今回でEp.2は終了です。
『第二次AL/MI作戦』から、およそ半年。
2007年12月
北海道 艦娘技術研究所
国内でも最大級の機密指定を受け、人類と妖精双方の技術を用いて艦娘の研究開発を続けるこの施設に、久しぶりに特務艦隊司令部の主要メンバーが揃っていた。
「……これが、第二世代艦娘?」
洋平が、目の前の大型モニターを眺めながら呟いた。
画面には数式や設計図、人体構造図、艤装との接続予測、情報処理能力に関するグラフなどが所狭しと並んでいる。
専門外の人間には何を意味するのかすら分からないものばかりで、洋平が辛うじて理解出来たのは、中央に大きく表示された一枚のイメージ図だけだった。
そこには、一人の少女の姿が描かれている。
その上には、『第二世代艦娘構想』と記されていた。
「そうだ」
秋吉が頭を掻きながら答える。
「もっとも、まだ『こういうものを造りたい』って段階だけどな。今すぐ建造を始められるわけじゃない」
「具体的には、今の艦娘と何が違うの?」
美香が尋ねると、秋吉は少し考えてから近くの端末を操作した。
画面が切り替わり、第一世代艦娘の構造概念図が表示される。
「今の第一世代艦娘は、簡単に言えば『既に完成している人間の身体へ、後から艦を足している』んだ」
人間の少女、艦魂、艤装。その三つを繋ぐ線が表示された。
「もちろん、ここまで来るだけでも大変だった。出雲を始め、第一世代が実戦で通用することも証明されているし、サードロットまで改良したことで性能も安定性も大きく上がった」
「でも、限界も見えた」
海斗が言う。
「ああ」
秋吉は頷いた。
「艤装との同調、人体側の拒絶反応、脳へ掛かる情報処理負荷、素体となる少女の適性、それに建造可能な艦の年代」
「どれも改良は出来る。でも、根本にある『普通の人間を艦娘へ改造する』という構造そのものは変わらない」
第二次AL/MI作戦では、“磐手”や“鳳翔”といった最新のサードロット艦娘が、その高い性能を実戦で証明した。だが同時に、“空母棲鬼”や“戦艦棲姫”という上位個体も確認されている。
“磐手”ほどの艦娘が、たった一体の“戦艦棲姫”を足止めするために何時間も戦い続けなければならなかった。
第一世代は強い。それでも、これから先も十分とは限らない。
「だから、第二世代では発想そのものを変える」
秋吉は再び画面を切り替えた。
「人間を艦娘へ改造するんじゃない。最初から『艦娘として成立する身体』を造る」
「身体そのものを?」
洋平が眉を上げる。
「理想はな。艦魂に含まれる情報を使って、その艦に適合した人間型の身体そのものを構築する。そうすれば、後から無理矢理艤装を取り付ける必要もなくなる」
とはいえ、それはまだ理想論に近い。
人体そのものを人工的に構築する方法、艦魂から情報を読み出して肉体へ反映させる方法、人格をどう成立させるのか、艤装をどう接続するのか。乗り越えなければならない問題は山ほどあった。
「現時点で大きな目標として決めてるのは、第二次世界大戦期の主力艦艇を使えるようにすることだ」
秋吉が言う。
「大和型、翔鶴型、アイオワ級、エセックス級、ビスマルク級……今の第一世代では扱えない艦魂を、実戦戦力として使えるようにする」
海斗が思わず息を吐いた。
「それが本当に出来たら、戦力は一気に変わるな」
「ああ」
秋吉の表情が引き締まる。
「僕は、この第二世代艦娘が『対深海棲艦戦争』を終わらせるための切り札になると思ってる」
「そこまで?」
洋平が尋ねた。
「そこまでだ」
秋吉は即答した。
「敵だって進歩する。新しい深海棲艦が出てくるかもしれないし、既に上位個体なんて化け物も確認された。第二世代を造っただけで人類が一方的に勝てる、なんて甘いことは言わない」
それでも、秋吉は自信を持って続けた。
「戦争を終わらせられるだけの力を持つ世代にはする」
美香が小さく笑う。
「出来るって信じてるのね」
「出来るさ」
秋吉も笑った。
「いや、出来るかどうかじゃない。やるんだよ」
研究室の中では、多くの研究員と妖精達が忙しく動いている。
「ウチには僕を含めて優秀な研究者が揃ってる。それに最近、また一人、とびきり優秀なのが加わったからな」
「新しく?」
海斗が反応した。
「この研究所に?」
「誰だよ」
洋平も首を傾げる。
ここは国家最高機密級の研究施設である。優秀だからといって、履歴書を送れば採用されるような場所ではない。
身元、能力、思想、機密保持、あらゆる面から調査を受けるため、新しく研究員を一人増やすだけでも、そう簡単な話ではなかった。
……もっとも、たった一人だけ、その問題をほとんど考えなくてもよい人間がいた。
元々、ここで生まれ、ここで育っているのだから。
扉が開いた。
「あきよししょちょー!」
幼い声が研究室へ響く。
四人が振り返る。
「たのまれてた、かんむすのデータ、まとめてきたよ!」
小さな女の子が、両腕で端末を抱えながら入ってきた。年齢相応に舌足らずな話し方と小さな身体、それなのに口にしている内容だけは完全に研究者だった。
海斗と美香の目が丸くなる。
洋平も、何となく察したような顔になった。
「希空!?」
両親の声が綺麗に重なった。
「……本当に研究員やってたのかよ」
洋平だけは別の意味で呆然としていた。
「おとうさん!」
希空の顔がぱっと明るくなる。
「おかあさん!」
抱えていた端末を近くの机へ置き、小さな身体で二人のもとへ駆けてきた。
「ひさしぶり!」
「希空……!」
美香がしゃがみ込み、その身体を抱き締める。
「本当に大きくなったねぇ……!」
「おかあさん、くるしい」
「ご、ごめん」
「でも、うれしい!」
今度は希空の方から母親へ抱きついた。
海斗も、その頭を撫でる。
「元気だったか?」
「うん!」
そして、希空は洋平を見る。
「おじちゃんも、ひさしぶり!」
「……おう」
一瞬の間を置いて、洋平は答えた。
「元気そうで何よりだ」
(おじちゃん……)
血縁上は正しい。正しいのだが、実際に三歳児から面と向かって呼ばれると妙に刺さる。
そんな洋平を横目に、秋吉が少し得意げに胸を張った。
「改めて紹介しよう。僕の助手を務めてもらっている、神崎希空研究員だ」
「よろしくおねがいします!」
希空がぺこりと頭を下げる。
「……いや、娘なんだけど」
海斗が思わず呟いた。
三人が希空と会うのは、実に一年以上ぶりだった。
特務艦隊司令部の三人は、ここ数年間ほとんど戦場と基地を往復する生活を続けている。日本近海だけでなく、海外派遣も増えた。
希空自身も、普通の家庭で育つことを前提として生まれた子供ではない。そのため研究所で過ごす時間が長く、普段の養育や教育は秋吉や研究所職員、妖精達が担っていた。
洋平は立場上、秋吉と頻繁に連絡を取っていたため、希空が研究を手伝い始めたという話自体は聞いていた。
ただ、三歳児が本当に研究員として働いているとは思っていなかった。
「じゃあ、これ、しょちょー」
希空が先程持ってきた端末を秋吉へ渡す。
「このまえの、かんこんのじょうほうりょうと、のうのしょりりょうのやつ。けいさん、なおしてあるよ」
「ありがとう。後で確認する」
「あとね、ここのしき、たぶんちがう」
希空が画面の一部を指差した。
「……ん?」
秋吉が覗き込む。
数秒の沈黙の後、秋吉は画面を見つめたまま呟いた。
「本当だ」
「でしょ?」
「これ、昨日僕が組んだ式なんだけどな……」
「まちがってたよ?」
「……はい」
希空は満足そうに頷くと、
「じゃあ、つぎのおしごとしてくる!」
そう言って、研究室の奥へ戻っていった。
三人はその背中を暫く見送る。
美香が、最初に口を開いた。
「……あのさ」
「うん」
秋吉は、何を聞かれるのか既に分かっている顔をしていた。
「希空が元気なのは嬉しいの。楽しそうなのも分かった」
「うん」
「でも……本当に、研究員として役に立ってるの?」
当然の疑問だった。
まだ三歳である。
周囲にいるのは、人類最高峰の科学者や技術者、それに妖精達だ。普通なら、仕事を手伝うどころか、研究室の中にいるだけでも危なっかしい年齢である。
「役に立ってる」
秋吉は即答した。
「と言うより、もう希空ちゃん抜きだと第二世代計画そのものが成立しなくなりつつある」
「……そこまで?」
「ああ」
希空は、普通の三歳児ではない。
2004年、第一世代艦娘が抱える問題を解決する方法を模索していた秋吉達は、一つの実験を行った。
艤装との接続を前提にした身体を、最初から造る。
そのために、遺伝子段階から身体能力や神経系、情報処理能力を最適化した子供を誕生させる。
その最初の実証例が、海斗と美香の娘である神崎希空だった。
特に重視されたのが、脳だった。
艦娘は、人間一人では本来処理し切れない量の情報を扱う。艤装、兵装、機関、索敵、通信、自身の身体、戦況。それらを同時に認識し、処理し続けなければならない。
第一世代では、この負荷を生身の人間の脳へ押し付けている。
だから、最初からそれへ耐えられる脳を造ればいい。
希空は、その考えを極端なところまで突き詰めた存在だった。
「最初は、希空ちゃんの身体そのものを研究するつもりだった」
秋吉が説明する。
「どんな神経構造なら艤装との同調が安定するのか、どこまで情報処理能力を増やせるのか。そういう意味では、希空ちゃん自身が第一世代改良のための技術実証でもあった」
「……うん」
美香も、それは知っている。
覚悟した上で産んだ。
「でも、育てている途中で分かった」
秋吉は苦笑する。
「この子、頭が良過ぎる」
「見れば分かるけど……」
「僕が教えれば、吸収する。それどころか、自分で先へ行く。読み書きを覚えたら専門書を読み始めて、計算を教えたら僕達の計算ミスを見つけるようになった」
洋平が研究室の奥を見る。
「三歳だよな?」
「三歳」
「何で俺より頭良いんだ?」
「安心しろ。たぶん僕よりも良くなる」
「安心出来る要素ある?」
秋吉は笑った。
「だから今では、単なる研究対象じゃない。れっきとした研究者だ」
第二世代艦娘は、希空自身の身体を研究した成果から始まった技術でもある。だが今では、希空自身がその次の世代を作る側へ回り始めている。
「身体も必要。でも、それ以上に頭脳が必要になった」
秋吉はそう締め括った。
「今の希空ちゃんは、第二世代計画にとって、その両方を持ってる」
美香は、暫く何も言わなかった。
誇らしい。それは間違いない。
自分の娘が、とてつもない才能を持っている。人類の未来を変えようとしている。嬉しくないはずがなかった。
───それでも、
「……三歳なんだよね」
母親としては、そこに戻ってしまう。
「そうだよ」
秋吉も、それを否定しなかった。
「三歳の子供にこんな仕事をさせてる。それ自体がおかしいって言われたら、僕も反論出来ない」
「秋吉君……」
「だから、ちゃんと子供として扱ってるつもりではいる。遊ぶ時間も作るし、寝かせるし、嫌がることは無理にやらせない。研究してる時のあの子は本当に楽しそうだから、今はそれを伸ばしてる」
海斗が小さく息を吐いた。
「まあ……今更俺達が『研究なんてやめろ』って言うのも違うよな」
美香が隣を見る。
「海斗?」
「心配するのは当然だよ。親なんだから」
そう言ってから、海斗は少し苦笑する。
「でも、俺達が希空と一緒にいられなかった時間が長いのも事実だ」
戦争、任務、特務艦隊。事情はいくらでもある。だからといって、娘と離れていた時間が消えるわけではない。
「その間、秋吉や研究所のみんなが育ててくれた。希空もここで自分の生活を作った。その全部を無視して、『親だから俺達の言う通りにしろ』って言うのは違うと思う」
「……そうね」
美香も、研究室の奥へ目を向けた。
希空は妖精研究員と何か話しながら、楽しそうに端末を操作している。まだ小さく、椅子へ座れば足が床まで届かない。その姿だけを見れば、どう見ても三歳児だった。
「ごめんね、秋吉君」
「何が?」
「色々任せっぱなしなのに、心配ばっかり言っちゃって」
「それは謝るところじゃないよ」
秋吉は即座に返した。
「親が子供を心配するのは普通だろ」
「でも……」
「それに」
秋吉は、少し笑う。
「本当に君達のことを何とも思ってないなら、さっきあんな顔で走って来ないよ」
「……あ」
美香が思い出す。
『おとうさん!』
『おかあさん!』
久しぶりに会った瞬間、希空は嬉しそうに笑った。
秋吉の言葉通りだった。
一緒に暮らしている時間が短いからといって、家族ではなくなるわけではない。
「……そっか」
美香が微笑んだ。
「ちゃんと、覚えててくれたんだ」
海斗が少し呆れたように言う。
「そりゃ覚えてるだろ」
「分かってるけど!」
「後でいっぱい抱っこしてやれよ」
「言われなくてもする!」
「希空ちゃん、さっき苦しいって言ってたけどな」
「秋吉君は黙ってて!」
久しぶりに、研究室の中へ笑い声が響いた。
その後も、第二世代艦娘についての話し合いは続いた。
建造方式はまだ決まっていない。必要な設備もない。人体そのものを構築するなど、今の人類にとってはほとんど未知の領域である。
第一世代艦娘の研究、妖精技術、艦魂、生命工学、情報処理、物質縮小。まだ別々に存在している技術を、一つへ繋げなければならない。
完成まで数年。
それでも済むかどうかすら、今は分からない。
それでも秋吉は、そして希空は、やるつもりだった。
いつか、第一世代では扱えなかった艦魂を使い、第一世代よりも高い性能を持ち、第一世代が抱えた問題を根本から解決した、新しい艦娘を造る。
戦争を終わらせるために。
夕方。
一通りの話し合いを終え、洋平達は研究所を後にすることになった。
正門まで見送りに来た希空が、三人へ向かって大きく手を振る。
「またきてね!」
「おう!」
洋平が手を上げる。
「次はもうちょっと早く来るよ」
海斗も笑う。
「ほんと?」
「……努力します」
「ぜったい?」
「善処します」
「それ、こないやつじゃない?」
「何処でそんな言葉覚えた!?」
「秋吉しょちょー!」
三人の視線が秋吉へ集まる。
「僕!?」
美香が笑いながら、最後に希空を抱き締めた。
「またね、希空」
「うん!」
「ちゃんと寝るのよ?」
「ねてるよ!」
「ご飯も食べて」
「たべてる!」
「研究ばっかりしない」
「……してないよ?」
「今ちょっと間があったよね?」
「ないよ!」
そんな会話をして、ようやく離れる。
洋平、海斗、美香の三人が、雪の積もる道を歩いていく。
希空はその背中が見えなくなるまで手を振っていた。
そして、振り返る。
「あきよししょちょー!」
「ん?」
「みんなのために」
希空は、いつものように笑った。
「はやく、ぎじゅつ、かんせいさせなきゃね!」
「…………」
一瞬だけ、秋吉は答えられなかった。
「……そうだな」
それでも、笑い返す。
「頑張ろう」
「うん!」
希空は満足そうに頷くと、一足先に研究所の中へ戻っていった。
扉が閉まる。
だが、秋吉はその場から動かなかった。
雪の向こう、三人が消えていった方向を見続ける。
「……数年、か」
第二世代艦娘。どれだけ急いでも、すぐには完成しない。
人類が未知の技術領域へ踏み込む以上、どうしても時間が要る。そして、その数年間は、今いる艦娘達と今いる指揮官達が戦い続けなければならない。
第二次AL/MI作戦。
あの戦い以来、秋吉には拭えない違和感があった。
敵の迎撃態勢は、あまりにもこちらの作戦を知り過ぎていた。
航空支援の隙、上陸地点、進出時期、日本側主力が国外へ出たタイミング。偶然や、敵の優れた情報収集で説明出来るものもある。
だが、全てをそれだけで片付けるには出来過ぎている。
それに、艦娘を巡る世界の空気も、少しずつ変わり始めている。
人間とは何なのか。艦娘とは何なのか。
兵器なのか、人なのか。誰が指揮するべきなのか、誰が管理するべきなのか。技術を、力を、誰が持つべきなのか。
戦争が長引けば、そうした問題は必ず大きくなる。
秋吉は小さく息を吐いた。
「前にも言ったから、分かってると思うけどさ……」
届かない相手へ、呟く。
「この子達が完成するまで、まだ何年も掛かる」
だから、
「それまで、死ぬなよ」
洋平、海斗、美香。
今の日本で、艦娘達をただの兵器としてではなく、一人一人を見ながら、それでも軍事力としてまとめて指揮出来る彼らは、あまりにも重要だった。
「何があっても、生き抜いてくれ」
それは、希空のためでもある。艦娘達のためでもある。国のためでもある。
そして何より、友人としての願いだった。
「頼むから……」
秋吉は、もう誰もいない雪道を見つめる。
「この子達が大人になるまで、生きててくれよ」
研究所の中から、希空の声がした。
「あきよししょちょー! こっちきてー!」
秋吉は目を閉じ、一度深く息を吸った。
「今行く!」
振り返り、扉を開ける。
その向こうでは、まだ三歳の少女が、人類の未来を作り始めていた。
第一章 Ep.2 完
202X年
「あれから、もう十年かぁ……」
出撃準備を整えながら、あたしはふとそんなことを思った。
あたしの人生を、未来を、間違いなく大きく変えた、あの日。そこから、もう十年近くが経とうとしている。
2010年代前半、それまで人類の海を守り続けていた第一世代艦娘は、少しずつ苦しい戦いを強いられるようになっていった。
深海棲艦にも新しい個体が現れ、既存の個体も戦闘経験を積み、強くなっていく。第一世代が弱くなったわけじゃない。
敵が、それ以上の速度で変わり始めた。
その頃、艦娘技術研究所では、ずっと前から研究されていた次の世代が、ようやく形になろうとしてた。
目標は、第二次世界大戦期の主力艦艇。
それまで使えなかった艦魂を戦場へ戻すこと。
そして、第一世代が抱えていた問題を根本から無くすこと。
そうして、あたしは生まれた。
第二世代艦娘、実用第一号。
生まれたばかりの頃のことなんて、全部覚えているわけじゃない。でも、周りの人達が大切にしてくれたことは、何となく覚えている。
基地のみんなが、親みたいだった。先輩の艦娘達が、姉みたいだった。
だから、ずっとこんな日が続くと思っていた。戦争中なのに、子供だったあたしは本気でそう思っていた。
そんなはず、なかったのにね。
十年前のあの日、基地へ敵が来た。
上位個体。
見たこともない、異様な艤装を持つ深海棲艦。
そいつが、大艦隊を連れてきた。
先輩達は出撃した。でも、止められなかった。
砲撃、爆発、炎。基地が壊れていく。
建物が崩れ、人が逃げる。あたしも逃げた。
怖かった。何処へ行けばいいか分からなかった。
基地の人達が、何人もあたしを守ってくれた。
そして、その人達が次々に倒れていった。
やがて、あたしも見つかった。
目の前で、砲口が向く。逃げられない。
光った。
怖くて、目を閉じた。
でも、痛くない。
代わりに、何かが砲弾を弾いた音が聞こえた。
恐る恐る、目を開けた。
そこに、一人立っていた。
あたしと同じくらいの、男の子。
小さい身体なのに、あたしの前へ立っていた。
敵と、あたしの間に立っていた。
あの日、あたしはヒーローと出会った。
無茶苦茶なくらい強くて、それ以上に優しくて、自分が傷付くことなんてまるでどうでもいいみたいに、誰かを守ろうとする。
その時のあたしには、本当にそう見えた。
世界を救うために生まれてきた、勇者みたいに。
続く
あ と が き
最後の予告の語り手は私含め、みんなきっと出撃や遠征でお世話になっているであろう艦娘です。
次回 艦隊演習&世界情勢