Ep.3 開幕です。後半ちょっと過激かも。
ただ本作の根幹に関わる部分なのでお許しを。
14. 『艦娘』という存在
2008年7月
北海道 室蘭沖
この日、第一特務艦隊と第二特務艦隊による合同演習が行われていた。
戦時下において、日本が保有する艦娘戦力の大部分を一か所へ集めるのは、本来ならば避けるべきことである。ただ、ここ最近は深海棲艦側の大規模な攻勢が止まっており、加えて近隣の洞爺湖では各国首脳が集まるサミットも開催されている。
演習そのものに加え、北海道周辺の警戒と要人警護を兼ねることで、実施が認められた形だった。
「……これより、演習を開始する!」
艦娘母艦「建御名方」のCICから、洋平の号令が発せられる。
同時に、海上で待機していた“鳳翔”が弓を構えた。
「第一次攻撃隊、発艦!」
弦が鳴り、何本もの矢が空へ放たれる。飛び出した矢は空中で形を変え、次々と複葉の航空機へ姿を変えていった。
八九式艦上攻撃機。
機体の下には、爆弾あるいは魚雷が吊り下げられている。これまで“鳳翔”が運用してきた九〇式艦上戦闘機とは違い、最初から敵艦への攻撃を目的とした艦載機であり、艦娘が運用する本格的な攻撃機としては初めての機体だった。
「あの第二特務艦隊に、どれくらい通用するでしょうか……」
飛び去っていく航空隊を見送りながら、“鳳翔”が小さく呟く。
自分の航空隊を信用していないわけではない。ただ、相手が悪かった。
第二特務艦隊は一年前のミッドウェーで実戦の航空攻撃を経験している。それも、事前に十分な対空戦闘訓練を積んでいたわけではない状態で、深海棲艦の大規模空襲を生き残った部隊だった。
今回は純粋に艦娘側の対空戦闘能力を見る目的もあるため、「建御雷」自身は対空射撃へ参加しない。それでも、“鳳翔”にとって楽観出来る相手ではなかった。
数十分後。
「敵攻撃隊、発見!」
第二特務艦隊側でも、“鳳翔”航空隊の接近が確認された。
「来たわね」
「建御雷」のCICで、美香が戦況表示を見る。
「全艦娘、輪形陣へ移行! 大型艦を中央へ!」
指示を受けた艦娘達が、一斉に海上を移動し始めた。
通常の艦艇であれば、航行中に艦隊陣形を変更するだけでも相応の時間が掛かる。
だが、人間と同程度の大きさしかない艦娘の場合、陣形変更に必要な移動距離そのものが圧倒的に短い。航空隊を発見してからでも、十分に輪形陣を組めるのだ。
今回の演習へ向けて、大型艦娘達には対空装備の増設も行われていた。元となった艦艇の時代では有用だったケースメイト式副砲や対水雷艇用小口径砲の一部を撤去し、代わりに12センチ高角砲や機銃を搭載している。
実艦としての歴史を知っているからこそ、「この装備はいずれ不要になる」と最初から分かってしまう。逆に言えば、後世の正解を知っているからこそ、途中の技術段階へ不満も出る。
特に評判が悪かったのは6.5ミリ機銃だった。決して粗悪な機銃ではないが、航空機を相手にするには明らかに口径が小さい。
「せめてもう少し大口径の機銃が欲しい」という声は多かったものの、まだ次の世代の機銃が完成していない以上、現状で使える物を使うしかない。もっとも、今の深海棲艦航空機もまだ発達途上にあるため、現段階ではこれでも十分に役立った。
敵航空隊が射程へ入る。
「高角砲、撃ち方始め!」
12センチ高角砲が次々と火を噴いた。高射装置による射撃統制も加わり、空へ放たれた砲弾が航空隊の周囲で炸裂する。
やがて、演習判定上の被撃墜機が出始めた。
『三番機、被撃墜判定!』
「三番が落とされたか?」
『はい! ……四番機もです!』
八九式艦上攻撃機の一機、その中央席に座る中隊長が、後部機銃手から報告を受ける。
「もう少し回避運動を増やすか……?」
「厳しいですよ、中隊長。やっぱり重いです、この機体」
操縦士の言葉に、中隊長も頷いた。
「だよな……」
八九式艦攻は、身軽な戦闘機ではない。魚雷を抱えた低空雷撃隊ともなれば動きはさらに鈍くなり、高角砲火を掻い潜るには少々厳しかった。
実際、魚雷装備の編隊では次々と被撃墜判定が出ている。
ただ、中隊長は少し離れた上空へ目を向けた。中高度を飛ぶ、爆弾を搭載した別の編隊。そちらには、ほとんど砲火が向いていない。
「……なるほど」
敵の注意が、自分達へ集まっている。
「俺達はこのまま囮になる」
「え?」
「回避は最低限でいい。艦隊の対空砲火を全部こっちへ引き付けるぞ」
操縦士と機銃手が一瞬だけ顔を見合わせるが、すぐに返事が返ってきた。
「了解!」
「やりましょう!」
通信で中隊全体へ指示を飛ばす。その直後、中隊長機にも被撃墜判定が出た。
だが、役目は果たした。
低空雷撃隊へ対空砲火が集中したことで、爆装した艦攻隊は大きな損害を受けないまま第二特務艦隊上空へ到達する。
「爆撃隊、来ます!」
「上! 緩降下!」
艦攻隊が機首を下げる。
「回避して!」
艦娘達が一斉に散った。駆逐艦や巡洋艦は比較的素早く動けたものの、低速の戦艦艦娘ではそう簡単にはいかない。そして、“鳳翔”航空隊もそれを分かっていた。
爆撃隊が狙ったのは、ほとんどが戦艦艦娘だった。
演習弾が投下され、判定が下る。次々と命中し、戦艦群へ複数の被弾判定が出た。
ただし、撃沈判定はない。
爆弾の威力が足りなかった。命中そのものには成功したが、結果は中破判定止まりだった。
「“鳳翔”より報告! 敵戦艦群へ損害を与えたものの、撃沈判定なし!」
「……負けたな」
「建御名方」のCICで、洋平は早々に結果を悟った。
そもそも、第一特務艦隊と第二特務艦隊には基礎的な戦力差がある。第一特務艦隊は本土防衛と即応任務を担い、比較的旧式の艦娘も多い。一方、第二特務艦隊には外洋作戦へ耐えられる高性能艦娘が優先的に配備されている。
その差を、“鳳翔”航空隊という一特艦最大の切り札でひっくり返す。それが今回の狙いだったが、戦艦を何隻か中破扱いにした程度では足りない。
「やっぱり、航空攻撃だけで二特艦を崩すのは無理か……」
もう一つの切り札もある。
“磐手”。
本来なら数日前に第二特務艦隊へ移籍しているはずだったが、今回だけは洋平が無理を言って一特艦側へ残してもらっていた。目的は一つ、“出雲”対策である。
やがて演習は砲雷撃戦へ移行し、全体では予想通り第二特務艦隊が優勢に立った。
その一方で、別の場所では姉妹が向かい合っていた。
「やっと会えたわね、お姉ちゃん!」
「……あなたが磐手?」
“出雲”と“磐手”。出雲型装甲巡洋艦姉妹が、初めて直接対峙する。
“磐手”にとっては、これまで話でしか知らなかった姉との初対面だった。しかし、その第一声から数分後には、二人は全力で殴り合っていた。
「そこっ!」
“磐手”の砲撃を、“出雲”が紙一重でかわす。
「速っ……!」
そのまま一気に懐へ入り、神崎流で強化された身体能力を使って近接戦へ持ち込む。“磐手”も食らいついた。
射撃精度、状況判断、素の操艦能力。純粋な艦娘としての完成度だけを見れば、“磐手”は決して姉へ大きく劣ってはいない。
ただ、“出雲”には、この一年で手に入れた別のものがあった。
「───取った!」
神崎流戦闘術によって一瞬だけ引き上げられた身体出力に、“磐手”の反応が追いつかなかった。
「うわっ!?」
演習判定が下り、“磐手”は戦闘不能となる。
姉妹対決は、姉の勝利。そして艦隊全体でも、第二特務艦隊が勝利した。
数日後
国防省地下 特務艦隊司令部
「はぁぁぁ……」
執務机へ向かったまま、洋平が大きな溜息を吐いた。
演習で負けたことが原因ではない。目の前には、“鳳翔”がいる。彼女は湯気の立つ緑茶を静かに机へ置いた。
「どうかされましたか?」
「……いや。何でもない」
「そうは見えませんが」
「大丈夫だ。気にしないでくれ」
そう答えたものの、説得力はなかった。目の下には疲労の色があり、ここ数日まともに眠れていないことが一目で分かる。
“鳳翔”は少しだけ考えた後、洋平の向かいへ座った。
「私で良ければ、お聞きしますよ」
「……何を?」
「愚痴でも、悩みでも、何でも。 一人で抱えているよりは、少しくらい楽になるかもしれません」
洋平は暫く黙っていたが、やがて口を開いた。
「……長くなるぞ」
「構いません」
そう答えられ、洋平はここ最近ずっと自分の中に溜め込んでいたことを話し始めた。
第二次AL/MI作戦から、一年。
日米両海軍は、未だ完全には損害から立ち直っていなかった。沈んだ艦は戻らず、大破艦の修理にも時間が掛かる。使用出来るドックにも限りがある。
一方、艦娘は比較的早く戦力を回復させた。損傷が軽ければ修理期間は短く、人間サイズであるため整備設備も通常艦より小さく済む。
その結果、通常艦隊の戦力回復が遅れる中で、艦娘へ掛かる負担は少しずつ増えていた。
それ自体は、ある程度仕方がない。問題は、最近洋平が目にする命令の中に、「仕方がない」では済ませにくいものが混じり始めたことだった。
「……最近さ」
洋平は湯呑みに手を伸ばさず、机を見つめる。
「妙に危ない任務が増えてる気がするんだ」
「危険な任務、ですか?」
「ああ。もちろん軍人なんだから、危険な仕事をやること自体はおかしくない。艦娘は戦力で、戦争中なんだから敵と戦う。損害を受けることもあるし、時には死ぬ。それまで否定するつもりはない」
洋平はそこで一度言葉を切った。
「でも、最近は違うんだよ」
戦力的に無理があるのに押し込む。通常兵力で支援出来るのに艦娘だけを出す。撤退基準が不自然に厳しい。損害を前提にしたような任務。そうした命令が、少しずつ増えている。
まだ、国防軍全体がそうなったわけではない。むしろ、艦娘計画を最初から知る古参幹部や最上層部には、現在も艦娘へ理解を示す者が多い。
ただ、その下、作戦、人事、補給、管理といった実務を握る位置へ、以前なら見なかった考え方の人間が少しずつ入り始めている。
「……消耗品だと思ってるんだ」
洋平が呟いた。
「艦娘を」
“鳳翔”は何も言わず、続きを待つ。
「壊れたら次を造ればいい。沈んだら補充すればいい。それくらいにしか思ってない奴がいる」
洋平が最も許せないもの。その根底には、もっと大きな問題があった。
「鳳翔」
「はい」
「お前、自分が法律上何なのか知ってるか?」
“鳳翔”は少しだけ目を伏せる。
「……兵器、でしょうか」
「正確には、それより面倒なんだ」
艦娘は、公的にはまだ存在していない。国防軍や政府の一部、関係各国、研究者など、限られた人間だけが知る秘匿戦力である。
世界では目撃談も増え、噂も広がり、都市伝説にもなっている。だが、政府の公式回答は変わらない。
『そのような存在については承知していない』
存在しないことになっている以上、当然、存在しないもののための法律も作れない。
一方、軍の中では確実に存在している。出撃命令を受け、兵装を与えられ、部隊へ配属され、国家の軍事力として管理されている。
つまり、法律の上では艦娘という人間がいない。しかし軍の中では、兵器として存在している。
これが、現在の艦娘だった。
法的人格としての制度がない。だから、人間なら当然受けられるはずの保護が、自動的には適用されない。
暴力を受けた時、不当に拘束された時、勝手に改造された時、所有物のように譲渡された時、何の法律で守るのかが曖昧だった。
逆も同じである。艦娘が自分を守るため人間へ反撃した場合、何の法律で裁くのかも曖昧だった。
「法の外だ」
洋平が呟く。
「良い意味でも、悪い意味でもな」
昔、彼自身も少し楽観していた。艦娘は強く、並の人間では力ずくでどうこう出来ない。何かされても自分で追い払えるし、最悪、反撃して相手を怪我させても、艦娘を裁く法律そのものがない。
だから、制度が出来るまで何とかなる。そう思っていた。
「……この前まではな」
“鳳翔”の表情が少し曇る。
「何か、起きたのですか?」
「ああ」
洋平が目を閉じた。
「日本じゃない」
そして、海外の話を始めた。
世界では、艦娘の数が急激に増えていた。
特に欧米諸国では、長い海岸線と多数の港湾を守るため、小規模な艦娘基地を各地へ分散配置する運用が一般的になっている。一つの基地へ十人、二十人と配備され、それぞれに司令官が置かれる。当然、大量の司令官が必要になる。
初期、艦娘部隊司令官は非常に厳しい審査を通過した者だけが任命されていた。艦娘は人格を持つ一方で非常に強く、扱う者を間違えれば重大な問題になる。だからこそ、慎重に選ばれていた。
だが、艦娘が増え過ぎた。司令官が足りなくなり、審査基準が緩んだ。
その結果、問題が起きた。
無謀な出撃を繰り返し、多数の艦娘を失った司令官。部下である艦娘へ虐待を加えた者。性的な搾取を行った者。自分の地位や利益のため、艦娘を要人へ差し出した者。
抵抗された末に死亡した司令官もいた。そして、その司令官を死なせた艦娘が事件を表へ出さないため、危険な戦場へ送り込まれ、帰らなかった例もある。
一つ一つは、ごく少数の異常事例だった。大多数の司令官はまともに仕事をしており、艦娘達と良い関係を築いている部隊も多い。
だが、問題は、少数でも起きてしまえば止める制度がないことだった。
「司令官を罰するにしたって、何の罪で裁くんだって話になる」
洋平が吐き捨てる。
「部下への暴行? 監禁? 人身売買? そもそも法的には、その『人』が存在してないんだぞ」
逆に、艦娘が反撃すれば、今度は『軍事資産が人間を攻撃した』という異常な事件として処理される。司法ではなく、軍内部での処分や隠蔽へ流れやすい。
第二次AL/MI作戦で実用化された対SUE弾も、新たな問題を生み始めていた。深海棲艦へ通用するということは、似た原理を持つ艦娘にも危険だということである。
まだ広く悪用されているわけではない。それでも、『人間が艦娘を力で抑えられる兵器』が存在する。その事実だけで、両者の関係は変わる。
日本では、今のところ海外ほど深刻な事件は起きていない。しかし、それは制度が優れているからではなかった。
第一、第二、二つの特務艦隊へ百人を超える艦娘を集中的に配備し、司令官も洋平、海斗、美香を中心とした少数の、艦娘を実際に知る信頼出来る人間に限っている。
情報漏洩防止、研究機密保護、司令官の質。それらを重視した日本独自の運用によって、結果的に守られているだけだった。
「俺達がまともだから問題が起きてない」
洋平が自嘲気味に笑う。
「そんなの、制度って言わねぇだろ」
“鳳翔”は返す言葉を失っていた。
「俺達が死んだら?」
海斗、美香、洋平。
「次に来た奴が、艦娘を本当に『物』としか思わない奴だったら?」
誰も、止められない。
さらに、別の問題も起きていた。
艦娘と人間、互いの不信である。
虐待事件、艦娘による反撃、噂、隠蔽。それらが少しずつ広がり、『艦娘は危険だ』『人間を殺せる兵器へ心を持たせる必要があるのか』『命令へ疑問を持たないようにすればいい』といった意見まで現れ始めた。
逆に艦娘側でも、『人間を信用出来ない』『どうせ私達は兵器だ』と考える者が出始めている。
洋平達は、まだ知らない。この対立の全てが自然発生したものではなかった。
人間社会へ潜り込んだ工作員と、それに協力する少数の人間が、既に存在していた亀裂を少しずつ広げている。問題のある人物を都合の良い位置へ押し上げ、事件を必要以上に拡散する一方で、都合の悪い事件は消していく。
まだ、国家中枢を丸ごと握っているわけではない。軍の最高指導部も、艦娘計画を最初から推進してきた古参、つまり親艦娘派が多い。だから、露骨には動けない。
だが、実務、人事、世論、その隙間へ少しずつ入り込んでいた。
目的は単純だった。人間と艦娘を争わせる。それだけで、人類側の戦力は大きく落ちる。
そして数日前、洞爺湖で各国首脳が集まるサミットが開催された。
公開される議題の裏で、当然、深海棲艦との戦争、そして艦娘の扱いについても非公開の協議が行われていた。洋平も後から、その概要を知った。
法的空白、司令官による不祥事、艦娘による人間への反撃。何らかの制度が必要だという点までは良かった。
問題は、何から整備しようとしているかだった。
「最初に出てきたのがさ」
洋平の声が低くなる。
「『艦娘が人間へ危害を加えた場合、処罰出来る制度を作るべきだ』だぞ」
“鳳翔”が僅かに目を見開いた。
「……先に、ですか?」
「ああ」
先に出てきたのは、艦娘が暴行や搾取、不当な扱いを受けた時の保護ではない。
「司令官が殺された事件があったからだ」
洋平は拳を握る。
「確かに、人を殺した。そこだけ見れば問題だよ」
しかし、何故そうなったのか、何をされたのか、何故司法へ訴えられなかったのかという点は置き去りにされている。
「艦娘が何をされても守れないままで、反撃した時だけ罰する法律を作ったらどうなる?」
答えは簡単だった。抵抗出来ない。
「それじゃあ」
洋平の声が震える。
「何されても我慢しろって言ってるのと同じじゃねぇか」
まだ、法律が成立したわけではない。各国も意見が割れており、日本政府内にも反対や慎重論は多い。最上層部まで完全に艦娘軽視へ傾いたわけではないから、まだ止められる。
でも、方向は悪かった。
「何で分からねぇんだよ……」
拳が震える。
「艦娘だって、心があるんだぞ」
洋平は“鳳翔”を見る。
「笑うだろ」
「はい」
「泣くだろ」
「……はい」
「怖がるし、怒るし、誰かを好きにもなる」
“鳳翔”は静かに洋平を見つめる。
「普通の人間じゃねぇか」
洋平にとって、それは理屈ですらなかった。毎日見ている。知っている。
「少し力が強くて、海の上を走れて、艤装を使えるだけだろ」
兵器でもある。軍人でもある。
でも、それ以前に一人の人間だ。
「それを、物みたいに扱って……」
怒りが戻る。
「馬鹿じゃねぇのか!?」
机へ拳を叩き付けそうになり、洋平はどうにか止まった。
「このまま行ったら、最後は艦娘だって人間を信用しなくなる」
艦娘の反乱、人類による鎮圧、戦争、双方の消耗。その向こうには深海棲艦がいる。
「敵と戦ってる最中に、味方同士で殺し合ってどうするんだよ……!」
その時、洋平の拳へ柔らかな感触が触れた。
“鳳翔”が、彼の手を両手で包んでいた。
「……提督」
「…………」
「そのお気持ちだけでも、私は嬉しいです」
穏やかな声だった。
「少なくとも、提督は私達をそう見て下さっている」
「でも」
「充分、とは申しません」
“鳳翔”は少し笑う。
「きっと、このままではいけませんから」
洋平の握った拳が、ゆっくりと解けていく。
「ですが、今ここで提督まで一人で壊れてしまったら、それこそ困ります」
「……」
「少しずつで良いと思います」
「少しずつ……か」
「はい」
「そんな時間、あるかな」
「作りましょう」
即答だった。
洋平は暫く“鳳翔”を見つめ、やがて小さく笑った。
「お前、強いな」
「艦娘ですので」
「そういう意味じゃねぇよ」
「……じゃあ、どうすればいい」
少し落ち着いた後、洋平は椅子へ深く座り直した。
「このままじゃ駄目なのは分かる。でも、俺一人で政府相手に怒鳴っても何も変わらん」
「協力して下さる方はいらっしゃらないのですか?」
“鳳翔”が尋ねる。
「こういうことは、人数が多い方が良いと思います」
「海斗、美香、秋吉」
洋平は指を折る。
「警備艦隊の小林司令官や田村艦長達も、こっち側だろうな」
そして、士、加奈。名前が浮かぶ。
しかし、洋平は首を振った。
「あの二人は駄目だ」
「……巻き込みたくない?」
「ああ」
まだ子供だから、それだけではない。
「俺達に何かあった時、艦娘達とか、希空とか、守る側に残しておきたい」
自分達が深いところへ踏み込むなら、なおさらだった。
「まだ、この問題がどこまで繋がってるのか分からない」
不可解な人事、危険な任務、海外の事件、国際協議。それらが偶然で、全て別々なのかもしれない。
でも、洋平の勘は、もっと深いところで繋がっていると告げていた。
「下手に動いたら、命に関わる気がする」
“鳳翔”は否定しなかった。
「海斗と美香は……もう仕方ない」
「仕方ない、とは?」
「俺と同じくらい首突っ込んでる。今更『危ないから逃げろ』って言っても、あいつら絶対聞かねぇよ」
洋平自身も同じだった。
だから、まずは三人で動くことにした。
その後、実際に話してみると、海斗と美香の答えは同じだった。艦娘を守る。ただし、他の人間は巻き込まない。
そう決めたはずだった。
数日後、秋吉へ最低限の事情を話した。
「僕を外すな」
即答だった。
警備艦隊の小林、田村も同じだった。
「今更だろ」
そう返された。
艦娘に助けられ、一緒に戦い、その人格を知っている。だから、退かない。
結局、洋平が守るため、巻き込みたくなかった人達は、自分からその輪の中へ入ってきた。
「……いっそ」
“鳳翔”が少し考えた後、口を開く。
「一般の方々に、私達のことを知っていただく機会があれば良いのでしょうか」
「鎮守府を開放して、交流会でもやるか?」
「例えば、ですが」
「無理だな」
洋平は即答した。
「まず公的には、お前達はいないことになってる」
「……そうでした」
「それに、存在を公開する以前に、安全の問題がある」
「今の法制度で一般人と自由に接触させるのは危険すぎる」
大型艦娘なら自力で身を守れる。それでも絶対ではない。小型艦、特に駆逐艦は身体能力こそ高いものの、精神面ではまだ幼い子も多い。
誘拐、搾取、騙す者。そうした危険は、いくらでも考えられる。
「昼間イベントやって、夜に人数数えたら一人いませんでした、なんて洒落にならん」
“鳳翔”の表情が曇る。
「……そうですね」
「まず、守る法律が先だ」
洋平は結論を出した。
「存在を知ってもらうのは、その後」
時間は掛かるだろう。それでも、順番が必要だった。
「とにかく、まず政府へ掛け合う」
艦娘が人間を傷付けた時だけ先に罰する制度を止める。同時に、艦娘が被害者になった時に守る制度を作らせる。
「それ以外に何か……」
“鳳翔”が少し考えてから言った。
「国外の艦娘部隊司令官へ、連絡してみてはいかがでしょう」
洋平が顔を上げる。
「外国の?」
「はい。今回の問題は、日本だけのものではありません」
確かに、むしろ海外の方が深刻だった。
「真面目に艦娘達と向き合っている司令官も、当然いらっしゃるはずです」
「……そりゃ、そうだな」
「一人で声を上げるより、その方々と協力した方が良いのでは?」
洋平の顔が少し明るくなる。
「それだ」
彼は立ち上がった。
「そうだよ。日本だけで制度作っても、海外で同じことが続いたら意味ねぇ」
ただし、誰とでも接触出来るわけではない。司令官の中には問題のある者も混ざっているし、人事にも不自然な動きがある。どこまで、誰を信用出来るのかは分からなかった。
「相手は選ばないとな」
「はい」
「でも」
洋平は久しぶりに笑った。
「やってみる価値はある」
そして、“鳳翔”を見る。
「ありがとな」
「お役に立てたのでしたら」
“鳳翔”も微笑んだ。
そこから、水面下で動きが始まった。
信頼出来る海外の艦娘部隊司令官を探す。条件は単純で、実際に艦娘達と良好な関係を築いていることだった。
戦歴、人事記録、研究所を通じた国際技術交流、秋吉が持つ独自の連絡網。利用出来るものを使い、候補を絞っていく。
そして数か月後、機会が訪れた。
表向きの目的は、『次世代艦娘研究のための国際意見交換会』。場所は北海道の艦娘技術研究所だった。
軍や政府の通常の外交ルートから少し外れた、研究者同士の技術交流という名目だからこそ、主力艦隊司令官でもない人物を呼んでも不自然になりにくい。
やがて、各国から少数の、信頼出来る司令官達へ招待が届いた。
そして2008年12月。
神崎洋平、神崎海斗、神崎美香の三人は、初めて国外で同じ問題を抱えている者達と顔を合わせる。
艦娘とは、兵器なのか、人間なのか。
その問いへ答えを出すために。
続く
あ と が き
『自我持つ兵器』
気付いた方もいらっしゃるかもですが、今回の後半の内容が本作のタイトルにも入っている部分の話です。
艦娘はどういった存在なのか?
『単なる兵器』なのか?『心を持つ人』なのか?
艦これ二次創作ではありきたりなテーマですが、だからこそ自分なりに考えてみたくて妄想したのが本作の始まりです。
今後キツい展開が出てくることがあると思います。場合によってはR-18に引き上げる事もあるかも。まあ多分そこはマイルドにするから大丈夫だとは思うけど。
まだまだ物語は始まったばかりです。多分年単位で投稿し続ける事になるので、お付き合いよろしくお願いします。
次回 邂逅、欧米の提督たち