自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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サブタイトルは空自の『F-X』みたいなノリ。
『Japanese Kanmusu 2nd generation eXperimental』



16. JK-2-X計画

 

2009年初頭

 

前年の第二次AL・MI作戦で“磐手”から受けた損傷を修復した“戦艦棲姫”が戦線へ復帰し、それに呼応するように、深海棲艦の活動も少しずつ活発になり始めていた。

 

とはいえ、現在の日本国防軍は積極的な外洋攻勢を控え、本土と周辺海域の防衛を優先している。そのため、第一特務艦隊所属の空母艦娘“鳳翔”には、以前と比べて出撃の機会が少なくなっていた。

 

日本列島周辺で迎撃戦を行うだけなら、陸上基地から通常航空戦力を出した方が使いやすい。加えて、“鳳翔”から得られた航空運用データを基に開発された艦娘系航空機を固定式のランチャーから運用する『基地航空隊』も、前年末頃から各地への展開が始まっている。

 

だからといって、“鳳翔”が暇を持て余しているわけではない。出撃しない日は、自らの司令官である洋平の執務を補佐し、書類整理や連絡、予定管理まで手伝うことが増えていた。

 

 

その姿を見た海斗が、ある日何気なく口にした。

 

「まるで秘書官……いや、『秘書艦』だな」

 

妙に語呂が良かったこともあり、その呼び方はすぐに広まった。今では特務艦隊司令部の中で、『秘書艦』という呼称は、半ば正式な役職名のように定着している。

 

 

そんな“鳳翔”がこの日訪れていたのは、北海道の艦娘技術研究所だった。洋平から言い渡された任務は、『次世代艦娘研究のためのデータ取り』という一つの指示だけである。

 

それだけ聞けば、特に妙なものではない。ただ、“鳳翔”自身も、具体的に何をするのかまでは聞かされていなかった。

 

 

 


 

 

 

「失礼致します。航空母艦“鳳翔”、参上致しました」

 

研究所の妖精に案内され、“鳳翔”は所長執務室へ入った。

 

「ああ、来てくれたか。待ってたよ」

 

机の向こうから秋吉が顔を上げ、軽く返礼する。それだけ済ませると、すぐに視線をパソコンへ戻した。

 

「…………」

 

“鳳翔”は黙って室内を見回した。机の上には大量の資料と端末が積まれ、床には、まとめられているのか放置されているのか判断に困るほどのゴミ袋が置かれている。空になった栄養補助飲料やエナジードリンクの容器も多く、部屋には独特の甘ったるい匂いが残っていた。

 

そして何より、秋吉本人の目の下には、見るからに酷い隈が出来ている。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「大変申し上げにくいのですが、一度お休みになられてはいかがでしょうか」

 

かなり言葉を選んだつもりだったが、秋吉は苦笑するだけだった。

 

「そうしたいのは山々なんだけどな。今は、ちょっと止まりたくなくて」

 

「止まりたくない、ですか」

 

今年に入り、次世代艦娘開発計画は構想段階から一歩進んでいた。正式名称は『JK-2-X計画』、第二世代艦娘を実際に建造するための試作・実証計画である。

 

前年までは、『こういう艦娘を造る』という理論や構想をまとめていたに過ぎなかった。しかし年が明けた現在、その技術を一つずつ実物へ落とし込む段階に入り始めている。秋吉が今取り組んでいるのも、そのための研究だった。

 

とはいえ、“鳳翔”には一つ疑問がある。研究が重要なのは分かるし、一日でも早く第二世代を完成させたいという気持ちも理解出来る。だが、何もここまで身体を削る必要はないはずだ。

 

「そこまで、お急ぎになる理由があるのですか?」

 

そう尋ねると、秋吉は少しだけ手を止めた。

 

「……まあ、ある」

 

「やはり」

 

「話すなら、先月のG5からかな」

 

 

 


 

 

 

2008年12月、艦娘G5会議。

 

第二世代艦娘の建造方式について秋吉が説明していた時のことだった。

 

『……という流れで、第二世代艦娘は建造される予定です』

 

人体構造図と、艦魂から身体情報へ至る工程が画面へ表示される。

 

『艦魂に記録された情報を解析し、遺伝子情報として再構成、その情報を基に人体そのものを造る』

 

ウォード少将が画面を眺めながら、感心とも呆れともつかない声を漏らした。

 

『まさか、艦魂から人間の身体そのものを造るとは……随分と飛躍した技術だな』

 

『僕もそう思いますよ』

 

『君が言うのか』

 

そんなやり取りの後、ロックハート大佐が手を上げた。

 

『……一ついいか?』

 

『どうぞ』

 

『実用型で艦魂を使うのは分かった。だが、その前に試作品を造るんだろう?』

 

『当然です』

 

『その試作段階では、何を使う? いきなり貴重な艦魂を実験材料にするわけじゃないんだろ』

 

もっともな疑問だった。

 

新兵器を実用化する前に試作機を造り、問題点を洗い出す。それは艦娘でも同じであり、第一世代における“出雲”も、その意味では最初の実用試作個体だった。

 

第二世代でも、いきなり完成形を造るつもりはない。

 

『艦魂は使いません』

 

秋吉は答えた。

 

『最初は、普通の人間の遺伝情報を使います』

 

『人間の?』

 

『はい』

 

画面へ工程が表示される。

 

艦魂。

 

情報抽出。

 

遺伝情報への再構成。

 

人体錬成。

 

『最終的な第二世代では、この流れになります。ただ、試作段階で確認したいのは、主に後半です』

 

秋吉は前半部分を消した。残ったのは、遺伝情報と人体錬成という二つの工程だけだった。

 

『つまり、既に存在する人間の遺伝情報を直接入力すれば、「艦魂から遺伝情報へ再構成する」という工程を省略して、人体を造る部分だけ先に試せる』

 

グーテンベルグ大佐が頷いた。

 

『なるほど。人体建造そのものの試験には、それで問題ないわけか』

 

『そういうことです』

 

もっとも、この時点では、その人体建造技術すら完成していない。

 

最終的な目標は、ある程度成長した身体を直接建造することだった。一歳、数歳、さらに技術が進めば七歳、八歳程度と、最初から一定の肉体年齢を持つ人型生命を造る。

 

だが、現状ではそこまで出来ない。

 

『今の技術で安定して出来そうなのは、受精卵に近い段階からです』

 

秋吉が説明する。

 

つまり、最初から育てる必要がある。

 

『将来的には成長過程そのものを短縮、あるいは省略します。でも最初の試作品は、恐らく赤ん坊からになりますね』

 

『なるほどな……』

 

話はそこで終わらなかった。次に問題となったのは、誰の遺伝情報を使うのかという点である。

 

第二世代系技術で造られる存在が、どれほどの性能を持つかはまだ分からない。ただ、少なくとも第一世代より高い身体能力や情報処理能力を持つ可能性は高く、将来的には軍事的にも極めて重要な存在になるだろう。

 

ならば、無関係な人間から適当に遺伝情報を集めるわけにはいかない。

 

研究内容を知っていること、秘密を守れること、計画の意図を理解していること、そして生まれてくる個体を『実験材料』としてではなく、家族として引き受ける意思を持っていること。そうした条件を並べていくと、候補はほとんど残らなかった。

 

 

そして、誰かが言った。

 

『海斗少将と美香大佐では駄目なのか?』

 

室内の視線が、二人へ集まった。

 

『……俺達?』

 

『え、私も?』

 

既に希空という娘がいる。艦娘研究の最初期から関わっており、機密保持上の問題もない。二人とも第二世代計画へ理解があり、生まれた存在を自分達の子として受け入れることにも、比較的抵抗が少ない。

 

条件だけを考えれば、極めて適していた。

 

もちろん、二人に負担を集中させ過ぎではないか、という意見も出た。だが、艦娘研究へ深く関わり、互いに結婚していて、さらに遺伝情報の提供者として信頼出来る夫婦という条件を満たす人間は、今の研究所周辺ではほとんどいなかった。

 

結果として、『最有力候補として検討する』というところまでが、G5での結論となった。

 

 

 


 

 

 

「……それで」

 

現在へ戻り、秋吉が椅子へ背中を預ける。

 

「海斗と美香の遺伝子を使う可能性が高くなった」

 

“鳳翔”は頷いた。

 

「先程のお話では、まだ候補なのですよね?」

 

「ああ。確定じゃない」

 

秋吉は机の上の資料を一枚持ち上げる。

 

「でも、使うなら早い方がいい」

 

「それが、ここまで急いでおられる理由ですか?」

 

「理由の一つだな」

 

“鳳翔”には、まだ少し引っ掛かった。

 

「ですが、そこまでご無理をなさらずとも……」

 

秋吉は、その時になって初めて、少しだけ表情を変えた。

 

「時間があるとは限らないんだよ」

 

「……」

 

「海斗と美香が、いつまでも無事だって保証はない」

 

“鳳翔”の目が僅かに動く。

 

「二人は第二特務艦隊の司令部にいる。特に二特艦は、必要なら外洋まで攻勢に出る艦隊だ。建御雷も強いし、出雲や磐手達もいる。それでも、戦場へ行く以上、死ぬ可能性は消えない」

 

秋吉は淡々と続けた。

 

「それに、敵だけを警戒していればいい状況でもなくなってきた」

 

“鳳翔”の表情が曇った。洋平からも、内部で起きている不自然な動きについては少し聞いている。第二次AL/MI作戦の後から、積み重なる違和感があった。

 

「僕は、内部から情報が漏れてると思ってる」

 

秋吉はそう言った。

 

断定は出来ない。証拠も決定的ではない。だが、第二次AL/MI作戦における敵側の迎撃態勢は、どう考えても出来過ぎていた。

 

作戦開始から短期間しか経っていないにもかかわらず、敵は上陸戦へ対応する陸上型まで用意していた。さらに、日本側航空支援の隙や艦隊行動、攻撃時期まで、こちらの予定を妙に正確に読んでいたのである。

 

偶然や、敵独自の偵察で説明出来る部分もある。しかし、全てをそれだけで説明するのは難しい。

 

「少なくとも、こっちの作戦情報の一部が敵へ渡っていたと考えれば、かなり辻褄が合う」

 

「作戦立案に関わる方々の中に……?」

 

「可能性はある」

 

秋吉は頷いた。

 

「どこまで入り込まれてるかは分からない。そもそも本当に『深海棲艦そのものが人間社会へ潜入してる』のか、人間側に協力者がいるだけなのか、それすらまだ分からない」

 

だが、危険なのは同じだった。

 

「今は情報漏洩で済んでる」

 

秋吉が机へ視線を落とす。

 

「でも、もしその先まで行ったら?」

 

艦娘の出撃、命令、司令部、航路、作戦、その全ては命令系統を通って動く。

 

「いつか、味方から出された命令そのものが、敵に都合の良い命令になるかもしれない」

 

“鳳翔”は言葉を失った。

 

海斗、美香、洋平、そして自分達。命令を受けて動く軍人である以上、もし上層部が敵に利用されれば、それを簡単に拒否することは出来ない。

 

「……だから」

 

秋吉が言う。

 

「出来ることは、出来るうちにやっておきたい」

 

海斗と美香が無事でいる間に本人達と話し、同意を得る。その上で試作を進める。

 

「そうなった時に、『まだ研究が間に合ってませんでした』なんて言いたくないんだよ」

 

“鳳翔”は暫く何も言わなかった。やがて、小さく頷く。

 

「……分かりました」

 

「納得してくれた?」

 

「急ぐ理由については」

 

「については?」

 

“鳳翔”は秋吉の隈を見る。

 

「寝ない理由にはなっておりません」

 

「…………」

 

「お休みください」

 

「はい」

 

秋吉は一度、素直に返事をした。だが、すぐに続ける。

 

「まあ、もう一個理由があるんだけど」

 

「まだあるのですか?」

 

「研究が面白くて止め時が分からなかった」

 

「…………」

 

「こう、アイデアが次々出てくる時ってあるだろ?」

 

秋吉が苦笑する。

 

「寝たら今の勢いが消える気がして、気付いたら朝で。そのまま次の日も……」

 

“鳳翔”は目を閉じた。

 

「……先程のお話より、そちらが本音なのでは?」

 

「否定はしない」

 

「所長」

 

「はい」

 

「寝てください」

 

「はい」

 

今度は、少し強かった。

 

 

 


 

 

 

「洋平にも言われたんだろ?」

 

秋吉は床に置かれていたゴミ袋をまとめながら言った。

 

「僕が過労気味だから、休ませて来いって」

 

“鳳翔”が目を瞬く。

 

「どうしてお分かりに?」

 

「この前、電話で話した時に、自分でも分かるくらい声が死んでたからな。あいつなら気付く」

 

図星だった。

 

洋平から、『秋吉、多分また研究に夢中になって寝てないから、見つけたら休ませてくれ』と頼まれている。

 

「全く」

 

秋吉はゴミ袋の口を縛りながら言った。

 

「そこまで心配してくれるなら、洋平も艦娘研究の関係者と結婚すればいいのに」

 

「…………」

 

“鳳翔”の動きが止まった。

 

「そうすれば、遺伝情報の候補だって増えるし、海斗と美香にばかり負担を掛けなくて済む」

 

「そ、そう……ですか」

 

「ん?」

 

秋吉が振り返る。

 

“鳳翔”は妙に姿勢を正していた。

 

「どうかした?」

 

「い、いえ! 何でもありません!」

 

「そう?」

 

「何でもありません!」

 

「……ならいいけど」

 

秋吉はそれ以上追及しなかった。

 

“鳳翔”も、自分が何故少し動揺したのかについては、深く考えないことにした。少なくとも、今は。

 

 

 


 

 

 

一通り片付けが終わると、二人は応接用のソファへ移った。

 

「よし」

 

秋吉が資料端末を机へ置く。

 

「じゃあ、本題に入ろうか」

 

「あ、はい」

 

“鳳翔”も姿勢を正す。

 

「提督からは、『次世代艦娘研究のためのデータ取り』と伺っています」

 

「間違ってはいない。ただ、もう少し正確に言うなら」

 

秋吉が資料を表示する。

 

「空母艦娘のデータ取りだ」

 

画面には、“鳳翔”の艤装、艦載機、発艦、着艦、航空管制、戦闘記録など、様々な項目が並んでいた。

 

「戦艦、巡洋艦、駆逐艦は、もうかなりの数がいる」

 

世界全体まで含めれば、運用データは大量に得られる。どれほど艤装に負担が掛かるか、どんな編成の効率が良いか、どの兵装の組み合わせが使いやすいか、数が多いほど比較もしやすい。

 

「でも、空母は違う」

 

第一世代の空母艦娘は、まだ少ない。

 

「しかも、空母は他の艦種以上に特殊だ」

 

本人が砲撃するだけではない。艦載機の発艦、航空隊の管制、索敵、攻撃、帰投、着艦、搭乗員妖精との連携、通常航空戦力との共同運用、その全てが一つの戦闘システムとして成り立っている。

 

「第二世代では、赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴……そういう本格的な空母を造れるようになる」

 

“鳳翔”の視線が資料へ落ちる。

 

「しかし、身体と艤装だけ造れても、空母として戦えなければ意味がない」

 

「……確かに」

 

「今のままだと、第二世代空母を建造出来ても、使い方を一から模索することになる」

 

それは避けたい。

 

「だから君のデータが必要なんだ」

 

秋吉は続けた。

 

「発艦方法、着艦方法、航空隊の編成、艦載機との意思疎通、複数隊の同時管制、対艦攻撃、防空、偵察、それから通常航空部隊との連携」

 

単なる身体測定ではない。“鳳翔”が空母としてどう戦うのか、その全てを整理するための試験だった。

 

「必要なら模擬戦もやるし、発着艦試験も繰り返す。妖精搭乗員側のデータも取る」

 

「かなり大掛かりですね」

 

「数日は掛かると思う」

 

秋吉は少し笑った。

 

「やってくれる?」

 

“鳳翔”は画面へ視線を落とした。そこには、自分の名前がある。

 

ふと、胸の奥に妙な感覚が湧いた。懐かしいような、しかし自分が覚えているわけではない、魂に刻まれた記憶のような感覚だった。

 

かつて、本物の航空母艦「鳳翔」は、日本における空母運用の黎明期に数多くの試験を行った。艦載機の発艦と着艦、装備の運用、後に続く空母や航空隊を育てるための基礎作り。その役目を担った、空母の母である。

 

そして今、自分へ同じ役目が回ってきた。

 

百年近くを経て、今度は艦娘の世界で。

 

「……なるほど」

 

“鳳翔”が微笑む。

 

「そういうことでしたか」

 

「ん?」

 

「いえ」

 

“鳳翔”は静かに立ち上がり、敬礼した。

 

「了解致しました」

 

先程までの穏やかな秘書艦ではなく、航空母艦“鳳翔”の顔になっていた。

 

「航空母艦“鳳翔”、次世代空母艦娘開発に必要な試験へ参加致します」

 

秋吉も立ち上がり、返礼する。

 

「よろしく頼む」

 

“鳳翔”は少し笑った。

 

「もう一度、かつて実艦だった頃と同じように」

 

そして、はっきりと告げる。

 

「『鳳翔』の役目を果たして参ります」

 

 

日本空母の母。

 

その役目を今度は、空母艦娘の時代で果たすために。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

ちょっと短めでしたが、キリが良いので区切りました。続きは来年。

それでは、良いお年を!


次回 空母艦娘運用の確立
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