今回はちょっと短め……かな?
2008年12月
北海道 艦娘技術研究所
この日、普段以上に厳重な警備が敷かれた研究所へ、五か国の艦娘部隊司令官が集まっていた。
日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、イタリア。
前回の洞爺湖サミットから水面下で接触相手を探し始めておよそ半年、軍や政府の通常の外交経路を極力使わず、『次世代艦娘研究のための国際意見交換会』という名目で、ようやく全員を同じ場所へ集めることが出来た。
当初、洋平達が接触を考えていたのはイギリス、アメリカ、ドイツの三か国だったが、調査を進める中でイタリアにも信用出来そうな司令官がいることが判明し、しかも比較的安全な経路で接触出来たため、今回から加わることになった。
フランスやロシアにも候補はいたものの、安全を確保した上で会談へ呼べるところまでは、まだ進んでいなかった。
何より重要なのは、参加国の数ではない。
ここにいる全員が、艦娘を単なる消耗品として扱わず、実際に部下達と良好な関係を築いていることだった。
「初めまして、俺が日本国防海軍、神崎洋平少将だ」
会議室の中央で洋平が立ち上がり、四人の外国人司令官を見る。隣には海斗と美香、そして秋吉も座っていた。
「まず、こんな妙な呼び出し方にも関わらず来てくれたことに感謝する。……Thank you」
「最後だけ英語にする必要あったか?」
海斗が小声で突っ込む。
「一応だよ」
「通訳の妖精さんがいるでしょうに」
美香まで続けたため、外国人組からも小さな笑いが漏れた。少なくとも、出だしから堅苦しい空気にはならなかった。
「まあ、見ての通りだ。今回は正式な国家間会議じゃないし、階級も年齢もそこまで離れてない。必要以上に形式張るのは無しにしよう」
洋平と同じ少将なのは、イギリス海軍のウィリアム・ウォード少将。続いて、アメリカ海軍のアンディ・ロックハート大佐、ドイツ海軍のディートリッヒ・グーテンベルグ大佐、イタリア海軍のマンフレッド・アルベローニ大佐がいる。
ウォードは元から海軍軍人で、貴族家の出身でもあるため、この中では比較的政治に近い立場にあった。
一方、三人の大佐は少し事情が違う。艦娘の大量配備が始まってから、その部隊を率いる人材を確保するために採用された人間であり、元々軍人だった者もいれば、必要な教育を受けて軍籍へ入った元民間人もいる。
艦娘を率いる能力はあっても、国家中枢の政治事情まで把握出来る立場ではない。そこは、洋平達と似ていた。
「まず、今回の目的を確認しておきたい」
洋平が端末を操作し、壁面モニターへ四項目を表示する。
『艦娘を巡る各国の現状』
『待遇・法的問題』
『艦娘技術の現状』
『今後の国際協力』
「俺達も日本国内のことしか分からない。こっちで集めた海外情報にも限界があるし、噂と事実が混じってるものも多い」
洋平は四人を見る。
「だから今日は、一方的にこっちから説明するんじゃなく、互いに知ってることを持ち寄りたい」
最初に頷いたのはロックハートだった。
「助かる。俺も自分の部隊のことなら分かるが、ワシントンで何を話してるかなんて詳しく知らないからな」
「私もだ」
グーテンベルグが続ける。
「私など、主にUボート系艦娘を預かっている一司令官に過ぎない。海軍全体の方針を決める立場ではないよ」
「私も似たようなものですね」
アルベローニも苦笑した。
「艦娘達と毎日話すことは出来ても、政府首脳が何を考えているかまでは分かりません」
最後にウォードが腕を組む。
「私は一応、君達より多少は上の情報へ触れられるが、それでも英国国内の話が中心だ。むしろ、各国の現場がどうなっているかを知りたい」
「よし」
洋平が頷く。
「じゃあ、始めよう」
最初に話したのは、洋平だった。
夏以降に調べた各国の状況、艦娘の法的地位が曖昧なこと、司令官不足から一部の国では採用基準が下がっていること、そして、その中で発生した幾つかの不祥事。
無謀な出撃による大量喪失、虐待、搾取、艦娘を私物同然に扱った事例、抵抗した艦娘が人間を殺傷し、その処理がさらに問題を悪化させた事例。
話が進むにつれ、四人の表情は険しくなっていった。
やがて説明を終えた洋平が、一息吐く。
「……今、俺達が把握してる大きな事件はこんなところだ」
沈黙が落ちた。
数秒後、ロックハートが深く息を吐く。
「その二件、聞いたことがある」
「アメリカの?」
「ああ。ただし、俺が聞かされていた話とは少し違う」
「どう違う?」
「もっと単純な『艦娘の服務上の問題』として処理されていた。司令官側が何をしていたかまでは知らされていない」
洋平の顔が僅かに曇った。
「……やっぱりか」
グーテンベルグも腕を組む。
「ドイツでも似た話はある。幸い、私の部隊では起きていないが、妙に艦娘の損耗率が高い基地があるという噂は聞いていた」
「イタリアでも、司令官と艦娘の関係が悪化している基地はあります」
アルベローニが続ける。
「ただ、その原因を艦娘側の規律不足として報告している例も多い。実態まで調べれば、また違うのかもしれません」
ウォードは暫く資料を眺めた後、静かに言った。
「我が国でも、この問題自体は認識され始めている。ただし……」
「ただし?」
「どうしても議論が、『危険な軍事資産をどう管理するか』から始まる」
洋平は苦い顔で笑う。
「日本と同じだな」
「そうらしい」
ウォードも同じような表情を浮かべた。
「もちろん、それ自体が全て間違いというわけではない。彼女達が軍事力である以上、命令系統も規律も必要だ」
「ああ。それは俺も否定しない」
洋平は即答した。
「俺だって『艦娘は自由なんだから好き勝手にしていい』なんて言うつもりはない。軍人なら軍紀に従うべきだし、故意に一般人を傷付けたなら、ちゃんと裁ける制度も要る」
そこで一度、言葉を切る。
「ただし、それと同じだけ、艦娘が被害を受けた時に守る制度も必要だ」
「同感だ」
ロックハートが頷く。
「片方だけじゃ駄目だ」
「そもそも、今の制度は両方とも無いに等しいからな」
グーテンベルグも言う。
「艦娘が被害者になっても扱いに困り、加害者になっても扱いに困る。結果、現場の司令官や軍内部で無理矢理処理する」
「それでは問題が積み上がる一方ですね」
アルベローニが溜息を吐く。
少なくとも、この場にいる五か国の司令官の意見は一致した。
艦娘は軍事力である。だが、軍事力だからといって人格を無視してよいわけではない。逆に、人格があるからといって軍事組織の規律から完全に外してよいわけでもない。
必要なのは、どちらか一方へ押し込むことではなかった。
「兵器か、人間か」
ウォードが呟く。
「二択にすること自体が間違いなのかもしれんな」
洋平が顔を上げる。
「……俺もそう思う」
“鳳翔”達と日々接しているからこそ、分かる。
艦娘は戦うために造られた。軍艦の力を持ち、国家の軍事資産でもある。
それでも同時に、笑い、泣き、怒り、怖がり、誰かを大切にする。一人の人間でもある。
「なら、その両方を前提に制度を作るしかない」
ウォードの言葉に、全員が頷いた。
今回の会談だけで法律が変わるわけではない。ここにいる誰一人、国家を一声で動かせるほどの権力は持っていない。
それでも、少なくとも同じことを考えている者が、日本以外にもいる。それが分かっただけでも、洋平にとっては大きかった。
「それと、もう一つ」
ロックハートが資料を閉じる。
「日本側へ聞きたいことがある」
「何だ?」
「艦娘そのものについてだ」
洋平が少し首を傾げる。
「その話なら、さっきかなりしたと思うけど」
「そうじゃない」
ロックハートが研究所の壁を見る。
「どうやって造ってる?」
「……ああ」
そこで洋平は納得した。
「そっちか」
ウォードも興味を示す。
「私も聞きたい。日本が艦娘技術の中核を握っていることは知っているが、建造工程まで詳しく知る機会は無かった」
「なら、俺より適任がいるな」
洋平が横を見る。
「秋吉」
「はいはい」
それまで資料整理をしながら話を聞いていた秋吉が立ち上がった。
「ではここからは、本研究所所長、秋吉智明技術大佐が説明します」
「急に堅くなったな」
「一応、専門分野だからね」
モニターへ、第一世代艦娘の構造図が表示される。
「現在、世界各国で運用されている艦娘の大部分は、我々が『第一世代艦娘』と分類しているものです」
そこから秋吉は、第一世代艦娘がどのように建造されるのかを説明していった。
人間の少女を素体とすること、艦魂を接続すること、艤装との同調、妖精技術、身体の改造、そして建造時期によってファースト、セカンド、サードの三ロットへ大別出来ること。
初期のファーストロット、量産性を優先したセカンドロット、それらの運用データを反映し、完成度を高めたサードロット。
話が進むほど、外国人四人の顔は驚きへ変わっていった。
「……待ってくれ」
グーテンベルグが手を上げる。
「我々が普段指揮している艦娘は、全員こうして造られているのか?」
「基本的には」
「知らなかった……」
「俺もだ」
ロックハートが苦笑する。
「俺達は完成した艦娘を基地で受け取るだけだからな。『新しく駆逐艦が何人配属される』って連絡が来て、実際に本人達がやって来る。それ以前を直接見ることは無い」
「兵装も同様です」
アルベローニも言う。
「主砲も魚雷も、完成品が工廠から送られてくる。それがどう造られているかまでは、司令官の仕事ではありませんでした」
「なるほどなぁ」
海斗が腕を組む。
「分散配置って聞いて、各基地に工廠まであるのかと思ってたけど、建造設備そのものは集中してるんだな」
「その方が合理的ですものね」
美香も納得したように頷く。
日本では、研究所と特務艦隊が最初から極めて近い距離にあった。洋平達自身、艦娘計画の最初期から関わっている。
研究、建造、訓練、実戦。その全てが、ほぼ一つの流れとして繋がっていた。それが世界標準ではなかったのだ。
「さて」
秋吉の声が少し重くなる。
「ここまでは、第一世代艦娘が成功した話です」
画面が切り替わる。
「次は、失敗した話をします」
表示されたのは、人間の脳と艤装を繋いだ模式図だった。
「第一世代には、まだ根本的に解決出来ていない問題が幾つもあります。代表的なのが、脳の情報処理能力です」
艦娘は、単純に人間が大砲を背負っている存在ではない。艤装、機関、火器管制、索敵、通信、姿勢制御、損傷状態、それら大量の情報を、自分自身の身体情報と同時に処理しなければならない。
「普通の人間の脳へ、軍艦一隻分の情報処理を半ば無理矢理やらせている。ロットが進むごとに負荷軽減はしているが、根本は変わっていません」
次に、艤装同調の説明へ移る。
「素体となる少女と艤装の相性が悪ければ、接続そのものが上手くいかない場合もあります。神経系や身体へ損傷を与えることもある」
「待ってくれ」
グーテンベルグの表情が変わる。
「私の部下達は大丈夫なのか?」
洋平がすぐに答えた。
「今、実際にお前の部隊へいる子達なら、その心配はまず要らない」
「本当か?」
「ああ。問題が一番出やすいのは最初の接続段階だ。配備されて実戦任務に就いている時点で、そこは通過してる」
「……そうか」
グーテンベルグが明らかに安堵する。
その様子を見ながら、洋平は何も言わなかった。
通過出来なかった少女もいる。適合しなかった。身体が耐えなかった。艦娘になれなかった。
その先に何があったか、それもまた、現在の第一世代建造方式が抱える暗部だった。
今日は、まだ、そこまで話す必要はない。
秋吉が説明を続ける。
「要するに第一世代は、『完成した人間へ後から艦を足す』方式なんです」
前回、洋平達へ見せたものと同じ図が表示された。
「だから、いくら改良しても限界がある」
「そこで」
新しい図が表示される。一人の少女、その身体そのものへ、艦の情報が最初から組み込まれている。
「発想を逆転させた」
秋吉が言う。
「人間を艦娘に改造するのではなく、最初から艦娘として身体を造る」
四人が画面を見る。
「艦魂に記録されている情報を解析し、それを人体を構成する情報へ落とし込む。そして、そのデータを基に人間型の身体そのものを建造する」
「身体まで……工廠で?」
アルベローニが聞き返す。
「最終的には、その予定です」
秋吉は頷いた。
「これが、現在我々が研究している『第二世代艦娘』です」
「……随分と、とんでもないことを考えるな」
ウォードが率直な感想を漏らす。
「僕もそう思いますよ」
「考えた本人が言うのか」
「正確には、色んな研究の積み重ねですから」
秋吉は苦笑しつつも、次の資料を出す。
「これが成功すれば、同調率の問題だけではなく、性能面でも大きく前進出来る可能性があります」
「どの程度だ?」
「現行第一世代では、安定して建造出来る艦の年代に限界がある。大体、戦間期前半以前が中心です」
そして、秋吉は続けた。
「第二世代では、第二次世界大戦期の主力艦を実用化する」
室内の空気が変わった。
「例えば、イタリアなら」
秋吉がアルベローニを見る。
「ヴィットリオ・ヴェネト級」
「おお……!」
アルベローニが目に見えて反応した。
「本当に?」
「計画通りなら」
「それは……良いな」
嬉しそうな反応を見せるアルベローニに続き、他の三人も自国の艦へ思いを巡らせ始めた。
「なら、アメリカはアイオワ級か」
ロックハートが言う。
「エセックス級、それにフレッチャー級も大量に使えるようになるのか?」
「候補には入る」
「ドイツならビスマルク級……」
グーテンベルグは少し考えた後、
「いや、潜水艦司令官としては後期型Uボートを大量に扱える方が気になるな」
「そこかよ」
ロックハートが笑う。
「当然だ。私の部下を何だと思ってる」
「Uボート」
「その通りだ」
ウォードも画面を見る。
「ロイヤルネイビーなら、KGV級、イラストリアス級、アーク・ロイヤル……設計年代まで広げればヴァンガード辺りも候補になるのか?」
「その辺は、艦魂からどこまで情報を引き出せるか次第ですね。『第二次大戦期なら何でも確実に造れる』とまでは、まだ言えません」
「なるほど」
美香も話に加わる。
「日本はやっぱり大和型よね」
「だな!」
海斗が嬉しそうに答える。
「翔鶴型も欲しいし、伊400型も面白い」
「あなた達まで遊び始めないの」
「いや、重要な戦力構想だろ」
「顔が完全に軍艦好きのそれなのよ」
笑い声が上がった。
まだ、第二世代は一人も存在しない。建造装置すら完成していない。
それでも、五か国の司令官達は初めて、少し先の未来を一緒に想像していた。
それは、この会談が艦娘の待遇問題だけを話す場ではなく、人類側の次の戦力を共に作るための最初の一歩になった瞬間でもあった。
会議そのものは、数時間に及んだ。
最後には、今後もこの五か国、少なくとも今日ここへ来た者同士で、非公式な連絡を続けるという点で合意した。
これは条約ではない。正式な国際機関でもない。まして、各国政府を代表する秘密同盟などでもない。
ただ、艦娘と日々接している現場司令官達が、必要なら国境を越えて情報交換出来るようにするための、小さな繋がりだった。
便宜上、彼らはこの集まりを参加国数から『G5』と呼ぶことにした。
会議を終えた後、洋平は外国人四人へ研究所内を案内していた。
「ここが研究室だ」
自動扉が開く。
「艦娘技術研究の心臓部、と言っていい」
「ここが……」
ロックハートが思わず周囲を見回す。
壁面モニターには、人体、艤装、艦魂、兵装、妖精技術など、様々な分野の研究データが表示され、複数の研究が並行して進められていた。
「想像していたより普通の研究室だな」
グーテンベルグが言う。
「何を想像してたんだ?」
「もっとこう……妖精が魔法陣の周りを飛んでいるような」
「艦娘技術を何だと思ってるんだ」
「いや、妖精がいる時点で十分おかしいだろう」
「それはそう」
洋平も否定出来なかった。
「今は第二世代が中心だけど、他にも色々やってる。艦娘装備、深海棲艦研究、通常兵器への応用、それから……まあ、本当に色々だな」
「随分と曖昧ですね」
アルベローニが笑う。
「俺も全部は把握出来ん」
「この研究所の責任者では?」
「俺は軍側。研究所長は秋吉」
「なるほど」
その時、洋平が研究室の奥を見回した。
「希空ー?」
少し間を置いて、子供の声が聞こえる。
『はーい!』
「いるか?」
『おじちゃん!?』
数秒後、奥の区画から小さな白衣の少女が出てくる。
去年より少し背が伸びた。それでも、まだ四歳だ。特注の小さな白衣が、その身体へ妙に馴染んでいる。
「あ、おじちゃん!」
希空は洋平を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。だが、その後ろにいる見知らぬ外国人四人へ気付くと、急に速度を落とした。
「あ」
洋平が笑う。
「珍しく人見知りしてる」
「してないよ!」
「してるしてる」
「してない!」
そう言いながらも、洋平の少し後ろへ隠れ気味なのは否定出来ない。
「紹介する」
洋平が希空の頭へ手を置く。
「俺の姪、神崎希空。この研究所の研究員だ」
「こ、こんにちは」
希空がぺこりと頭を下げる。
「かんざき、のあです」
一瞬、沈黙が落ちた。
ロックハートが洋平を見て、希空を見て、また洋平を見る。
「……研究員?」
「ああ」
「この子が?」
「ああ」
「何歳?」
「四歳」
「…………」
グーテンベルグが真顔で言った。
「日本では四歳から働かせるのか?」
「違う」
洋平は即答した。
「こいつだけだ」
「それはそれで何なんだ」
アルベローニは希空と目線を合わせるように、少し腰を落とした。
「こんにちは」
「こんにちは!」
「元気そうですね」
「げんきです!」
緊張していたのは最初だけだった。話しかけられれば、普通の子供のように笑う。
ウォードは少し離れたところから、希空を観察していた。
「……彼女も艦娘なのか?」
洋平は少し考えてから答える。
「厳密には、違う」
「違う?」
「第一世代みたいに、艦魂を接続されて艦娘になったわけじゃない」
希空の誕生そのものが、艦娘技術の延長にあった。艤装への接続を前提とした神経系、艦娘として必要になる情報処理能力、人体設計の実証を目的として、遺伝子段階から調整されて生まれた存在だ。
「艦娘そのものというより、後の第二世代へ繋がる生体技術の先行実証体だ」
「なるほど……」
ウォードの表情が少し変わる。
「つまり、先程聞いた『最初から艦娘に適した身体を造る』という発想は」
「この子の研究も、かなり元になってる」
「そして今は」
いつの間にか、秋吉が後ろへ来ていた。
「研究される側だけじゃありません」
ウォードが振り返る。
「神崎希空研究員は、第二世代艦娘研究の主要研究者の一人です」
四人が再び希空を見る。
「……四歳で?」
「四歳で」
「冗談ではなく?」
「残念ながら」
「何で残念なの?」
希空が秋吉を見る。
「僕の立場がないから」
「だいじょうぶ! しょちょーもあたまいいよ!」
「慰められた」
洋平が吹き出し、四人もつられて笑った。
そのくらいなら、まだ『異常に頭の良い子供』で済んだ。少なくとも、四人はそう思った。
「それで、希空」
洋平が聞く。
「今日は何やってたんだ?」
「きょう?」
「うん」
希空が少し考える。
「第二世代の、からだのデータみてたのと」
「うん」
「あと、炉のせいぎょ!」
「炉?」
ロックハートが反応する。
「何の炉だ?」
希空は何でもないことのように答えた。
「核融合炉!」
「…………」
四人の動きが止まった。
「……何?」
ウォードが聞き返す。
「かくゆうごうろ」
「それは聞こえた」
「じゃあ、なんで?」
「そういう意味じゃない」
洋平が思わず顔を逸らし、笑いを堪える。昨日、自分もほぼ同じ反応をしたからだ。
「神崎少将」
グーテンベルグがゆっくり洋平を見る。
「今、この子は何と言った?」
「核融合炉」
「それは分かっている」
「じゃあ何だよ」
「何故、四歳児の研究内容としてその単語が出てくる?」
「俺に聞くな」
「君の姪だろう!」
「俺だって昨日知ったんだよ!」
希空だけが、きょとんとしている。
「みる?」
「何を?」
「炉!」
四人が再び黙り込む。
希空は既に歩き始めていた。
「こっち!」
「……行くしかないな」
ウォードが呟き、全員がその後をついていく。
研究棟から少し離れた専用区画へ入り、厳重な隔壁を複数通過した、その先。中央には大型の設備が置かれていた。
一般的な発電設備と比べれば十分に大きい。だが、彼らが『核融合炉』という言葉から想像していたものと比べれば、異様なほど小さかった。
周囲には計測装置や冷却・制御系が並び、何本もの配管が延びている。そして、設備は実際に稼働していた。
単なる展示でも、試作模型でもない。計器には数値が表示され、出力が上がっている。
「……まさか」
ロックハートが目を見開く。
「これ」
希空が笑顔で言った。
「私がつくった核融合炉!」
四人は何も言わなかった。
「いまね」
希空がさらに続ける。
「この研究所のでんき、これでつくってるの!」
「…………」
今度の沈黙は長かった。
「……主電源?」
ウォードがようやく聞く。
「うん!」
「実験炉ではなく?」
「じっけんもしてるよ?」
「そういう意味ではなく」
ウォードが額を押さえる。
秋吉が助け舟を出した。
「実証炉ではあります。ただ、安定連続運転出来るところまで来たので、現在は研究所の主電源へ組み込んでいます」
「……いつから?」
「本格的に繋いだのは最近です」
「誰が設計を?」
秋吉が希空を見る。四人も希空を見る。
希空は自分を指差した。
「わたし」
また、沈黙が落ちた。
「もちろん、希空ちゃん一人で全部作ったわけじゃありませんよ」
秋吉が一応補足する。
「材料、製造、設備、安全評価、実装、その他大勢の研究員が関わっています。ただ、理論構築と炉設計の中核は、この子です」
「…………」
アルベローニが小声で呟く。
「第二世代艦娘より、こちらの方が世界を変えるのでは……?」
「俺も最初そう思った」
洋平が答える。
「ただ、この子の場合」
秋吉が苦笑する。
「多分、どっちも変えます」
「やめてくれ」
ロックハートが、本気とも冗談ともつかない顔をする。
「まだ四歳だろう?」
「うん!」
希空が元気よく返事をする。
「四歳だってさ」
洋平が言う。
「聞こえている!」
「いやぁ、俺もどうなってんのか分かんねぇんだよ」
そう言いながら、希空の頭を撫でる。
「本当に、お前の頭の中どうなってんだ?」
「ん〜?」
希空は目を細め、気持ちよさそうに笑った。
さっきまで核融合炉の説明をしていた、世界最高峰の科学者の姿はどこにもない。ただ伯父に頭を撫でられて喜ぶ、四歳の少女がいるだけだ。
それが余計に、四人を困惑させた。
ウォードは稼働中の炉と希空を交互に見て、静かに言った。
「神崎少将」
「何だ?」
「君達日本人は」
少し間を置いて、ウォードは続けた。
「この子が、どれほど異常なことをしているか、理解しているのか?」
洋平は暫く答えなかった。
核融合、第二世代艦娘、妖精技術、深海棲艦。ここ数年、あまりにも非常識なものが多過ぎたせいで、感覚が麻痺している部分は確かにある。
「……多分」
洋平は苦笑した。
「俺達が思ってるより、ずっとヤバいんだろうな」
「多分では困る」
「俺に言うなって」
希空は二人を見比べ、よく分からないまま笑っている。
この時、外国から来た四人の司令官達は初めて実感した。
日本の艦娘技術研究所は、世界最先端の艦娘研究をしているだけではない。ここでは、これから十年、二十年は掛かるはずの技術が、一人の幼い少女を中心に、異常な速度で未来へ引き寄せられている。
そして、その少女本人は、まだ自分が何を成し遂げているのか、その意味をほとんど理解していない。
「おじちゃん!」
「ん?」
「あとで、ほかの担当の妖精さんもよんでいい?」
「いいんじゃないか?」
「やった!」
希空は笑う。
「みんなにみせる!」
その笑顔を見ながら、洋平も笑った。
だが、外国人四人は少し違う意味で笑うしかなかった。
今日、この場所へ来た目的は、艦娘と人間がどう共存するかを話すためだった。次世代艦娘と国際協力について話すためだった。
まさか最後に、四歳児が実用核融合炉を見せてくるとは、誰も想像していなかった。
そして後から振り返れば、この日、五か国の司令官達が作った小さな繋がりと、彼らが目の当たりにした神崎希空、その二つが後の世界を大きく変える始まりだった。
続く
あ と が き
イタリアの飛び入り参加云々は史実第一回サミットのオマージュ。
次回 研究、本格始動!!