様々な思惑渦巻く結婚式。
今回でEp.3の「序章」は終わりかもです。
2009年8月末
国防省 特務艦隊司令部
思いがけず取ることになった盆休みを終え、洋平と“鳳翔”はいつもの職場へ戻っていた。
机の上には相変わらず書類が積まれ、端末には未処理の案件が並んでいる。
第一特務艦隊や各地の基地から上がってくる報告を確認し、第二特務艦隊との任務調整を行い、研究所やG5参加国との連絡にも目を通す。
見た目には、休暇前と何も変わっていなかった。
ただし、二人の間には、以前とは決定的に違うものがある。
「……よし。今日の分は、これで最後だな」
洋平が電子署名を終え、大きく伸びをする。隣で資料を整理していた“鳳翔”は、少し遠慮がちに声を掛けた。
「お疲れ様です、提督。それで……この後、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ。式の件だろ?」
「はい」
北海道から戻る前、二人は改めてきちんと話をしていた。
“鳳翔”が墓前で突然結婚宣言をした時には完全に置いていかれていた洋平だったが、だからといって彼女との結婚そのものが嫌だったわけではない。
むしろ、改めて考えてみれば、二人は普段から隣にいる。
仕事中も、食事中も、何かあれば最初に相談し、疲れていれば互いに気付く。いつの間にか、生活のかなりの部分を共有していた。好きか嫌いかなど、考えるまでもない。
ただ洋平自身が、それを恋愛として意識するところまで進んでいなかっただけである。
そのことを海斗や美香に散々笑われた末、洋平もようやく腹を括った。二人は結婚する。そこまでは決まった。
問題は、その先だった。
「普通に式を挙げて終わり、ってわけにはいかないんだよな」
洋平が呟くと、“鳳翔”も頷いた。
「はい。私達だけのことを考えるのであれば、小さな式でも構わないのですが……」
今回の結婚には、二つの意味がある。
一つは単純なものだ。神崎洋平と“鳳翔”が互いを伴侶として選んだ。それだけである。
そして、もう一つ。人間と艦娘が結婚するという事実そのものを、世界へ示すことだ。
艦娘は現在、法律上、人間と同じ地位に置かれていない。そもそも世界の大多数の人々は、彼女達の存在自体を正式には知らない。
ならば、まずは見せるしかない。
艦娘は、何か得体の知れない兵器ではない。話し、笑い、悩み、恋をする。そして、誰かと家族になる。
「だから、やるなら思いっ切り大きくやる」
洋平は椅子へ座り直した。
「政府関係者、国防軍上層、外国の大使やG5の連中、それから民間にも影響力のある人を呼ぶ。メディアにも入ってもらう」
「はい」
「その代わり、俺達が勝手に艦娘の存在を公開するわけにもいかない。軍事機密そのものだからな」
いくら特務艦隊司令長官でも、世界的な軍事機密を結婚式のついでに勝手に公開して良いはずがない。
政府、国防省、関係省庁、国外との調整が必要になる。さらに、現行制度では人間と艦娘の婚姻をそのまま処理出来ないため、二人を正式な夫婦としてどう扱うのかについても、特例的な調整が必要だった。
「面倒な結婚になったなぁ……」
洋平が苦笑すると、“鳳翔”も少し笑った。
「申し訳ありません」
「何で鳳翔が謝るんだよ」
「墓前で先に決めてしまいましたので」
「それは本当にそう」
「……申し訳ありません」
今度は二人とも笑った。
最初から政治のために結婚するわけではない。好きだから結婚する。
ただ、せっかく人間と艦娘が結婚するのなら、その事実を艦娘達の未来を変えるために使う。その認識で、二人の間には既に一致していた。
「さて、じゃあ招待客から決めるか」
洋平は端末に新しい予定表を開いた。
「まず海斗と美香は確定。士と加奈、秋吉、小林司令、田村艦長……」
「一特艦の皆さんも、可能な限り呼んで差し上げたいですね」
「二特艦もな。“磐手”とか絶対来たがるだろ」
「ふふ、確かに」
こうして、神崎家当主と一人の空母艦娘による、前代未聞の結婚式の準備が始まった。
同日 横須賀
艦娘母艦「建御雷」
「───そういえば司令官!」
執務室で書類を整理していた“磐手”が、唐突に顔を上げた。
「長官と“鳳翔”さんの結婚式、いつになったんですか?」
海斗は端末から目を離した。
「まだ正式には決まってないはずだぞ」
「えー、まだなんですか?」
「決めることが多いんだろ。普通の結婚式じゃないんだから」
“磐手”は少し残念そうな顔をしたが、すぐに身を乗り出した。
「私も出席出来ますよね?」
「多分な」
「やった!」
随分と楽しみにしているらしい。
「結婚式ってどんな感じなんだろ。私、出たことないんですよね」
「大雑把に言えば、日本式とか西洋式とか色々あるけどな」
海斗は少し考えてから続けた。
「俺と美香は西洋式だったぞ」
「へぇ!」
「ウェディングドレス姿、可愛かったなぁ……」
「司令官、顔が」
「何だよ」
「すっごく緩んでます」
「ほっとけ」
高校時代から一緒にいた妻を思い出しているだけなのだから、仕方がない。“磐手”は楽しそうに笑った。
「だったら私、ますます楽しみになってきました!」
「まあ、兄貴達が式の準備に集中出来るように、俺達も頑張らないとな」
そう言って海斗は、執務室の窓から外へ目を向けた。
岸壁の向こうには、もう一隻の巨大艦が見える。「建御名方」だ。
第二次AL/MI作戦時の日本本土防衛戦で損傷し、修復のため横須賀へ入渠した後、艦隊再編に伴って母港そのものが東京湾側から横須賀へ変更されている。現在では第一特務艦隊の実質的な母艦として、この港に留まることが多い。
“磐手”も同じものを見ていた。
「そういえば、建御名方が横須賀所属になったってことは、一特艦の皆さんも書類上はここが母港になるんですか?」
「基本的にはそうなるだろうな」
海斗が答える。
「建御雷と同じ艦娘母艦だ。単に艦娘を載せるだけじゃなく、補給、整備、指揮まで一通り出来る。言ってみれば海上移動軍港だからな」
「じゃあ長官も、そのうち横須賀に?」
「それは別問題だ」
「どうしてです?」
「兄貴は一特艦司令官である前に、特務艦隊司令長官だからな。今の特務艦隊司令部は国防省地下にある。そこが変わらない限り、兄貴も基本は東京だ」
「なるほど……」
“磐手”は納得すると、再び仕事へ戻った。
だが、海斗は暫く窓の外を見たままだった。国防省へ行った時に覚えた違和感が、どうにも頭から離れない。
少し前、洋平を北海道へ連れ出す直前、海斗と美香は横須賀警備艦隊司令官の小林と話していた。小林もまた、近頃の国防省に違和感を抱いていた。
人事異動そのものは、一時期より落ち着いている。誰かが露骨に敵意を向けてくるわけでもない。廊下を歩けば敬礼され、命令系統も表向きは正常だった。
それなのに、空気がおかしい。
『味方の総本山へ行ったはずなのに、敵地へ一人で入ったような気分になった』
小林は、そう表現した。
海斗も実際に行ってみて、少しだけその感覚が分かった。何がどうおかしいのかは言えない。だが、確かに以前とは違う。
だからこそ小林は、洋平を迎えに行くなら護衛を連れていけと念を押した。あの日、“出雲”と“磐手”を同行させたのは、そのためでもある。
(……兄貴、ずっとあそこに置いといて大丈夫なのかね)
今すぐ何かが起きるとは思わない。ただ、嫌な予感が消えない。
(式が終わったら、真面目に話すか)
特務艦隊司令部も、「建御名方」も、横須賀へ移せるものは移してしまった方が安全かもしれない。
海斗はそこまで考えてから、再び目の前の書類へ視線を戻した。
9月初旬 首相官邸
「……以上が、今回の式についての大まかな構想です」
洋平が説明を終えると、正面に座る首相は手元の資料を見ながら暫く黙っていた。洋平の隣には“鳳翔”がいる。今日は艤装を外し、落ち着いた服装で座っていた。
ここ数日、二人は政府関係者を回っていた。婚姻そのものの扱い、艦娘という存在を公表すること、式へ政府関係者が参加すること、国内外メディアへ公開すること。どれも普通の結婚式では必要のない調整だった。
特に大きいのが、艦娘の公表である。今までも海上でその姿を見た者や、軍関係者から断片的な噂が漏れたことはある。だが、政府は正式にはその存在を認めていない。
今回は、それを変える。
「一つ聞いてもいいか?」
首相が資料から顔を上げた。
「はい」
「そこにいる女性が、“鳳翔”さんなのだな?」
「はい」
洋平が少し照れながら答える。
「俺の……結婚相手です」
“鳳翔”も頭を下げた。
「初めまして。航空母艦“鳳翔”です」
首相は暫く彼女を見ていた。敵意ではなく、単純な好奇心だった。
「失礼。艦娘を実際に目の前で見るのは、私も初めてなんだ」
「そうでしたか」
「資料では何度も見ている。戦闘能力も、建造方式も、報告書としては知っているつもりだった」
そこで、首相は僅かに笑った。
「だが、こうして話してみると……随分と印象が違うな」
洋平が首を傾げる。
「どう違います?」
「もっと、『兵器』らしいものだと思っていた」
首相は率直に答えた。
「良い意味でな」
“鳳翔”は穏やかに微笑んだ。
「よく言われます」
「そうなのか」
「はい。提督も、初めからそうだったわけではありませんが……今では」
“鳳翔”がちらりと洋平を見る。
「普通の人間と同じように扱って下さいます」
「普通よりちょっと力が強くて、水上を走れるだけだからな」
「ちょっと……でしょうか」
“鳳翔”が小声で言う。
「そこは比喩だよ」
二人のやり取りを見て、首相は少し笑った。そして、何かに納得したように頷く。
「……なるほど」
「総理?」
「君達が、この式を大きくやりたい理由が分かった」
首相は資料を机へ置いた。
「説明を百枚の報告書にまとめるより、実際に見せた方が早い」
洋平は黙って聞いている。
「艦娘は会話する。笑う。恋をする。そして人間と家族になる」
首相は“鳳翔”を見る。
「世界中へ初めて見せる艦娘が、戦場で大砲を撃っている姿ではなく、結婚式で笑っている姿になる」
「……はい」
“鳳翔”が答えた。
「私は、それが良いと思っています」
「私もだ」
首相は即答した。
「公表には当然、調整が必要になる。婚姻についても、今の制度ではそのまま処理出来ない部分がある。そこは関係省庁と詰める」
そして、二人を見る。
「だが、政府としてこの結婚と公表を後押しする価値はある」
洋平の表情が変わった。
「ということは……」
「ああ」
首相は笑った。
「式には出席させてもらう」
「ありがとうございます!」
洋平と“鳳翔”が同時に頭を下げた。
さらに首相は続ける。
「せっかくやるなら、中途半端に隠すな」
「……え?」
「艦娘であることを伏せたまま式だけ開いたところで意味がないだろう」
首相は少し楽しそうに言った。
「世界中に見せてやればいい。一人の艦娘が、人間と結婚するところを」
そこからの準備は、想像以上に大掛かりなものとなった。
政府、国防省、外務関係、警備関係、神崎家、東堂家、特務艦隊、艦娘技術研究所、G5。招待客が増えるたびに警備計画は分厚くなり、各国要人の出席が決まるたびに、式は単なる私的行事から国際的な一大イベントへと変貌していった。
洋平は何度か、「俺達、結婚するだけだよな?」と確認した。そのたびに“鳳翔”は「はい」と答えた。
間違ってはいない。ただし、規模がおかしいだけだった。
2009年12月上旬、東京。
この日、一つのホテル周辺には、朝から異様な数の警備員と国防軍関係者が配置されていた。国内の政府要人、各国大使、G5参加国の艦娘部隊司令官、軍高官、研究者、財界関係者、神崎家と東堂家の関係者、横須賀警備艦隊、第一・第二特務艦隊、そして私服姿の艦娘達が会場へ集まっている。
ホテル前には国内外の報道陣が列を作っていた。
最初は、『名家・神崎家当主の結婚式』だから来た者も多かった。特務艦隊司令長官、神崎洋平。若くして軍中枢の一角を担う軍人。その妻となる女性は誰なのか。そこへ政府や海外の要人が多数集まるのだから、当然話題になる。
そして、事前会見で一つの情報が公開された。
新婦は、日本国防海軍第一特務艦隊所属、航空母艦“鳳翔”。世界初の実戦配備空母艦娘である。
一瞬、意味を理解出来た者はいなかった。次の瞬間、報道各社は騒然となった。
艦娘という言葉は、完全な初耳ではない。海軍内部に謎の少女型兵器がいる、海外でも同種の存在が目撃されている、海上を少女が軍艦と同等の火力で進む――そんな噂は、何年も都市伝説のように流れていた。
人間と深海棲艦を混ぜた存在、政府が秘密裏に人体実験で作った怪物、人喰い兵器。荒唐無稽なものまで含め、様々な憶測が飛び交っていた。
だが今日、政府は初めて認めた。
艦娘は実在する。
そして、その一人が今、結婚する。
式が始まると、会場は静まり返った。
最初に姿を見せた洋平は、明らかに緊張していた。戦場や作戦会議、高官との交渉を平然とこなす男なのに、今日は落ち着かない。
海斗が小声で言う。
「兄貴、敵艦隊相手の方が楽そうだな」
「うるさい」
「顔固いぞ」
「お前、自分が結婚した時どうだったんだよ」
「美香しか見てなかった」
「参考にならねぇ」
そこへ、新婦が姿を現した。
白無垢に身を包んだ“鳳翔”を見て、会場から一瞬、音が消えた。艦装も、弓も、艦載機もない。ただ一人の女性として、彼女はそこに立っていた。
カメラが一斉に向けられ、フラッシュが焚かれる。映像は衛星回線やインターネット、テレビを通じて世界へ流れていった。
“鳳翔”は少し緊張しながら、それでも笑った。洋平がその手を取り、二人は並んで歩く。
この瞬間、艦娘は世界の前へ公然と姿を現した。
兵器紹介の会見ではない。軍事パレードでも、戦闘映像でもない。
結婚式だった。
披露宴では、さらに世界を驚かせることになる。
“鳳翔”は普通に食事をし、普通に話した。海斗や美香に弄られて困った顔をし、“磐手”の勢いに笑い、士と加奈へ礼を言い、秋吉から研究所での話を暴露されて少し慌てる。
あまりにも人間と変わらない。むしろ、報道側が困るほど普通だった。
海外メディアから参加していた記者の一人は、後にこう書いた。
『私が艦娘に初めて抱いた感想は、「普通の女性だった」である』
式の最後には、短い記者会見が設けられた。当然、質問は“鳳翔”へ集中する。
「人間と艦娘の結婚について、どのように考えていますか?」
“鳳翔”は少し考え、洋平を一度見てから答えた。
「私自身は、好きな方と結婚しただけです」
会場に僅かな笑いが起き、“鳳翔”も微笑む。
「ですが、そのことが、私達艦娘も皆様と同じように考え、悩み、誰かを大切に思って生きているのだと知っていただくきっかけになるのであれば、とても嬉しく思います」
別の記者が質問した。
「艦娘は兵器なのですか、人間なのですか?」
“鳳翔”は一瞬黙った。難しい問いだった。
「私は、軍人です」
まず、そう答える。
「空母として戦う力を持ち、国を守るために戦っています。その意味では、軍事力の一部です」
そして、洋平に握られた手へ視線を落としながら続けた。
「ですが、私には私の意思があります。嬉しいことも、悲しいこともあります。大切な人もいます」
洋平が彼女の手を握り直す。
「だから私は、自分を一人の人間だと思っています」
翌日、この言葉と“鳳翔”の笑顔は、世界中の新聞、テレビ、ネットニュースを駆け巡った。
反響は想像以上だった。もちろん、全員が肯定したわけではない。
軍が密かに人型兵器を造っていたことへの批判、人体技術への倫理的懸念、安全性や軍事利用への不安など、様々な意見が出た。
だが、それでも一つの決定的な変化が起きた。
『艦娘とは何か』
その議論が、初めて社会の表へ出たのである。
今までは、存在自体が知られていなかったため、本人達が何かを語る機会もなかった。
だが、今度は違う。
ニュース番組で討論が始まり、新聞が特集を組み、海外の人権団体が艦娘の法的地位を問題として取り上げた。
軍事専門家は、彼女達を兵器として扱うべきか、軍人として扱うべきかを議論した。
そして一般市民も、素朴な疑問を口にし始めた。
『あの人達にも、普通に暮らす権利があるんじゃないか』
『結婚出来るなら、法的には人間として扱うべきではないのか』
『今までどういう扱いをされていたんだ』
世界は少しずつ動き始めた。
無論、制度がすぐに変わったわけではない。艦娘全員に翌日から戸籍や人権が与えられたわけでもない。軍事資産としての扱い、艦魂の所有、退役、改造、再建造といった問題が既存制度と複雑に絡んでいる。
それでも、最初の一歩は踏み出された。
艦娘の存在を社会が知った以上、もう彼女達を『存在しない兵器』として扱い続けるのは難しい。
洋平と“鳳翔”の結婚は、二人の人生を変えただけではなかった。世界が艦娘を見る目を変える、その始まりになったのである。
同日深夜 東京某所
結婚式の華やかな映像が、テレビで何度も流れていた。
暗い会議室の壁面モニターにも、同じ映像が映っている。白無垢姿の“鳳翔”。その隣に立つ神崎洋平。周囲には政府関係者、軍人、海外要人、記者達の笑顔が並んでいた。
その光景を、十数人の男女が見つめている。
誰も祝ってはいなかった。
「……完全に裏目へ出たな」
一人の男が言った。
「ええ。これで『艦娘は人間とは別の兵器』という方向へ世論を持っていくのは、かなり難しくなりました」
別の女が答える。
「神崎洋平」
さらに別の人物が、その名を口にした。
「面倒なことをしてくれた」
モニターには、洋平の姿が映っている。
「本人は単に嫁を貰ったつもりかもしれんがな」
「いや」
低い声が否定した。
「政治的意味を理解してやっている。政府要人とメディアをあれだけ集めた時点で明白だ」
沈黙が落ちる。
やがて、会議室の最奥に座る人物が、指で机を軽く叩いた。
「予定を修正する」
全員の視線が向く。
「艦娘の存在を隠したまま制度上孤立させる段階は終わった。今後は、公表された上でなお『危険な軍事資産』として扱わせる必要がある」
一人が尋ねた。
「軍内部の派閥は?」
「維持しろ。むしろ拡大させる」
「しかし、今回の件で親艦娘側が勢いづく可能性があります」
「だからこそだ」
男は淡々と答えた。
「表立って反対する必要はない」
現在、国防軍上層部は古参を中心に、艦娘研究を自ら推進してきた者達が多くを占めている。正面から『艦娘反対』を叫べば、自滅するだけだ。
「今まで通り、使える人間を増やせ」
通常軍だけでも艦娘なしに戦えると思わせる。特別扱いに不満を持つ者を拾い、艦娘と人間は違うと考える者をまとめる。そうして、少しずつ組織の中に仲間を増やしていく。
「戦功工作は?」
「続ける」
答えは早かった。
深海棲艦が襲撃する。味方側が『撃退』する。実際に沈める必要はない。相手に適度な被弾をしたように見せて潜らせる。それだけで、表向きには正真正銘の戦果が残る。
「協力先からも、継続可能との回答が来ています」
その言葉に、会議室の誰も驚かなかった。
この者達は既に、人類の敵である深海棲艦と接触していた。
彼らは最初から国家の最高権力者だったわけではない。大将、国務大臣、巨大企業の頂点に立つ者ばかりでもない。多くは、その一段、二段下にいる軍人、官僚、政治家、企業人、研究者など、様々な立場の人間だった。
彼らに共通していたのは、今の社会への不満である。
腐敗している。古く無能な者達が上に居座っている。この世界は変える必要がある。
そこまでなら、まだありふれた思想だった。
だが、いつしか別のものが混じった。
ならば、誰が新しい世界を作るのか。
───自分達だ。
既存の国家、社会、秩序を一度壊し、自分達を中心に再構築する。その思想を持つ人間達が、国境を越えて繋がった。
そして戦争が始まり、深海棲艦が人類社会の亀裂を広げるために動き始めた時、両者の利害が接続した。
深海棲艦側は、人類内部を分断したい。彼らは権力と情報、そして既存秩序を壊すための武力を欲している。人間側もまた、互いに相手を利用出来ると考えた。
少なくとも、人間側はそう思っている。
「……名称については?」
誰かが尋ねた。
最奥の男は、机の上に置かれた資料へ目を落とした。表紙には、英字でこう記されている。
『ReBuilD』
───再構築。
「そのままでいい」
男は言った。
「我々は、壊すために集まったのではない」
僅かな間を置いて、続ける。
「作り直すためにいる」
その言葉が、会議室に静かに響いた。
秘密結社、ReBuilD。略称、RBD。
この時点で、彼らはまだ歴史の表舞台にはいない。政府、国防軍、企業、社会の中で、普通の人間の顔をして生きている。
日本国防軍内部でも、その根は少しずつ広がっていた。ただし、まだ頂点を奪ったわけではない。むしろ旧来の上層部には、艦娘を支持する者が多い。
だから彼らは隠れる。戦果を積み、人脈を広げ、味方を増やし、反艦娘感情を育て、機会を待つ。
今日、その計画が一つ狂った。
神崎洋平と“鳳翔”の結婚によって、艦娘が世界の前へ姿を現した。しかも、最悪の形だった。
怪物でも、無感情な兵器でもない。
美しい花嫁として。
「……焦る必要はない」
最奥の男はモニターを消した。
「まだ十年あるかもしれない。十五年かもしれない」
暗くなった画面から、そこに映っていた笑顔が消える。
「時間を掛ければいい」
今日、世界は一つ変わった。
だが、その裏側では、別の未来を作ろうとする者達が確かに動き続けている。
洋平達は、まだその名を知らない。
ReBuilD。
後に日本、そして世界を大きく揺るがす存在は、この時すでに、静かに人類社会の内側へ根を張り始めていた。
続く
あ と が き
人類サイドの敵組織。
ちなみに、現時点での“鳳翔”のキャライメージは
『“お艦”に成長する前の新人時代』です。
次回 艦娘研究の進捗