしかねない勢いで突進している。背部の主砲が火を噴き、並の艦娘なら一撃で致命傷になり得る大火力を惜しげもなく放ちながら、“戦艦棲姫”は一直線に「建御名方」を目指していた。
「敵艦一隻、急速接近!」
「速いです!」
「座標を全艦娘へ共有!」
洋平が即座に命令する。
「迎撃しろ! 絶対に建御名方へ近付けるな!」
戦闘可能な艦娘達へ位置情報が送られ、前衛の駆逐艦娘達が進路を変えた。
なお、“鳳翔”は既に「建御名方」へ収容されている。この時代の彼女が持つ艦載機と航空運用能力では、本格的な夜間攻撃はまだ難しく、つい数時間前まで激しい防空戦闘を行っていたこともあって、今回は水上戦へ参加しなかった。
そして、一特艦にとって不運だったのは、第二特務艦隊が相手をした“空母棲鬼”とは、目の前の敵がまるで違ったことだ。
“空母棲鬼”は強力な上位個体ではあるものの、本職は空母である。自ら近接戦へ降りてきた結果、“出雲”でもある程度は戦いが成立した。
だが、今迫っている敵は違う。
戦艦、砲撃戦そのものを得意とする上位個体だ。
しかも一特艦の面々は、つい数時間前に二特艦側が知ったばかりの『上位個体』という概念さえ、まだ正式には知らない。
暗闇の中、自分達がこれから何を相手にするのかも分からないまま、駆逐艦娘達はその怪物と遭遇した。
「来た!」
探照灯が闇を裂き、白い光の中へ巨大な艤装を背負った少女の姿が浮かび上がる。
普通ではないと一目で分かった。
「主砲、撃て!」
「魚雷発射!」
複数の駆逐艦娘が“戦艦棲姫”を囲み、一斉に砲雷撃を浴びせた。12センチ級の砲弾が次々と命中し、少し遅れて53センチ魚雷も炸裂する。
だが、爆煙の向こうから、“戦艦棲姫”はそのまま出てきた。
『ソンナ豆鉄砲ガ、効クトデモ思ッタノ?』
「……嘘」
ほとんど効いていない。表面に傷こそ付いているものの、戦闘能力へ影響するほどではなかった。
駆逐艦用の火力では、この異常なまでに強固な装甲を抜けない。
『今度ハ、コッチノ番ヨ』
三連装主砲がこちらを向く。
「散開!」
直後、16インチ級の砲が火を噴いた。
直撃した艦娘はいない。それでも、周囲へ落ちた砲弾が巨大な水柱を幾つも立ち上げ、海面そのものが持ち上がったかと思うほどの衝撃が駆逐艦娘達を襲う。
「きゃあああっ!?」
吹き飛ばされ、海面を転がる。
身体は耐えた。だが、痛い。怖い。
今まで戦ってきた下位個体とは、明らかに違う。
それでも、一人が立ち上がった。
「まだ……!」
「大型艦の人達が来るまで、止めるの!」
戦闘艦として、ここで逃げるわけにはいかない。
その時、通信へ明るい声が飛び込んできた。
『待たせたわね、みんな!』
高速で接近する反応。
『装甲巡洋艦“磐手”、戦闘海域へ突入するわ!』
装甲巡洋艦“磐手”。
出雲型装甲巡洋艦二番艦、つまり“出雲”の妹艦である。
世界初の実戦投入艦娘として、“出雲”はあまりにも大きな成功を収めていた。2005年の初陣で七体の深海棲艦を撃破し、その後も他の第一世代艦娘を明確に上回る技量を示し続けた。
ならば、同じ出雲型でもう一隻造れば、同じような結果を期待出来るのではないか。
もちろん、そんな単純な話ではないことくらい研究者達も理解している。だからこそ、“磐手”の素体には、候補となった少女達の中から事前検査で最も高い艤装同調率を示した者が選ばれ、そこへファーストロットやセカンドロットの運用データを反映した最新のサードロット技術が投入された。
“出雲”という成功例。
高い適性を持つ素体。
改良された建造方式。
理屈はあった。
ただし、そこへ載せられた期待は、理屈以上に大きかった。
『あの“出雲”の妹』
それだけで、進水する前から強くて当然と思われていた。
そして実際、“磐手”はその期待へ応えた。
訓練では姉に勝るとも劣らない技量を見せ、高い同調率、高い射撃能力、状況判断、機動性、そのどれを取っても優秀だった。
誰もが思った。
“磐手”もまた、“出雲”と並ぶエースになれる。
今夜は、その評価が初めて実戦で試される日だった。
(敵はル級……?)
戦闘海域へ入る直前、“磐手”は先行している駆逐艦娘達の通信を聞いていた。
(いや、違う)
“ル級”なら、こんな声は出ない。
訓練で何度も聞いた被害報告や敵情報告とは明らかに違う。前衛の少女達は、恐れている。
(普通じゃない)
だが、“磐手”は止まらなかった。むしろ赤い髪を夜風へ靡かせながら、さらに速力を上げる。
「出雲お姉ちゃん……」
会ったことはない。
それでも研究所では、何度も、何度も姉の話を聞かされた。
七体を倒した。
重巡を素手で倒した。
普通の艦娘では出来ないことを、何度もやった。
「私が、そんな凄い人の妹だっていうなら……」
前を見る。探照灯の向こうに、異形の戦艦がいる。
「私だって、きっとやれる」
そして、少し意地悪そうに笑った。
「それに、私は新型。姉より後に造られた」
「お姉ちゃんがどんなに凄くても、私の方が新型なんだから!」
主砲を構える。
「超えてみせる!」
その声と共に、“磐手”は戦場へ飛び込んだ。
『何カシラ……?』
“戦艦棲姫”が新たな気配へ振り向く。
『コレハ───来ル!』
だが、気付いた時には“磐手”の方が既に一手早かった。
発砲。
夜の海が一瞬だけ白く光る。
『ッ!?』
“戦艦棲姫”は砲声を聞いた直後、すぐに回避へ入った。だが、砲弾はその進路へ飛んでいた。
直撃。
『キャァッ!?』
装甲へ20.3センチ徹甲弾が叩き付けられる。
「初弾命中!」
「……マジか」
「建御名方」のCICで、洋平は思わず笑った。
発砲を見てから避けた相手へ、その回避方向を読んだ上で夜戦の初弾を当てたのだ。
「出雲と同じで、とんでもないな……」
何故、研究所があれほど期待したのか、少し分かった。
だが、戦場の“磐手”は笑っていなかった。
(……浅い)
当たった。だが、効いていない。
20.3センチ砲は装甲巡洋艦として十分な火力を持つが、相手はもっと上だ。
『フゥ……驚カセナイデヨ』
“戦艦棲姫”が“磐手”を睨む。被弾部分から煙が出て、装甲にも傷が付いている。それでも、動きはまるで鈍っていない。
『捕捉シタワ』
主砲が向く。
『沈ミナサイ!』
「っ!」
“磐手”が急転舵する。同時に16インチ砲が発砲し、水柱が立った。さらに水柱が上がり、夜の海に次々と巨大な柱が立ち上がる。
その間を、“磐手”は走った。
一発が至近に落ち、衝撃で身体が揺れる。
「くっ……!」
怖い。一発でもまともに喰らえば、ただでは済まない。
(正面からは無理)
即断だった。
(撃沈しようなんて考えたら負ける)
あの装甲を相手に、20.3センチ砲を闇雲に撃っても意味がない。
なら、倒さない。
(動けなくする)
艦娘も深海棲艦も、軍艦の性質を持つ。
どれほど装甲が厚くても、どれほど火力が高くても、船である以上、必ず動くための装置がある。
(後ろ)
“磐手”が一瞬、敵の背後を見る。
そして魚雷を発射した。
“戦艦棲姫”には見せない。暗闇の中を、魚雷だけが先へ走っていく。
そのまま、“磐手”自身も進んだ。
『逃ガサナイ!』
“戦艦棲姫”が砲口を追わせる。
“磐手”はあえて、さらに近付いた。
「うわぁぁぁっ!」
至近距離で敵の横を突っ切る。
砲弾が爆発し、破片が身体を掠めた。
痛い。
それでも減速しない。
通過したことで、“戦艦棲姫”の正面が完全に“磐手”へ向く。
『捕マエタ!』
「……時間」
“磐手”が呟く。
『何?』
“戦艦棲姫”の背後、闇の中から魚雷が迫る。
『───!?』
着弾。
二本、三本と魚雷が炸裂し、“戦艦棲姫”の姿勢が大きく崩れた。
「当たった!」
“磐手”が振り返る。
だが、まだ沈まない。
予想通りだった。53センチ魚雷が直撃しても、上位個体、それも戦艦型は簡単には沈まない。
しかし、狙った場所は装甲帯ではなかった。
『……?』
“戦艦棲姫”が動こうとする。
『ナニ……?』
進まない。
『スクリュー……!』
脚部艤装の後部、非装甲に近い箇所へ設けられた推進装置が壊れていた。
「よっし!」
“磐手”が思わず声を上げる。
「作戦通り!」
そして、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
「……良かったぁ」
心底、安堵していた。
(本当に良かった……!)
(あんなのと真正面から殴り合ったら、絶対無理だもん……!)
初弾は命中した。それでも、ほとんど効かなかった。
そこで撃沈を諦め、代わりに戦闘能力の一部を奪うことにした。そのために最も狙いやすい急所、推進器へ魚雷を仕込んだのだ。
戦術としては見事だった。
だが、“磐手”自身は分かっている。今の一連の行動は、一つでも読み違えたら自分が沈んでいた。
(これで、やっと……)
少し有利になった。
そこまでやって、ようやくそう思える。その程度には、目の前の敵は異常だった。
“磐手”は、推進力を失った“戦艦棲姫”の周囲を旋回し始めた。固定砲台同然になった相手の射線を避けながら、主砲を撃ち、魚雷を撃つ。
撃って、避ける。
また撃つ。
少しずつ、確実に削っていく。
それから三時間、さらに四時間が過ぎ、水平線が少しずつ白み始めた。
「はぁ……はぁ……」
“磐手”の呼吸は、もう完全に乱れている。弾薬は残り僅かで、身体には疲労が蓄積し、艤装も損傷していた。
「なんでよ……」
また砲撃が命中し、“戦艦棲姫”の装甲から破片が飛ぶ。
「まだ……諦めないの……?」
半泣きだった。
初陣で、こんな怪物を相手にするなど聞いていない。
普通なら、推進器を失って何時間も一方的に撃たれたら撤退するはずだ。ところが、相手はまだそこにいる。
『…………』
“戦艦棲姫”も、内心ではかなり困っていた。
随伴艦隊は半壊し、自分は推進器を破壊され、敵の増援も到着している。普通なら撤退、それが正しい。
(……潮時?)
そんな考えが頭を掠める。
だが、
『イヤ』
否定する。
『イヤイヤイヤ!』
ここで帰れるか。
第二特務艦隊が日本を離れた、この好機を掴むために味方を動かし、空母棲鬼達にも協力を求め、人類側から得た情報まで利用した。
今回、日本本土へ大打撃を与える、その中心にいるのは自分だ。それなのに何も出来ずに帰る?
『……嫌ヨ』
絶対に嫌だった。
そもそも、今回の大攻勢へ戦艦棲姫が異常なほど執着している理由は大きい。
日本国防軍、“出雲”。
何度も、何度も邪魔をされた。
今回こそ叩く、そのために来た。
なのに、目の前の新顔一人に足止めされている。
許せない。
だが、船である以上、推進器を壊されればどうにもならない。
深海棲艦には潜航や浮上の能力があり、半潜航状態で身体を泳がせることも出来る。それでも高速戦闘は無理だった。
艤装側の推進器を失えば姿勢制御は著しく低下し、人間の四肢だけであの“磐手”を追うことは出来ない。
だから撃つ。
だが、当たらない。
そして、また撃たれる。
『……ムカツク』
「うぅ……」
“磐手”の砲撃が少しずつ遅くなっていた。相手があまりにも倒れない。
(もし)
頭に浮かぶ。
(ここにいるのが、私じゃなくて)
(お姉ちゃんだったら)
もっと何か出来た?
もっと強い攻撃、もっと上手い戦い方が出来た?
研究所で聞いた。
“出雲”。
“出雲”。
“出雲”。
世界初、最初のエース。
何でも出来る。
強い。凄い。
自分は、その妹。
(……やっぱり)
胸の奥で、古い何かが疼く。
(そうだよね)
姉という言葉に、嫌な感覚がまとわりつく。
(姉より優れた妹なんて)
(……いないから)
理由は思い出せない。顔も声も、はっきりしない。
ただ、感情だけが残っている。
自分には、艦娘になる前に本当の姉がいた。
頭が良かった。
運動も出来た。
親に褒められた。
自分は比べられた。
どうして、お姉ちゃんみたいに出来ないの。
お姉ちゃんは出来るのに、何であなたは。
そして、姉本人からも傷付けられた。
ある時、それが外部へ発覚し、保護されて施設へ入った。その後、艦娘素体候補として検査を受け、国防省、研究所を経て、“磐手”になった。
第一世代艦娘は、艦娘化の際、それ以前の記憶へ処置を施されることがある。新たな兵器としての人格形成、不要な心理負荷、過去との断絶、理由は様々だ。
だが、完全には消せない。
特に深い傷や強烈な感情は、形を変えて残る。
“磐手”の中には、姉という言葉を聞くだけで身体が小さくなるような感覚が残っていた。
本人は、何故そう思うのか分からない。それでも心の底では知っている。
姉は優れている。
妹は劣っている。
だから、“出雲”という会ったことすらない姉の武勇伝を聞くほど、憧れと同時に恐怖も膨らんだ。
追い付けない。
超えられない。
(やっぱり)
砲身が下がる。
(私は)
(お姉ちゃんみたいには)
撃てなくなった。
「…………」
完全に止まる。
『……?』
“戦艦棲姫”が気付いた。
砲撃が止まった。
『……今?』
好機だ。
防御姿勢を解く。動けなくても砲は生きている。
主砲を旋回させ、標的を探す。
“磐手”ではない。
もっと大きい、あれ。
『建御名方』
照準を合わせる。
「敵主砲、旋回!」
「こっちを向いています!」
「何!?」
「建御名方」のCICの空気が一変した。
何時間も“戦艦棲姫”はその場から動かず、“磐手”は撃ち続けていた。だから、もう敵は戦意を喪失したのだと思いかけていた。
───違った。
「あいつ、まだやる気か!」
洋平が戦況表示を見る。砲口はこちらを向いている。
「磐手は!?」
返事がない。
「磐手!」
通信を開く。
「おい、磐手! 聞こえるか!」
反応がない。
「応答しろ!」
さらに呼ぶ。
「磐手!!」
「…………」
声が遠い。
“磐手”は放心していた。考えるほど胸が重くなる。
何故、苦しいのか、自分でも分からない。
目の前には“戦艦棲姫”がいる。ゆっくりと主砲を向けている。
今なら止められる。
実際、止められる。
何時間も砲撃を続け、無傷ではない。
表面装甲は削れ、継ぎ目は歪み、砲塔周辺にも被害が蓄積している。しかも距離は近い。
今、集中攻撃をすれば撃沈は無理でも、確実に大損害を与えられる。
だが、そこまで考えられない。
『……て』
声が聞こえた。
『磐手!』
「……」
『磐手!!』
意識が戻る。
「……長官?」
『磐手! 聞こえるか!』
「……はい」
『今、あいつが「建御名方」を狙ってる! 何とか出来ないか!?』
「……!」
ようやく見る。
“戦艦棲姫”の主砲は、自分ではなく、遠方にいる母艦へ向いていた。そこには傷付いた艦娘達が収容されている。
「……守らなきゃ」
主砲を持ち上げる。
でも、手が震える。
「でも……」
『磐手?』
「無理……です」
声が掠れた。
「私は」
言ってしまう。
「お姉ちゃんと違う……」
洋平は一瞬、黙った。
何が起きているのか、全て理解したわけではない。
だが、少なくとも今の“磐手”が敵を恐れているだけではなく、何かに自分自身を押し潰されていることは分かった。
本来なら、優しく話し、落ち着かせるべきだ。
だが、時間がない。
敵は砲撃準備を進めている。
自分達が死ぬ。
「建御名方」が沈めば、艦内の大破艦娘達も一緒に死ぬ。
だから洋平は、一番乱暴で、そして一番効きそうな言葉を選んだ。
『磐手!』
「……!」
『お前、言っただろ!』
洋平の声が通信へ響く。
『絶対に、お姉ちゃんを超えてみせるって!』
“磐手”の目が開く。
『だったら超えてみろよ!』
「……」
『今だろ!』
洋平は叫んだ。
『こんな化け物相手に一人で何時間も戦って、動きを止めて、ここまで追い込んだ!』
『それでもまだ、お姉ちゃんじゃなきゃ無理だって言うのか!?』
“磐手”は息を止める。
『出雲だったらどうしたとか、今はどうでもいい!』
『お前がやれ!』
『お前自身のやり方で!』
胸の奥で、何かにひびが入った。
姉が上。
妹が下。
ずっとそこにあった当たり前。
『姉より優れた妹はいない』
誰かが言ったのか。
親か、姉か、それとも自分か。
分からない。
でも、だったら何だ。
(……私)
最初から、既にやっている。
正面から勝てない。
だから推進器を狙った。
姉の真似ではない。
自分で考え、自分でやった。
今、敵の装甲は傷だらけだ。
それも自分がやった。
何時間も一人で怪物を止めた。
(……だったら)
“磐手”が顔を上げる。
(姉より優れた妹が)
いない?
本当に?
(いたって)
いい。
姉を好きでも、憧れても、超えたっていい。
「……はい」
小さい声だった。
『磐手?』
「はい……!」
今度は強く。
「超えてみせます!」
主砲が上がる。
「お姉ちゃんを!」
洋平が笑った。
『そうだ!』
「私が!」
照準を合わせる。
『行け!』
“戦艦棲姫”が主砲を発射する直前、“磐手”は叫んだ。
「装甲巡洋艦“磐手”!」
狙うのは主砲、その下だった。
何時間も削り続けた砲塔のバーベット、その弱った箇所へ照準を合わせる。
「目標、捕捉!」
洋平と“磐手”が同時に叫んだ。
「撃てぇぇぇぇぇ!!!」
20.3センチ砲が発砲し、徹甲弾が飛ぶ。
直撃。
主砲バーベットへ、何時間もの被害によって生じた亀裂へ、最後の一撃が叩き込まれた。
装甲を貫通し、内部の弾薬が誘爆する。
『───!?』
爆発。
“戦艦棲姫”の主砲塔が、根元から吹き飛んだ。
『キャァァァァァァ!!!』
巨体が海面へ叩き付けられる。
射撃直前に装填されていた砲弾が暴発し、照準を外れた砲撃は遥か別方向の海へ落ちた。
「建御名方」は無傷だった。
“磐手”は肩で息をしながら爆煙を見る。
倒した?
違う。
まだ生きている。
上位個体を撃沈出来てはいない。
それでも、立ち上がらない。
“戦艦棲姫”は限界だった。
推進器を失い、何時間も砲撃を受け、随伴艦隊を削られ、最後には主砲塔を一基吹き飛ばされた。
身体だけではない。
心も折れた。
『……モウ』
微かな声だった。
『……嫌』
初めて、“磐手”が聞いた弱い声。
やがて、残存する下位個体が“戦艦棲姫”の周囲へ集まり、退却を始めた。
追撃したい。
だが、一特艦側にも余力はない。
そして水平線から朝日が完全に昇り始めた頃、空から轟音が響いた。
「航空隊!」
「IFF、味方!」
那覇基地のF-2スーパー改、第13、第14飛行戦隊が救援に到着した。
空対艦兵装が降り注ぎ、残存深海棲艦が次々と撃破されていく。掃討が始まった。
その混乱を利用して、“戦艦棲姫”は随伴個体の援護を受けながら離脱した。
逃がした。
それでも、一特艦は生き残った。
「建御名方」は沈まなかった。
そして、“磐手”の初陣が終わった。
戦闘後、「建御名方」へ戻った“磐手”は、暫く何も話さなかった。
疲労は限界に達し、艤装は傷だらけで、身体にも細かい負傷がある。
それでも、沈まなかった。
洋平が声を掛ける。
「よくやった」
“磐手”が顔を上げた。
「……長官」
「初陣で、あれだぞ」
洋平は苦笑する。
「十分過ぎる」
「でも」
“磐手”は少し俯いた。
「倒せませんでした」
「当たり前だ」
即答だった。
「何時間撃っても沈まない奴を、初陣の一人で倒せたら、その方が怖い」
「……」
「それに」
洋平は笑った。
「あいつを止めたのは、お前だ」
推進器を破壊し、主砲塔を破壊し、艦隊を守った。
「出雲だったら、別のやり方だったかもな」
洋平がそう言うと、“磐手”の肩が一瞬下がった。
「でも」
洋平は続ける。
「だから何だ?」
「……え?」
「お前は出雲じゃない」
当然のことだった。
「出雲の妹ではある。同じ出雲型でもある」
そこで一度言葉を切り、洋平は続けた。
「でも、磐手は磐手だろ」
“磐手”は黙っている。
「姉貴より強い妹がいたっていいし、逆でもいい」
洋平は肩を竦めた。
「どっちが上とか、毎回決めなくてもいいだろ」
「……」
“磐手”は少しだけ笑った。
「そう、ですね」
まだ、完全に消えたわけではない。
姉という言葉へまとわりつく、古い傷。
それでも、一つだけ確かに変わった。
姉より優れた妹はいない。
そう決まっているわけではない。
いたっていい。
そして何より、姉より上か下かだけで自分が決まるわけでもない。
それを“磐手”が初めて知った夜だった。
第二次AL/MI作戦は、全体として見れば惨敗に近かった。
主目標であるミッドウェー奪還は失敗し、同時に行われたダッチハーバー奪還作戦も、深海棲艦側の激しい迎撃を受けて頓挫した。
ダッチハーバー方面でも陸上戦闘型が確認され、さらに、それらを指揮する特殊な個体の目撃報告も上がっている。
外見は少女に見えた。
詳細は不明だが、確かに通常個体とは違う存在だった。
第二次MI作戦、第二次AL作戦、どちらも目的を達成出来ず、多くの損害を出した。
それでも、何も得られなかったわけではない。
敵が自称する“深海棲艦”の中に、通常個体とは明らかに異なる“上位個体”が存在する。
空母棲鬼、戦艦棲姫、そして別方面の指揮個体、陸上型、砲台小鬼、深海棲艦の航空戦力。
様々な情報を一気に得たことで、人類側は自分達が相手にしている敵が、これまで想像していたより遥かに複雑で、組織的かつ多様な存在であることを知った。
同時に、APAS、艦娘空母、サードロットといった人類側の新技術が実戦で通用することも確認された。
戦争は、次の段階へ入った。
後日、ミッドウェーから帰還した海斗は、報告書の締めにこう記した。
「戦争は、更に激化する可能性が高い。今回得られた戦訓を反映し、現有戦力の改良だけでなく、根本的な戦力増強を急ぐ必要がある」
サードロット、第一世代艦娘、その完成度は高い。
“磐手”と“鳳翔”が、実戦でそれを証明した。
だが同時に、それでも足りないことも証明された。
一体の上位個体を止めるために、何時間も一人のエースが拘束される。
相手が今後増えるなら、第一世代の改良だけでは追い付かない。
艦娘技術研究所の秋吉智明が以前から構想していた次の世代、その研究が加速していく。
───第二世代艦娘。
人類は、さらに強い戦乙女を求め始めた。
続く
あ と が き
今回は“磐手”メイン回。
次回 第一章Ep.2 最終話